Phase-4 HEART TO HEART

「全く、なんと無茶な……」

 ルーウィンの機体を見ていたロンファンがため息を漏らす。
 ストームの試作型ハイパーデュートリオンシステムの停止。
 いくら核とデュートリオンビームのハイブリッドとは言え、万能では無いと言うこと。

 どんなエネルギーでも、使用量を超えると熱暴走や機体にさまざまな負荷がかかる。
 それを防ぐための試作型ハイパーデュートリオンは一定量を超えると停止するのだが。

「エンジンと武器の釣り合いが保たれておらんのじゃよ。こんな機体でお前さん、よく戦ってこれたのぉ」

「……そんなに機嫌が悪かったのか、こいつは」

「言うなればアレじゃよ。暴れ馬に乗るようなものじゃ、これではの」

 OSをいじっていく。
 理解できるのか、この人。
 さすが「機人ロンファン」と言われるだけの事はある。
 
「少しばかりOSの方をいじらせてもらうが?」

「それによって何か問題でも?」

「そうじゃの……少し武器類の出力が下がる、というところかの」

 それは計算では2割ほど下がるということだ。
 2割は結構大きい。

 せめて一割くらいで抑えられないだろうか。

「一割も出来るには出来るが……ならば間をとって1.5と言うのはどうじゃ?」

「それならば何とか……。元々俺は手数で攻めるタイプですし」

 ロンファンがキーボードを叩いていく。
 決して速いとはいえないが、慣れた手つきだ。
 
 これからの戦いで、あのデストロイやローエングリンを叩く事になるだろう。
 そんなときにストームの機嫌が悪くなり、停止と言うことでは到底シャレにならない。
 少しでもその停止する確立を下げなければならない。
 そのために武器の出力が下がるならば。

「お前さん、この基地を少し見てまわると良いじゃろう」

「はぁ……。良いんですか、敵兵に基地なんか見せても」

「ほっほっほっ。お前さんはわしの弟子の弟子じゃからのぉ。そんな心配はしとらんわい」

 なんだか掴み所の無い人だ。
 まさに「柳」か。
 ルーウィンはロンファンにストームを任せ、外に出る。
 高雄の風は、ラケールと違い少しだけ潮風が混じっている。

 海が近いせいだ。
 この高雄基地からでも確認できる。
 綺麗な海。
 いつかフィエナと来てみたい。

 だが、フィエナは盲目。
 きっと、海も見た事が無いのだろう。

「フィエナ……か」

「あれー? 何でザフトの人がここにいるの?」

 女の声。
 その声には少し聞き覚えがあった。
 先ほどティエンとか言う少年を追い掛け回していた。

 確か名前は。

「アムロ……? いや、ナムル?」

「ちっがーーーーーう! アムルよ、ア・ム・ル! ザフトさんがこんな所で何してるのよ」

 アムルは頬をぷぅっと膨らませて言う。
 昔から考えている事は口にしてしまう。
 それがルーウィンだった。

「ロンファンと言う人に機体を見てもらっているんだ。俺の上司からの命令で南アメリカからここに来た」

「へぇー。確かに老師って色々な所にパイプがありそうだもんねぇ〜」

 その理屈、分からないでもなかった。
 連合であるはずのロンファンとザフトのペイルの間に何があったかは知らないが。
 謎めいた人物と言うのはどこにでもいるものだ。

「で」

「何だよ」

「さっきのフィエナって、誰なんですかぁ?」

 聞かれていたらしい。
 どうにも興味津々の眼差しで見てくる。
 ここで下手に断ったら先ほどのティエンと同じになってしまう。

 話すしかないのだろうか。
 でも、何だか話してはいけない気がするのは何故か。

「……」

 何時までも話さないルーウィンに業を煮やしたのか、アムルは勝手な推測で話を進めた。

「分かったわ! ザフトさんの「コレ」ね!?」

 そう言うと小指を立てる。
 微妙に古い。
 
 確かにちょっとだけ気になっているが。
 べつに小指を立てられるほどの仲ではない。

「それで妙に辛気臭かったんですね。良いでしょう、良いでしょう。この私が相談にのってあげますよ〜?」

「本当か?」

 だがしかし。

「ん」

 アムルは右手の親指と人差し指で輪を作った。

「何?」

「何って授業料。高いわよ?」

 もう関わるのは止めようと思った。


***


 気が付けば1時間半が経過していた。
 ルーウィンはロンファンに呼ばれ、ストームのOSをチェックしていた。

「凄い……武装出力とエンジンのバランスが今までの比じゃない……!」

「なぁに、わしにかかればお手のものじゃよ」

 にんまりと独特の笑みを浮かべたロンファンに礼を言う。
 ストームのスラスターが点火、機体が宙に浮いた。
 と、ロンファンの後ろからアムルが手を振って、何かを叫んでいる。

 スピーカーをオンにする。

「ザフトさん、頑張れ!」

 応援された。
 何故だろう。
 何だか不安が取れたようなそんな感じが。

「……君も、な」

 ストームが変形し、高雄基地より飛び発った。
 その帰りの道の中、ルーウィンはポケットに違和感を感じた。
 何か紙切れのような物が入っていた。

 器用に取り出すと、くしゃくしゃに折れ曲がっている紙に書かれている文を読んだ。

「恋愛はとにかく攻めるべし! 成就するといいね     アムル・シュプリー」

 何をしに高雄基地へ向ったんだが。
 恋愛成就の祈願をしに行ったのではないのに。
 その紙を綺麗に折りたたむと、コクピットの適当な場所に挟み込んだ。

 ストームの機嫌も大分良いようだ。
 そこではっとなった。

「…………いつ、この紙を入れたんだ……?」


***


 ファンダル基地についた。
 なんだか慌しい一日だった。
 睡魔がルーウィンを襲う。
 だが、ここで眠るわけにはいかない。
 いつデストロイが襲ってくるか、分からないから。

「外に出るか……」

 ファンダル基地の窓から顔を出す。
 風が気持ち良い。
 こうして休むのは実に1日ぶりか。

 ついうとうとしてしまう。
 少しだけ、仮眠をとろう。
 そう、仮眠を。


***


「この、馬鹿野郎!」

 ペイルの怒号が響く。
 今回ばかりは言い逃れが出来ない。
 耳が痛い。

 これほどの叱責を受けたのは実に久しぶりだ。
 現在日が昇っている。

「窓から顔出して熟睡する奴がいるか! お前は危うく4階から落ちるところだったんだぞ!」

 ルーウィンはあの窓で約5時間ほど熟睡していた。
 半身を乗り出したままなので、下手をしたら落下していた。
 たまたま通りかかったリーファスがルーウィンを引き摺り下ろしたのだが。
 あのまま少しでもバランスを崩したら落ちていた。

「まったく……もう行ってもいいぞ」

「失礼しますー……」

 司令室を出る。
 部屋の外にはリーファスが。

「バーカ」

「五月蝿い、黙れ」

「助けた奴に向かって吐く台詞じゃあないな」

 リーファスが右手を差し出す。
 掌を向けて。

「何だよ」

「救助料。高いぞ?」

 どこかで見たような光景だった。
 

***


 今日も今日でフィエナのところに顔を出そうとした。
 とてもあんな作戦が開始されようとしている地域とは思えない。
 それほどまでに今日もラケールの町は平和だった。

 町市場は賑わい、道行く人々が談笑している。
 間もなくこの辺りが無くなるのかもしれないのに。
 
「フィーエナ」

「お待ちしていました」

 もう何だか事がスムーズに運ぶ。
 
「あの、ちょっとお願いしても宜しいでしょうか……」

 フィエナからの頼み。
 言いにくいのだろうか、口ごもっている。
 ルーウィンも、難しい頼み以外なら何でも聞いてあげる覚悟だった。

「なに?」

「その、えと、あの……」

「?」

「買い物に……連れて行ってもらえないでしょうか………」

 突拍子もなく告げられた。
 買い物?
 別に言いにくい事でも何でもなかった。

 取り越し苦労のようだ。

「良いけど……何で口ごもったん?」

「その、会ったばかりの人にこんな事頼むのは……失礼かと思って」

「会ったばかりって……もう何度もこっちに来てるんだから。大丈夫だって、難しい頼み意外なら何でも聞いてやるから」

「ありがとう、ございます」

 フィエナは静かに立ち上がり、着替えてくるといい、姿を消した。
 買い物か。
 ここ暫くはルーウィン自身もしていなかった。
 気晴らしに、なるだろうか。

「お待たせしました」
 
 出てきたのは上下薄い青の服に身を包んだフィエナ。
 思わず見とれた。
 そして惚れた。

 いや、それは元からだが。

「それでは、連れて行ってください」

「あ、ああ……」

 元来、奥手な方ではないが。
 女のエスコートなどしたことが無い。

 助けて、アムル。
 高雄で出会ったアムルの事を思い出した。

 フィエナは外で買い物をしたのは久しぶりだという。
 いつもは近所の人が料理を持ってきてくれる。
 食事には不自由していないのだ。

 外に出ても何も見えない。
 何がそこにあり、何がそこにいるのか見えない。
 そんな世界が彼女は辛かった。

 今は自分のそばにルーウィンがいる。
 それが楽しかった、嬉しかった。
 何も見えないけど。
 彼がいるだけで、何だか幸せな気持ちになれた。

「お、フィエナちゃん! 今日は買い物の日かい!」

 通りかかった中年の男性が冷やかすように言う。
 その言い方にルーウィンの眉間に皺が寄る。

「その声……ライルさん?」

「正解! やっぱりすごいねぇ、フィエナちゃんは! がぁっはっはっはっ!」

 やたらと豪勢な男だった。

「そっちの兄ちゃんは?」

 ライルがルーウィンの背中をバシバシと叩く。
 あの、痛いんですけど?
 そう言いたくても声が出なかった。

「この人は、その、えと……」

「ああ、あれか! フィエナちゃんの恋人かい!」

 その声と同時に、周囲にいた人たちが詰め寄る。
 皆フィエナの知り合いで、面倒を見てくれる人ばかり。
 まるでスキャンダルが報じられたカップルのように質問攻めにあう。

 あのフィエナちゃんに恋人がねぇ、とか。
 結構やるわねぇ、フィエナ、とか。
 兄ちゃん、フィエナを泣かせたら許さない、とか。

 よっぽどフィエナはこの町の人々に大事にされているのだろう。
 それはとても良いことだ。

「まあ、何にせよだ! 兄ちゃん!」

 人々を代表するかのように、ライルが声を出す。

「フィエナちゃんは俺たち町民、皆の宝物さぁ! よろしく、たのんまぁ!」

「はぁ……」

 その迫力に圧倒された。
 フィエナはフィエナでうつむいている。

 何だかラケールと言うのは凄い町だと、再認識した。


***


 喧々囂々の騒ぎから解放された二人。
 主にルーウィンが買った物を持っていた。
 盲目の彼女に持たせるわけにはいかない。

「あー、何か騒がしかったなぁ……」

 歩くたびに何かを言われていた気がする。
 あんな公衆の面前で「恋人か!?」などと言われては。
 ルーウィンにとっては微妙に嬉しい間違いだったのだが。

「お疲れ様でした……。ありがとうございます、荷物、持ってくれて」

「いや、大丈夫大丈夫」

 言って見せるが、本当は辛かった。
 何しろ町の人々のサービスが良すぎた。

 あれこれ持っていきなといってルーウィンに洋服やら食べ物やらを渡していくのだ。
 帰る頃には相当な重量になっていた。

 下手をしたら軍の訓練よりも辛かったのかもしれない。

「……」

 しかしながらフィエナは相変わらず黙っている。

「どうか、した?」

「本当のことを、言っていただけないでしょうか?」

「ん?」

 フィエナの声が震えている。
 いつもと何かが違う。

「本当は、迷惑だったのではないでしょうか……」

「何だと……?」

「目の見えない、私の買い物に付き合うなんて、本当は面倒だと、思いませんでしたか?」

 何を言い出すんだ突然。
 いや、思えばこの告白は別に想定さえしていれば分かりきっていた事。

 目が見えないことに対する不安。
 それがどれだけ彼女にとって枷になっていたか。
 その枷が、ルーウィンと言う鍵によって壊され、今まで溜めていた気持ちが溢れたとしたら。

 別に驚く事でもなかった。

「良かったんですよ、断っていただいても。軍人さんに買い物の手伝いを頼む方がどうかしてる」

「何でそんなこと言うかなぁー……この子は」

「え?」

 ルーウィンは努めて平静を装っている。
 内心は分からない事だらけで一杯だったが。

「別に迷惑だ何て思っていないさ」

 ルーウィンは純粋に楽しんでいた。
 フィエナに出会ってから、全てを。
 もちろん今日の買い物だって。

 その事を告げる。
 つい勢いで本当の気持ちを告げそうになるが。

「フィエナのことをどうこう言う奴がいたら俺が蹴散らしてやるよ。守ってやる、お前を」

「ルーウィン……さん」

「で、教えてくれ。どうしてあんな事を言った?」

 知りたい、いや、知らなければならなかった。
 何故、彼女がそう思ったのか。
 もしかしたら無意識下のうちに彼女を傷つけてしまったのではないだろうか。

 そう言うことがあったら謝ろうと思い、ルーウィンはフィエナに訊ねた。

「……置いていかれると、思ったんです」

 フィエナは椅子に座り、語り始めた。

「知ってのとおり、私は生まれてから盲目でした。何も見えず、光の無い世界で生きてきました」

 そう語り始めた彼女の顔は儚く。

「自分の親の顔すら知らず、そして自分の親の死に際も分からずに生きてきました」

 そうして置いていかれた。
 目が見えないからこそ、余計に不安に感じたのだ。
 自分を生んでくれた唯一無二の存在の消失。
 目が見えるものでも辛いのに、生まれつき盲目のフィエナにとってそれが常人の何倍も辛かったのだ。

「親の顔を知る前に、私の前からいなくなってしまった。置いていかれた……。皆、私に優しくしてくれるけど、何時? 何時いなくなるか分からないんです……」

 彼女は常に不安と隣り合わせの人生を送っていたのだ。
 どんなに辛くても、どんなに悲しくても、隣に誰もいない。
 隣人が優しくしてくれる。
 その隣人も何時、どんなきっかけでいなくなるか分からない。

 見えない。
 何も。
 見えない。
 見えない。

 彼女は人一倍置いていかれるという事に対して恐怖を抱いていた。
 
「いずれルーウィンさんも私の前からいなくなる……。そうしたら私はどうすれば良いんですか? 私は誰を頼れば良いんですか?」

 ああ、そうか。
 彼女は飢えていたんだ。
 「家族」と言うものに。
 下手な優しさよりも、彼女は家族を欲していたのだ。
 そして、自分を何時までも支えてくれる人を欲していたのだ。

「もし、貴方もいなくなったら……私は、私は!」

「……か」

「……え」

 ルーウィンが口を開いた。
 彼女の心の叫びを聞き、彼も決心していた。
 
「俺がいるじゃないか」

「ルー……ウィンさん」

「大丈夫だ。俺はフィエナを置いて、どこにもいかない。そうさ、決して」

 それがどれだけ彼女にとって安心できる言葉だったか。
 偽善かもしれない。
 偽りかもしれない。
 でも、ルーウィンの声はひたすら真っ直ぐにフィエナの心に届いていた。

「俺はいつでもフィエナの隣にいる。いつまでもな……」

 そういって頭を軽く撫でる。
 ふわりと、フィエナの髪が動く。


***


「すまないな、本当に……。基地に戻らなきゃいけないから……」

「ええ、分かってます。軍人さんが民家にいてはいけないんですよ?」

 あれからフィエナはルーウィンの腕で泣いていた。
 本人曰く「一生分の涙を使い果たした」らしいが。

「大丈夫、だよな?」

「はい、もう大丈夫です……」

 すっかり元のフィエナに戻ったようだ。
 これならば安心か。

「それじゃあな。ちゃんと寝ろよ?」

「ルーウィンさんこそ、お体に気をつけてください」

 ルーウィンが軽くフィエナの頭を叩いた。
 分かっているという、彼なりのサイン。
 ジープのエンジン音が唸る。
 砂煙をあげて、ジープはラケールの町を出た。


***


 人間、何より大切なのは心と心のつながり。
 絆と呼ばれるもの。
 どんなに一緒にいても、絆は大切。
 ルーウィンとフィエナ。
 今、二人は同じ道を歩こうとしていた。

(Phase-4  完)

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