Phase-3 Encount

 ルーウィンは目の前の光景に愕然としていた。
 目の前には巨大なMS、いやMAと言った方が良いだろうか。
 漆黒のMAが聳え立っている。

 デストロイと呼ばれるそのMS。
 先日「ベルリンの惨劇」とよばれる悲劇を引き起こしたMS。
 そのデストロイはファンダル基地でも確認していた。

「デストロイ……だと!? 馬鹿な!」

「隊長!」

 ヒナミがインカムを押さえながら声を上げる。
 レーダーに映るデストロイの反応が動き始めた。
 それはゆっくりとファンダル基地に向っている。

 あんなのに攻め込まれたら一瞬で終わる。
 
「総員、コンディションレッド! MSパイロットはすぐに出撃しろ!」

「ルーウィンが戻ってきていません!」

「……許可したのが間違いだったか……? とにかく今基地にいる兵士だけで持ちこたえろ!」

 ペイルの指示で基地からMSが飛び立つ。
 近隣の町に被害を出すわけにはいかない。
 ひきつけて戦わないと。
 幸いこの辺りには森林や運河が多い。
 それらの地形を駆使すれば、勝気があるかもしれない。

 リーファスのディンを中心に展開する。
 空はディン、陸にはガナーザクウォーリア、ガズウート。
 デストロイの巨体が見えた。

「攻撃開始だ!」

 ペイルの声と共に戦闘が始まった。
 ディンが、ザクが。
 果敢にもデストロイに挑む。
 その攻撃は命中しているものの、致命傷には至らない。

 デストロイはその巨体ゆえに、並みのMSの攻撃ではあまりダメージが無い。
 防御にも攻撃にも優れたMSなのだが。

 弱点はその機動性。
 超重量故に、動きが遅いのだ。

 そして森林のお蔭で地上からの攻撃はまず防げない。
 木々のお蔭でMSがほとんど見えないのだ。

 ファンダル基地は、今危機を迎えていた。


***


 その頃のルーウィンは、ジープに乗り込んでファンダル基地へと急いでいた。
 何とかジープを立て直したものの、急がなければ何らかの被害が出てしまう。
 
 焦るルーウィン。
 この近くで戦闘になったら、そのうちラケールにも被害が及ぶはず。
 そうすれば目の不自由なフィエナはどうなる。
 考えただけでも背筋が凍る。

「速く……、もっと速く!」

 ジープのハンドルを切ったとき、視界の端に何かの建物が見えた。
 基地のようだが、機能しているようには見えなかった。
 しかし、今はそんなことを気にしている暇は無い。
 ファンダル基地にたどり着く事だけを、頭においていた。


***


 戦闘が開始してから、30分が経過した。
 ファンダル基地の被害はゼロ。
 撃墜されたMSもない。

 別にファンダル基地のパイロットの腕が良いわけではない。
 デストロイの行動が不明なのだ。
 
 戦闘が始まってから一切攻撃をしてこない。
 
 暫くすると、デストロイがゆっくりと踵を返した。
 そのまま、もと来た道を戻っていく。
 
 その後を追おうとするが。

「深追いはよせ。またローエングリンで狙い撃ちされたら溜まった物ではない」

 ペイルは先の戦闘による被害の事を考え、深追いをさせなかった。
 向こうにはローエングリンがある。
 そして今回の遭遇でデストロイもいる。
 圧倒的にこちらが不利である。

「隊長、ルーウィンが帰還しました」

「そうか。ここに通せ」

 ペイルは静かに言う。
 別に怒るつもりは無い。
 フィエナのところへ行っても良いと許可したのは自分だ。
 そのことをとやかく言うつもりも無いし、別に怒るつもりも無い。

「失礼します」

 入ってきたルーウィンの顔は暗く、沈んでいる。
 ルーウィンはペイルにこっぴどく注意されると思っているのだろう。
 かすかに肩が震えている。

「……迷いは吹っ切れたか?」

「……? あ、はい!」

 ペイルは先ほどルーウィンに「ザフトを辞めろ」と言ったことで何か言いたかったのだ。

「いやぁ、先ほどはすまなかったな。忘れていたよ。お前が素直で、良い奴だってことを」

「忘れないでください。自分の部下ですよ?」

「だな」

 ペイルが大声で笑う。
 その場にいた何人かの肩がビクンと跳ね上がった。

 叱責を受けると思っていたルーウィン。
 だが、何だか気が抜けてしまった。

「ところで、ヒナミさん」

「何か?」

「この辺の地図ってあります?」

 突然のルーウィンの注文に、やや遅れたがヒナミはモニターに地図を映し出した。
 辺りの事が鮮明に映し出されている。
 
 先ほど森で見たあの基地がどうしても気になっていた。
 そういうのも彼の記憶が正しければラケール近辺には地球軍の基地も、ザフトの基地も一つずつしか存在しない。
 つまりはあんな所に基地があるのがおかしいのだ。
 以前まで使われていた基地が放置されただけかもしれない。

 でも、そんなものではない。
 何かある。
 ルーウィンの何かが頭の中で渦巻いていた。

 地図を見ても、森の中に基地なんて存在していなかった。
 ファンダル基地、ギリアム駐屯基地の中心を森林が横切っている。
 
 ならばあの基地は何なのか。
 どうしてこの地図に映っていないのか。

「ここに基地があった……と。そう言うことか?」

「ええ。パッと見でしたが、民家にしては物々しすぎます」

「調べる必要があるな……。ルーウィン、頼めるか?」

 発見者であるルーウィンをその基地に向わせるのが適切とペイルは踏んだのだ。
 それにもし戦闘になっても、ストームならばまず大丈夫だろう。
 ルーウィンは敬礼し、任務に就いた。
  
 発進は10分後。
 ルーウィンはロッカーでノーマルスーツを着ていた。
 先ほどのデストロイによる被害は無かった。
 おそらくテスト中だったのだろう。
 しかし何故、デストロイがもう1機いるのか。

 あんなものをそうやすやすと作れるはずが無い。
 地球軍は一体どういう経済力をしているのだろう。

 ヘルメットを手に、格納庫へ。
 数人の整備士がストームの整備をしている。
 余計な事は考えるな。
 今は任務の事だけを……。

「ルー、良いぞ!」

 ストームのコクピットに入る。
 OPの起動音が無機質に響く。

「G.U.N.D.A.M……ガンダム、か。まったく……。ストーム、出るぞ!」

 急激なGがルーウィンを襲う。


***


 森の東にその基地は存在していた。
 今では廃棄されていて、扉も有刺鉄線も錆びていた。
 風が吹くと傾いた看板が不気味な音を立てて揺れる。

 まるで廃墟。
 ルーウィンはストームを森の中に着陸させ、銃を手に基地へと入っていった。
 そこには何体ものMSが横たわっている。
 MSの実験施設だろうか。
 MSの他にも、腐乱死体が横たわっている。

「まるで火葬場だな……これは」

 その例えはあながち間違ってはいない。
 白骨もそこらじゅうに転がっている。
 常人ならば、吐いてしまうようなその光景。
 ルーウィンも、ちょっとだけキツイ様子だ。

 施設の扉を開ける。
 錆び付いていて開けにくくなっていた。
 中は中で酷い状況だった。

 腐乱死体がそこら中に転がっている。
 なかには子供まで。
 そこで彼はある地球軍の施設の事を思い出した。

 ロドニアという地域にある地球軍施設。
 そこでは子供に肉体強化処置を施し、戦闘のプロフェッショナルにするという施設。
 地球軍のエクステンデッド。
 そう呼ばれる兵士の施設がそれにあたる。

 ここもその施設の一つだろうか。
 酷い匂いが鼻を突く。
 フィエナの淹れてくれた紅茶とは明らかに違う。
 自然と銃を持っていない左手で鼻を覆っていた。

 やがて司令室と思われる部屋の前に出た。
 扉は半開きになっている。

「……」

 中の様子を伺うが、人の気配はしない。
 司令室の中は他の通路などに比べると片付いていた。

「妙だ……。なぜ、こんなにも片付いているんだ?」

 廃棄されているはずの基地。
 書類や資料などが綺麗に片付けられている。
 他とはまるで様子が違う。

 埃もそれほど積もっていない。
 誰かがここに出入りして、定期的に何かをしているのだろう。
 
「これ、は……?」

 点灯していたモニターの中に、興味深い情報があった。


***


[Project Destroy]

 我が軍の開発したMS、デストロイとギリアム基地に設置された「3門」のローエングリンによる拠点襲撃作戦。
 もし失敗してもデストロイの爆発が引き金となり、この基地の地下に設置されているサイクロプスによって南アメリカは焦土と化す。
 この作戦、行く行くは全世界で実行、この地球からコーディネイターを完全に根絶やしにする事が目的なり。

 戦闘になった場合の役割は以下の通りである。
 GFAS-X1:敵MSの駆逐及び基地防衛。
 ローエングリン:敵拠点への超長距離射撃。
 デストロイで敵を掃討後、基地をローエングリンで掃射。

 以下は機密により削除。


***


 それが「Project Destroy」−破壊計画の全容だった。
 
「ふざけんなよ……これじゃあ、俺達はおろかラケールだって……!」

 ルーウィンがそのデータをディスクに移すことを決意。
 ディスクドライブにディスクを挿入した。
 何とかしてこのデータを持って帰らなければ。

 すると、遠くから何かが聞こえてきた。
 人の足音。
 段々と近づいている。
 今逃げなければ、確実に見つかる。

 だが、このディスクを。
 ルーウィンは、動けなかった。


***


「ほう、これはこれは」

 男が地面を見る。
 地球軍のブーツの他にもう一つ、別の足跡がある。
 男の名はアルベルト・フェアラインツ。
 地球軍の兵士である。

 その横には十代前半と思われる少年が立っている。
 後方の兵士が声をかける。

「大佐、どうかなされたのですか?」

「どうやら鼠が一匹、紛れ込んでいるようだ……」

 そう言われ、兵士たちは銃のセーフティを解除した。
 警戒心を高める。

 アルベルト達が司令室に入った。
 途端に足を止める。

「やはり、鼠がいるようだ」

 アルベルトはそう言うとコンピューターをいじり始めた。
 
「……誰かここにディスクを入れたか?」

「いえ? おそらく前回の時に誰かが取り忘れたんじゃないでしょうか」

「ふむ」

 ディスクを取り出す。
 それを何回か見回した後。
 ポケットに入れる。

「よし、出るぞ」

 アルベルトが司令室から出る。
 再び司令室に静寂が戻る。
 
 ルーウィンが物陰から出る。
 今の状況では、動いたら死んでいた。
 ディスクをとられてしまったものの、地球軍がこれから行おうとしていた事が判明した。
 阻止しなければ。
 この計画だけは。
 なんとしても。

 そうしなければ、ファンダル基地がラケールが、フィエナが。
 皆が死んでしまう。

 ルーウィンは基地を出た。
 それまでの薄暗さから一転して、明るい。
 青い空がどこまでも広がっている。

 こんな景色がいつまで続くのだろうか。
 

***


 ルーウィンによってもたらされた情報により、ファンダル基地は騒然とした。
 本当ならばディスクを持ってくれば更に良かったのだが。

「今すぐにでも攻めないと、こちらがやられます!」

「……」

「今回ばかりは私もルーウィンに賛成します」

 いつもは冷静なヒナミも今回だけはどこか焦りを含んでいる。

「隊長!」

「………許可、できないな」

 空気が凍る。
 今すぐの出撃をペイルは許可しなかった。

「少しは落ち着け。そんな状態で敵陣に突っ込まれても、命を落とすだけだぞ? 他の連中もそうだ! 必ず時期が来る。そのときまで待つんだ」

「……それは、何時なんですか」

 その時期と言うのは何時来る?
 そんなことを待っていられるほど、余裕をかましている状況ではない。
 皆、その気持ちは同じだった。

 今回ばかりは、ペイルの考えが分からなかった。

「そうだルーウィン、お前、前々からストームの機嫌が云々言っていたが?」

 ペイルがわざとらしく、話題を変える。
 怪訝に思うルーウィンは当然返事がそっけない。

「それがどうかしたんですか?」

「その機嫌を少しでも良くする、良いツテがあるんだが……。乗る気は無いか?」


***


 東アジア共和国・高雄カオシュン
 そして地球連合軍第92特務部隊、通称”魁龍クワイロン”。
 高雄カオシュン基地の狭い部屋で、その人は通信を受けていた。

 仙人のような長い長い顎鬚をなでる。

「珍しいのぅ。お前さんから連絡をよこすとは」

『そういわないでくださいよ、老師……。こっちは結構大変なんですから』

「ほっほっほっ、そうらしいのぉ」

 老人はゆっくりと、まるで風に吹かれる「柳」のように立ち上がる。
 
「で、何の用なのじゃ、ペイルよ。わしも忙しいんじゃがのぉ」

 電話の相手は敵対しているはずのザフト軍の士官、ペイル・ヴェイン。
 ペイルはルーウィンが調べた情報を老人に伝えた。
 今まで飄々としていた老人の表情が少しずつ、険しくなる。

『……と、こう言う事なんですが……』

「あの殺戮のための機械人形が南アメリカに……。くわばらくわばら……」

 老人は心底恐怖した。
 あの「ベルリンの惨劇」を引き起こした地球軍の人間だからこそ。
 殺戮のための機械人形の恐ろしさを知っている。

「分かった。その、ストームじゃったかな? その機械人形とパイロットをこっちによこしてくれないかの」

『もう、そちらへよこしましたよ。あと一応敵対しているためあんまりいじるのは許可できませんよ?』

「なぁに、機体を丸々変えることはせんよ」

 高らかに笑う老人だが、すぐに腰を手で押さえた。

「あたたたた……」

『あまり無茶はしないでくださいよ、我が「師」よ」

「お前さんのそう言うところ、全く変わっとらんのぉ……」

『そう言う「師」こそ、その飄々とした性格はどうにかならないのですか……」

 師と呼ばれた老人は、少しだけ笑みを浮かべる。
 深い皺の彫られた顔が歪む。

「と、すまんな。どうも新米がわしの事を呼んでおる」

『いえ、こちらこそすいません。急に連絡などして』

「ほっほっほ、たまに愛弟子の声を聞くのも良いモンじゃ。あれじゃ、息抜きとなるのぉ」

『さいですか……』

 ペイルのため息が漏れる。
 老人もにんまりと笑う。
 
『それじゃあ失礼しますよ、師、ロンファン・リゥ』

 ぷつりと通信が途切れた。
 ロンファンは通信機を置いた。
 
 久方ぶりの愛弟子との語らいで息を抜けるかどうかは不明だが。

「さて、きゃつの面倒でもみるかのぉ。ティエン、ティエンはどこにおる!」


***


 その高雄(カオシュン)基地にザフト製の戦闘機、いやMSが降り立った。
 不思議と騒ぎにはならない。
 そのコクピットからザフト兵が降り、すぐにボディチェックを受けた。

 ボディチェック終了後、ルーウィンは近くにいた兵士に声をかけた。
 何しろ全く知らない基地なのだ。
 右も左も分からない。

「すいません。こちらの基地のロンファン・リゥという方に面会を……」

「はい?」

 振り向いたのはルーウィンより幾ばくか幼い雰囲気の少年だった。
 黒い髪、茶色のかかった瞳。
 いかにも「真っ直ぐ」そうな性格の少年。

「あ、見つけたっ! こらー、ティエンくーん!!」」

「あ、アムルさん!? すみません、失礼しますっ! ・・・あんな請求書、洒落になんないよ、姉さん!」

 その少年は逃げ出してしまった。
 一体なんだったんだ?
 その少年の後ろをピンク色の軍服を纏った少女が追いかけている。

 なにやら「化粧品」がどうのこうの言っている。

「道を……聞きたいんだけどなぁ……」 

「待たせたのぉ。ザフトの兵士よ」

「あなたが、ロンファン・リゥ……」

 目の前に現れたのはまさしく仙人と呼ぶのに相応しい老人だった。

(Phase-3  完)

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