Phase-1 Boy Meets Girl

 C.E73。
 世界は未曾有の混乱に陥っていた。

 ブレイク・ザ・ワールド。
 ユニウスセブンの破片落下による被害は甚大で、世界は破滅一歩手前まで歩んでいた。

 地球連合軍の開発した「GFAS−X1 デストロイ」による「ベルリンの惨劇」。
 ザフト軍新鋭艦「ミネルバ」と「ZGMF-X56S インパルス」、そして「ZGMF-X10A フリーダム」によってデストロイは撃破されたものの、残されたのは悲しみと怒り、そして憎しみ。

 それから数週間が経過した。
 南アメリカ、ザフト軍ファンダル基地。
 今、この基地ではある任務についての話で盛り上がっていた。

 この地域にはファンダル基地のほかに、もう一つ基地が存在していた。
 地球連合軍ギリアム駐屯基地。
 先のベルリンの惨劇で甚大なる被害をもたらしたデストロイ。
 それが企画されたのがこの基地と言う噂がある。

 ベルリンの悲劇から数週間が経過した現在。
 この駐屯基地でなにやら動きがあったという。

 もしかすると近々大規模な戦闘になるのでは。

 そんな噂がファンダル基地に広がっていた。

「馬鹿馬鹿しい。噂くらいでびくびくしてんじゃない!」

 灰色の髪の男が言う。

 ルーウィン・リヴェル。
 年齢は19。
 赤服を纏っている事からも彼の腕の良さが証明される。

 彼は噂と呼ばれる類の物を信じていない。
 噂は噂。
 現実は現実。

 ようはルーウィンと言う男、目に見えるものしか信じていないのだ。
 もちろん生粋の現実主義者と言うわけではないのだが。

「落ち着けよ。それよりそろそろ遂行時間じゃないのか、任務の」

「もう、そんな時間か」

 ルーウィンにはある指令が下されていた。
 
 先述したギリアム駐屯基地の偵察。
 それが彼への指令。

 もちろんそんな危険な任務、ただただ赤服だからと言うわけではない。
 それは、彼の機体にあった。

 ZGMF-X79S ストーム。
 彼の機体である。
 ギルバート・デュランダル議長の指示のもと、極秘裏に開発された最後のセカンドステージMS。

 機動性に優れた可変型MS。
 武装は56ミリ高エネルギービームライフル、ヴァジュラ・ビームサーベルが2振り、CIWSが4門、GPシールド、アムフォルタスビーム砲とスーパーフォルティスビーム砲が2門、
 動力は「核エンジン」と「デュートリオンビーム送電システム」のハイブリッドである試作型ハイパーデュートリオンシステム。
 
 このMSならばもし発見されてもある程度応戦できる。
 しかしながらくせの強いストーム。
 ルーウィンもたびたび振り回されてきた。

「今日の調子はどうなんだ、ストームは?」

 同期のパイロット、リーファスが問う。
 ルーウィンには分からない。
 MSの調子など。
 ただ、一つ分かるのは。

「ストームは気まぐれって事だけかな」


***


「良いか、あくまで上空からの偵察だ。戦闘になっても大きな騒ぎにだけはするなよ? 時期が時期なんだ」

「了解」

「進路クリア! ストーム、発進どうぞ!」

 ストームの目の前のハッチが開く。
 今日も良い天気だ。
 絶交のフライト日和。

「ルーウィン・リヴェル、ストーム、出るぞ!」

 ストームが発進し、変形する。
 この出撃が、彼にとっての運命を変えるものとなる。


***


 ギリアム駐屯基地まではファンダル基地から約3時間ほど。

 何度かギリアム駐屯基地との間に戦闘が生じた事がある。
 その時はウィンダムやダガーLなど、現在の主力MSで立ち向かってきたのだが。

「まったく……駐屯基地のやつらは何をしたいんだ」

 近くの町を襲撃したり、わざわざファンダル基地まで赴いて戦闘を行ったり。

「案外何かを隠しているのか? ……杞憂だといいけど」

 ふと、外を見た。
 青い空がどこまでも広がっている。
 こんな日は日当たりの良い場所で休むに限る。

 この任務が終わったら休むか。
 そして美味しい水で喉を潤いながら。

「たまんねぇな、ちくしょう」

 だが、ストームのレーダーが駐屯基地を捉えた。
 任務開始である。
 本当ならば基地に侵入したほうが手っ取り早いのだが。
 あいにく基地に簡単に侵入できるほど駐屯基地の警備もざるではない。

 上空から分かるだけの情報を集めなければならない。

 モニターに映る駐屯基地。
 別段変わったことは無さそうだ。
 強いて言えば警備用のMSが外に出すぎているというところか。

「何か……あるのか?」

 もう少し。
 もう少しだけ。

「あれは……?」

 モニターで拡大する。
 巨大な砲門がいくつものコードで基地につながれている。
 ローエングリン。
 その砲塔はローエングリンと呼ばれる「陽電子砲」だった。

 ガルナハンにかつてローエングリンゲートと呼ばれた場所があった。
 それと同じものが、ギリアム駐屯基地には置いてあったのだ。
 どうやら近々大規模な戦闘があるのは間違い無さそうだ。

 できることなら今のうちに破壊しておきたいが。
 何しろ駐屯基地一つに、身一つで突っ込むほど非常識ではない。

 ストームの進路を変える。
 同時にアラートが鳴り響いた。
 

「見つかった……!? 早く帰りたいのに!」

 ストームを変形させる。
 目の前にはジェットストライカーを装備したウィンダムが4機。

「ウィンダム4機か……。ちょうど良い、今日のストームの機嫌を伺ってやる!」

 56ミリ高エネルギービームライフルのトリガーを引いた。
 ビームがウィンダムを掠める。

 騒ぎは大きくするな。

 そんな言葉が頭をよぎる。
 こんな状況で、騒ぎを大きくしない方が無理である。
 応戦しなければこちらが死ぬ。
 任務の途中で死んだとなっては後世の恥である。

「逃げるしか、ない……!?」

 その時だ。
 ストームの試作型ハイパーデュートリオンが停止した。

 血の気が引いた。
 まっさかさまに落下していくストーム。
 前々からよくあるのだ。
 試作型エンジンのため、色々と都合が悪い。
 このままだとどこに落ちるのか。


***


 少女は家にいた。
 光のない深淵の闇の世界に、彼女はいた。

 フィエナ・アルフィース。
 17歳。
 先天的な盲目のため、17年もの間光のない世界で生きてきた。
 両親は彼女が3歳の時に死んだ。

 しかしながら彼女は両親の顔も、死に際も目にしていない。
 
「今日も……外はどのような天気なのでしょうか」

 誰も答える人はいない。
 ゆっくりと立ち上がり、玄関へ。
 盲目ながらも、家の構造は分かっている。
 17年もそんな生活を送っているので、体が覚えてしまった。

 暖かい日の光がフィエナを包む。
 どうやら良い天気のようだ。

 ふと肌で感じていた風が変わった。

「……風が、変わった?」

 直後、耳を劈くような轟音が周囲に響いた。
 MSが空から降ってきた。
 荒れ狂う風がフィエナを襲う。
 その勢いに圧倒され、彼女は倒れてしまった。

「……っ、痛っ!」

 男の声がした。
 誰なのか。
 少なくともこの町の人間ではない。

「君、大丈夫か!」

 若い男の声が自分に向けられている。
 倒れた自分を心配してくれたようだ。

 暫くして男はフィエナの目が見えていないことに気が付いた。
 男がフィエナを背中に背負い、家まで案内するといった。
 そうは言っても家などすぐそこなので、歩いていけるとフィエナは返した。

「でも……なぁ」

 自分の不注意で巻き込んでしまったのだ。
 このまま「さようなら」と言うわけにはいかない。
 そこで男は「せめて家まで見送らせてくれ」と言った。


***


 フィエナの家の中は綺麗にまとまっていた。
 全ての家具が彼女が数歩でとりにいけるほどの距離にある。

「綺麗にまとまっているんだな、家の中」

「実際に見たことはありませんが……もう慣れましたので」

 フィエナは彼に出すためのお茶を淹れていた。
 紅茶だろうか、鼻によい香りがつく。

「あの、運ぶよ?」

「いえ、大丈夫です」

 フィエナは上手くバランスをとりながら紅茶を運んできた。
 付け合せにはクッキー。
 それを食べる。
 とても任務を終えたとは思えないくつろぎ方をしている。

「ところで、どうして空から……?」

「その、任務中だったんだけど、俺の機体が機嫌を損ねたらしくてね。落ちたんだ」

「怪我などは、してませんか?」

「大丈夫。頑丈なのがとりえだから」

 男はコーディネイターだった。
 そしてフィエナはナチュラル。
 今は相反する物同士。
 だが共に同じ人間には変わりがない。

 しかし今のこの世界はそれに気が付かない。
 ナチュラルはコーディネイターの事を化け物扱いし。
 コーディネイターはナチュラルの事を下等生物扱いする。

「君は、俺の事を貶したりしないんだな」

 男が問う。
 フィエナは手に持っていたティーカップを置いた。
 ことん、と言う小さな音が部屋に響く。

「コーディネイターの方が全て悪い人とは思っていませんから。少なくとも貴方は私のことを心配してくれました……」

 男は黙っていた。
 もしも世界が彼女のような人ばかりならばどれだけ楽か。

「逆に貴方は私のことを、貶したりしないんですね……」

「する理由がないさ。俺は別に何もしていないナチュラルに向って罵倒するような非常識じゃあない」

「ふふ、優しいのですね」

 優しいというか変わり者と言うか。
 なんだか複雑な心境だった。

「と、そろそろ戻らないとな。あいつの機嫌も直ったかもしれないし」

 男が席を立つ。

「そうだ」

 振り向き、フィエナを見る。



「俺はルー、ルーウィン・リヴェル。君の名前は?」

「フィエナです、フィエナ・アルフィースです」 



 互いに名乗り。
 ルーウィンはストームに乗り込んだ。

「また、逢えますよね?」

「だと良いけどね」

 ストームが地面より離れた。
 慌しく別れてしまったが。
 きっとまた逢える。
 ルーウィンはそう思っていた。


***


 基地に戻ったルーウィンは当然のごとく叱責を受けた。
 しかしながら彼の手に入れた情報、強いてはローエングリンの存在については衝撃的だったらしく。
 彼に対する処罰も今回のこの情報などで帳消しとまではいかないが、それなりに軽い物となった。

「それにしてもローエングリンゲートがギリアム駐屯基地にあるとは……。あの基地からならばこの基地を狙う事も可能だろう」

「その場合の被害は?」

「計算します」

 オペレーターが計算を始めた。

「それにしてもルー。お前はどこにいたんだ? 作戦終了時刻からかなり経過しているが」

「実は基地でその写真を手に入れた後、ウィンダムに襲われて……」

 ルーウィンは隊長に全て話した。
 試作型ハイパーデュートリオンシステムが停止してストームが墜落した事。
 フィエナの家でお茶をご馳走になっていたことなどなど。

 隊長もそこまで物分りの悪い人間ではないが。

「計算結果、出ました」

 モニターに映し出される計算結果。

「もしもローエングリンがギリアム駐屯基地から発射された場合、半径5キロに被害が及ぶと思われます」

「5キロ……」

「はい。周囲の町にもベルリンの惨劇と同等かそれ以上の被害が出るかと」

 あの惨劇がここでまた?
 それだけは阻止しなければ。
 
 もしかしたらローエングリンの他に何かあるかもしれない。
 これからのギリアム駐屯基地の動きには何よりも注意しなければならない。

「それでは、失礼します」

「ルー」

 隊長に呼び止められた。

「4時間だ」

「は?」

「4時間だけその子の家に向かう事を許可する。彼女にとってもお前にとってもよい話し相手だと思うが?」

 突然の許可。
 理由は分からない。
 
 少しの間、頭の中が白くなったが。
 やがて考えがまとまり。

「ありがとうございます」

 ルーウィンが姿を消した。

「……良いんですか? 勝手にそんな許可を下ろして」

「なぁに、誰にも人の恋路を邪魔する権利はないさ」

「恋路、ですか」

「見て分からなかったのか? そのフィエナって子の話をしていた時のルーを」

 言われてみれば。
 どこか頬を紅潮させ、生き生きと話していたようにも思える。

「若いって良いよな?」

「そんなこと私に聞かないでください、隊長」


***


 誰にも等しく人を好きになる権利がある。
 誰にも等しく人に恋する権利がある。
 これは一人のコーディネイターの男と、一人のナチュラルの少女の物語。

 それは海よりも深く、尊いもの―――――――――――。 

(Phase-1  完)

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