Phase-09 北欧B‐セフィ、来る‐
「どう言う事だ、貴様ァッ!!」
怒号が響き渡る。
それは司令室から。
ライルの前には殺気に満ちた少年が立っている。
「落ち着け、カルラ・オーウェン」
「何故この間の戦闘に俺を連れて行かなかったと聞いている!!」
「……忘れていたと言うのは理由にはならないか」
「ふざけるなッ!!」
カルラがライルの胸倉を掴みあげる。
しかしライルは眉一つ動かさず。
恐れているのではない。
かといってこの状況を受け入れているわけでもない。
見極めようとしているのだ。
カルラという男の事を。
何故ここまで彼は戦いたがるのか。
その事をライルは知ろうとしていた。
「君を出撃させなかったのは謝ろう。だが、だからといって目の前の隊長に食って掛かるのはどうかと思うがな」
ライルは静かに言うと視線を部屋の隅に送る。
そこには監視カメラ。
「何時でも君の行動は監視している。もし、君があらぬ行動劣ればすぐに衛兵がやって来る。それでも良いというのなら」
空いている右手でカルラの方を掴む。
「私を殺してみろ」
「クッ……!」
思わず顔をしかめるカルラ。
それほどの握力なのだ。
カルラが手を離す。
悔しさがにじみ出ている。
「次の出撃には君を必ずメンバーに入れておく。心配するな」
「……」
黙ってカルラは司令室から出て行く。
次の出撃で、鬱憤を晴らすように活躍をしてくれるだろう。
残すはレジスタンスたちの出方のみ。
さぁ、どう出てくるか。
***
作戦内容はこうだった。
先にブレイズとレフューズが出撃。
二機で敵地をかき回す。
もちろん、たった二機で敵基地を落とせるなんて考えていない。
敵もそのことに油断をするだろう。
そこで東からヴェルドとエイス。
西からアイリーンとアルフによる奇襲をかける。
さらには夜のうちに北へ移動したリースとクレイが仕掛ける。
敵は囲まれる。
「この作戦の鍵はタイミングだ。特にセカンドラインとなるヴェルド達。失敗するなよ?」
「分かってるさ、そんなの。俺たちは傭兵だぜ? 失敗なんてしちゃぁいけないんだよ!」
リエンの忠告にヴェルドが返す。
根拠の無い自信に満ち溢れている。
しかしながら戦場では何時何が起こるかわからない。
その事を忠告しているのだ。
第三波―サードラインともなれば敵の戦力の大半は削れているはず。
リースとクレイの乗機はシグー。
やや力不足感は否めない。
だから彼らをサードラインとした。
「先行する! フレア、出るぞ!」
ヴェルドのフレアを先陣に、カラーズが出撃する。
それぞれの持ち場につくためには基地からもかなりはなた所からの出撃となる。
それぞれが持ち場についたら暗号電文を送るという事になっている。
暗号電文が届くまでに、ミストラルも作戦開始地点に到着しないとならない。
「ロイド、アキト、機体の調子はどうだ?」
『別段変わったところなんて無いですよ。いつも通り、調子は良いです』
『こちらもだ。抜かりは無い』
「初手が重要だ。そういう意味では重要な任務だからな」
『了解』
『了解した』
作戦開始地点まで残り1500。
そろそろか。
リエンが第一戦闘配備を発令する。
ブレイズが第一カタパルトに。
レフューズが第二カタパルトに乗る。
モニターに光が灯る。
「進路クリア! ブレイズ、レフューズ、発進どうぞ!」
「ロイド・エスコール、ブレイズ、行きます!」
「……アキト・キリヤ、レフューズ、出る」
二機のMSが出撃する。
ミストラルも武装の火器ロックを解除し、戦闘態勢に入る。
まずは揺さぶりをかける。
それがロイド達の目的。
ある程度的の戦力をおびき出したところで、セカンドラインであるカラーズの侵攻。
そして敵が基地を放棄、あるいは逃走を謀ったところでレジスタンスの出撃。
ブレイズとレフューズの接近という知らせは、敵基地でも確認できた。
すぐにMSを出撃させ、応戦する。
飛び交うビームの中、ブレイズとレフューズは突き進む。
「この間は、よくもやってくれた! こいつは」
ブレイズのグロウスバイルが展開する。
北欧に来てからやられっ放し。
「礼だ!」
次から次へと広がる被害。
MS輸送基地の司令室では絶え間なく報告が行われる。
「ヴァリー隊、被害甚大! 壊滅状態です!」
「守備隊は何をしている……! 相手はたかが二機だぞ! もう四個小隊追加しろ!」
「しかし基地長。このままでは他の基地への戦力が……」
「ここを落とされるわけにはいかんのだ! それこそ、ライル・セフォードに笑われる……ッ!」
***
そのライルの耳に、MS輸送基地が襲撃を受けているという報告が届いたのは戦闘開始から1時間ほどが経過してからだった。
既に輸送基地の被害は広がっており、近隣のザフト軍基地には救難信号が出されているほど。
「いかがいたしますか?」
セフィが問う。
ライルはしばし考える。
ライルとて人の子。
同士の窮地を見過ごす事などできない。
「出撃するぞ、セフィ・エスコール。カルラ・オーウェンにも伝えろ。MS隊は……このメモの人間を連れて行く。あとはこの基地で待機だ」
「待機、ですか」
「奇襲をかけられたらたまらないのでな。行くぞ」
立ち上がり、出撃準備をする。
輸送機にMSが運ばれる。
パイロットスーツに着替えるセフィ。
冷たい生地に、体が瞬間的に冷えていく。
乗機のシグーに乗り込む。
「今度は、しっかりしないと……」
少し前の戦闘でシグーを失った。
今のシグーはいわば二代目。
シグーを輸送機に運んだら、そのままコクピットで待機する。
やがて、微振動が起こり、上昇による重力がセフィの体を包む。
ライルからパイロット全員に指示が下る。
先陣を切るのはライル、セフィ、カルラ。
その後ろを二機のジン、二機のシグーが展開。
どうやら敵は基地を囲むように展開している。
ならば、その囲んでいる部分のどれかを潰せば、輸送基地の人間は逃げる事が出来る。
どこを狙うかは、現場についてからでないと分からない。
ライルは次第に近づいている戦場を前に、ある資料を読んでいた。
それはセフィをこの基地に迎えた時に手渡された彼女の出生などが書かれた資料。
前々から気にかかるとこをが彼女には多々あった。
年齢以上に大人びた雰囲気。
どこか冷めたような性格。
そして幼少の頃の記憶の皆無、両親の存在。
「話には聞いていたが、彼女が……」
ライル自体、セフィ、あるいはそれに関係する事については調べていた。
そしてある一つのコロニーにたどり着いた。
L4に位置するコロニー、メンデル。
全ての答えはそこにあり、ライルもその答えを見つけた。
そして彼はセフィにこう持ちかけた。
君がもし、自分の右腕として活躍してくれるなら。
「君に関する情報の全てを明け渡そう……か」
さて、それは何時になるやら。
***
カラーズが出撃した。
ヴェルド・エイス組とアイリーン・アルフ組がほぼ同時に動く。
ヴェルドのフレアが後衛に回り、オフェンスはイェーガー。
ブレードとニグラは臨機応変に対応する。
「アルフ、来るわよ!」
「分かっている。やられはしないさ」
「もう……」
中距離用のニグラに、近距離用のブレード。
やや遠距離からの攻撃に不安が残るものの、安定した戦いを見せている。
ブレードのレーザー重斬刀が敵機の腹部を貫いた。
爆発する前にレーザー重斬刀によって串刺しになった敵機を投げつける。
なんとも豪快な戦い方、それがアイリーンという女性。
変わって、アルフの戦い方は実に堅実なものだった。
敵の攻撃を避け、カウンターでライフルを放つ。
アイリーンほど派手さは無いものの、被弾率の低さ、敵機の破壊率の高さはカラーズでも随一。
ある意味、カラーズの戦闘の土台を担っているのがアルフの乗るニグラと言っても過言ではない。
ヴェルドの立てる作戦でも、汎用性の高いエイスのイェーガー、アルフのニグラをアタッカーにすることが多い。
それはフレアやブレードのように偏った性能を持っているのではなく。
どんな時でも安定した性能を発揮できるから。
それに加えてアルフの冷静さが、ニグラの性能を更に引き上げているのだ。
「こちらは順調だな。ヴェルド達のほうは……?」
「ヴェルドとエイスなら大丈夫でしょ。リーダーと……」
とにかく大丈夫だと、言い張るアイリーンに一抹の不安を覚えるアルフ。
そのヴェルドとエイス。
確かにアイリーンが言ったとおり、大丈夫ではあった。
イェーガーの火力は低いが、フレアがそれを補っている。
逆にフレアは支援に徹しているために、機動性を殺しているがイェーガーがそれを補って、接近する敵を素早く切り倒している。
双方が双方の弱点を補っている戦い方。
ヴェルドとエイスが組んだときの戦闘スタイルは、コンビネーションが物を言うスタイルだった。
「エネルギーが残り55パー……。エイス、攻め込むぞ!」
「は、はいぃ!」
些か頼りないエイスの返答だが、それで良い。
エイスの調子が辺に変わっていない確認。
エイスは優しい子だ。
すぐに色々と調子が変わってしまうのだ。
こうしてやや頼りなさ気な返事の方が逆に安心できるのもまた事実。
とはいえ、フレアのエネルギーも半分に到達しようとしている。
MS格納庫を集中的に狙っていく。
巻き起こる爆発に飲み込まれるMS。
「そろそろサードライン出現の時間です、ヴェルドさん!」
「よし、スパートかけるぞ!」
フレアが全ての兵装を展開する。
発射。
一斉射撃はエネルギーを喰う。
しかしそれが、引き金だった。
サードライン、第三援軍の出現。
レジスタンスが攻め入る。
たかがレジスタンスの戦力は二機のシグー。
それでも、十分だった。
もはや輸送基地の戦力は激減していたから。
このまま行けば、ミストラル・レジスタンス連合の勝利は揺ぎ無い。
そう、このまま行けば。
***
「何も援軍は貴様らだけではない、と言う事だッ!」
上空を飛行していた輸送機のハッチが開いた。
地上に向かって飛来するライル達。
ミストラルのレーダーがそれを捉えた。
光点が示す数は七。
「て、敵の援軍です!」
「上、だと……!? イーゲルシュテルン、迎撃しろ!」
「ま、間に合わない……!」
基地に降り立った七機のMS。
先頭に立つのはシグー。
そして何時ぞやの小島でであった漆黒のMSまで。
そのMSを見て、ロイドの背筋がゾクリと震え上がる。
「カルラ……ッ!」
ブレイスが走る。
ロイドが持ち場を離れたのだ。
「ッ!? ロイド!」
滅多な事では大声を出さないアキトが叫ぶ。
その制止を振り切って、ロイドは漆黒のMSに突進する。
「カルラ、カルラ・オーウェンッ!!」
「あぁん?」
衝突。
ブレイズとシグー。
「なっ……!」
「カルラ・オーウェン、行って」
シグーに乗る少女、セフィ。
彼女はブレイズに体当たりをし、ツヴァイを防護。
バランスを崩すも、ブレイズは立ち上がる。
「ふん、女に守られるほど」
ツヴァイがビームライフルを構える。
「俺は落ちぶれちゃぁいねぇよォッ!! アマちゃんがぁぁぁぁっ!」
『カルラ』
「何だよ、邪魔するなよォッ!!」
『ここはセフィ・エスコールに従え。私も確認したい事がある』
わざとライルに聞こえるように舌打ちをする。
ライルに従い、カルラは別の相手を探す。
セフィのシグーとブレイズが真正面からぶつかる。
シグーの重斬刀がブレイズに叩き込まれるが、ダメージは蚊ほども感じられない。
やはりシグーでは、ダメージを与える事はできないのか。
「そんな事は、ないはず……!」
狙うは関節。
コーディネイターであるセフィだから狙える。
そもそもナチュラルの動体視力では動いているMSの関節だけを狙うなど不可能。
左肩の関節を狙い、重斬刀を突き出す。
咄嗟にロイドが反応した。
今の感覚。
相手の出方が分かる。
アキトとの模擬戦や、他の戦闘では味わう事のできない感覚。
それを、身をもって体験したのは二回目。
「このシグーのパイロット……あの時の変なやつか!」
「貴方は、何なの……? 私の、何?」
セフィが問答する。
「君は……何だ?」
ロイドが問答する。
「君はッ!!」
「貴方はッ!」
シグーとブレイズが再び衝突。
もはやロイドの頭の中に輸送基地襲撃も、カルラのことも無い。
ただただ確かめたい。
目の前に立つ相手のことを。
この奇妙な感覚の事を。
何故相手の出方が分かる?
何故こんなにも息が苦しくなる?
何故?
どうして?
相手を倒せばそれが分かるか?
ブレイズのビームライフルをシグーが避ける。
いくら機体性能で勝っていても、ナチュラルとコーディネイターの反応速度では負けている。
この辺りで、ブレイズとシグーはほぼ同じ条件といえるだろう。
機体性能で勝ち、パイロットの能力で負けるか。
機体性能で負けているが、パイロットの能力で勝っている。
「貴方は、教えてくれるの……? 私を……」
「このままじゃ……!」
ロイドの顔に疲労の色が浮かぶ。
気持ちの悪い感覚のまま戦うから。
「俺は……」
息を整えようと、深呼吸する。
「俺は」
頭がぼぅっとする。
グロウスバイルを展開。
接近するシグーの右腕を切り落とす。
セフィは息を飲んだ。
幼い少女の心に生まれる恐怖心。
それが反応を鈍らせる。
やられる。
次に狙うのは、胴体。
死ぬ前に。
「クッ……」
コクピットハッチを開いてセフィは。
シグーより飛び降りた。
セフィの考えたとおり、シグーは胴体を貫かれ爆発した。
飛び降りた瞬間に爆風にあおられたセフィは地面に叩きつけられる。
「あぅっ……! ッ……」
華奢なセフィの体が揺れる。
爆発の先行で目が覚めたのかロイドの意識が覚醒する。
「今、何、が……?」
アラートが鳴り響く。
ロイドがコンソールを操作し、モニターがそれを見つけた。
倒れているザフトのパイロット。
生命探知機能が働いたのだろう。
サーモグラフィなどがその兵士の生存を知らせる。
「さっきの、パイロット?」
ロイドがブレイズを降りる。
腰のポーチにはハンドガン。
ゆっくりと近づくが、起き上がる気配はない。
気絶しているのだろうか。
ロイドがその華奢な体を抱きかかえ、ヘルメットを取る。
「なっ……!」
戦っていたのは、男だと思っていた。
女のパイロットがいると言う事を知らないわけではない。
あのMSの操縦技術は、ロイドはずっと男のものだと思っていた。
しかし目の前にいるのは誰だ。
非常に綺麗な水色の、長髪の少女ではないか。
気のせいか頬が紅潮している。
それが艶やかに見えて。
「女、の子……? 俺やアキトと、同年代っぽいけど……」
ロイドはそのままブレイズコクピットに乗り込む。
やはり一人用のコクピットに二人が入ると狭い。
「ミストラル、聞こえるか! こちら、ブレイズ、ロイドだ!」
***
戦闘はザフトの援軍が来た時から、横這い状態。
その援軍としてきたザフト軍の力が強い。
精鋭部隊、と言う訳か。
「おい、あの女の反応が消えたぞ!」
「セフィ・エスコール、やられたか……? カルラ、生存反応は?」
「ちっ……待ってろ。……ないみたいだ。死んだか? ざまを見ろ」
「いや、生きている」
ライルは冷静だった。
自分の部下が死んだのかもしれないのに。
「それに彼女は絶対に私の元に戻ってこなければならない理由がある」
「ハッ、そういうの気にいらねぇ……」
ライルにとってセフィは玩具でしかない。
部下でも仲間でも。
自分の言う事だけを聞き、自分の命令どおりに動く。
そうしなければ彼女は、セフィはならないのだ。
「ん……」
セフィが目を覚ます。
薄暗く、狭い部屋の中。
彼女の息遣いだけが響く。
「ここは……?」
辺りを見回す。
部屋は鉄格子によって閉ざされている。
床にかすかに振動が生じる。
「戦艦……」
「気がついたか」
セフィの前に現れたのは地球軍の軍服をまとった人間。
警戒するセフィ。
その手にはハンドガンを握り締めようとしていたが。
「……ッ」
「銃ならこっちだ。一応俺たちは地球軍ではないとはいえ、殺されたくはないし」
この艦の艦長だろうか。
セフィには分かる。
彼女は尚も警戒を続け、何も話そうとしない。
「そんなに警戒しなくてもなぁ……。別に殺そうとはしないし」
「嘘」
「嘘じゃないさ」
その飄々とした態度に、一度は立ち上がったセフィが再び腰を下ろした。
冷たい、鉄のベッドの感覚が彼女の体を突き抜ける。
私をどうするつもりと、セフィは訪ねた。
しかし男達は風に吹かれる柳のよう、はっきりとした答えを示さない。
ふと、セフィは自分の後頭部に痛みを感じた。
目の前に地球軍の兵士と思われる人間がいるから、神経がそちらにばかり過敏に反応していたが。
自分の額には包帯が巻かれている。
ズキズキと痛む後頭部を優しく抑え、セフィは口を開いた。
「……本当に、何もしない?」
「約束する」
「そ。良かった……」
些か捕虜であるという事を忘れるようなセフィの笑顔。
それから、再度何もしないということを誓い、男達はセフィの目の前から立ち去った。
何もしないとは言ったものの、何時開放するかまでは言っていない。
長い時間、囚われの身になるかもしれない。
セフィは仰向けに横になった。
その時、物音がした。
セフィは上半身を起こして、その音の正体を確認した。
そこにいたのはセフィと同じくらいの年齢の少年。
紺色の髪に紺色の瞳。
「貴方は……?」
ロイドとセフィ。
初めての出会い。
(Phase-09 完)
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