Phase-10 北欧C−戦いたい人間など誰もいない−

 セフィを乗せたミストラルが、レジスタンスベースに帰還したのは作戦終了から30分が経過した時だった。

 戦闘でダメージを受けたMSのメンテが始まる。

 基地とは違い完全な整備を行う事はできない。

 あくまで応急処置。

 それしか今は行えない。

 ブレイズ、レフューズ以下ミストラル所属のMSのメンテナンスが進められていく。

 カラーズの4人や、アキトが自機のメンテを行う中。

 ロイドだけは違うところにいた。

 自分の乗る機体のメンテもせずに、ロイドは薄暗い通路の奥。

 捕虜のいる、薄暗い牢獄。

 その一番奥。

 ロイドは牢を覗き込んだ。

「……」

 寝息を立てて毛布に包まっているセフィ。

 到底捕虜とは思えない。

 こうしてみるとつくづく線の細い子であることを改めて認識した。

「ん……」

 気配を感じたのかセフィが目を覚ました。

「誰?」

 その声は、落ち着いていた。

 まるで今置かれている状況が、嘘のように。

 ロイドが牢の前に立つ。

 セフィがロイド見る。

「貴方は……」

「君をここに連れてきた、赤いMSのパイロット」

「……そう、貴方が」

 立ち上がり。

 セフィはロイドに近づく。

 牢を隔てて、対峙する二人。

「あのMSのパイロット……」

「君がシグーのパイロットだったとはね、驚いた」

 互いの顔も存在も知らずに戦っていた。

 それがひょんなことから知ってしまう。

 戦争とは、一寸先に何があるか分からない。

 セフィはこの時直感的に感じていたのかもしれない。

 目の前にいる少年、ロイドは何か違う。

 彼女はライルからナチュラルが如何に酷い種族か聞かされていた。

 自分達の都合でコーディネイターを生み出して。

 自分達の都合でコーディネイターを弾圧した最悪の種族。

 そう聞かされていた。

 しかし、今目の前にいる少年はどうだろう。

 自分を殺すつもりならハンドガンの一丁でも携帯しているはずだ。

 その類が見当たらないという事は、殺すつもりで来たのではない。

 一応、彼女はそのことをロイドに問う。

 案の定、彼は否定した。

 自分は君を殺すつもりで来たのではない、と。

「ただ、気になったから……」

「……私の事が?」

 いつもの直球無鉄砲なロイドからは想像もできないほど大人しい発言。

 誰もが勘違いしてしまいそうな発言をして、ロイドは慌てて。

「だって、敵の艦に捕虜として捕まったのに、凄いリラックスしてたから……」

「……そう。ちょっと勘違いしちゃった」

 一気に顔が赤くなるロイドを、からかう様に見るセフィ。

「君はどうしてそんなにも落ち着いていられる? ここは敵の戦艦で……!」

「ねぇ、この世界に戦いたい人間っているかな?」

 問いを問いで返され、ロイドは戸惑う。

 戦いたい人間?

 それは戦争狂だろう。

 戦いたくて戦いたくて仕方のない人間。

 そんな人間、どこにでもいる。

 例えば。

「……カルラ」

「ん?」

「……俺の昔の友達と同じ名前のやつがいるんだ。あいつは、戦いたくて戦いたくて、仕方のない人間なんだと思う」

「でも、私は違う」

 セフィの目は真っ直ぐに。

 まるで心の中を見透かされるような。

「私は、本当は戦いたくなんて無い」

「でも君はMSに乗っていただろう?」

「……」

 ああ。

 ロイドはうつむいたセフィを見て動揺する。

 泣かしてしまった。

 そんなつもりではなかったのに。

「……私は、戦いたくなんて無いのに……!」

「な、泣くなんて卑怯だ! そんなつもりじゃ無かったのに……!」

「戦いたくない、けど、戦わなきゃならないの……私」

 違う。

 これは自分の言い方が酷かったからというわけではない。

 何か、別の理由があるのだ。

 ロイドがその場に座った。

「話、聞くよ?」

***

 もともと、セフィには幼少の頃の記憶がほとんど無かった。

 物心ついたときには両親は蒸発。

 周囲に親戚と呼べる人たちもいない。

 天涯孤独の身だった。

 小さい時こそ、見知らぬ人間から食料などをもらい食いつないでいたが。

 成長するにしたがって、それも出来なくなっていた。

 だから彼女は様々な土地を転々とした。

 最初、自分はどこにいて、次にどこへ向かったのかなど覚えているはずも無い。

 ただただ、無意識に彼女は各地を渡り歩いていた。

 昔の事を思い出そうにも、思い出せない。

 何で自分はこんなにも辛く、ひもじい目に会っているのだろう。

 何故両親は自分を捨てたのだろう。

 そのことばかりが脳裏に浮かぶ。

 そんな、各地を渡り歩くようになってからどれほどの年月が経過したのだろう。

 彼女の前にあの男が現れた。

 まるで道端に捨てられた子猫でも拾うかのように、彼はセフィに手を差し伸べた。

 後のザフト軍北欧侵攻部隊隊長、ライル・セフォードである。

 当時、まだまだヒヨっこだった彼は愚かながらも、上層部に無理を言ってセフィを自分の近くに置くように提言したのだ。

 その代償に、彼は宇宙での地位を失い。

 この北欧という何も無い、荒野の土地に飛ばされた。

 彼は言う。
 
 もし、君が俺の右腕として働いてくれるのなら、ザフトの情報網を利用して君の事を探ってみよう。

 セフィは喜んだ。

 こんなにも、ライルが神にも等しい人間に見えたのだから。

 今まで、自分の記憶・出生について知る人間などいなかった。

 このことはセフィにとって、何よりも嬉しい言葉だった。

 彼は続ける。

 君は俺が見込んだ少女だ、きっと良いパイロットになれる。

 彼の言うとおり、セフィはめきめきと頭角を現し始めた。

 教えた事はすぐに飲み込み、自分の力にする。

 成長の速さは、隊の中でも随一だった。

 何時しか彼女は感情を忘れて、ただ戦う戦士となりかけていた。

 数日、数ヶ月。

 彼女がザフトに入って、それだけの時間が流れた。

 セフィはライルに尋ねた。

 自分の事、何か判明したのでしょうか、と。

 しかし彼は。

 まだ早い。

 君にはもっと、働いてもらわなければならない。

 ザフトのために。

 何時になったら、自分の事を教えてもらえるのだろう。

 彼女はひたむきに、頑張っていた。

 ある時は身分を偽って敵地に潜入したり。

 ある時は破壊工作を行い。

 まるで身を削る思いで彼女は動いていた。

 それでもライルは、彼女に情報を明け渡そうとはしなかった。

 表にこそしていなかったが、いよいよもってセフィはライルの事を信じられなくなり始めていた。

 この人は結局、自分を道具としてしか見ていない。

 情報を明け渡せばセフィはすぐに立ち去る。

 情報という鎖で縛りつけていれば、自分の下から去ることも無い。

 何時まで戦い続ければ良い?

 そういった瞬間、セフィは泣き崩れた。

 辛いのだ。

 彼女は、とても。

***
 
 話す事は話した。

 聞き終えたロイドは、複雑な気分だった。

 戦う理由は誰にだってある。

 それが、まさか自らの記憶が鎖になっていたとは思いもせず。

 セフィは戦いたくないと言った。

 それは敵兵のついた嘘かもしれない。

 嘘だったとしても。

 それが嘘だったとしても。

 記憶を餌に、操るなんて。

「ここにいても、セフィ、君の記憶は戻らない」

「ロイ、ド……?」

「一度戻るべきだよ、君は。そしてもう一度話し合うんだ」

「でも、でも! そんな事したら、私……!」

「嫌でも何でも、君だってこのまま一生……繋がれたくなんか無いだろ!?」

 ロイドは言うだけ言う。

 あとはセフィの決意のみ。

 彼女の決意さえあれば、あとは。

「……ねぇ、ロイド」

 セフィがこちらに向き直る。

 涙でぐしゃぐしゃの顔で。

「私、ちょっとすっきりした。今まで私の話をちゃんと聞いてくれた人なんていないから……。だからね、約束しよ」

「約束?」

「戦争が終わったら、ここで会おうよ。もう一度……ね?」

 守れない約束。

 ロイドも、首を縦には振らない。

 けれど。

 これだけは言える。

「セフィ、生きるんだ」

***

 リエンは、頭を抱えそうになった。

 目の前にはロイド。

 突然艦長室に現れたと思ったら。

「もう一度言ってもらおうか……」

「あの子を、セフィを解放したいです!」

「エスコール少尉、それはいくらなんでも」

 ミリアの言葉をさえぎったりエン。

 ロイドは一から話した。

 セフィの置かれている状況。

 それが通るほど、甘いものではない事くらい承知している。

「……お前の気持ちも分からんでもない。だが、相手は敵兵だぞ!?」

「わ、分かってます! でも……!」

「でも?」

「……いえ」

 つい勢いで言ってしまいそうになった。

 艦長が止めても、彼女を解放すると。

 それではここに来た意味が無い。

 なるべく穏便に進めたいのだ。

「ならば、解放したとしよう。その後、彼女が敵として現れ、この艦に被害が及んだらどうする?」

「それは……」

「今のお前は自分の都合だけを押し付けている。その後の事も考えないでな」

 まるで子供のような申し出だった。

 セフィが、敵として現れないなんて確立は無いわけではない。

 しかし、それ以上に再び敵として現れる可能性のほうが高いのだ。

 そうなった場合、確実に母艦であるミストラルを狙ってくる。

 もし、撃沈されたら。

 多くの仲間の命を一瞬で失う事になる。

「もし、彼女がこの艦に銃を向けて……被害が出たら……」

「銃殺とか言うなよ?」

「・・・・・ッ」

「お前には一生背負ってもらうからな。仲間殺しという大罪を、背負って生きてもらう」

 ロイドにカードキーを渡す。

 牢の鍵。

 何も言わずにリエンはそれを差し出したのだ。

「艦長……!」

 ロイドはそれを手に艦長室を出た。

 残ったリエンとミリア。

 ミリアは呆れていた。

「艦長、何でまた……」

「止めたところでどうこうできる男じゃないだろ、あいつ。下手に縛り付けたら、余計に反発するだろ?」

「それはそうですが……」

「今はたくさん過ちを犯しておけ。そしてそのことで、後でたくさん後悔するといいさ。そうしてアイツは強くなる」

 間違いに気付かず、そのまま堕落する人間もいる。

 果たして、ロイドはそのどちらに転ぶのか。

***

 ロイドはセフィの牢の前に立ち、カードキーを用いて牢を開けた。

「ロイド……?」

「セフィ、君を解放する」

 セフィの手を握り、通路を歩く。

 セフィは、今の状況が分からずにいた。

「ロイド……?」

「艦長に話してきた。君を解放したいって。反対されたけど……」

 ノーマルスーツには着替えず。

 ただロイドは早足でブレイズに。

「次に会うときは敵かもしれない。でも、必ず生き延びるんだ、セフィ……!」

「ロイド……。ごめん、ごめんね……」

 瞬間、ブレイズがミストラルより発進した。

 シールドもライフルも持たず。

 PS装甲も展開しないで。
 
「基地はどの辺に? オートマップにするけど」

「だいたい……ここ」

 ブレイズが走る。

 揺れる機体の中で、ロイドとセフィは殆ど喋らなかった。

 互いに意識しているのか。

 それとも。

「ねぇ、ロイド」

「うん?」

「ありがと」

***

 この日、一人の少年と少女は運命的な出会いを果たした。

 後に、この二人は誰も予想し得なかった運命に翻弄される。


(Phase-10 完)


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