Phase-7 北欧@‐邂逅する戦士‐

 ザフト軍北欧侵攻部隊。

 宇宙において、ザフトと地球軍の戦力差は最初から歴然としていた。

 連合が開発したMAメビウスと。

 ザフトが開発した人型汎用兵器MSジンの戦力差は3:1、ないし5:1とも言われている。

 しかし地球軍の戦力が多数配置されている地球において、ザフトの侵攻は難航していた。

 それゆえのオペレーション・ウロボロス、オペレーション・スピッドブレイク。

 そのどちらも、狙っていた戦果を出すことは出来なかった。

 特にオペレーション・スピッドブレイクは地球軍アラスカ本部「JOSH-A」においてはサイクロプスにより大敗。

 MSを開発しておらず、戦力的にもザフトは優位だったはず。

 それでも、ザフトの地上制圧は遅々として進んでいなかった。

 特にオーブとも密接な関係にあるスカンジナビア王国がある北欧方面においては、中立国と争うと言うこと。

 それが最大の障害だった。

 中立国を攻撃すれば、ザフトへの風当たりは厳しいものとなる。

 だが、その北欧に地球軍が基地を設立した。

 これはザフトにとっては、侵攻するのに十分な理由となったのだ。

 地球軍と戦争をしている。

 北欧に地球軍が来た。

 だから戦っている。

 誰が文句を言えようか。

 いや、言えない。

 そこでもしスカンジナビアが中立の立場を利用して、介入したとしてもだ。

 ザフトは地球軍に組する国と名目を立てて、攻めれば良い。

 そのために、ザフト軍北欧進行部隊は設立された。

***

 その少女は、部屋に一人でいた。

 薄暗く、冷たい部屋。

 ただ一人でうずくまっていた。

 セフィ・エスコール。

 水色の髪と瞳を持つ少女。

 セフィは、動かずじっとしていた。

 そのままそっと、自らの左胸に触れる。

 そこにある、一つの傷跡。

 服の上からでも分かる。

 痛みが。

 外傷によるものではない。

 精神的な痛みが、はっきりと分かる。

 目を閉じれば今でも思い出す。

 その時の、様子が。

「……薬」

 青と白のツートンからーのカプセル状を飲み干す。

 思い出したくないが、消せない過去。

 彼女にとって、16年と言う短い人生で一番味わいたくない事件。

 横になるセフィ。

 虚ろな瞳からうっすらと涙が流れる。

「私……は……」

 その時だ。

 セフィの部屋に耳を貫く、呼び出し音が鳴り響いた。

 ボタンを押す。

「セフィ・エスコール、私だ」

「セフォード、隊長……」

「すぐにブリーフィングルームに集合してもらおう。事は、急を要する」

 立ち上がるセフィ。

 少女の瞳に先ほどの虚ろな感はない。

 そこにあるのは、戦士の眼。

 ブリーフィングルームにはライルと数名のMSパイロットが待機していた。

 やや遅れてやってきたセフィ。

「遅れて申し訳ございません」

「揃ったところで説明をする。まずはこれを見てくれ」

 そこには戦闘中と思われる市街地。

 ライルが見せたのは先日行われたオーブ開放戦の様子だった。

 一般の新聞の写真なので写りは悪いが、酷い戦闘だったと彼らも聞いている。

 その戦闘に、不沈艦で有名なアークエンジェル。

 そして同型艦が一隻、写っている。

「この水色の足つき、この戦艦が北欧に接近中という情報が入った」

「水色の足つきが、でありますか?」

「ああ。搭載している戦力までは分からないが、足つきの同型艦だ。相当な相手となるだろう」

 今後の予定。

 それは水色の足つきの撃破。

「皆、気を引き締めるように! 以上、解散!」

 セフィはただじっと、その写真を見ていた。

 自分と同じ、水色の足つき。

 それに乗っているのが、自分と運命を共にする相手。

***

 ミストラルはイタリアにたどり着いた。

 長旅でクルーも疲れているということで、イタリア沖で休むことに。

 ロイドはブレイズのメンテをしていた。

 オーブでエリカから渡されたビームライフル。

 新装備のため、ブレイズのOSをチェックする必要があった。

 とは言ったものの、相変わらずキーボードを打つのは苦手だ。

「エネルギー生成がこうなって……でもそうするとバランサーが……」

 面倒くさいことこの上ない。

「問題はない、か……」

 ブレイズのコクピットから降りる。

 少々空気の悪い格納庫を出て、食堂に向かう。

 小腹が空いたので、何か軽く食べよう。

 ロイドはそう考えたのだ。

 スカンジナビアには明日の夜中には到着する予定。

 このまま何もなければ、良いのだが。

 実際はそう言うわけにもいかなかった。

 艦内に響くアラート。

 敵が、攻めてきた。

「飯を喰ってる時間もありゃしない!」

 パイロットスーツに着替え、ブリッジに戦況を尋ねる。

「グーンが2、シグーが3、ジンが4、ディンが5接近中です」

「ふん……結構な数だな」

「アキト、そうは言うけどなぁ……」

「先にいく。遅れるなよ、ロイド」

 レフューズが先に出撃する。

「進路クリア、ブレイズ、発進どうぞ!」

「ロイド・エスコール、ブレイズ、行きます!」

 ビームライフルを装備したブレイズが出撃する。

 その直後にカラーズの4機のMSが発進。

 レフューズが第一カタパルト上部、ブレイズが第2カタパルト上部に着地する。

 サブフライトシステムを持たないミストラルのMSはこうして甲板に出るか、近くの小島に降りるしかない。

 スコープを取り出し、敵機をロックするもサブフライトシステムの機動性の前にそのロックをかけるにも手間がかかる。

 かといってスラスターを多用するとエネルギーがすぐに無くなる。

 ならばやることは一つだ。

 もう一度カーソルを敵機に合わせて、トリガー。

 ビームライフルより放たれる緑の光が敵機を貫く。

 ふらふらと墜落するそれに向かって、ブレイズが飛び乗る。

 足が固定され、サブフライトシステム「グゥル」を奪う。

「これで状況は五分だ!」

 翼を得たブレイズが、グロウスバイルで敵を倒していく。

 ミストラルに接近する敵はゴットフリート、そしてレフューズたちが倒していく。

 ブレイズは空中の敵を倒せばいいのだ。

「イーゲルシュテルン、3番から5番沈黙! 艦の損害率、30パーセントを越えます!」

「気を引き締めろ! 勝機は、いずれ訪れる! ゴットフリート照準!」

 巨大な光の渦に飲み込まれるザフトのMS。

「……そこだ!」

 レフューズのビームライフルが敵を捕らえる。

 後方の甲板ではイェーガーが先陣を切っていた。

 スラスター水力にも余力のあるイェーガーなら、ある程度は空中で動ける。

 それでもディンやサブフライトシステムには敵わない。

 そこで的確な援護が必要となる。

 とくにヴェルドのフレアは援護用の機体としては申し分ない。

 カラーズの攻撃に、ザフトもミストラルに取り付けずにいた。

「アイリーン、周りこめるか?」

「右から?」

「そうだ。エイスと一緒にひきつけてくれ。その隙にアルフと俺で敵を墜とす」

 作戦通りに動いてみる。

 高機動戦闘型のイェーガーと、近接戦闘特化型のブレードに翻弄される。

 案の定どうすればよいか分からない敵機は簡単に隊列を乱し始めた。

「もらった!」

 フレアとニグラの同時砲撃。

 さらに遼機を倒されたことによる動揺が、完全に相手を包み込んだ。

 戦闘は完全にミストラル隊が優勢となった。

「敵影は!?」

「残り2です!」

 ブリッジでは近くの索敵が始まっていた。

 もしこの状況で援軍でも来ようものならばこちらが不利になる。

 こちらは戦闘一つこなしたところなのだ。

 パイロットも疲弊しているし、エネルギーだって減っている。

 後から来たほうが有利なのは決まっている。

「索敵厳に。不信なものを見つけたらすぐに報告しろ!」

 各MSにも同様の指令が下される。

 このまま何も起こらないと言うことがどれだけ安心できるか。

 皆そう願っていた。

***

 戦闘はまもなく終了した。

 ミストラルも多少の被害を受けたものの、動けないと言うことはない。

 MS隊がミストラルに戻る。

 ロイドがブレイズから降りる。

 エリカからもらったビームライフルの調子は良いようだ。

「何とか、危機は脱したって所かな」

「……まだ分からない。この辺りは連合とザフトの小競り合いが続いているところだ」

「分かってるって。……そういえばこの辺りに地球軍の基地がなかったっけ?」

 北欧には地球軍第三基地がある。

 世界で三番目に建造された地球軍の基地。

 この北欧地域における地球軍の砦なのだが。

 その第三基地がどうなったかは今だ未確認のまま。

「お疲れ様! 怪我はないか?」

 カラーズの面々と合流する。

「まぁ、何とか」

「何だ、はっきりしないな。これで暫くは安全だろうよ」

「あんたも相変わらず楽観的ねぇ……。もうちょっと追撃があるとか考えなさいよ」

「確かに、な」

 そんなやり取りが交わされる。

 暫くは格納庫に留まったが、敵機補足の知らせは入ってこない。

 どうやら周囲に敵影は感知されなかったようだ。

 それが分かるや、ヴェルド達は格納庫を出て行く。

「ロイド、俺たちもいくぞ」

「あ、うん」

 だが、何か妙な感じがするのは何故だろう。

 この戦い、これだけで終わらない気がしてならない。

 そもそも本当にこの艦を堕とそうとするのなら援軍が来るはず。

 先刻の戦闘。

 どこか自分達の力量を試されている。

 そんな感じがしたのだ。

***

「戦闘において重要なのは戦略、しかし時にはそれすら上回るのが……タイミングだ」

 MSのコクピットの中で男はそう呟いた。

 どんな戦略も、戦術もタイミングが狂えば全てが狂う。

 今回もそうだ。

 確実に相手は「援軍が来ない」と安心しきっているはず。

 一つ、戦闘をこなしてMSのメンテをしなければならない今なら。

 あの青い足つきも落とせる。

 ライルはグリップを握り締める。

「セフィ・エスコール、準備は良いか?」

「……はい」

 まだ、相手のレーダーには感知される位置ではない。

「よし、仕掛ける!」

 ライルの乗るシグーが先導する。

 その後ろをセフィのシグーが移動する。

 ライルがトリガーを引いた。

 76mm重突撃機銃より放たれた弾丸はミストラルに命中するよりも早く地面に落ちていく。

 別に当てようと言う意味ではない。

 これは牽制と同時に安心しきっている相手を地獄へと突き落とす号砲。

 さあ、どうでてくる。

***

 地面に着弾した弾丸により舞い上がる砂塵。

 急な爆発音に騒ぎ出すブリッジクルー。

「どこからの砲撃だ!? 索敵!」

「弾丸のコースから察するに……2時の方向、約400!」

「遠いな……ギリギリでミストラルのレーダー圏外だ」

 リエンが指示を出す。

 MS隊は出撃をするようにということだが。

 メカニックからは出撃できる機体はブレイズだけと返答。

 他の機体は戦闘後の定期メンテに取り掛かってしまっている。

 出撃、出来ない。

「くそっ……! 相手はこれを狙っていたのか……?」

 戦闘後、メンテをしない軍などない。

『リエン大尉、ブレイズ出ます!』

「メンテはどうした?」

『帰ってからやりますよ! このままじゃ、堕ちる!』

 ビームライフルをブレイズが握り、カタパルトに乗る。

 勢い良く、カタパルトが駆動し、ブレイズが表へ出る。

「報告にあった地球軍の最新鋭機、シンプルで悪くない! だが!」

 敵機の出現を確認するとライルがグリップについているボタンを押す。

 シグーのスラスターが唸り、地面スレスレのところを高速で移動する。

「パイロットはどうだ!」

「くぁ……!」

 小さいうめき声を漏らすロイド。

 PS装甲で守られているとはいえ、衝撃までは吸収できない。

 かつてある名将がこう言っていた。

 PS装甲と言えど、実弾76発程度命中させれば装甲は解除される、と。

 ライルは時間こそかかるがそれを狙っていた。

 幸いライルのほかにセフィもいる。

 一機38発ほど命中させれば良いのだ。

「……行きます」

 セフィのシグーがガトリングを構えて。

 放つ。

 シールドでばら撒かれた弾丸を防ぐブレイズ。

 その隙にシグーが接近し、重斬刀を抜刀する。

 ロイドもグロウスバイルを展開。

 重斬刀を切り落とすが。

「囮ッ!? こいつらァッ!!」

「何なの……このパイロット、何なの!」

 セフィは違和感を感じていた。

 まるで目の前の相手は、鏡に映る自分。

 まるで目の前の相手は自分そのもの。

 まるで、まるで。

 まるで自分と戦っているような。

「このォッ!!」

「何なの……」

「何なんだよ!!」

「何なのよ!!」

 互いの声は届かない。

 だが同時に彼らは叫んでいた。

 シグーの弾丸がブレイズに命中し。

 ブレイズの放つビームがシグーを掠める。

 やはり地上でのビームは熱などの影響で使い勝手が違う。

「なかなか奮戦しているようだが、こちらは2体! どうする、連合のMSッ!」

「どうする……このままだと悪戯にエネルギーが……!」

 ロイドの額にジワリと汗がにじんだ。

 しかし今動けるのは自分だけ。

 やるしかない。

 やるしかないのに。

「こんなところで……死ねるかよ! 俺も、ミストラルもォォッ!!」

 ブレイズの瞳が変わる。

 いつもの緑から燃える様な真紅へ。

「おおおおおおぉぉっ!!」

 ブレイズがセフィのシグーに突進する。

 そのまま押し倒す。

 今までとは違う、荒々しい戦闘方法に戸惑うセフィ。

 それには、恐怖を感じていた。

「セフィ・エスコール!」

 ライルのシグーが重斬刀を握り締めて、走る。

 PS装甲に守られていない、関節部を狙えば。

「さぁ、放してもらうぞ!!」

「さ、せるかよォォォッ!! 貴様如きにッ!!」

 ブレイズがシールドで斬撃を防ぐと同時に、イーゲルシュテルンを放つ。

 ライルのシグーの頭部に全弾命中し、爆発する。

 すぐに後退するも、相手の狙いはライルに切り替わったようだ。

 グロウスバイルを展開して迫るブレイズ。

 ゆっくりと歩を進め、威圧的に迫る。

「隊長……!」

 セフィのシグーの突進で、ブレイズはバランスを崩した。

 ライルは考えた。

 何があったかは知らないが、相手は今まともな判断が出来る状態ではないようだ。

 このまま攻めるか。

 それとも撤退するか。

 2機で攻めれば、判断できていない相手はより混乱するだろう。

 しかし、あの瞬間。

 敵機のカメラアイの色が変化した時から戦闘力は増大してる。

 正攻法で勝てるわけがない。

 ならば、撤退するか。

 敵を目の前にして。

「……撤退するぞ、セフィ・エスコール」

「隊長……?」

「どうやら、とんでもない地雷を踏んだようだ、俺達は」

 シグー2機が撤退する。

 生き延びることが出来た。

 今回も。

 瞬間、ロイドの意識が落ちた。

***

 次にロイドが目を覚ましたのは、ミストラルの自室だった。

 上半身を起こして、記憶を手繰り寄せる。

 戦闘中、ちょうど2機のシグーに襲われたところまでは覚えている。

 そこからだ。

 おぼろげにしか覚えていないのは。

「確か……シグーが迫って……」

「あ、起きました?」

「エイス、さん?」

 エイスが現れた。

「大変だったんですよ。ロイドくん、意識ないし……ブレイズは運ばなきゃならないし」

「すいません……」

 珍しくしょげる。

「でも、凄かったですよ! あの二機のシグー、相当な腕だったのに……」

「はは……」

 苦笑する。

 正直覚えていないので何と返答すればよいか分からない。

 ただ、妙な違和感は感じていた。

 片方のシグーと戦った時。

 その違和感がなんなのか、分からないが。

「それじゃあ、今はゆっくり休んでください」

 エイスがそういうとロイドの部屋から出た。

 部屋から出た彼女は、通路でアキトと遭遇した。

「ロイドの様子は?」

「特に体に異常は無さそうです。いたって普通でした」

「そうか……」

 会釈してエイスが立ち去る。

 壁に寄りかかってアキトは先ほどの戦闘のことを思い出していた。

(あのシグー……まるで動きがロイドそのものだった……。癖も、MSの操縦技術も……! 一体、何者だ……?)

***

 基地に帰還したライルとセフィ。

 ライルは今後の作戦を練るために司令室へ。

 セフィは部屋に戻るなりすぐにベッドに横になった。

 顔はすっかり青ざめており、肩は小刻みに震えている。

「何なの……あのMS……!」

 気持ちが悪かった。

 まるで相手の出方が手に取るように分かった。

 それと同時に、こちらの考えが筒抜けになっているような錯覚。

「まるで……自分自身と戦っていた……!」

 自分自身の体を抱きしめる。

 ドッペルゲンガーと言う現象がある。

 もう一人の自分の姿。

 それを見たものはやがて命を落とすと言われている。

 そのドッペルゲンガーとでも言うのか。

 いや、そんな事があるわけが無い。

 自分は自分、それ以外の自分など存在しない。

 セフィは背を丸め、より強く自分自身を抱きしめた。

 柔らかな感覚が彼女の腕に生じる。

 そう、自分は自分。

 相手が何であれ、その事に惑わされてはいけない。

「わ、たしは……ぁ……!」

 くしゃっ、とセフィの顔が崩れる。

 涙を流し、嗚咽を漏らす。

 ただただ、気持ちが悪かった。

(Phase-7 終)


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