Phase-6 天使は宇宙へ、光は北欧へ
6月15日。
オーブ開放作戦は熾烈を極めていた。
アークエンジェル隊の奮闘もあり、オーブは今だ形を保っている。
しかしそれを崩そうと地球軍も次々と戦力を投入してくる。
「ゴッドフリート、照準!」
ミストラル副長、ミリアが指示を出す。
ミストラルに装備されている主砲が火を噴く。
それは真っ直ぐに突き進み、地球軍艦隊をなぎ払っていく。
地球軍にとっては寝耳に水。
戦況を見ると、前方にオーブ軍。
後方にミストラル。
挟み撃ちにされている。
「各機の様子の報告!」
「ブレイズ、レフューズ、フレア、イェーガー、ブレード、ニグラ、6機ともに健在です! 現在、ストライクダガー三個小隊と交戦中!」
「了解した。このまま進軍! 各機の援護を忘れるな!」
ゆっくりと進行するミストラル。
その様子を、アズラエルはただただ見ていた。
「これは困りましたねぇ……。実に困りました」
「どうしますか?」
「決まってるでしょう? オーブの方はあの3機に任せて、あの裏切り者を墜とす事に集中してください」
「了解。ストライクダガー四個小隊を追加しろ!」
さらに追加されるストライクダガーの群れ。
ミストラルは、立ち向かう。
***
「この反応速度、ナチュラルのものじゃない……!?」
上空を飛び交う青い翼のMSのコクピットで少年は呟いた。
相手をしているのは3機の見慣れないMS。
カーキ色の死神。
黒い魔鳥。
そして緑の厄災。
「くっ……このままじゃ……うわっ!」
少年―キラ・ヤマトの体を衝撃が襲う。
被弾した。
バランスを崩し落下するフリーダム。
その落下の最中でも、キラはトリガーを引いた。
ビームは当たらない。
黒いMSが迫る。
「くっ!」
「終わりだ、青いの!!」
例えフリーダムがPS装甲を搭載しているとしても、ビームには全くの無力。
相手MSとの距離は約2メートル。
戦場においての2メートルは、死に値する。
黒いMSの口部ビーム砲に光が収束する。
ここで後方へ下がったとしても、地上から狙い打たれる。
仮に、目の前の黒いMSを蹴倒したとしても。
カーキ色の機体が飛んでくる。
考えろ。
この場を切り抜けるのに最適な手を。
瞬間。
黒いMSを光が襲った。
「ビーム!? ……どこから」
キラがモニターを見るよりも早く、レーダーがそれを捉えた。
真紅のMSがその手に両刃のサーベルを握り締め、飛来した。
背中にはリフターと思われる装備。
頭部は、どことなくあのイージスに似ている。
「……キラ・ヤマトだな」
その声にキラは戦慄した。
声の主、それはキラも聞き覚えがある、男の声。
かつて分かれ、戦場で再会し。
その後、まるで獣のように殺しあった。
そして自分は彼を殺したと激しく後悔していた。
「こちらはザフト軍特務部隊所属……」
言わないでくれ。
そこから先は。
言わないでくれ、キラはそう願っていた。
また君と戦いたくなどない。
だから。
「アスラン・ザラだ」
「アスラン……! どういうことだ、ザフトがこの戦闘に介入するのか!?」
務めて気丈にキラは言い放つ。
けれど、声は震えてしまい。
全く迫力と言うものがない。
「……この介入にザフトは関係ない」
アスランの駆る、真紅のMS―ジャスティスが跳ぶ。
「この介入は」
勢いは殺さず、カーキ色の機体を蹴り上げる。
「俺個人の意思だッ!!」
***
オーブ海洋上でのミストラルと地球軍艦隊の戦闘は混迷していた。
物量で言えば明らかにミストラルが不利。
しかし一機一機の性能で物量をカバーしている。
それでもどうすることも出来ない問題があった。
真っ先にその問題に当たったのは、ヴェルドのフレアだった。
砲戦用の装備を多数搭載しているフレア。
「くそ……ッ、エネルギーが、尽きる!」
そう、エネルギー切れである。
高性能なMSほど、エネルギーが尽きやすい。
かつてキラが乗っていたストライク。
アークエンジェルのサイレント・ランニングの際にザフト軍と交戦するものの、エネルギー切れという問題を引き起こしてしまった。
強力な兵装ほど、消費するエネルギーが多い。
「ミストラル、フレア帰還する!」
早々に帰還するフレア。
「フレア、帰還しました!」
「ミサイル、接近!」
「イフリート、起動! 撃てーッ!!」
多目的ミサイル「イフリート」が放たれる。
イフリートによって生み出された炎の壁。
それにより、飛来するミサイルの大多数は撃墜すること成功した。
「ストライクダガー、接近!」
「ブレイズをまわせ! 一番近いはずだ!」
「艦隊より砲撃! 来ます!」
「イーゲルシュテルン3番から8番、コリントス起動!」
少しずつ被弾していくミストラル。
バリアントの2番が潰され、イーゲルシュテルンが破壊されていく。
「きゃぁっ!」
リィルが叫ぶ。
振動がミストラルを襲う。
「ブレード帰還! 他のMSも、エネルギーが……!」
「……諦めるな」
リエンが呟いた。
「諦めるんじゃない! こんなところで、死にたいか!」
いつもの彼からは想像できないほどの強い声。
その声に、ブリッジが静まり返る。
爆発の光が、そんなブリッジを照らし。
「俺は、嫌だけどな……。こんなところで死ぬのは」
「艦長……」
ミリアと目が合う。
「だろ?」
「……貴方って人は」
***
先にあげたエネルギーの問題。
何もそれはMSだけではない。
人にも集中力と言うものがある。
それが途切れた時、全ての事柄の運びは悪い方へと傾く。
「くそぅ……体が言うことを聞かねぇ……ッ!」
カラミティのパイロット、オルガ・サブナック。
レイダーのパイロット、クロト・ブエル。
フォビドゥンのパイロット、シャニ・アンドラス。
彼ら3人はコーディネイターに対抗するべく作られた強化人間。
地球郡内ではこう呼ばれていた。
ブーステッドマン、と。
薬物―γ-グリフェプタンの投与により肉体強化処置を施された、彼ら。
もちろん、γ-グリフェプタンの効果があるうちは彼らの能力はコーディネイターをも凌ぐとさえ言われている。
が、所詮は薬物。
その効果にも限界がある。
定期的に投与を行わないと激しい幻覚、頭痛、体の痛みが彼らを襲う。
γ-グリフェプタンをもらうにはどうすれば良いか。
簡単だ。
敵を倒せば良い。
それだけのことだった。
それだけのことなのに。
「畜生ッ! 畜生畜生ォォォォォッ!!! 何なんだよ、お前らァァァァッ!」
オルガたちは目の前の2機のMSを倒すことが出来なかった。
相手は2機、こちらは3機。
数の上でも、パイロットの腕でもこちらが完全に有利だったのに。
倒せなかった、墜とせなかった。
これじゃあ、俺たちは――――――――――――。
「撤退……する?」
「そのようだな」
フリーダムとジャスティス。
キラとアスランは撤退していくその3機を見ていた。
後に、地球軍はオーブ上よりひとまず撤退。
かろうじてオーブは守られた。
フリーダムとジャスティスは海岸に降り。
ストライク、バスターはアークエンジェルとともに。
ミストラルもオーブに降り立った。
潮風がその場にいた者の体を包み込む。
「終わったな」
「……どうせまたやって来るさ。奴らの狙いはオーブの消滅、か」
ロイドとアキトがそれぞれの機体の足元に座り込んだ。
これほどまでに長い戦いは初めてだった。
「よう、お疲れさん。良い戦いっぷりだったぞ」
「ヴェルドさん……。正直疲れたけど」
「ま、それも無理ないわよねぇ。オーブを守るなんて、大層なことだし」
「で、でも私達やりましたよ!」
「……本当にそうならいいんだけどな」
正直、地球軍がこのまま諦めるとは思えない。
謎の撤退の理由は分からないが、近いうちにまた攻め込んでくるだろう。
まだまだ、気を抜くことは出来ない。
「おい、リエンはどこ行った?」
「そう言えば……いないです」
そのリエンはアークエンジェルブリッジに顔を出していた。
リエン、ミリア、マリュー、ムゥの4人がブリッジに揃う。
あの小島での一軒以来である。
「まさかミストラルが援護してくれるとは思いませんでしたわ」
「上層部との、意見の相違ってやつでね」
「ま、それも分からんでもないけどね」
ムゥが相槌を打ち。
話は進む。
このまま地球軍も黙ってはいない。
長期戦になると、オーブが不利だと言うことは目に見えている。
だからと言って、このまま全員でオーブを捨てるわけにもいかない。
やれるだけの事はやるつもりだ。
そう、やれるだけのことは。
「今日はとにかくクルーには休んでもらいましょう。何時、戦闘が再開するか分かりませんし」
「ですね。それじゃあ、ミリア、俺はこれからラミアス少佐と話があるから先に戻ってくれ」
「え、いや、あの……リエ、ルフィード大尉!?」
(ん……?)
ムゥはミリアの視線を追う。
リエンの一挙手一投足を追っていた。
「ま、またそうやってデレデレとしてればいいんですよ! 貴方は!」
「……何を怒ってるんだ、お前は。明日の陣形のこととか、話し合うことがあるだろう?」
するとだ。
ムゥがリエンの方に手を置いて小声で呟いた。
「汲み取ってやれよ、な?」
「はぁ……」
どうやら無理のようだ。
***
6月16日。
この日は朝から慌しかった。
まずブレイズとレフューズ両機にはモルゲンレーテから支給品が届いた。
「……これは?」
「こちらが再生したGAT-X105ストライク用のビームライフルよ。どうも君達の機体のデータを見ているとビームの収束率が低いのよ」
それはショートバレルタイプのライフルならば、常に付きまとう問題であった。
「そこでこちらで予備として用意したライフルを渡そうと思って。ショートバレルライフルに比べて取り回しは悪くなるかもしれないけど、収束率・威力ともに申し分ないはずだわ」
「それは嬉しいんですが……果たしてブレイズとレフューズに使えるんですか?」
その心配は全くなかった。
元々ブレイズとレフューズはストライクの発展型。
フレーム、システムなどおおよそはストライクと同じ。
手の平にあるコネクタの径も同規格であることは確認している。
「使う使わないは貴方達次第。あとでミストラルには運んでおくから」
「ありがとうございます」
エリカが立ち去る。
思わぬところで思わぬものを手に入れた。
「それにしてもシステム上、ストライクと同様……か」
「どうした、アキト」
「……いや、別に」
「何もないのかよ……。ビームライフルだけじゃなくて、ストライカーパックもくれないかなー」
それはさすがに気前が良すぎるが。
ミストラルに戻り、何時敵襲があっても良いように調整をすることに。
そのミストラルのブリッジではアークエンジェルとの通信が行われていた。
アークエンジェル、ミストラルには宇宙へ上がるようにウズミから提案が持ち出された。
このまま戦っても無駄に人命を失っていくだけ。
それはウズミにとっては辛く、あってはならない事態だった。
しかし国を捨て、人命を優先すれば。
いずれまた国を復興することが出来る。
もしもウズミ自身が何かの弾みで命を落としたとしても。
カガリがいる、キラがいる。
そして戦い抜いた戦士たちがいる。
もうこれ以上、人命を悪戯に失ってはいけないのだ。
オーブも、敵であるはずの地球軍も。
「しかし、どうやって宇宙に? アークエンジェルはマスドライバーを……」
「イズモ級二番艦クサナギの予備ブースターを使うといい。クサナギはアークエンジェルの技術を流用してつくられている」
「……つまるところアークエンジェルもミストラルもその予備ブースターを装着できると?」
「そういう事なのだが……」
言葉を濁すウズミ。
元々予備ブースターなどと言うものがそうそう作れるはずもなく。
現時点でオーブに予備ブースターは一つしかない。
どちらか一隻しか、宇宙に上がることができないのである。
「じゃあどちらかはオーブで死ねと?」
「そうは言っていない。スカンジナビアに、協力を要請してある」
スカンジナビア王国。
現在、地球上に存在する中立国の一つ。
そうは言っても地球上の中立国は互いに協力し合っている。
例えばオーブがスカンジナビアにMSを派遣したとする。
スカンジナビアはそれに対してオーブに何かしらの技術協力を行うといった感じだ。
一国で作る事の出来るパーツは限度がある。
ただ他の国同士で協力し合い、数を増やすことが出来るのであれば。
「問題はどちらが宇宙へ上がるかだが……」
「問題はない。アークエンジェルが上がればいい」
「ルフィード艦長!? しかしそれではミストラルが……」
「なぁに、心配はないですよ。うちの連中は優秀ですから」
なんとも頼もしい言葉。
これで全ては決まった。
アークエンジェルはすぐに予備ブースター取り付け作業に取り掛かる。
「大気圏離脱にはポジトロニック・インターフィアランスを用いた超加速を利用する。これで大気圏は離脱できるさ」
アークエンジェルブリッジで大気圏離脱についての説明が行われる。
少しでも角度、タイミングを逃すと失敗の可能性は飛躍的に上がってしまう。
ここでしっかりと説明を聞き、最適な環境で離脱を行う必要がある。
「これで、私達また宇宙へ上がるのね……」
「ミリィ……。心配ないさ」
サイがミリアリアに言う。
結局、アークエンジェル運用時からの少年兵は彼らとキラだけになった。
もうトールもカズィも、フレイもいない。
「キラがいるし、キラの友達の……アスランだっけ? 彼もいる」
「うん、そうだ、ね……」
ミリアリアが立ち上がる。
ちょっと喉が渇いたという。
ブリッジを出て一人通路を歩く。
トールがいれば、馬鹿みたいにな笑い話でもしてくれるだろうに。
でも、彼は。
「……あ」
ミリアリアは曲がり角でディアッカと対面した。
ディアッカは今日からバスターごとアークエンジェルに配属になった。
まさか彼も、自分達がずっと追っていた「足つき」に乗ることになるとは考えてもいなかっただろう。
「よ、よぉ」
「……何よ、こんなところでうろうろして」
「今日から俺もこの艦の一員だぜ? どこに何があるか見ていたっていいじゃないか」
「ふぅん……そ」
ミリアリアは特に話す事もないので立ち去ろうとした。
「あ、おい、待てよ!」
「何よ」
「あ、その……トールってやつ、殺したのアスラン……」
「ッ!」
きっとディアッカを睨みつける。
何か放すことがないかと模索した、間違った結果。
「だから何よ!」
「え、いや……」
「アスランって子を憎めって!? そう言いたいの!?」
「違う! 俺は……」
「憎んだところで、彼を殺したところで! トールは帰ってこないの!! もう、放っておいてよ!!」
足早に去るミリアリアの背中。
小さくなっていく背中。
寂しそうな背中。
自分はなにを言っているのだろう。
ただ、彼女を励ましてやろうと思い、まだ言うことがあったのに。
失敗した。
ディアッカ・エルスマン、非常に女性に対して運の悪い男。
***
12:25。
オーブ洋沖に地球軍の艦隊が確認された。
アークエンジェルはブースター取り付け作業のため発進できない。
フリーダム、ジャスティス、ストライクにバスターがアークエンジェルより発進する。
同時に宇宙へと向かう準備をしていたイズモ級二番艦「クサナギ」も準備をしていた。
クサナギの護衛にはオーブ開発MS「M1アストレイ」がその任務についている。
12:30、地球軍艦隊のミサイルによって戦闘の幕が切って落とされた。
アークエンジェルが出撃できないということで、旗艦はミストラルに設定。
ミストラルからブレイズ、レフューズ、カラーズの4機が出撃する。
昨日と同じ、ストライクダガーの部隊がオーブを侵攻する。
新しくビームライフルを装備したブレイズとレフューズが迎撃する。
連射力こそ落ちるが、威力はショート・バレル・ライフルよりも上である。
瞬く間に敵機を破壊していく。
「これなら、いけるぞ!」
「……問題はない」
「油断するなよ、二人とも!」
ヴェルドが。
「しっかりカバーしますよ!」
「ま、私達も死なない程度にね」
「任せろ。俺たちがついてる」
エイスと、アイリーン、アルフがいる。
それに。
キラがいる。
アスランがいる。
ムゥに、ディアッカがいる。
負けるわけには行かないのだ、そう。
負けるわけには。
(負けられない、この戦いだけは……!)
ブレイズのカメラアイが輝く。
ふわりと浮き上がり、ブースターによる地表スレスレのところを走る。
ビームライフルを左手に持ち替えて、グロウスバイルで突進する。
「負けられないんだよッ!」
まるで殴るように右拳を突き出す。
ビームの刃がストライクダガーを貫いた。
その時のブレイズの瞳は、いつぞやのように真紅だった。
「1機目! 次ィッ!」
狙いを定める。
ブレイズがまるで自分の手足のように動く。
もとより自分好みに調整を施しているが。
ここまで動いたことはない。
その様子を、エリカはクサナギの中から見ていた。
(やっぱり……今のところは順調のようね)
ブレイズとレフューズにビームライフルを渡す際、彼女はミストラルから2機のデータを受け取っていた。
その中で彼女はブレイズとレフューズ、両機に秘められたブラックボックスを発見した。
ブラックボックスなので完全に解析することは出来なかった。
しかしある程度のことは解明できた。
それは地表のように表に見えているものだけだが。
(God.Or. Daemon SYSTEM、神か悪魔……ね。大層な名前だこと)
クサナギへの搬送のためのトラックが走り。
(機体の限界性能を底上げする力、しか分かってないけど……あんなシステムがノーリスクなはずがない)
しかし今のブレイズの動きを見るに、リスクらしいリスクは見当たらない。
一体何なのか、God.Or.Daemon.SYSTEMとは。
ブレイズにもレフューズにも搭載されている謎のシステム。
それは神の加護となりうるのか。
果ては、悪魔の誘いか。
***
昨日とは違い、戦闘は五分と五分だった。
皆オーブを守りたいと言う意思で一杯なのか。
「アークエンジェル、作業完了しました!」
「了解! アークエンジェル、発進します! フリーダム、ジャスティス、ストライク、バスターに帰還命令! 離陸と同時にローエングリン一番二番起動!」
帰還命令を受け、敵機を倒しながら帰還するストライクとバスター。
フリーダムとジャスティスもアークエンジェルに戻ろうとするが。
昨日の3機のGに阻まれる。
「マリューさん、先に行って下さい!」
「キラくん!?」
「僕達は後でクサナギとともに向かいます! だから!」
「キラ!」
フリーダムとジャスティスに肉薄する、3機のG。
どうやら2機が合流するのは無理のようだ。
マリューはキラたちを信じて、先に向かうことを決意した。
「ローエングリン、照準! ……ローエングリン、撃てぇッ!!」
周りの空気を巻き込み、陽電子の光が大気を貫く。
「ブースター起動! 最大戦速!」
アークエンジェルの船体が、地球の重力に逆らって上昇して行く。
あとはクサナギが無事離陸出来ればいいのだが。
「お父様も早く艦へ!」
カガリは未だにオーブ軍司令室にいた。
レドニル・キサカ一佐が隣に立つ。
「……」
「お父、様……?」
「カガリ、行くぞ」
キサカの腕を振りほどく。
ウズミの様子は、これからオーブを脱出するそれとは違っていた。
決意に満ちた瞳。
されど、どこか寂しげな瞳。
「お父様……お父様っ!」
「……カガリ、私の全てをお前に託そう。この国の未来も、民も……希望も」
カガリの腕を引っ張り、キサカと一緒にクサナギに。
「私は、色々と行動しすぎたのだ……。そのせいでヘリオポリスは消滅し、国民には多大な迷惑をかけた……!」
「放してください、お父様! お父様も、お父様も一緒にッ!」
「我らには我らの役目、お前にはお前の役目があるのだ! これからの国、紡ぐのは私達ではない! お前なのだぞ、カガリ・ユラ・アスハ!」
「ッ……!」
そう、自分はカガリ・ユラ・アスハ。
アスハを継ぐ者。
父の想いを、継ぐ、者。
「でも……!!」
「想いを告ぐもの無くば、全て終わりぞ! 何故それが分からん!!」
無理やりにクサナギの後部入り口にカガリを押し込んだ。
キサカはウズミに「最後」の敬礼をし。
「キサカ、馬鹿娘を……頼むぞ」
「……は! この命に代えても……!」
「お父様、お父様ーッ!!」
「そう泣きじゃくるな。お前は一人ではない……兄弟も、おる」
ウズミがカガリに一枚の写真を手渡した。
その裏を見る。
「これは……!?」
扉が閉まり、やがてクサナギの船体に微振動が起こる。
ゆっくりとマスドライバーの上を動き出す。
『ファイナル・ローンチ・シークエンス、スタート……ハウメアの護りがあらんことを……!』
マスドライバー上を加速するクサナギ。
その船体にフリーダムとジャスティスが飛び乗る。
マスドライバーによって打ち上げられたクサナギ。
超加速により、クサナギは無事に宇宙へと飛び立った。
ミストラルも、アークエンジェルとクサナギが離脱したのを確認。
「よし……二隻とも無事に飛んだか。ミストラル、オーブより離脱する!」
この時、ミストラルのクルーは知らない。
クサナギに、オーブの獅子の姿が無いことを。
オーブより離脱するために、MSを甲板に集める。
ミストラルがオーブより離脱するのは容易だった。
何しろほとんどの戦力がオーブの中心に集結していた。
「種は飛んだ……光は飛び立った。これで良い……オーブも世界も」
司令室に戻ったウズミは、シャッターで閉じられたボタンに手を伸ばす。
起動用のキーを差込み、点滅するボタンを押す。
「奴等の好きにはさせん!!」
瞬間、オーブは爆音とともに炎に包まれた。
もちろんオーブに取り残された地球軍の部隊を巻き込んで。
彼らの狙いだったマスドライバー、モルゲンレーテノ施設。
それら全てが瓦礫に化す。
大気圏を今まさに離脱しようとするクサナギからも、その様子は見ることが出来た。
カガリは、モニターをみて膝をついた。
「お父様ァーッ!!」
誰もが、やりきれない思いだった。
戦いにも勝てなかった。
国も護りきれなかった。
これは、敗戦と同じだ。
キラとアスランは、各々の乗機のコクピットでため息を漏らした。
***
北欧、フレスベルグ近郊。
地球軍とザフト軍の戦闘が一層激しい、この地域。
近くの町は戦闘による被害でほとんどが廃墟となっていた。
加えて、この辺りは荒野が多い。
そのただっ広い地で、一つの命が散ろうとしていた。
「……ほら見ろ、奇跡なんて」
男はそう呟いて、ストライクダガーのレバーを引いた。
「起きやしないさッ!!」
敵MS―シグーに組み付いたまま、ストライクダガーは自爆した。
シグーのパイロットは爆発よりも前にハッチを開いて、外に飛び出していた。
コーディネイター所以の身体能力で、見事に軽々と着地をし。
爆散する自機を見ていた。
「……」
その自爆したストライクダガーで、地球軍の戦力は全て失われた。
シグーのパイロットがヘルメットを取る。
水色の髪が荒野の風に靡く。
髪と同じ水色の瞳は、端正な顔立ちを引き立てている。
「……隊長」
「この辺りの制圧は完了した。戻るぞ」
隊長と呼ばれた男が、パイロットスーツの少女をジープの助手席に乗せる。
「……」
「セフィ・エスコール、君らしくもない。機体を破壊されるなど」
「油断していただけです。次は……」
どこかぼおっとした彼女の口調。
セフィ・エスコール。
ザフト軍北欧制圧部隊の一員。
赤服をまとい、シグーを駆っていたが先ほどの通り乗機を破壊された。
「そうか。前にも伝えたとおり、今日新しく数人が基地に配属になる。あとは鬱陶しいレジスタンスの掃討だけだ」
「……」
鬱気に遠くを見るセフィ。
基地まで、時間はかからなかった。
有刺鉄線のフェンスに設けられたゲートを潜り、ジープを降りる。
そこでセフィが目にしたのはザフトの輸送機だった。
どうやらもう到着していたようだ。
「ようこそ、ザフト軍北欧侵攻部隊へ。司令官のライル=セフォードだ」
「……セフィ・エスコールであります」
「出迎えご苦労。追加兵の紹介を行う」
「ロドリー・ヘップであります!」
「マイケル・スミスであります!」
次々紹介する兵士。
皆20代半ばと思われるが。
一人だけ違った。
そう、一人だけ。
黒い髪が両目を隠すほどに伸び、その奥に見える瞳は、まるで狼。
睨んだだけで気の弱い相手なら竦んでしまう様な、鋭い瞳。
「……」
その男だけ黙っていた。
上官がその男―いや、少年に耳打ちする。
「どうした。人見知りをするような性格でもないだろう?」
「……」
男は不機嫌なのか。
口を開こうとしない。
だが、その目は対峙する北欧侵攻部隊を品定めするようにも見える。
すると、ゆっくりと口を開いた。
「……だ」
「何?」
「カルラ・オーウェン、ZGMF-X01ツヴァイのパイロットだ」
北欧に、黒い悪魔が降り立ったのはオーブが消滅してから間もない時だった。
(Phase-6 終)
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