Phase-05 平和の国、運命の変わる時

 6月1日。

 この日、地球連合軍から地球上の全ての人間に対してある演説が行われた。

 ワンアース・アピール。

 地球はナチュラルのものであり、コーディネイター排他意識を促進させる演説。

『我々ナチュラルは常に、コーディネイターと比べられてきました! 時には蔑まされ、時には武力によって! 何故、我々がこのような扱いを受けなければならないのか!』
 
 その演説は今までコーディネイターに対して特に意識していなかった人間にも、少しずつであるがその意識を変えさせることとなった。

『生まれる前から遺伝子を弄り、鉄のゆりかごの中で育った彼ら! 彼らの方がよっぽど恐ろしい存在である! コーディネイターは我々ナチュラルを貶すことしか知らないのです! 現に彼らの打ち込んだNジャマーなどと言う装置によりこの地球上での核分裂は抑制され、今、この瞬間も多くの人々が苦しんでいるのです!』

 まるでこうなった根源が自分達には無いと言うような演説。

 元をたどればナチュラルが、ジョージ・グレンを暗殺したのがきっかけだったのかもしれない。

 最初のコーディネイターであるジョージが暗殺されたことは、その時代のコーディネイターにとって衝撃的な事件だった。

 それから地球軍はユニウスセブンへの核攻撃を行い、その報復で地球にNジャマーが打ち込まれた。

『そんな彼らを許しておける人間がいるであろうか! いや、いない!』

 演説に沸きあがるナチュラル。

 演説に顔を顰めるコーディネイター。

 その演説を聴いていたブルーコスモス盟主、ムルタ・アズラエル。

 彼はブルーコスモス本部に地球軍の仕官を集めてこれからのことを話し合っていた。

「どうです、演説の効果は?」

「効果は上々のようだ。あちこちでは演説に踊らされた民衆が排他意識を増幅させている」

「まぁ、それが当然の結果です。この地球上に、コーディネイターなどと言う薄汚れた存在はいらないのですから」

 アズラエルが目の前の小型のモニターを操作する。

 画面が切り替わり、先日のビクトリア奪還作戦で活躍した3機のMSのスペックが表示される。

 その後も何度も操作を繰り返す。

「ところで、あの国はどうなってます?」

「オーブか……? 書類を送ったのが今日だ、すぐに返事が来るわけではない」

「あの国のことだ。首を縦には振るうまいて」

「ならば、首を立てに振るうまでこちらから……」

 アズラエルの口元が歪んだ。

 笑みと言うよりも、狂気を含んだ、その何か。

 アズラエルの脳には、ただただコーディネイターのいない世界が広がっていた。

***

 中立国オーブ。

 いくつもの小さな島国からなる国。

 中立のために、ナチュラルだろうとコーディネイターだろうと別け隔てなく受け入れるのがこの国の思想である。

 この国に修理のために再び訪れたアークエンジェル。

 アラスカ、その後の追撃、先日の小島でのやり取り。

 修理には暫く時間がかかるため、この国に滞在することになった。

「アスハ代表、再び我々を受け入れていただき、感謝の極みでございますわ」

「頭を上げてくれ、ラミアス艦長。こんな時代だ、諸君らのような人間が少しでも必要なのだよ」

「それと、キラ・ヤマト少尉、ムウ・ラ・フラガ少佐は後でモルゲンレーテの方に来ていただけるかしら? 見ていただきたいものがあるのよ」

 一緒にいたエリカの誘いにキラとムゥは頷いた。

「見せたいもの、ね。まさかあの時のアストレイとかいうMSか?」

「そう言えば、あのアストレイと言うMSはあの後どうなったんですか?」

「ん〜……まぁそれもあるけど……。貴方達がもっと驚くものよ」

 なかなか手の内の見せようとはしない。

 暫くはゆっくりと休むといいといわれ、マリュー達は部屋を後にした。

 残されたウズミとエリカ。

 ため息しか出なかった。

「まさか、このような時代になるとは……」

「あら、こうなることは頭に無かったんですの?」

「無かったわけではない、考えなかったわけではない。しかし、実際彼らのような勇猛な人間が逆風に立たされるのを見るのはあまりにも辛すぎる……」

 以前、オーブに立ち寄ったときにウズミは彼らの中に可能性を見出していた。

 地球軍という組織にいながら、コーディネイターを根絶やしにしようという思考は持っていなかったのだ。

 キラ・ヤマトというコーディネイターのパイロットがアークエンジェルには所属していたからかもしれない。

 しかし、そもそも彼らはナチュラル、コーディネイターという確執は特に気にしていなかったようにも思える。

 それこそ、このオーブの思想に近いような。

「ところで、馬鹿娘はどこに?」

「あら、そういえば……」

***

 カガリは慌てるような足取りでマリュー達を追っていた。

 エリカからアークエンジェルがオーブに入港したと聞いて、いても立ってもいられなくなった。

 先ほどのウズミとマリューたちの会合も、すっぽかしていた。

「はぁ、はぁ……! くそ、一体どこに……!」

 エリカが言うには、キラもいると言う。

 オーブ沖でのストライクとイージスの死闘。

 死闘の果てにその場所にいたのはイージスのパイロット、アスラン・ザラだけだった。

 ストライクのコクピットは、爆発の熱と衝撃、装甲の破片によってとても人が存在できるようなよう状況ではなかった。

 その爆発の際にキラは運よく脱出したのか。

 それとも瞬間的に蒸発したのか。

 どちらにしてもカガリは気が気ではなかった。

「キラ……あいつどこに……ッ!」

 膝に手をついて、肩で息をする。

 すると目の前の通路を歩いていく人影が。

 見覚えがある面々だった。

 その一番後ろ。

 カガリの目当ての少年が歩いていた。

「き、キラッ!?」

 先ほどまでの疲れはどこへやら。

 カガリは走り出した。

 通路を曲がり、キラの名前を叫ぶ。

 キラが振り返るとそこには自分に向かって走ってきたカガリの姿。

「カガ……うわっ!」

「ちょ、バカ!」

 急にと振り向いたのでカガリも静止できなかった。

 声をかければ振り向くのが人というものだが、今のカガリの頭にはそんなことは無かったようだ。

「カガリ……」

「心配したんだぞ……このバカ野郎ッ!!」

 倒れたキラの上に乗り、彼の胸元を叩く。

 自分とキラ、何か他人のような気がしてならないのだ。

 何故かは分からない。

 そう、今は分からない。

 優しくて、とぼけていて、コーディネイターであるということに苦悩していたキラが。

 カガリは心配で心配でならなかった。

「うん……ごめんね、カガリ」

 ああ、目の前にいるのはキラだ。

 変わっていない、キラ・ヤマトと言う少年だ。

 安心したカガリはそのまま泣き崩れてしまう。

「あ、あのさ、カガリ」

「な……んだよぉ」

「そろそろ、退いてくれないかな……? 結構苦しい……」

 こういう女に対して意識していないような言動も全く変わっていない。

 通路に乾いた音が響いた。

 それからキラはやや遅れてマリューたちと合流。

 モルゲンレーテを訪れた。

「で、見せたいものって?」

「ふふ、焦らないでくださいな少佐。せっかちだと、嫌われますよ?」

 そういうとエリカはマリューを見た。

 マリューは何も理解していないようだが、少しの間をおいてその理由を知る。

「シモンズ主任!」

「ほほほ、冗談ですわ」

 どうにもこの女性、思考がつかめない。

「と、冗談はここまでにして……見せたいものというものはこれですわ」

 彼女が開いたシャッター。

 照明がそれを照らした。

「これは……ストライク!?」

 そこにいたのは、キラのかつての愛機、GAT-X105ストライク。

 数々の戦いを潜り抜け、最後は戦ってはならない親友との戦いで傷ついて倒れ、崩れ落ちた機体。

 それが今、目の前にいる。

「こちらで改修し、勝手に修復をさせていただいたわ。その際にMAアストレイにも搭載されているナチュラル用のOSを積んであるの」

「つまり、俺でもキラみたいに動かせると?」

「そう言う事ですわ」

「そいつは嬉しいねぇ」

 ストライクの復活を目の当たりにしたキラ達はそのまま進化したM1アストレイの機動実験に立ち会った。

 以前はゆったりとした動きで、カガリに出さえ「良い的」とまで言われていたが。

 今の動きは違う。

 コーディネイターの操るMSのどれと比べても謙遜無い。

 キラが調整したOSを搭載したのだ、このくらいの動きはどうと言うことは無かった。

「このあとストライクの機動実験もかねて模擬戦を行いたいのですが、宜しいかしら?」

「俺は別に構わないぜ。あとはキラだけだがな」

「僕も別に……。てかムゥさんMS乗るの初めてなんじゃ……」

「生意気言うんじゃないよ! ほら行くぞ!」

 数分後、フリーダムとストライクが模擬専用の鉄製の大剣をもって現れた。

 エリカの合図とともに、模擬戦が始まる。

 ストライクの方の調子は良好だった。

「まったく、大の大人が子供のように……」

「全くですわね」

 エリカとマリューが繰り広げられる模擬戦を前に、談笑し始める。

「あれではウチの息子となんら変わりませんわ」

「あら、技術主任には息子さんが……?」

「ええ。こんな時代だからおちおち帰ってもいられませんが……」

 もし、平和になったら家族で出かける。

 エリカはそう考えていた。

***

 6月13日。

 アークエンジェルがオーブに入港してから2週間がすぎようとしていた。

 6月1日に地球軍からオーブに向けてある書類が送られた。

 内容は以下の通り。

 中立国であるオーブ首長連合国はモルゲンレーテを含む、全ての施設強力を地球軍に対して行うこと。

 そして軍事力を解除し、6月13日までに返答を行うこと。

 が、当初の予定にもあるようにオーブは首を縦には振らない。

 地球軍は持てるだけの戦力を持って、南下してきた。

「最終通告は?」

 旗艦のブリッジでアズラエルは艦長に告げた。

「先ほどオーブ連合首長国に対して行いました。回答期限は48時間。それ真dね異変等がもらえなかった場合は武力を持って返答を聞き出すと付け加えました」

「うんうん、いいですねぇ。地球上の国は地球のために協力し合うべきなのです。中立などとふざけた思想を掲げるよりも前に、ね」

「アズラエル理事。ミストラルが到着しました」

「来ましたか。ミストラルに回線を開いてください」

 モニターにリエンが映る。

 些か渋い顔をしている。

「ルフィード艦長、ビクトリア奪還以来ですねぇ」

「ああ、そうですね……」

 覇気が無いのはアズラエルも感じ取っているはず。

 それでも気にはせずに話を続ける。

 リエンにとって、アズラエルの話しなどどうでも良かった。

 それよりも現在の地球軍に対して憤りすら感じているのに、自分はどうしてまだ地球軍にいるのだろう。

 そのことで頭の中は一杯だったのだ。

「期限の15日まで後2日、それまで機体の整備はきちんとお願いしますよ。何しろ相手は大国ですから」

「了解」

「そうそう、それと。今回の件でもし戦果を挙げることが出来ればそちらにいる傭兵達のこと、不問にしましょう」

「ッ!」

 正直ばれていないと思っていたが。

 アスラエルはどうやら、ミストラルにいるヴェルドたちの正体に気づいていたようだ。

「それでは」

 通信がきられた。

 リエンは荒々しく艦長席に座り込んだ。
 
 下手に動けばこちらが不利になる。

 しかし、いま地球軍の戦力に近いのは自分達だが。

 それは危険も含んでいる。

 言うなれば寝返った時、自分たちは敵のど真ん中にいるのだ。

 臆している。

 怖がっている。

「……くそっ!」

 自分は、どうすることも出来ないのか。

 ただ、指令が下ればそれでいいのだろうか。

 いや、違う。

 何かが違う。

 その何かが分からない。

 頭の中がもやもやしている。

「……整備班に連絡。機体の調整を万全にしておけと、伝えてくれ」

「艦長……」

「こうなったら、とことん振り回してやる……!」

***

 2日という時間はすぐに経過した。

 6月15日。

「ウズミ様、地球軍への返答は……」

「奴らの一方的な用件など、飲めるはずがなかろう! 彼らに従って何になる!? 世界を混沌へ導く手助けなど、誰がするものか!」

「お父様……」

「すぐに軍を展開するように各軍へ連絡を。奴らは攻めてくる」

「そういうことでしたら我々もお手伝いいたしましょう」

 マリューが告げる。

 アークエンジェルの修理・補給。

 束の間の休息にストライクの復帰など、手伝うには十分すぎる借りができている。

 噂に聞く不沈艦が力を貸してくれるとなるとこれほど心強いものは無い。

「ではアークエンジェルは南東の海岸の守備に回っていただきたい。ここに奴らは展開している」

「了解いたしました、ウズミ様」

 後にこの戦いが、多くの人間の運命を狂わせていく。

***

 程なくして戦闘は開始された。

 戦闘開始のきっかけを作ったのは地球軍の先制攻撃だった。

 大量のミサイルが雨のように降り注ぐ。

 展開していたM1アストレイ部隊は瞬く間に被害を受けていく。

 待機していたミストラル。

 リエンは、この2日ずっと考えていた。

 自分はどうするべきか。

 いや、迷うことなど無いはずだ。

 モニターには展開しているオーブ軍と地球軍の戦闘が映る。

 アークエンジェルも出撃している。

「旗艦に通信回線を開いてくれ」

「艦長……?」

「頼む」

 旗艦に通信回線が開かれる。

『何です? 戦闘中に』

「アズラエル理事、貴方に一つ尋ねたい」

 リエンはアズラエルを睨むように見据える。

「貴方はこの戦いの末に、何をしたいんですか?」

『何、を?』

「コーディネイターを排他して、その世界で何を?」

『愚問ですねぇ。それで世界は平和になるでしょう?』

 そうか。

 どちらか一方を滅亡させれば、戦争は終わる。

 ただ、それで良いのか。

 良いわけが無い。

 例えコーディネイターを滅亡させても、戦争は終わらない。

 無くなるはずがないのだ。

 それよりも戦争を広げているのは今の地球軍とザフトの両方である。

 むやみに人を殺して、むやみに戦渦を広げて。

 その先に平和な世界など来るはずが無い。

「やっぱり、俺たちは……こんな戦闘!」

 リエンが艦長席につき、指示をとる。

「回頭40! ゴッドフリート、バリアント起動! コリントス装填!」

『……ルフィード艦長? まだあなた方に戦闘指示は』

 通信回線を切る。

 例え世界中から非難されても構わない。

 裏切り者とか、貶されても構わない。

 本当の敵と、戦わなければならないのだ、自分たちは。

「目標、地球軍! MS隊はすぐに出撃準備! オーブ軍の支援をするぞ!」

 ミストラルが地球軍艦対から離れ、カタパルトを展開する。

 晴れ渡る空の下。

 ミストラルのMS隊が出撃する。

「ロイド・エスコール、ブレイズ、行きます!」

「アキト・キリヤ、レフューズ、発進する……!」

 続いてカラーズの4機。

 彼らは中立の一国を守るため、自分たちが所属していた軍を敵に回した。

***

「シン! 何をしてるんだ! 避難勧告は出ているんだぞ!」

「待ってよ、父さん! すぐ行く!」

 オーブに住んでいる少年が一人、シン・アスカ。

 父と母、妹とシンの4人で暮らしていた。

 先ほど軍から国民に避難勧告が出された。

 その前にはオーブの前首長である、ウズミ・ナラ・アスハから国民へ今回の事態についての会見が行われた。

「お兄ちゃん、早く!」

 シンが家を飛び出した。

 避難用の艦に乗り込まなければ命は無い。

「くそ、何だってこんな事に……!」

 戦闘が開始されてから、既に20分。

 被害はあちこちに広がっている。

「シン、急ぐんだ!」

「マユ、がんばって!」

 妹のマユが母に手を引かれて全速力で走っている。

 家から軍港まで時間がかかるが、その途中にある山道を越えれば大幅に時間を短縮できる。

 彼らは山道を走っていた。

 爆発の光が、シン達の顔を照らす。

 爆風が体を吹き飛ばそうとするが、生きる方に必死だった。

 瞬間。

 マユのカバンからピンク色の携帯電話が零れ落ちた。

「あ、マユの携帯!!」

「そんなものは良いから!!」

「いやぁー! マユの携帯ーッ!!」

 母の静止も聞かず、マユは駄々をこねるばかり。

「俺が取ってくるよ!」

 シンが崖下に落ちていった携帯を追う。

 コーディネイターである彼だから出来る芸当である。

 崖下へと落ちる途中の出っ張りに運よく乗っていたマユの携帯。

 近くの木に掴まり、携帯を手に取った。

「マユ! ほら、携た……」

 振り向いた時だった。

 蒼い翼のMSが飛来し、敵に向かって砲撃を浴びせる。

 が、その砲撃を敵が避けると家族が待っている地点へと。

 爆発が、辺りを飲み込んだ。

「うわああああああああああああああああああっ!!」

 シンが吹き飛ばされる。

 でっぱりから一気に下へと。

「おい、爆発だ!」

「負傷者がいるぞ! トダカ一佐、そちらは頼む!」

「君、大丈夫か!? ほら、しっかりするんだ!」

 オーブ軍の兵士によって立ち上がるシンだが。

「……父さん? 母さん? マユー!!」

 兵士の手を振りほどいて、シンは戻っていく。

 兵士が声をかけるがシンには届いていない。

 父さんは。

 母さんは、マユは? 

 どうなった。

 あの爆発は何だ?

「あ、あああ……ッ!」

 目の前に広がっているのは薙ぎ倒された木々と。

 荒れた地面と。

 肉片と化した家族。

 いや、家族では泣くほかの人間かもしれないと言う考えが一瞬、シンの脳裏には浮かんだ。

 しかしかろうじて確認できる洋服の布、家族が着ていたもの。

 何で、何でだ。

「くそ……うあぁぁっ……!」

 昨日まで普通に暮らしていたのに、どうしてこんな―――――――――――――――。

「……ぐぅっ!」

 空を見上げる。

 青い空と、蒼い翼のMS。

 そうか。

 お前か。

 お前が俺の家族を奪ったのか。

 シンの瞳からは絶えず涙が流れる。

 枯れることなく、流れるその涙は悲しみによるものではない。

 怒り、狂いそうだ。

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 シンの絶叫が、木霊した。

***

 その男は戦場から少し離れたところで戦闘を見ていた。

 元ザフトレッド、ディアッカ・エルスマン。

 オーブ沖の戦闘中に戦闘機と戦闘になり、不覚にも愛機バスターごと地球軍の捕虜となった。

 初めは彼も、ナチュラルなど程度の低い人種だと馬鹿にしていたが。

 アークエンジェルに捕虜として捕まっていたとき、彼はさまざまなものを見てきた。

「……はぁ」

 その脳裏にはあの、茶色の髪の少女。

 たしか名前はミリアリアと言った。

 戦闘になる前に、ディアッカはアークエンジェルから保釈された。

 その際に、彼を見送りに来たのは他でもないミリアリアだったのだ。

『俺のバスターはどこだよ!』

『バスターならモルゲンレーテが持っていったわ。アレは元々こっちのものだもん』

『げぇ……。あ、おい、お前も戦うのかよ!?」 

 ミリアリアの軍服の袖を引っ張った。

 以前、ナイフで刺されそうになったが。

 今はそんなことしないだろう。

 ミリアリアはおびえていたが、最初に出会った時ほどではない。

 ちょくちょく自分のところに昼食などを運んでくれたし、少しだけだが話し相手にもなってくれた。

『当たり前でしょ? 私はアークエンジェルのCIC担当よ?』

 そういった彼女の顔は、いつもの気丈さが無くなって、しおらしくなっていた。

『それに……オーブは私の国なんだから』

 その時のミリアリアの顔は忘れない。

 ディアッカは潮の香りが漂うその場所で、じっとアークエンジェルを見ていた。

 いくらアークエンジェルとはいえ、地球軍の物量に勝てるわけが無い。

 そうなったらいずれアークエンジェルは落ちるだろう。

 そして、ミリアリアも死ぬだろう。

「はっ。別に俺には関係ないね。元々アレを追っていたんだし、せいせいするさ!」

 でも。

 でも。

 何だろう、この胸の突っかかりは。

 自分に飯を運んできたのは誰だ。

 一人で冷たく暗い牢獄にいたとき、話し相手になってくれたのは誰だ。

 何より、自分の国のために頑張って戦っているのは誰だ。

「……あぁ、もう!」

 ディアッカの足が動き出した。

 瓦礫の山を駆け抜け、モルゲンレーテへと走り出す。

 そうだよ、全部アイツだよ。

 全部、ミリアリアが自分のそばにいてくれたおかげでこうしてまた動いていられる。

 本当ならアラスカの時点で自分は死んでいた。

 モルゲンレーテまではそう時間はかからなかった。

「ちょっと、キミ!」

 エリカが叫ぶ。

「バスターは!?」

「えぇ……っと」

「俺のバスターはどこだよ!!」

 案内された先には確かにバスターが。

「キミ! 何を!?」

「このままむざむざと死んでたまるかよ!!」

 バスターのカメラアイに灯が点る。

 ドッグを抜け出し、外に出る。

 モルゲンレーテ付近に敵の影は無い。

 すぐにアークエンジェルに向かうが、ストライクダガーが目の前に展開している。

「邪魔なんだよ! お前ら!!」

 94ミリ収束火線エネルギー砲を連射する。

 さすがに砲撃用のバスターに長らく乗っていただけあって、戦い方を知っている。

 アークエンジェルの下にたどり着いたとき、アークエンジェルは敵に囲まれていた。

「くそ……狙撃しようにも、あれじゃあアークエンジェルに……!」

 が、ディアッカの思惑とは裏腹にミサイルが迫る。

 その数は、ゆうに15は超えている。

 考えている暇な、ない。

 ディアッカはトリガーを引いた。

 94ミリ収束火線エネルギー砲を放つ。

 一筋の閃光がミサイルを落としていく。

 その様子はアークエンジェルブリッジにも知らされた。

「何なの!?」

「これは……バスター!?」

 サイ・アーガイルの声にミリアリアが息をのんだ。

「え……?」

 モニターに映るのは確かにバスター。

「とっととそっから下がれよ! アークエンジェル!!」


(Phase-05  終)

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