Phase-24 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦―3

 戦艦オルゴデミオ。

 地球軍の艦隊の中でも大きいサイズの戦艦。

 そのオルゴデミオの中でフエンは再出撃の時を待っていた。

 もはや自分が何のために戦っているのかすら分からない。

 地球軍のため?

 ナチュラルのため?

 いや、違う。

 もはやこの戦い、両軍に正義はない。

 ならば、何を信じる。

 自分を信じろ。

 フエンは、姉を守るために。

 たった一人の肉親である彼女を守るために。

 そのために、彼は。

『ミシマ少尉、再出撃の準備が整った』

「了解。フエン・ミシマ、イルミナ、行きます!」

 イルミナがオルゴデミオより飛び立つ。

 眩しいまでの白と青のツートンカラーの機体。

 地球軍の潜函を一つでも沈めようと奮起するザフト軍MS部隊。

「オルゴデミオを狙う!? させない!」

 イルミナのビームライフルのトリガーを引く。

 それから放たれた一条の光は的確に敵を貫いていく。

 そうやって次々と敵を倒していった時、目の前にそれが現れた。

 赤と白の機体。

 背中には追加装備を背負っている。

「あのMS……確か前に月面宙域で……確か」

 ブレイズ。

 そう口にした時、まるで耳に届いたかのようにブレイズがこちらに向き直る。

 思わず身構えてしまうが、ブレイズがこちらに武器を振るう様子はないようだ。

 こちらも襲い掛かってこなければ攻撃をしたりはしない。

 その様子でも汲み取ってくれたのだろう。

「話せば、分かってくれるのかな……」

 そんな相手なのかもしれない、ブレイズのパイロットは。

 そのブレイズのコクピットでは、イルミナの様子を伺っていた。

 向こうもこちらの出方を伺っているのだろうか。

 まるで襲ってこない。

「手を出さないのなら、こちらも手を出さないが……」

 もはや混沌としている戦場。

 下手に手出しをして、噛まれたくは無い。

 それよりも、だ。

 この混沌とした戦場を見渡す。

 己の正義も大儀も関係なく、ただ本能でのみ争うだけの戦場。

 これが、本当の戦い?

 これが、世界を決める戦いだと言うのか。

「こんなの……どっちも認めちゃいけないんだ……!」

 ナチュラルがコーディネイターを支配する世界も。

 コーディネイターがナチュラルを支配する世界も。

 どちらも認めちゃいけない。

 本当の平和は、また別のものなのだ。

『ロイド、次、行こ?』

 セフィからの通信で我に返る。

 戦場での考え事は命取りだと言うのに。

「あ、ああ、悪い」

 ブーストペダルを踏み、ブレイズを走らせたとき。

 アラートが鳴り響いた。

 灰色の機体と、青の機体。

「レフューズ……ッ!!」

「それに、カルラ・オーウェンまで……!?」

「ハッハァ、ようやく見つけたぜ……お前らァッ!」

「……」

***

 アークエンジェルは少しずつ前進しながら、迫り来る敵機を落としていった。

 まもなく、ローエングリンの射程にジェネシスが入る。

 クサナギとアークエンジェルによる、ローエングリン同時照射。

 それならばジェネシスと言えど。

「ジェネシス、射程に入りました!」

 ミリアリアのアナウンスにマリューは頷いた。

 クサナギでも、ジェネシスを捕らえた。

「ローエングリン、撃ぇーっ!!」

 陽電子の光がジェネシスに降り注ぐが、その巨大な兵器にほとんど効果は無いようだ。

 加えてミサイルも叩き込むが、こちらもやはり効果は薄い。

「フェイズシフト……!?」

「何と厄介なものを……!」

「ラミアス艦長、後方よりドミニオン、接近!」

 サイの声にレーダーを確認する。

 ジェネシスにばかり気を取られすぎていた。

 敵はザフトだけではない。

「クサナギ、エターナル、ミストラルにここは任せます! 我々はドミニオンを!」

『了解した、無茶はするなよ』

 モニター越しに言うバルトフェルド。

 ドミニオンを止めるのは自分の役割だと、マリューは背負っていた。

 自分がもっとしっかりとしていれば、こうして彼女と対立する事もなかっただろうに。

「必要な機体は補給を! その他の機体はジェネシスへ!」

 フリーダムとジェネシス、そして完成したばかりのストライクルージュに乗るカガリはそのままジェネシスへ向かう。

 バスターがアークエンジェルに戻ってくる。

 しかし、ストライクの姿が無い。

 マリューの胸の奥にちくりと不安のトゲが刺さり始めた。

 その彼女の不安は、的中する事になる。

 ストライカーパックから本体へ供給される追加エネルギーが残り半分ほどになったとき、ムゥは何かを感じた。

 傷跡を抉る様な、不快感の強いこの気配。

 昔から知っているこの気配の持ち主。

 そう。

「ラウ・ル・クルーゼ!!」

「ハッ、また貴様か、ムゥ・ラ・フラガ!」

 目の前に現れたのはライブラリにも乗っていない新型機だが、乗っている奴の事はよく知っている。

 自分の父親のクローンであり、この世の全てを憎んでいる男。

「これが望みか、貴様のッ!!」

『私のではないさ!』

 目の前の新型の背中から、何かが切り離される。

 それは四方八方からビームを放ち、ストライクを追い詰めて行く。

 それはまるで、メビウス・ゼロの有線式ガンバレルのような。

『これが人の望み! 人の夢……人の業!!』

 最初はストライクの周りをビームで囲んでいただけだが、少しずつ本体を狙うようになる。

 邪魔な「それ」を落とそうとビームライフルをストライクが構えるが、それよりも早く新型機の無線兵器がビームライフルを捉えた。

 爆発による閃光で思わずムゥは舌打ちをする。

 ラウは言った。

 これが人の望みだと。

 人の夢だと。

 何をもってそんなことを言うのか。

 ストライクがサーベルを抜いた。

『他者より強く! 他者より先へ……他者より上へ! 競い、妬み、憎しみ……その身を喰いあうッ!!』

「そんな貴様の勝手な理屈で!」

『既に遅いさ……。私は結果だ! だから知る!!』

 新型機の左腕のシールドから、ビームサーベルが発生する。

 そのサーベルがストライクのビームサーベルを弾き飛ばす。

『自ら育てた闇に喰われて、人は滅ぶとな!!』

 新型機がゆらりと離脱したと思えば、まるで包み込むように無線兵器がストライクを襲う。

 右腕、左足、エールストライカーの翼と狙い撃ちにされる。

「がっ……! ぐぁっ!」

 激しい振動がムゥを襲う。

 これが、奴の望みだと言うのならなんとしても止めなければならない。

 そして、自分が結果だと言い放ち全てを切り捨てるような男は知らないのだ。

 この世界の素晴らしさを。

 ストライクの体勢を整え、アークエンジェルに向かう。

 まだ、終わりじゃない。

 爆発の際に四散した、破片で傷ついた腹部を押さえる。

 ストライク旗艦を、ミリアリアが伝える。

「ストライク、帰還します! ……、被弾あり!」

 マリューの体温が一気に下がる。

 モニターに映ったムゥの顔は、いつもの様に余裕のある表情ではなかった。

『はは、悪い……しくじっちまった……。クルーゼの新型……』

「報告は後です! 整備班、緊急着艦ネットを!」

 右舷カタパルトハッチが開き、ストライク収容準備に入る。

***

 アークエンジェルの動きが止まった。

 今こそが好機。

「撃てェェ! 今だ、あの艦を撃て!!」

 ドミニオンのブリッジでアズラエルが絶叫する。

「ローエングリン照準! 早くするんだ!!」

 その様子にオペレーターでさえも不信感を募らせるが、致し方ない。

 もはや誰もが、目の前の戦艦と戦うことに迷いを抱き始めていたのだ。

 ちらりとナタルを見た後、発射シークエンスを進める。

「ダメェェェ!!」

 突如響く、声に、皆の視線が集まる。

 フレイがインカム越しにアークエンジェルに叫び続ける。

「逃げて、アークエンジェル! 今すぐ!」

「何をしている、貴様ァッ!!」

 頭に血が昇り、正常な判断が出来ないアズラエルがフレイの胸倉を掴み、彼女をオペレーター席から引き摺り下ろす。

 そしてその右手にハンドガンを握り締める。

 馬鹿な。

 こんな密室で、しかも友軍の兵士を撃つなど。

「何をやっている!!」

「お前こそ、何をする!!」

 二発、三発と銃弾が放たれる。

 壁に当たり兆弾し、火花がクルーの顔を照らす。

 もはやこのかんにクルーを留める事は出来ない。

 艦長として、一人の人間としてこの状況に対する最適な決断を。

「総員、退艦しろ!」

 ナタルの指示に、戸惑うクルー。

 しかし、この混乱状況の中まともな戦闘が出来るはずが無い。

 そう、勝敗は決したのだ。

「アークエンジェルへ行け!! 急ぐんだ!!」

「お前、勝手な事を!!」

 クルーが次々とブリッジより出て行く中、フレイは一人ナタルが来るのを待っていた。

「バジルール艦長!」

「何をしている! 早く行くんだ!!」

 他のクルーに手を引かれて、フレイはブリッジを出る。

 それを追うアズラエルだが、ナタルが寸での所でシャッターを下ろし、行く手を阻まれてしまう。

 その目は血走り、もはや人と呼ぶのも躊躇う。

 まるで子供のようにわめき散らすアズラエル。
 
 そうだ、これが最適な決断だ。

 クルーの安全を守るのが艦長の役目。

 そして危害を加えてはならない。

「クソッ、お前ェェェェッ!!」

「あ、なたはここで死すべき人だ!! 私と共に!!」

 瞬間、ナタルの左足に激痛が走る。

 アズラエルのハンドガンが四発目の弾丸を吐き出した。

 宙に浮く鮮血。

「僕にこんな事をして!! どうなるか分かってるんだろうなァッ!?」

 普通の人間ならば、この取り乱した様子に恐怖を感じるかもしれない。

 だが、もはや死ぬ覚悟は出来た。

 何を恐れると言うのだ。

 彼は認めなければならない。

 自らの敗北を、地球軍の敗北を。

「いい加減認めなさい……私達は、地球軍は、負けたのです……」

「ふざ、けるんじゃ……ないよッ!!」

 艦長石に座り込み、コンソールを操作する。

 モニターに映ったのはローエングリンの発射シークエンス。

 先ほどのオペレーターが行っていた作業を再開したのだ。

「アズラエル!? 貴様――――――――ッ!!」

「僕は勝つんだ……!」

 狂気の瞳で作業を進めて行く。

 米神が細かく痙攣し、ぶつぶつと何かを呟いている。

「そうさ、何時だって……!!」

 ドミニオン右舷に現れた砲台に、光が収束される。

 ナタルが叫ぶが、もう止まらない。

***

「ドミニオンより、脱出艇! 艦を放棄する模様です!!」

「ナタル……! 認めたのね……」

「待ってください! これは……ドミニオンに高エネルギー反応! ローエングリン、収束されています!」

 その報告にクルーは息を飲んだ。

 射線上には脱出艇だっているというのに。

「艦長!!」

「回避運動!!」

「ダメです、間に合いません!!」

 ドミニオンのローエングリンが放たれる。

 まるで世界の全てがスローになったかのような錯覚。

 その光は、ブリッジを貫くはずだった。

 目の前に現れたそれに遮られて、それは叶わなかった。

 ストライク。

 被弾し、アークエンジェルに着艦しようとしていたストライクがブリッジの前にいた。

 ボロボロのシールドを構え、到底耐え切れるはずも無いのに。

 そもそも陽電子の光をなぜ、アンチビームコーティングしかされていないシールドで防いでいるのだろう。

「へへ……」

 ストライクのコクピットで、フラガは笑顔だった。

「やっぱり俺って、不可能を、可能……に……」

 それは彼が「不可能を可能にする男」だったからだろうか。

 ストライクの頭部が融解し、やがて本体が崩壊し始めた。

 最後の最後で、アークエンジェルに戻ってこれたのだ、彼は。

 ストライクが、四散した。

***

「――――――――――――――――ッ!!!」

 マリューの声にならない叫びが響き渡る。

 ドミニオンの全エネルギーを注ぎ込んだローエングリンが防がれた。

 アスラエルは呆然としていた。

 もはや、手段は無い。

「あなたの負けだ……」

「お前ェェェェェ!!」

 再びナタルにつかみかかる。

 勝てなかったのは貴様のせいだ。

 貴様が余計な茶々を入れなければ。

 その声が聞こえるようだった。

 どうかしていたのだ。

 この男に艦の指揮権を任せ、のうのうと従っていた。

 その償いをしなければならないのだ。

「撃てぇぇぇぇ!! マリュー・ラミアス!!」

 その彼女に呼応するように、アークエンジェルのローエングリンが放たれる。

 亜zら得るが振り向いた時にはもう遅い。

 彼の体は陽電子の光に焼かれていた。

 その光の中で、ナタルはふっと笑みを浮かべていたのだが、それを知る者は誰もいない。

***

 ミストラル、クサナギ、エターナルではドミニオンの撃沈を感知した。

 そのミストラル。

「ロイドは、セフィはどうなっている!」

「待ってください! ブレイズ、フェミア共に健在です! ですが、敵機と交戦中の模様!」

 リィルの報告にリエンは安心と不安の混ざった何ともいえない複雑な気分になった。

「敵機の詳細は、分かるか?」

「その……一機はフェミアのデータにあったZGMF-X21A セフィウスと確認」

「もう一機は?」

「……GAT-X141レフューズ」

 リエンの目が閉じる。

 ため息しか出てこない。

 ついに恐れていた光景が、現実となってしまった。

 歯がゆさと、どうにも出来ない自分への苛々が募っていく。

「ロイド、アキト……お前たち、それで良いのか……?」

 リエンの心配をよそに、ブレイズはセフィウスと激突していた。

 ライフルを放ち、サーベルで切りかかる。

 自分の中で何かが弾けたかのように。

 その様子をレフューズと対峙しながら、セフィは横目で見ていた。

(どう考えても核エンジンを搭載しているセフィウスにブレイズが勝てる可能性は無いに等しいのに……)

 今すぐにでも助けに入ってやりたい。

 しかし、今、自分の目の前には別の敵がいる。

 いや、敵とは呼びたくは無い。

 例えわずかな時間であったとしても、アキトは自分たちの仲間だった。

 フェミアの通信回線を開き、レフューズに呼びかける。

「アキト、聞こえる……?」

「……」

「良かった、無事で……。皆心配してたの……貴方の事」

 アキトから返事はもらえない。

「ミストラルに、戻ろ?」

 ロイドの辛さは自分の辛さ。

 彼の、ロイドのこれ以上悩む顔は見たくは無い。

 しかし。

「……誰だ、お前は」

 それが彼からの返答だった。

「アキト……?」

 一方的に通信が切断される。

 セフィは愕然としていた。

 もし、自分の予感が当たっているとしたら。

「アキト、記憶が……無い?」

 レフューズがブレイズに襲い掛かる。

「……」

「アキト!? お前、何をする!」

「……」

 突然の出来事に頭の中が混乱する。

 アキトが自分に襲い掛かってきたと言う事実。

 なおもレフューズは攻撃の手を緩めようとしない。

 思わずブレイズの動きが止まる。

「ハッ! あいつの事は気に入らないが、隙だらけだぜェッ!?」

 セフィウスが、背中のリフターを切り離し、突撃させる。

 衝撃に体が揺さぶられる。

 このまま二体を同時に相手にしていたのではジリ貧だ。

 エネルギーだってリミッターをカットしている分、効率が悪くなっているのだ。

「……最後だ」

 レフューズの手にはビームサーベル。

 明らかにコクピットを狙っている。

 勢い良く伸びるサーベル。

 回避運動は間に合わない。

 そう思っていたが、横からの光にサーベルが弾かれる。

 フェミアのビームライフルが、レフューズのサーベルを弾き飛ばしたのだ。

「……何だ?」

「……ロイドは、落とさせない……!」

 セフィの瞳に影が宿る。


(Phase-24 終)


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