Phase-23 ヤキン・ドゥーエ攻防戦―2
一体、誰がそれの登場を予想していただろうか。
巨大なパラボラアンテナのような建造物から放たれた眩い光。
それに触れた瞬間、人体は蒸発し、MSは散る。
ジェネシスと呼ばれる巨大な破壊兵器の登場で、戦局は再び混沌とし始めた。
「な……」
その光景を見てアズラエルは絶句していた。
そう、勝てると思っていたのだ。
ピースメーカーの一斉掃射によってプラントは壊滅。
戦争は勝利したと思っていたのだ。
なのになんだこの惨状は。
「忌々しいコーディネイターめ……!」
禍々しいほどの狂気を目の前のジェネシスに向けるアズラエル。
その様子を艦長であるナタルは黙ってみている。
アズラエル同様、彼女もこの事態は予測していなかった。
もしここで追撃を受けようものなら更なる被害を受けてしまう。
となると、やるべき事は一つ。
「全軍に撤退の指示を! ここは体勢を立て直す!」
「な……にを言っているんだお前ェェ! 目の前のアレを破壊する方が先だろう! 残ったピースメーカー隊で、アレを破壊するんだよ!!」
「理事は黙っていてください! 艦長は私だ!」
一括し、アズラエルを黙らせると信号弾を放ち撤退の指示を宙域全体に知らせる。
その指示に従い、地球軍が次々と撤退して行く。
しかし、そこで予想だにしないことが起こった。
ザフトのMSがストライクダガーに襲い掛かった。
次々と破壊されていくストライクダガーとメビウス。
あまりにも一方的過ぎる攻撃。
その行為に嫌気が差したのか、フリーダムが走る。
「やめろ! 戦闘の意思は無いはずだ!!」
ビームライフルでジンの頭部を貫いて行く。
その隙に撤退して行く地球軍。
そして四隻連合にも撤退の指示が下された。
あまりにも不利なこの状況で、彼らは撤退するしかないのだ。
***
ヤキン・ドゥーエ宙域よりは慣れた場所で、四隻連合は先ほどの兵器についてエリカから話を聞いていた。
「放射されたのはどうやらガンマ線のようですわ」
「ガンマ線?」
「ええ、それがあの規模で放射されれば、人の体なんてたちまち蒸発してしまう代物」
エリカの更なる説明が続けられる。
ジェネシスと呼ばれるあの兵器は、一射ごとにカートリッジの交換を必要だと言う。
その交換には数十分の時間を要する。
そのときならば発射される恐れは無いので、攻め入る機会である。
だが、ザフト側もアレを守ろうと必死になるだろう。
加えて、ヤキン・ドゥーエよりも巨大なジェネシスを破壊するには並大抵の事ではない。
「おそらく、先ほどの発射でもうプラント側も躊躇いはないでしょうね」
「狙って、くる……? 地球を?」
「父上が、正気ならばあるいは……」
もしもパトリックが正気ならばジェネシスを地球には撃たないだろう。
あくまで「正気」ならばの話だが。
あんなジェネシスなどという代物を作っている時点でもはや正気の沙汰ではない。
なんとしてもそれだけは食い止めなければならない。
外が頑丈なものほど、内側はもろいものだ。
中から破壊すれば、如何にあれほどの巨大兵器でも破壊は出来るはずだ。
しかしながらそのためには誰かが決死の突入をしなければならない。
それで命を落とそうものなら、目覚めが悪くなる。
「ともかく今は、両軍の戦力を減らさないと……」
「私達は、今、ここで立ち止まるわけには行かないのです……。少しでも、歩まなければならないのです」
「全軍に通達、補給・整備が終わり次第再び宙域へ向かうぞ!」
その事が各艦内に通達された時、ロイドはヘルメットを取り、ブレイズのコクピットにいた。
先ほどの兵器の登場に、思考が追いついていない。
何なんだ、アレは。
あんな物があったなんて。
「プラント……本当にナチュラルを葬る……?」
するとコクピットハッチを誰かが叩いた。
整備士だろうか。
ハッチを開けると、セフィがいた。
「セフィ……? 無事だったのか!」
「うん、ロイドも無事みたいね」
何とか双方の無事を確認。
「ロイドはどう思う、あの兵器」
「あんなもの……もう一度たりとも打たせちゃいけない」
「やっぱり、私も同じ……。あれ、次は地球を狙ってくる……!」
こんなにはもはや戦争ではない。
ただの殺戮だ。
そう思った時、こうも思った。
戦争と殺戮、その境界はどこなのだと。
どちらも人殺しには変わりない。
ルールがあるわけではない。
明確な線引きがあるわけでもない。
その双方を見極めるものがあるとしたら。
「……正義、か」
「正義?」
「ん、戦争と殺戮の違いさ」
戦争は自分の正義のための戦い。
殺戮は自分の憎しみを晴らすために戦う。
「今のプラントに、正義はあるのか?」
「……分からない。多分、自分たちには正義があると信じているわ。……でも、この世界のどこにも正義は、正しいものは無いもの」
正しいものは無い。
そのセフィの言葉は、今の自分たちにも当てはまるのかもしれない。
この戦争を、戦いを止めると言っておきながら余計に戦局を混乱させるこの行為。
矛盾しているとしか言えない。
それでも自分たちにはこれしか出来ないのだろうか。
もっと他に方法は無いのかと、考える時間もあったはずだ。
なのに、自分達は。
「今は、こうして戦うしかないんだな、俺たちって」
「……うん」
***
撤退したドミニオンの後部ブリッジで、フレイはたたずんでいた。
補充要員と言う形でメインブリッジでオペレーターの任についていた。
初めて見る景色に彼女は不安しか感じなかった。
やがてその不安が恐怖に変わり、彼女はここにいる。
その彼女にそっと触れる手。
ナタル。
「どうした、こんな所で一人で」
「バジルール艦長……私の、私のせいでこんな……」
自分がNJCのデータを持ち帰り、ピースメーカーの作成を促したのだ。
それに呼応するようにザフトのジェネシスを作り上げた。
何もかも自分が悪いと、彼女は背負っているのだ。
艦長として、いや一人の人間としてナタルは告げる。
「怖いのならブリッジ要員から外すように手配しよう」
「いえ、大丈夫です……。私には、責任がありますから」
「こんな惨状になった、と言う事に対してか?」
フレイは黙り込む。
一人で背負い込んだ時ほどもろい人間はいない。
「何にしても、一人で背負い込む事はあまり良い傾向とは言えないな。艦長である私にも責任がある」
アズラエルの暴走を止められず、核ミサイルを作らせてしまった自分にも。
今の自分に出来る責任のとり方といえば、この戦争を止める事なのだが。
アズラエルがそれを許すはずが無い。
「さて、そろそろ行こうか」
「あ、はい」
そうだ、こんなまだ十代の少女に全てを背負わせるわけには行かない。
もし、償うならば自分が償うべきだ。
ナタルの拳が難く握られる。
そんなナタルとフレイの一時の触れ合いがあった頃、ヤキン・ドゥーエ司令部。
「地球軍は撤退したようで……」
「なに、ジェネシスがあればいつでも葬る事が出来る。あの忌々しいナチュラルどもをな」
クルーゼの口元が緩む。
こんなにも人は愚かしくなるものなのか。
滑稽で仕方が無い。
「それよりも貴様には新型機があるだろう。それに乗り、後ほど出撃しろ」
「仰せのままに」
「そのときにあの二人も連れて行け」
カルラとアキトの事を指しているのだと彼はすぐに理解した。
それから程なくして、ジェネシスのカートリッジの手はずが整った。
さぁ、再び始めよう。
世界を分かつ大戦を。
***
「ヤキン・ドゥーエに動きがありました! MSが、出撃しています!」
「動いたか……」
リエンが艦長席に座る。
第2ラウンドの幕が下りた。
「総員、第一戦闘配備! ロイドとセフィは直ちに出撃!」
ブレイズとフェミアが飛び出す。
やや遅れて地球軍のほうにも動きがあった。
ドミニオンを中心に、艦隊が展開。
ストライクダガーが発進している。
また、核ミサイル搭載型メビウスが出てくるのだろうか。
そうだとしたら、再びジェネシスも撃たれる。
「あいつら、また核ミサイルを!?」
『ロイド、セフィ、選考する核ミサイル隊を落とせ! アレがプラントに向かえば、今度はジェネシスが撃たれる!』
「了解!」
エールストライカーに火が灯り、加速する。
ビームライフルのトリガーを引き、メビウスを落とす。
そこへ迫る三機のMS、カラミティ、フォビドゥン、レイダー。
以前、オーブ解放戦の折に戦ったことがある3機のG。
「へへ、お前たちだったよな、脱走兵は!」
「こんな所で足止めなど!!」
「紅いやつ、お前、邪魔だよ……! 消えな」
「……この人たち、ナチュラルじゃ、ない……!?」
「そやぁぁぁ、滅殺!!」
レイダーのミョルニルがフェミアを襲う。
そのミョルニルめがけて光が放たれる。
「あぁん?」
『ロイド、セフィ! 大丈夫か!』
「アスラン・ザラ……!」
アスランの乗るジャスティス、そしてフリーダムが駆けつける。
この両機の登場により、この戦いのバランスは一気に崩れた。
カラミティら三機のGはフリーダムとジャスティスが引き受ける事に。
ブレイズとフェミアはピースメーカー撃墜へと走る。
ピースメーカー対はゆっくりとプラントへと向かう。
例え撃墜され続けたとしても、一機でも残っていれば良いのだ。
ナチュラルの思いの一撃を、プラントに与えるために。
そしてそれを止めるもの、ブレイズとフェミアがメビウスの迎撃に移った。
「あんた達、こんな事をしてッ!!」
「これじゃ、これじゃぁ、血のバレンタインと一緒なのに……」
そう、この行為は血のバレンタインと同じ。
彼らはまた再び、あの悲劇を引き起こすつもりなのだろうか。
否、そんなこと断じて引き起こしてはならない。
「ふん、ラクス・クラインどもめ……何をするかと思えば」
「きゃつらとて人の子。自分の住む土地が欲しいのでしょう」
「だが奴らも、ジェネシスの一撃で葬り去る事が出来る」
「……では、そろそろ私も出ましょう」
クルーゼが踵を返した時、その背中に突き刺さる言葉。
「クルーゼ、これ以上の失態はお前とて許さんぞ」
「……ご期待に沿えるように」
それだけ言うと、司令部を後にする。
道中で整備士と合流し、自分の機体についての説明を受ける。
エンデュミオンの鷹、ムウ・ラ・フラガのかつての乗機「メビウス・ゼロ」。
それに搭載されているガンバレルに近い感覚の兵器を搭載したMS。
ZGMF-X13A、プロヴィデンス。
それがラウの新たな機体の名前だった。
「説明は以上となります。隊長ならばおそらく大丈夫だとは思いますが」
「ああ、後は実戦で使ってみせる」
ノーマルスーツに着替えて、カルラたちとも合流。
自分の機体の足元に立つ。
灰色の体に、後光のようなバックパック。
そこから飛び出した突起物が非常に目を惹く。
ドラグーン・システムと名づけられたその兵器は、「空間認識能力」を持つ人間のみが操る事を許される兵器。
さらに強奪した「GAT-X204 ブリッツ」の「トリケロス」を発展させた「複合兵装防盾システム」、「ユーディキウム・ビームライフル」を主兵装に持つ。
まさにザフトのMSの集大成とも言える。
「ふん、使って見せるさ……あの男に出来て」
脳裏にムウの顔がよぎる。
忌々しい、フラガの血を引く、あの男の顔が。
「私に出来ない事など何も無い!」
『ハッ、隊長さんよ、俺たちにも活躍の場を残しておいてくれよなぁ!?』
『……』
「カルラ・オーウェン、アキト・キリヤ、君達には「期待」しているぞ」
いやに「期待」と言う言葉が嘘臭く聞こえる。
「ラウ・ル・クルーゼだ、プロヴィデンス、発進する!」
「神意」の名を掲げたMSが飛ぶ。
「カルラ・オーウェン、セフィウス、行くぜぇッ!!」
灰色の暴君が出撃する。
「アキト・キリヤ、レフューズ、出る」
過去を持たない拒絶のMS。
蒼きMSが戦場に出る。
それぞれがそれぞれの戦うべき相手の元へ向かう。
自分の、因縁に決着をつけるために。
(Phase-23 終)
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