Phase-21 終わりへと向かう道

「セフィ?」

 ドアの向こうに立っていたのはロイドだった。

 少しだけ疲れた顔をしているが、それ以外にやつれたという部分は見受けられない。

「……ロイド、大丈夫? 2日くらい出てこなかったけど……」

「なんとか。そりゃちょっとは悩んだりしたけど少しだけ寝たらどうでも良くなった」

「……寝てたの?」

 もやもやした時は寝るに限ると豪語する。

 そのおかげか吹っ切れた表情のロイド。

 彼曰く、そもそも何を悩む必要があったのかと言う事で。

「ナチュラルだろうと、コーディネイターだろうと、ハーフだろうと。どうってことはない、俺は俺だって」

「自己解決できたの?」

 ロイドは頷いた。

 てっきりセフィはずっと悩んでいるものだと思っていたが。

 よくよく落ち着いて考えてみると、ロイドはそんなに悩みを抱える男ではない。

 単純と言えば、簡単な話ではある。

 何はともあれロイドはセフィに心配をかけてしまっていた。

 それは素直に詫びた。

「ねぇ、ちょっとだけお話しよ」

「話?」

「うん」

 ロイドの部屋に入る。

 ベッドに二人で腰掛ける。

 セフィがまずロイドに向かって口を開いたのはアキトの事だった。

 メンデル脱出戦の折、アキトの乗るレフューズが負傷。

 そのまま、ザフトに捕獲されたのだ。

 あのあと、アキトがどうなったか。

 ロイド達が知る由もない。

 ただ、条約で「捕虜への暴行は禁止」されているので、無事だとは思っている。

 それでも、心配なのは代わりはない。

 ロイドが、地球軍に入って初めて会ったのがアキトだった。

 それから事あるごとにロイドはアキトと競い合った。

 最初こそアキトはロイドの事を無視していたが、次第に追われる者として勝負に応じるようになった。

 その後、互いにライバルと認め合いパナマ基地のナンバー1と2の座に落ち着いた。

 結局のところ、ロイドはアキトと決着をつけれていないのだ。

 模擬戦なんかではない。

 真剣勝負。

 それを叶えるまで、死ぬ事はできないし悩んで立ち止まっている暇も無い。

「……強いんだね、ロイドって」

「弱いさ。誰よりも、何よりも」

「……そう」

 沈黙が流れる。

「そうだ。セフィは北欧で、カルラと一緒だったのか?」

「一緒、だったけど……?」

「どんな感じだった?」

 思い出したように問う。

 一度、プラントに乗り込んだときに目にしたが彼の本質などはあの時だけでは理解出来ない。

 セフィは北欧にいたときの事を思い出していた。

 北欧でカルラがセフィたちと合流した時、第一印象は何と危険な男だろうと言う事だけだった。

 会う人会う人に殺意を振りまき。

 まるで世界をその物を憎んでいるような。

 心も思考も、何もかもが壊れ、壊すことだけを追い求める異常者。
 
 そんな男だった。

「そうか……」

「カルラの事、まだ?」

「ああ……」

 ロイドにとってカルラは友達だった。

 あの時、もう昔のカルラではないと決別を誓ったはずなのに。

 未だに断ち切れずにいない弱さ。

「次に会ったときは必ず……って思っていたのにな」

「でも、それも仕方がないと思う」

 セフィが呟いた。

「人は一度未練を抱くと、振り切るのに時間がかかるから……仕方ないよ」

「そう言うものなのか?」

「うん、そうだと思う」

 少しでもいい。

 少しでも互いに話し合って、苦しみを取り除けるのならば。

 それはそれで幸せな事なのだとセフィは思った。

***

 その後も様々な話をしていた。

 その中でロイドは前から気になっていたことを尋ねた。

「なぁ、セフィって……俺のクローンってことだよな」

「……」

 少しだけセフィの顔が陰る。

 もちろん、ロイドも傷つけようとして聞いたわけではない。

 少しだけ気になることがあった。

 クローンと言うものは遺伝子の寿命以外は何もかも全てが同じ生命体である。

 なのに、ロイドは男でセフィは女。

 これは果たしてクローンと言えるのだろうか。

 かつてリエンは遺伝子的にもロイドとセフィは同一人物だと言っていた。

 しかし容姿が違う、性格が違う。

 遺伝子が同じならば、容姿も性格も同じなはずだが。

「……ねぇ、ロイド。男の子にあって女の子に無いのって何だと思う?」

「ハッ……えぇ!?」

 立ち上がる。

 セフィにしては直球過ぎる質問。

 ロイドは意識しすぎてしまい、答える余裕も無い。

「答えはね、Y染色体なの」

「Y、染色体? 何それ」

 男にはXとYと言う二つの染色体がある。

 女にはXと言う染色体しかない。

 セフィはクローニングの実験の際に巻き起こった副作用により、Y染色体の全てがX染色体へと変化してしまったのだ。

「ちょっと待った! 染色体って奴はそんなに簡単に変異するものなのか!?」

「詳しいことは分からないの。人の構造なんて今の医科学をもってしても未知数だもの……」

 中々に深い話になりそうだが、ロイドもセフィもまだまだ子供。

 難しいことは分からないのだ。

「でも、クローンってことはいずれ……」

「……うん。多分ロイド達よりも早く死ぬ事になると思うの。でもね」

 セフィの手がロイドの手を包む。

「それまで、たくさんの思い出を作っておきたい……から」

「そっか……」

***

 地球軍月面ノースブレイド基地。

 地球軍の宇宙での第三拠点として成り立っているこの基地で、フエンは近々行われる大規模作戦に参加をすることになった。

 自分の愛機として戦いを区切る抜けてきたイルミナ。

 もしかしたらこの戦いで破壊されるかもしれない。

 それほどに、今度の作戦は危険極まりないものであった。

 いつもは静かなノースブレイド基地だが、流石に賑やかになっている。

「姉さんは、オペレーターとして?」

「そうなの。旗艦オルゴデミオに」

「じゃあ俺が配属になったのと一緒だ」

「一緒だね」

 今度の作戦。

 それはザフトの軍事拠点「ボアズ」に対しての大規模侵攻作戦。

 それが成功すればいよいよ最終拠点である「ヤキン・ドゥーエ」に攻め入る。

 これで戦いは、戦争は終わる。

 そうすれば、フエンはサユと一緒にまたこの基地で。

 いや、そう考えるのは止めよう。

 大体、戦争中に何があるかは分からない。

 もしかしたら明日、いや一時間後には死んでいるかもしれないのだ。

 物事に絶対などは存在しない。

 それが戦争中ならば尚の事だ。

 絶対生き残る。

 絶対戻るから。

 それは、果たして本当なのか。

「デュライドさんは?」

「俺はまた別の艦に配属になった。まぁ戦場は一緒だ。生きていればまたここで落ち合えるさ」

「ですよね。こんな戦争、一刻も早く終わらせなきゃいけないんだ……」

「それはお前だけではない。ここにいる皆が同じ気持ち、そしてザフトもだ」

 それはフエンも分かっている。

 だからこそ、相手のその戦闘意欲を上回る力で望まなければならないのだ。

 奮い立たせろ。

 自分自身を。

 そうして窮地に追い込んで、潜在意識を研ぎ澄ませて、能力をフルに、最大限に。

「あんまり、自分を追い込んじゃダメだよ?」

「分かってるよ、姉さん……」

 そういって握ったフエンの拳から、一滴の紅い雫が垂れ落ちたのは誰も知らない。

***

 メンデル脱出戦より1ヶ月と3週間が経過した。

 ザフトも地球軍側も、特に戦闘をすることが無くこの1ヶ月と3週間は過ぎていた。

 恐ろしいまでに静かな宇宙に、気が狂いそうになる。

 本当に今は戦争中なのかと、疑ってしまうほど。

 ロイドは本格的に復帰し、ブレイズの調整を行う。

 カラーズが未だに戻らない今、この艦の戦力はブレイズとフェミアのみと言う事になる。

「どう、ブレイズは」

「どうもこうもなぁ……丸々1ヶ月、戦闘が無いんじゃ調整だって……」

「フェミアも同じ……でも、ヴェルドさんたちがいないからしっかりしないとね」

「それは分かっているんだけどなぁ……」

 その時だった。

 艦内にリエンの声が響き渡った。

『総員、第一戦闘配備! 第一戦闘配備だ!』

 久方ぶりの戦闘配備に慌てふためくクルーたち。

 ロイドとセフィはブリーフィングルームに集まるように加える。

 急いでブリーフィングルームに向かうと、リエンとミリアが待っていた。

「リエン大佐、一体何が?」

「……先ほど、地球軍がプラントに向かって侵攻を始めた」

「プラントに……!?」

 リエンが二人に資料を渡す。

 そこには使用された戦艦、MSなどが大雑把にではあるが集めることの出来た情報を元に書かれていた。

 その中でロイドとセフィは目を疑った。

「待ってくださいよ……! 何なんですか、この……核ミサイルって!」

「奴らが進行を始めたのはプラントの軍事拠点「ボアズ」。それを落とすために、核ミサイルが使われたんだよ」

「……フリーダムとジャスティス、セフィウスにフェミア。あれにNJCが使われているわ。誰かが地球軍にその情報をリークした……?」

「そう考えるのが妥当だな」

「今からミストラル及び、アークエンジェル、クサナギ、エターナルはボアズに向かいます。この艦の戦力は貴方たち二人しかいないけど……」

「分かってますよ」

 ロイドが、セフィが。

「頑張るしかないじゃないですか。どんなに戦力が少なくても……!」

「……私はこの艦が大好き……。だから守ってみせるわ」

 これで決定した。

 二人はノーマルスーツに着替え、コクピットで待機することになった。

 いよいよ、決戦に打って出た。

 同時刻、地球軍プラント侵攻部隊旗艦オルゴデミオ格納庫。

 作戦が成功し、湧き上がる兵士たち。

 しかしフエンだけは違っていた。

 こんな話、まるで違う。

 確かに自分は、フエンは作戦通りに出撃し「ある時間」になったらボアズより遠ざかった。

 次の瞬間に放たれたのは、想像もしていなかったものだった。

 核ミサイルが、各艦より発射されたのだ。

 それを見たとき、フエンは戦慄した。

 一瞬にして核の炎に包まれるボアズ。

 元々は小惑星だったため、崩壊するのにそう時間は掛からなかった。

 その光景を見て、これはもう戦争ではないと確信した。

「これが……地球軍の正義……!? やること……ッ!」

 外の騒ぎが余計にフエンの神経を混乱させていく。

 自分は、何と言うことに加担してしまったのだろう。

 そう後悔した時にはもう遅かったのだ。

 ボアズの崩壊も、核ミサイルの発射ももう既に過去の事。

 過去を振り返っても「事実」は変わらない。

 フエンの拳が、コクピットの壁を殴りつけた。

 乾いた音がコクピットの中に響き渡る。

 それでも彼は兵士だ。

 出撃しろと言われたら出撃しなければならない。

「俺は、人でありたいよ」

 そう呟いても、誰も返してはくれない。

***

 ドミニオン通路。

 自分の立てた作戦が面白いほどの成功を収めた上機嫌のアズラエル。

 今から自室にこもり報告のための資料を作らなければならない。

「アズラエル理事!」

「おや、艦長さん。どうかしましたか」

 そのアズラエルに声をかけたのは艦長であるナタルだった。

 ナタルがアズラエルの隣に立ち、先ほどの作戦についての意見を口にした。

「……理事は、いくら敵に対してとは言え核ミサイルを使うことに対して躊躇いなど無かったのですか?」

「……ふぅ、あのねぇ」

 わざとらしくため息をして。

「戦争はゲームじゃないんですよ? 命を懸けているんだ。それに、フリーダム、ジャスティス―先に核を使ったのはプラント側でしょう? むしろこちらは被害者なのですよ」

「それでも、核ミサイルで報復など……!」

「勝ち目の無い戦いで、「死んで来い」って言って戦場に送るよりも僕はよっぽど兵士思いの良い上司だと思いますけどねェ? だって兵士が出る前に勝負を着いたのですから」

 いやらしい笑みを浮かべて、再びアズラエルは歩む。

 ナタルは言われもない後悔の念に囚われていた。

 もしも、アラスカで転勤願いを受理しないでいたら、また違っていただろうか。

 マリュー、ラミアス、もしかしたら―――――。

「貴女のとった道は、正しいのかもしれない……」

***

 ミストラル以下四隻は、進路をボアズへと言う事になっていたが。

「進路を変更する?」

 リエンが通信しているのはアンドリューだった。

 通信が切り替わり、ラクスに。

「ラクス、クライン……」

『地球軍の次なる目的はおそらくザフト軍の最終軍事拠点「ヤキン・ドゥーエ」……。そちらに向かいます』

「ヤキン、ね……。文字通り最終決戦になるわけか」

『私たちは止めなければならないのです。この無意味な争いを。そして核の雨を』

「しかし俺達だけで止められるのか? 相手は正規軍、それも地球軍とザフトだ。たかだか四隻と20ちょっとのMSしか保有してない俺たちが?」

 ラクスは黙り込んだ。

 彼女も、分かっているのかもしれない。

 可能性は限りなく低い。

 戦死する者だっで出てくるはずだ。

『でも、私たちはやらなければならないのです』

「それが、使命だから?」

『そう言うわけでは』

「でしょうな」

 リエンの指示で進路をヤキン・ドゥーエへ変更。

 最終決戦は、近い。

***

 プラント。

 既にボアズ歓楽の報告は舞い込んでおり、パトリックの指示の下で、全ての戦力をヤキン・ドゥーエに集結させる事になった。

 イザーク・ジュールは、メンデル脱出戦の後に小隊長へと昇格し「ジュール隊」を率いる事になった。

 もはやラウの部下ではない。

「ジュール隊長!」

「ハーネンフースか……何の用だ」

 ジュール隊の一員であるシホ・ハーネンフース。

 彼女がイザークに声をかける。

「私たちの配置場所が決定いたしましたので報告を」

「そうか。すまない」

「い、いえ、とんでもない!」

 シホが持ってきた資料に目を通す。

 若干、後方のようだ。

 突破されないだろうと言う上層部の自信の現れか。

 それともまた別の要因か。

 一兵士であるイザークには到底分かるような事ではない。

「やはり撃って来るのでしょうか、地球軍は核を……」

「だとしても、俺達はそれを止めなければならない。赤服を纏っているからには、命に変えてでもな」

「隊長……」

「分かったら出撃準備をしておけ。敵はいつ来るのか分からんぞ!」

 シホがきっ、と敬礼をして立ち去る。

 一人になったイザークは、ここにはいない仲間の事を思い出していた。

 アスラン。

 ディアッカ。

 ニコルにミゲル。

 今の俺を、お前たちはどう見る。

 これが、隊長としての今の俺なんだ。

「悩む、か……。俺も落ち着いたものだな」

 少し前の彼ならば迷う事などほとんどしなかった。

 自分の道が正しいと信じていたからだ。

 だが、今は違う。

 何もかも、変わってしまったのだ。

 あの頃とは比べ物にならないほど、変わってしまった。

 イザークは一人、戦地へと赴いた。


(Phase-21  終)


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