Phase-20 CODE OF COLOR-V-

 アイリーンがカラーズに入ってから3週間が経過した。

 流石に元軍人というだけあって、作戦の質は今までとは段違いだった。

 もちろん、それ以外にもカラーズの主だったメンバーのほとんどがコーディネイターと言う事も要因である。

 コーディネイターであるが故の大胆な作戦、力強い突破力などが幸いしているのだ。

 そのことが段々と評価されてきているのか、月に4件ほど依頼が舞い込みはじめた。

 少しずつだが、カラーズは世間に認められ始めているのだ。

 しかしながらそんな中、リエンは浮かない顔をしていた。

 果たして、今のカラーズに自分は必要なのか。

 迷い始めていた。

***

 ヴェルドを止めるのは、負傷したアイリーン。

 先の基地攻防戦で、アイリーンは暫くの間、MSに乗ることを禁止された。

 ヴェルドの決意は変わらない。

「今なら、戦いが終わって調査に入っている今ならザフトを追い出すことだって……!」

「頭を、冷やせ!!」

 アルフの拳が、ヴェルドの顔面を襲う。

 体勢を崩す。

「こっちだって疲弊しているんだ! お前みたいに体力バカばかりじゃないんだ!」

「……ッ……」

「……悪い。だが、お前一人が突進したところでどうこうできる相手じゃないだろ? 今は休むんだ」

「そ、そうですよ。それに戦争がなくなればきっと……」

 だが、それでも若干納得できないのか、返事のないヴェルド。

 自分の育った土地を守りたいと言う気持ちも分かる。

 だが、それが時ではないということだ。

「とりあえず今日は休んだ方が良いわよ……。今後の事は明日にでも考えましょ」

 複雑な気分のまま、それぞれの部屋に引っ込んだ。

 自分の部屋で横になるヴェルドは、前にも似たような事があったことを思い出した。

 リエンがカラーズからいなくなった時だった。

 そもそも、リエンがいなくなると言う兆候は少し前から見え始めていた。

 作戦会議でも上の空で。

 いつもならばアイリーンと一緒に作戦を立てているはずなのに、自分の考えは全く出さなかった。

 心配になって声をかけるが。

「どうした、リエン。お前らしくない」

「あ、ああ、すまない。ちょっと体調が悪くてな」

「……そうか。あまり無理はするなよ?」

 それだけ言うと、リエンは再び黙り込んでしまった。

 そこでもっと用心すれば良かったのだ。

 彼の内面の異変と言うものを。

 それが次第に凶暴化していくのは、目に見えていた。

 焦っていたのだ、彼は。

 周りが自分よりも優秀なコーディネイターで。

 アイリーンの立てる作戦が自分のそれよりも優秀で、遥かにこなしやすく。

 ナチュラルである自分は先頭でも何も出来ない、せいぜい要人警護のときに運送するくらい。

「おう、リエン。次の依頼なんだが――――――――」

 ヴェルドがリエンの方に手を置くが、それを振り払う。

 驚いた様子でその場に立つ。

 この異変は、他のメンバーもさすがに変だと感じている。

 それから暫くリエンの異変を観察する事となった。

 そうは言ってもリエンも周囲に気を使っているのか。

 確かに変ではあるがそこまで気にやむほどでもなかった。

 本当に調子が悪いのか、疑ってしまう。

 時が経つと、その事もうっすらと忘れ始めていた。

***

「……そうか」

 ふと、漏らしたのはリエンだった。

 ここは宇宙、ミストラルブリッジ。

 カラーズが出て行ってから2日が経過した時だった。

「どうかしたのですか?」

「いや、ふっと俺がカラーズにいた頃の事を思い出してなぁ」

「大佐、カラーズに?」

「言ってなかったか?」

「以前から親しいとは思っていましたが……」

 ミリアは初耳だった。

 ヴェルド達がミストラルに来てから妙に親しくしているとは思っていたが。

 リエンが語り始めた。

 アイリーンがカラーズに入って、それこそ最初は心から喜んでいた。

 だが、次第に作戦を立案していた者として彼はそんなアイリーンに劣等感を抱き始めていた。

 いや、アイリーンだけではない。

 カラーズそのものに対して、自分の居場所を見出せなくなっていた。

 自分はナチュラルで。

 他のメンバーは全員コーディネイター。

 こんなところの、どこに居場所があると言うのか。

 リエンのその劣等感は次第に表面化し、任務に支障をきたすようになってきた。

「うーむ、ここ最近のお前、どうも調子が悪いみたいだが……どうした?」

「いや、別に何もないが……」

 若干言葉に詰まりながらそう言う。

 カラーズの中ではリエンとの付き合いが一番長いヴェルドだ。

 そのくらいの嘘はすぐに見破れる。

「嘘、だな」

 ヴェルドの言葉にリエンは顔をあげる。

「何年お前とつるんでるんだ? お前の嘘を見破れないようじゃ、リーダーなんかやってられないさ」

「……」

「言ってみろ」

 それでもリエンの口は閉ざされたまま。

 一体何が原因か、嘘は見破れても人の事情までは見破れないようだ。

 そこがヴェルドらしいと言えばヴェルドらしいのだが。

 対するリエンはずっと黙っていた。

 内心、このまま心配をかけさせたくないと言う気持ちと、話す事により今まで溜まっていた「モノ」への恐怖が混沌としていた。

 もし、ここで話せばすべてぶちまけてしまいそうで、彼は怖かった。

「……ま、まぁお前のだんまりは今に始まった事じゃないから良いけどさ。ただ、あまり我慢はするなよ?」

「……分かっている」

「どうだか」

 ヴェルドがリエンの前から立ち去る。

 ああ、いつもこうだ。

 自分ひとりで勝手に悩んで、悩みを飲み込んで、吐き出さず。

 心配をかけさせて、時間が解決してくれるのを待つ。

 何時もなら、少し距離を置いているところだが今回は違う。

 自分の周りには多くの仲間がいる。

 ヴェルドだけではないのだ。

 ならば、やるべき事は一つだ。

 ヴェルド達を集めて、リエンは告げた。

***

 今日限りでカラーズを抜ける。

 それはまさに突然の事で。

 だが予兆はあった。

 皆、その言葉を聴くのが何時かと冷や冷やしていた。

「本当に勝手な事だが、すまない……」

「辞める前に、理由を聞かせろよ。何が原因だ」

「……悩んでいたんだ」

「悩み、ねぇ――――」

 アイリーンがくわえていたタバコの火を消す。

 彼女は薄々感じていた。

 自分が―自分たちが来た事により生じる異変を。

「まさか、あんた。自分に対してコンプレックスでも抱いてるんじゃ……」

「コンプレックス?」

「大方自分だけナチュラルって言うのに、じゃない?」

 リエンは俯いた。

 確かにその通りである。

 皆普通に振舞っているようだが、ヴェルド達とリエンではまるで人が違うのだ。

 肉体の強さも、運動神経も。

 MSの操縦技術だって。

 自分たちはいたって普通を振舞っていたとしても、その周りまでもが同じと言うわけではない。

 そう接していくうちにリエンは、次第にコンプレックスを抱き始めた。

「カラーズを抜けるのが、お前の導き出した答えなのか?」

「ああ。このまま俺がいても、足手まといになりかねないから……」

「足手まといだなんてそんな……!」

「エイス」

 ヴェルドが止める。

 ここで下手に情けをかけて、リエンを苦しませてはいけない。

 男の決意を、揺るがしてはいけないのだ。

「ならば聞こうか。ここを抜けてどうする?」

「……それはまだ決まってない」

「決まるまでいても良いんだが?」

「いや、大丈夫だ」

 数時間後、リエンは事務所を出て行った。

 荷物を適当にまとめて。

***

「じゃあ、別にケンカをしたとかじゃないんですね?」

「ああ。ケンカが原因じゃない」

 話を聞いていたミリアの問いに答える。

 てっきり彼女はケンカが原因だと思っていたのだ。

 だがそうなると残る疑問は、何故リエンはその後連合に入ったかということで。

 そのことを再び質問してみる。

 リエンはこう答えたのだ。

 あいつらに追いつきたかったと。

 連合に入って、いずれはMSに乗り、ヴェルド達に追いつきたかった。

 コーディネイターの抹殺、そのことは二の次三の次で。

 とにかくリエンは、少しでもコーディネイターに追いつきたかった。

 一心不乱の思いで、彼はどんな任務にも望んだ。

 カラーズの誰よりも年上なのに、コンプレックスを抱いて抜けるとは。

「俺もまだまだ、子供ってことか……」

 苦笑する彼を見て、口を真一文字に結んでいたミリアは。

「子供でも良いじゃないですか」

 そういう彼女の声はまるで子供でもあやすような、落ち着いた声。

「こんな戦争しかないような世の中、子供の方が楽ですよ」

「……ミリア」

「艦長、盛り上がっているところ申し訳ないのですが……」

 オペレーターのリィルが恐る恐る口を開く。

 彼女の報告では間もなく、クサナギのシモンズ技術主任が呼んだジャンク屋との合流ポイントだと言う。

 最近は戦闘に次ぐ戦闘で落ち着く場所すらなかった。

 ジャンク屋と一緒ならば補給も手短に済ませられる。

 そうすれば多少なりとも艦のクルーに休息を与える事だって出来る。

「進路そのまま、合流地点へ向かうぞ!」

 ミストラルは進む。

 漆黒の宇宙を。

***

「……」

 セフィはロイドの部屋の前にいた。

 あれから、ロイドは部屋から出てこない。

 一応食事を持ってくると、30分ほどで無くなっているので食べているようだが。

 これではまるで引きこもりである。

「……ロイド」

 ロイドの部屋のキーパネルを操作する。

 やはり、部屋のロックはかけられたままだった。

 そして返事もない。

「……どうして、黙っているの?」

 扉に触れる。

 無機質特有の冷たさが、神経を伝わる。

 その時だった。

 静かに扉が開いたのは。


(Phase-20 終)


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