Phase-02 漆黒の刃

 名も無き小島。

 一周100kmも内ほどの小島。

 そんな小さな島でも人々は暮らしていた。

 町は一つ。

 戦争の爪あともほとんど無い。

 しかし毎日のように戦争の状況などは耳に入る。

 それほど、戦争と言うものは極身近なものになっているのだ。

 その町のはずれ、島の南東に位置する小高い丘に一軒の建物が建っている。

 横にはその建物よりも巨大なガレージ。

 傭兵部隊カラーズの事務所、それだった。

 今日は5月25日。

 その事務所の管理人、兼傭兵部隊カラーズリーダーのヴェルド・フォニストは受話器をとっていた。

「よう、お久さし」

 電話の相手も男。

 地球連合軍、パナマ基地。

 電話先はそこだった。

 そこには昔からの知人がいる。

 少し気になる情報を得た、だから教えてやろうと言う彼なりの優しさ。

「俺たちのネットワークで妙な噂が入ってな。近々ザフトがパナマに攻め入るっていう」

『ザフトが……。そうか、狙いは』

「ああ、マスドライバーだろうな」

 パナマのマスドライバーはいまや地球軍にとって宇宙への足がかりとなる重要な施設。

 破壊されるわけにはいかない。

 ヴェルド達も参加したかったが、生憎これから別の任務に出なければならない。

 なるべく死ぬなと、念を押しておく。

 そして、受話器を置こうとした。

『あ、ああ、待て待て。まだ切るな!』

「何だよ」

 慌てて受話器を耳に当てる。

 そこから告げられたのは、ヴェルドにとって、カラーズにとって衝撃的な内容だった。

***
 
 電話を終えたヴェルドは、他のメンバーにその内容を伝える。

 エイス・アーリィ。

 アイリーン・フォスター。

 アルフ・ウォルスター。

 その3人が事務所のロビーにいた。

 ヴェルドによって集められ、話を聞くことに。

「今からの依頼を受けた後のことだが……新しい依頼だ」

「新しい依頼ですかぁ?」

「あらま、気の早いこと」

 思っていた通りの反応だった。

 エイスは非常にのんびりと。

 対してアイリーンはさも他人事のように言ってのける。

 アルフは特に何もいわなかった。

 彼自身普段から口数は少ない方だったが、それは昔の仕事のせいだろう。

「で、どんな依頼だ?」

「地球軍最新鋭艦の無期限護衛任務だ」

 その内容に一同唖然とした。

 無期限と言うことは、何時終わるか分からない。

 それも地球軍最新鋭艦護衛と来れば、何時死んでもおかしくない、危険な任務。

 誰もが思うだろう。

 そんな依頼誰が遣したか。

「……リエンだ」

 ため息が漏れた。

「アイツは……ちょっと偉い士官になったと思ったらそんな……!」

「まぁ、アイツらしいがな」

「詳しい話はこれからの依頼が終わってからだ。時間だし、そろそろ行くぞ」

 事務所を出てガレージの中にたたずんでいるそれに乗り込んだ。

 4機のMS。

 これから、戦場に向かう。

***

 数機のMSが所狭しと駆け巡る。

 ザフトのMS。

 対するは地球軍の旧世代の装甲車やVTOL戦闘機。

 勝ち目はない。

 単純に、ザフト軍量産型MSジンとMAメビウスの戦力比は1:5となっている。

 つまりジン一機がメビウス五機に値する。

 さらにはメビウスよりも装甲や武装が貧弱な装甲車や戦闘機となると、その差は開くばかり。

 それまでにジンと言うMSの脅威は大きかった。

 だから地球軍は援軍を頼んだのだ。

「高度4000m、もうそろそろ目標点だ」

「アルフ、輸送機の操縦は任せたぞ。俺が出てって軽く倒してやる!」

「わ、私も頑張ります!」

「そんなに気負わないの。ヴェルド、アンタはもう少し気負いなさい」

「ハッチ開けるぞ。準備はいいな?」

 ヴェルドたち出撃組みが頷いた。

 ハッチを開けると突風が輸送機の中に入り込んだ。

「レディ……スタート!」

 3機のMSが輸送機より飛び降りた。

 ぐんぐんと加速する。

 激突しないようにスラスターを噴かしながら。

「まずは一発、撃たせてもらうぜ!」

 ヴェルドの駆るフレアの「320mm高エネルギービーム砲」が地上に向かって放たれる。

 それは周囲のジンを巻き込んで地表をえぐり、爆発した。

 やや遅れて地上に降り立った3機のMS。

 地球軍の司令官と思われる士官からの電文が入る。

 なるべく多くの人員を対比させるための時間稼ぎ。

 それが今回の任務。

 言われると、彼らが降り立った場所の近くに地球軍の研究所がある。

 底からはジープが絶えず姿を見せている。

 襲撃を受けていたのだ、ザフト軍の。

「良いか、今の電文の通りだ! 時間稼ぎが俺たちの任務だ! 忘れるなよ?」

『アンタもね』

『は、はい!』

「よし! それじゃあ……散開!」

 おそらくザフトも聞いていなかった事態だ。

 まさか地球軍側にMSを用いた別働隊がいたとは。

 性格には地球軍ではなく、傭兵なのだが、彼らは知ることがない。

 知る前にその命は終わるのだから。

 エイスの乗る「イェーガー」、アイリーンの「ブレード」が敵を駆逐して行く。

「うん、エイス良い感じじゃない。その調子よ!」

『は、はい!』

「行くぜぇっ! 墜ちろッ!」

 フレアの全兵装が火を噴き、広範囲の敵を一掃する。

 これで、ザフトの戦力のほとんどを奪えたはず。

 下手に援軍など来なければ、任務は成功に終わるだろう。

 上空では輸送機で待機していたアルフがレーダーを確認していた。

 今のところ援軍の類は確認できない。

「残りは、4機……」

 4機のジン、ヴェルド達にかかればたやすいことだった。

 現に5分という時間でその片は付いた。

 時間稼ぎという任務にしては上出来すぎる戦果だった。

 全滅という。

「任務完了、っと」

「意外と早く片付いたわね……援軍がなかったのが幸いだったわね」

「確かになぁ」

 輸送機が地上に着陸する。

「お疲れ。こちらのレーダーでも周囲に援軍は確認していない」

「本当に、これで終わりなのでしょうか……」

「エイス?」

 エイスが言うと、皆がその言葉に集中した。

「何か、嫌な予感が……」

「おいおい、いつもの第六感ってやつか? 止めてくれよ、非科学的な……」

 ヴェルドはそう言ったものは信じない。

 信じようにも目に見えないのなら仕方がないから。

 ただ、信じたくはないがエイスの言うことに外れがない。

 おぼろげだが、彼女は何かを感知する先天的な、極めて特殊な能力があった。

 普通の人間で言うところの「勘」に値するそれだが、エイスの場合は的中率が非常に高い。

「ま、何かあったときは何かあったとき。蹴散らせばいいのよ」

 不安げなエイスに対して、慰めるようにアイリーンは告げる。

 そう、自分達がMSに乗っている以上、立ちはだかる敵は倒す。

「そろそろ行こうぜ。あいつらとの、合流の時間だ」

***

 太平洋を行くミストラル。

 そのブリッジにロイドとアキトはいた。

 リエンから此の間についての詳しい説明を受けていた。

「このミストラルのクルーは気付いていると思うが、パナマ基地のメンバーだ」

「ええ、通りで見知った顔が多いと思いましたし」

「……まるであの基地がそのまま動いている感覚だな」

 アキトの言うことが意外と適切で。

 クルーは全員あの基地のメンバー。

 もちろん自分がそれまで所属していた部署とは違うところに配属になって戸惑っている人間もいる。

 しかしそれでもこうして動かせているのは、ミストラルのサポートAIがしっかりとしているからで。

「一応改めて自己紹介しておこう。ミストラル艦長のリエン・ルフィードだ」

「副艦長のミリア・アトレーよ。……て、知ってるわね」

「そりゃあ、まあ。で、これからどこへ?」

 ロイドの問いに、リエンはCIC担当のヴァイス・クロイツァーに声をかける。

 ヴァイスがモニターにマップを映し出す。

 現在の航路と、これから向かう目的地が示されている。

「現在俺達は太平洋を横断して、この赤い点の地点に向かっている。そこで俺の昔の知人と合流する」

「……知人? 軍関係者ですか?」

「いや、傭兵だ」

 傭兵と来てロイドは感嘆を漏らした。

 彼の頭の中の傭兵とはサーペントテールのことしかない。

 コーディネイター故に、凄腕の傭兵と聞く。

 まさかリエンがそんな奴らと知り合いだったとは。

 そう考えていたが。

「ちなみにロイド、サーペントテールじゃないからな?」

「げ……何で分かったんですか!?」

「お前の考えそうなことだ」

 ついでにロイドがその葉柄について尋ねようとしたが、リエンはのらりくらりと答えることをしなかった。

 口ごもったり、適当な返事をしたり。

 何かある。

 ロイドでなくてもその場にいた誰もがそう思っただろう。

「……!? そ、レーダーに戦闘と思しき感あり!」

 ヴァイスが声を上げる。

 モニターが切り替わる。

 合流地点の近くで光点が点滅している。

「戦闘……? オーブも近いというのに!? 機種の特定は!」

「駄目です! もう少し接近しないと……!」

 もう一人のCIC、リィル・ヒューストンの報告にリエンの額に汗がにじみ始める。

 もし、今戦闘を行っているのがこれから合流するメンバーだとしたら。

「第二戦闘配備発令だ! ロイド、アキト、お前達はMSにて待機だ!」

「りょ、了解!」

 ブリッジを出る二人をよそに、リエンは席に着いた。

 焦る気持ちを押さえ、前を見据える。

***

 フレアが吹き飛んだ。

「うあぁっ!」

『ヴェルドさん!』

『冗談じゃないわよ、何なのよ、こいつ!』

 アイリーンが言うよりも早く、アルフの乗ったカラーズ最後の一機「ニグラ」が走る。

 敵は黒いMS。

 両腕にそれぞれ1つずつ、鋼鉄製のブレードを装備している。

 その他にも胸にはマシンキャノン、腰には連装グレネードランチャー。

 右腕にはビームライフルを握っている。

 そして頭部はフレアなど4機のMSと同じ、ツインアイタイプの頭部。

「……ら、ライブラリにデータがありました! ZGMF-X01、ツヴァイ……?」

「ZGMF……! ちっ、通りで……」

 ヴェルドが悪態をつくのも理由がある。

 フレア以下4機のMSの形式番号。

 フレアが「ZGMF-X02」、イェーガーが「ZGMF-X03」、ブレードが「ZGMF-X04」、そしてニグラが「ZGMF-X05」。

 そして敵機、ツヴァイは「ZGMF-X01」。

 これらは全て兄弟機ということになる。

「さぁ、その機体を返して……いや、破壊させてもらおうか!」

 ツヴァイのパイロットが叫ぶ。

 まるで少年のような、いや少年の声だった。

 少年の声だが、その声には明らかに怒気が含まれている。

 狂気のような、殺意のような。

「あの基地の連中か……? カーペンタリアからの」

『拙いんじゃない……? ジンとは比べ物にならないわよ!』

「分かってる! ただ、輸送機はもう潰されたし……」

 今度はこちらに援軍が来ないと厳しい状況となってしまった。

 戦況というものは刻一刻と変わり続けるもの。

 先ほどまで有利だったヴェルド達でも、今は若干不利な状況になっている。

 そもそも相手の技術力がこちらよりも確実に上。

 さすが、軍人といったところだ。

 次々と攻撃を浴びせていくツヴァイ。

 その攻撃を捌ききれずに、追い込まれていく。

 ニグラのビームサーベルが、ツヴァイを襲う。

「そんな単調な攻撃で!」

 ツヴァイのグレネードランチャーがニグラに着弾する。

 衝撃で機体が揺さぶられる。

「そら、どうしたァッ!」

 ツヴァイが目標をイェーガー、ブレードに定める。

 イェーガーもブレードも、他の二機に比べるとダメージは少ない。

 しかし、相手は汎用性に長けたMS。

 イェーガーなら同じ汎用機同士渡り合えるかもしれない。

 ただ、エイスの戦闘に対する意識が若干低いのが弱みか。

 そうなると頼みはアイリーンとブレードだが。

 ブレードのメイン兵装の「17.6mレーザー重斬刀」は取り回しが難しい。

 それこそ多くの敵を相手にするには有効であるが、単体の場合はその有効性を見出すことは少ない。

「さて、それを奪った……罰を受けてもらおうかァッ!」

***

「戦闘宙域、入ります!」

「よし、第一戦闘配備に移行! MSは直ちに発進、ミストラルは着艦する! 着艦後、襲撃されていたMSを収容して話を聞くぞ!」

 ブレイズのコクピットにいたロイドがOSを立ち上げた。

 低い軌道音を上げて、ブレイズのカメラアイに光が点る。

「敵は一機ということだ。ロイド、油断するなよ」

「分かってるよ、そんなの! ブレイズ、準備できたぜ!」

 ブレイズがカタパルトに乗る。

 第一カタパルトハッチが開く。

『ブレイズ、発進どうぞ!』

「ロイド・エスコール、ブレイズ、行きます!」

『続いてレフューズ、発進どうぞ!』

「アキト・キリヤ、レフューズ、出る……!」

 赤と青のMSが戦場に繰り出した。



(Phase-02 終)


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