Phase-19 CODE OF COLOR-U-

 カラーズの4人は所定の場所で待機していた。

 その中でアルフはデジャヴを感じていた。

 昔もこういうことがあった。

 その日は雨が降っていた。

 もともとアルフはMSを使用した傭兵として生きてきた。

 その時の依頼は「以前邪魔をしたやつらの処分」。

 言うまでもなくヴェルド達である。

 当時、ヴェルド達の事を知らなかったアルフは何時もどおりに依頼を受けたのだ。

(そうだ、あの時と似ているんだ……)

 その依頼を受けた時の状況と、今回の作戦の状況は似ていた。

 渓谷に隠れての襲撃。

 あの時もこうして待機していた。

 やがてヴェルド達がやってきて、戦闘が始まる。

 ヴェルド達の戦力はジン一機のみ。

 対してこちらは同じジンを4機所有している。

 そのうちの一機は特注のスナイパーライフルを装備したカスタムタイプ。

 それにアルフは乗っていた。

 スコープを起こし、狙撃を行う。

 ロックオンカーソルを相手のジンの脚部に合わせ、時を待つ。

 トリガーを引いた。

 放たれた弾丸は狙い通りに、相手の機体の右脛に向かっていた。

 しかし。

 着弾する瞬間に避けられた。

 アルフは考える。

 ああ、おそらくアラートが鳴り響いたんだろうと。

 ならば次でしとめる。

 もう一度、狙撃体勢に移る。

 二度も外しはしない、そう彼は慢心していたのかもしれない。

 己の腕を。

 だが、その後も彼の放った弾丸が相手に着弾する事はなかった。

 アラートによって弾丸の存在が知られていたとしてもだ。

 こんなにも避けれるものであろうか。

「三機のジンに、狙撃型が一機……。圧倒的に不利じゃないか!?」

 ヴェルドのジンが倒れこんだ。

 長期の戦闘による集中力の欠如。

 操作を誤った。

 何もないところに重斬刀を振り下ろし、隙を疲れたのだ。

 アルフの中に興味が生まれ始めた。

 圧倒的不利なこの状況なのに、相手は立ち向かってくる。

 聞けば相手は傭兵だと言う。

 要人の擁護でも、何でもないただの果し合いのようなものなのに。

 アルフの指がトリガーから離れた。

 モニターに映るのは火花を散らして立ち上がる敵機の姿。

 実に興味深い。

 アルフのジンのモノアイが輝いた。

 斜面を下り対峙するのは自らの雇い主。

「何をしている! お前は狙撃を」

「悪いが今回の依頼はここで終いだ。金も返す」

「何を急に……トチ狂ったか!?」

「……かもな」

 勤めて平静を装い、アルフのジンが重斬刀を引き抜いた。

「こいつの始末は俺がつけておく。金も後日、振り込んでおいてやる」

「そんな勝手な理屈で、キャンセルなんてさせてたまるか?!」

「……」

 アルフがボタンを押す。

 ジンの指から煙幕が展開される。

(スモークディスチャージャー……? どれだけカスタムしてあるんだ……)

『聞こえるか、パイロット』

「あ、ああ……」

『誘導する、ここは下がるぞ』

 信じても良いのだろうかその言葉を。

 つい先刻まで敵として、自分を狙撃していたような相手の言葉を。

 ヴェルドは今一度確認した。

 現在、自分の目の前にいるジンの武装は重斬刀のみ。

 こちらの機体の装備も重斬刀のみ。

 ダメージ状況からいくと、戦ってもフリなのは変わりは無いが四機を一度に相手にするよりは気が楽に感じる。

「……オーケー、従おう」

 ヴェルドのジンを先導する。

 事務所につき、初めてアルフと向かい合った時だ。

 最初に話を切り出したのはヴェルドではなく、リエンだった。

***

(今思えば、リエンの俺に対する印象は最悪だったんだな……)

 あのときの彼の言葉は今でも覚えている。

 こんな敵も味方も分からないやつをカラーズに入れるなんて俺は認めない。

 そう言っていた。

 カラーズに入れろと言うのはアルフの発した言葉だった。

 流石のヴェルドも訝しげに表情を曇らせた。

 その時アルフはこう告げた。

 ただ単に知りたくなったんだ。

 どうしてお前がそこまで戦えるのか。

 傭兵は、無理な戦いはしないというのに、お前は何故そこまで出来る。

 それを確かめるため、俺を仲間にしろ、と。

 彼は告げた。

 リエンは猛反発、ヴェルドとエイスは無言のまま。

「もちろん嫌だと言うのならばそれでも構わない……。今日はこのままジンのコクピットの中で休ませてもらう」

「あ、おい……」

 その後、どのような会話が成されたのか、彼が知る術は無い。

 ただどういう意見を出したのか、次の日の朝に彼はカラーズの一員として認められたのだ。

 若干不服そうなリエン。

 新しいメンバーを素直に喜んでいるエイス。

 一度は敵として戦ったヴェルド。

 ああ、もしかしたら。

 自分にあって、彼らにあるものが戦う力を与えているのかもしれない。

「アルフ、アルフ!」

 ふと、現実に戻る。

 ヴェルドの声で、作戦待機中であったことを思い出し。

『珍しいな、お前が考え事か?』

「まぁな。俺だって人間だ」

『ですよねー。と、おしゃべりはこの辺にして、そろそろ行動時間だ。気を引き締めろよ!』

 それぞれの機体からの応答を受け、ヘルメットのバイザーを下ろす。

 紅い閃光が空に広がった。

***

 阿鼻叫喚が響き渡る連合軍基地。

 突然の襲撃に、地球軍もさぞ慌てるものだと踏んでいた。

 しかし実際は違っていて、実に冷静に応戦されていた。

 会場と上空から攻め入るザフトのMS部隊に対空砲で応戦。

 地上に降りてからはストライクダガー隊とレール砲搭載型の戦車による迎撃体勢。

 唯一の不安は逃走経路の確保のみ。

 会場と上空が押さえられている今、後方にそびえる山岳地帯を突き抜けるしかないのだが。

「こ、こちらデルタ1! やはり陸路も押さえられています!!」

「怯むな! 地の利はこちらが全て把握している! 北東に3km進み、そこでステイ!」

 一見して撤退しているようにも見える。

 目の前で撤退する者がいれば、それを追うのが人間の心理。

 ザフトも例外ではない。

(待て……この辺りは……!?)

 ヴェルドが叫ぶ。

「待て、その先は――――――っ!!」

 突如、悲鳴が響き渡る。

 土流に巻き込まれ、足場が崩される。

 この辺りの山場は崩れやすい事で有名であった。

 普段は舗装された道路があるので土砂崩れに巻き込まれる心配はほとんど無いのだが。

 その他の場所にMSのような兵器が複数立ち並んだ場合、土砂崩れが発生する。

 そのため、出来るなら立ち寄らないようにはしていた。

「言わんこっちゃない! 皆、行くぞ! 俺は後方より支援砲撃、エイスとアイリーンが切り込め! アルフはその後に続け!」

「は、はい!」

「言われるまでもないわよ」

「気をつけるんだ。数が多い」

 カラーズの乗る4機のMSはかつて対峙したツヴァイと同様、現在のザフトのMSのどのカテゴリーにも属さない所謂特機。

 性能はストライクダガーよりも上であるが、性能に偏りがあるために数で攻めてこられると迎撃が追いつかない場合がある。

 特に砲撃仕様のフレアと近接戦闘用のブレードは弱点を疲れやすい。

 レーザー重斬刀を振り回すブレード。

 まるで嵐のような立ち振る舞いに、近づいた敵はことごとく薙ぎ倒されていく。

 しかしながら敵もバカではない。

 距離を取ってビームライフルを構える。

 それを迎撃するのが、エイスの狩るイェーガーの役目。

 高機動及び中距離での戦闘を得意とするイェーガーだからこそブレードの援護に最適なのである。

「アルフさん!」

「分かっている!」

 ニグラの左腕に装備されているワイヤークロー「スフェルレイド」が射出される。

 それを振り回し、敵機に向かって投げつける。
 
 胴体を貫かれた摘記はただ爆散するのみ。

 なおも向かってくるのならば。

「蹴散らしてみせるッ!」

 フレアの砲撃の前に散っていく。

 地崩しのおかげで、ザフトの隊列は掻き乱されてしまった。

 ここぞとばかりに逃走経路の確保に移る連合軍。

 体勢を立て直すのと、敵の迎撃に追われ、行動がままならない。

 一度崩された陣形を立て直すには、時間が必要となる。

 まともに地崩れに飲まれた右翼を突破され、それを追う。

 だが、そこでヴェルド達は足を止めた。

 地球軍が向かったのは、町の方であった。

 当然、ザフトも地球軍を殲滅しようと攻撃をする。

 たちまち火の海になる市街地。

 被害は極力出さないと言っていた。

 もちろん、そんなことは絶対ではない約束であると言う事は分かっていたが。

 分かっていたのだが。

 ここまでの道中で食い止められなかった。

 その事に、自責の念が沸いてきた。

***

 結局、地球軍はこの土地より撤退し基地は放棄された。

 一応の目的は達成できたとは言え、何ともいえない妙な気分である。

 瓦礫と化した建築物から埋もれた人を救助する人々。

「ヴェルドさん、ファンガス隊長から戦果報告が……」

「ん、分かった」

 ブリーフィングルームに集まり、報告を受ける。

 淡々とした口調のミルコ。

「あの市街地に被害が出てしまったのは仕方がないが、地球軍を追い出すことは出来た。これは一応の成功と言えよう」

「……すまないが、一つ意見をさせてもらっても良いか?」

 ヴェルドの声は、低かった。

「あの市街地に被害が出る前に、食い止める事はできなかったのか?」

「想定しない出来事が起きたのだ。仕方あるまい」

「それはちゃんと調査をしていなかったからじゃないのか?」

「調査はしていた。あの辺りの地盤が緩い事も。ただ、それがどのタイミングで巻き起こるかまでは予測できまい」

「あれだけの機体を一箇所に固めれば、地崩れすることだって予測できたはずだ!」

「お喋りが過ぎるな」

 一斉に囲まれる。

「たかが傭兵風情が……。結局お前たちはサーペントテールの二番煎じ……。傭兵は傭兵らしく、我々の言う事だけを聞いていてもらおう」

「何よそれ。傭兵を奴隷か何かと勘違いしてるんじゃないの?」

 響く銃声。

 アイリーンの左肩から鮮血が飛び散った。

「アイリ!」

「アイリーン!? ミルコ、貴様ッ!?」

「我らは地球軍をこの土地より「追い出せれば」良かったのだ。大体、戦争をしているのにいちいち市街地の被害などを気にしていられるものか」

「くっ……」

 戦争に被害はつき物。

 最初から無理だったのだ。

 あの場所で食い止める事も、市街地への被害をなくすなどと言う事も。

「お帰りいただこう」

***

 機体に乗り、事務所に戻る。

 アイリーンの方は何とか機体を動かせるといった状況で、3人が事務所に戻るよりもやや遅れての到着となった。

 急いで手当てを行い、今後どうするかを話し合う。

「……俺はこのまますごすごと、ミストラルに戻るわけには行かない」

「ヴェルドさん……?」

「市街地に被害をもたらしたのは俺たちと「ザフト」だ。その脅威は、取り除かなきゃならない」

「まさか……ザフトに喧嘩を売るのか?」

 ヴェルドが頷いた。

 そしてすぐに自分たちもここから出て行く。

 それで良いだろうと、ヴェルドは呟いたが。

 納得できる理由ではない。

「それじゃあ俺たちがすることは、ザフトと変わらないだろう……!」

「じゃあどうすれば……!? あれだけに被害を出して、こんな気分のままミストラルに戻れと!?」

「俺たちが! この土地から出て行けば済む話だろう……!?」

 正論。

 このまま戦闘を仕掛けても、戦力差は目に見えているし無駄な被害が広がるだけ。

 今は自分達が退かなければならないのだ。

「……そういえば、私がカラーズに入ったときもあんた達は喧嘩をしていたわよね……」

***

 アイリーンがカラーズに入ったのは、アルフが入ってから2月ほどが経過した時だった。

 ちょうどその時、事務所横の空き地でMSのメンテをしていた時だった。

 そろそろ戦闘要員も増えてきた事だし、それぞれの役割を決めようと話をし始めた。

「ま、俺がリーダーだしな。切り込む」

「ちゃんと作戦を練らないとだな」

「どうでも良いが、各個に迎撃していけばいいことだろう?」

 見事に皆の意見はバラバラだった。

 唯一まともなリエンの意見でさえ、どこか的外れなものに聞こえてしまう。

 一向に纏まらない意見を書き留めていくエイスも大変そうである。

 同時刻、港に停泊した船から一人の女性が下りた。

 大きなボストンバッグを提げ、潮風に吹かれて。

 好きなタバコを噴かして、ミーレ島の容貌を知るために歩いて回る。

 中々に小さな島だが、それなりに設備は整っているみたいだ。

 市街地に出れば、必要最低限のものは手に入る。

 生きて行くなら、何の問題もない。

 市街地から少し歩いたところに、一軒の小屋が建っていた。

 その奥の平地には、MSが二機確認できる。

「MS? こんな島で……」

 耳を澄ませばなにやら大きな声が響いてくる。

 どうやら喧嘩のようだが、その内容は役割がどうのと言っている。

「じゃあ仮にお前が切り込むとしてだ! 援護はどうする!?」

「そんなの適当にやれよ」

「貴様……!」

「援護にしろ、切り込むにしろ、作戦を立てなきゃどうにもならないだろう!」

 意見が纏まる様子がない。

 見かねた彼女は、つい口を挟んでしまった。

「ねぇ、何を喧嘩しているのかしら」

「はい?」

 ボストンバッグのローラーにロックをかけ、彼女はヴェルド達に接近した。

「以来の方でしょうか? でしたら事務所のほうに」

「うん、決めたわ」

「はい?」

「アドバイザーになってあげる」

 よく話が見えないのでひとまず事務所のほうに案内する。

 彼女はアイリーン・フォスターと名乗った。

 元々ザフトに所属していたのだが、上司との馬が合わずに抜けたと言う。

 元・軍人の彼女により、カラーズの戦闘能力は飛躍的に上昇すると言っても過言ではなかったのだが。

 ある事件で彼らの中に亀裂が生じてしまった。

 (Phase-19  終)


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