Phase-18 CODE OF COLOR―T―

 メンデルを旅立った四隻連合だが、補給のめども無く宇宙を彷徨っていた。

 ミストラルの内部は、これからどうするかという事で不穏な空気になっていた。

 いや、ミストラルだけではない。

 他の艦も同じ空気になっていた。

「これからどうするつもりだ、ラクス・クライン」

『……今の私達には頼れる場所はありません』

「補給もなしに、戦えるとでも?」

 リエンが問う。

 ラクスとて、そうは思っていない。

『それなら心配はないそうだ』

『カガリさん?』

「カガリ・ユラ・アスハ?」

『シモンズ主任が、ジャンク屋の知り合いに依頼を頼んだらしい』

 ジャンク屋は連合だろうとザフトだろうと請け負った仕事をこなさなければならない。

 そういう点では、非常に公平な組織でもある。

 カガリが合流ポイントを読み上げ、そこを一路目指すことに。

「ミリア、艦内に知らせるんだ。一応の目処は立ったが……」

「何か不安でも?」

「一個だけ、な」

***

 セフィは心配だった。

 少し前からロイドが部屋から出てこなくなった。

 聞くに、リエンがロイドに全てを打ち明けたと言う。

 おそらく周囲に嘘を知らず嘘についていたと言う事と。

 自分が多くの命の犠牲を踏み台にして生まれた存在と言う事の二つの要因がロイドの心を縛り付けている。

 ノックしようとした手が直前で止まる。

 セフィは、辛かった。

 ロイドの苦しみは自分の苦しみ。

 辛さは一緒に、分かり合いたかっただけに。

 だが、今苦しんでいるのはロイドだけで。

 こんな時に何も出来ない自分が、たまらなく嫌で仕様がない。

「セフィ……さん?」

 そこを通りかかったのはエイスだった。

 その手にはボトルを持っている。

「……」

「そ、そんなに怯えないで下さいー」

「……ごめんなさい」

「それよりも、どうかしたんですか? こんなところで」

「その……ロイドの元気がないから……」

 セフィも話は聞いていた。

 この苦しみは当人しか分からないもの。

 外的な傷は薬で治せても、精神的な傷は時間がどうにかしてくれるのを待つしかない。

 それを少しでも早めるのは、人とのふれあい。

「だ、大丈夫ですよ! いつものように、また少ししたら元気に出てきます! ……気がする」

「……でも」

「信じなきゃ、ダメですよ? 今のロイドくんを支える事が出来るのはセフィちゃんだけなんだから、その支えがくじけそうになったら……」

 そういって手に持っていたボトルをセフィに渡す。

「それじゃ、私はちょっと用があるので」

「あ……」

 セフィが呼び止めようとしたが、エイスは行ってしまった。

 そうだ。

 今は自分がしっかりしなければならない。

 アキトがいない今、ロイドを支える事が出来るのは自分なのだから。

***

 エイスが向かったのはヴェルドの部屋だった。

 既にアイリーンとアルフが席についていた。

「揃ったな」

「何なのよ。急に集まれって」

「また何か、失敗したですか?」

「違う。依頼の話だ」

 ヴェルドがカラーズのホストコンピューターにアクセスし、最近の情報をまとめていた時のことだ。

 つい2日ほど前に依頼が届いていた。

 場所は太平洋上の小さな島。

 詳細は以下の通りだ。

 この小島では連合のMS基地が存在している。

 今回の依頼主はザフトで、この基地の制圧任務を手伝ってほしいとのことだった。

 その連合のMS基地では宇宙へ打ち上げるためのMSが生産されている。

 ここを制圧すれば、連合の手は緩むと言うことだ。

 ザフトとしては、これ以上連合が優勢な状況を打破しなければならない。

「どうするのよ、ここから地球なんて3日は……」

「リエンに言って、何としてもこの任務は受けなきゃならない」

「どういうことだ、ヴェルド」

「今回の舞台の小島は……全ての始まったあの島なんだ」

***

 ヴェルドがリエンに事を伝える。

 ミストラルの永久護衛任務だが、話を聞いていくうちに断りきれなくなった。

「ミストラルと他の艦のシャトルを用意する。それで良いだろう?」

「流石、話が分かるねぇ」

「話が分かるというか、今度の任務であの場所に行くんだろう? ……何ともおかしな事だな」

「懐かしいよなぁ。あれからどれくらい経ったっけ?」

「さぁな」

 全てが始まった。

 カラーズが結成された土地。

 この依頼が終わるまで戻れない、と言う事も伝える。

 それが何日、何週間となるかは分からない。

「とにかく気をつけろよ。MS工廠なら、護衛だってそれなりに」

「分かってる。心配すんな! それに」

 ヴェルドの拳が強く握られる。

「あの場所を、火の海になんかしねぇよ」

 程なくしてシャトルの準備が整った。

 ミストラルから二機、エターナルとクサナギから一機ずつ。

 MSを後部に運送し、シャトルが発進した。

「艦長、彼らの向かう土地って……?」

「ああ、カラーズが結成された場所だ。そこに事務所もある」

 全てが懐かしい。

 元々リエンとヴェルドの二人で立ち上げた何でも屋だった。

 それが今では傭兵だ。

 時間というものは本当に恐ろしい。

「俺も昔はカラーズに所属していたのは、知っているな」

「え、ええ」

「本当なら俺も行きたかったけど、そう言う訳にもいかんしな。今の俺はこの船の艦長だから」

「あ、当たり前です! そんな事されたら……」

「悪かったって。冗談だ」

 だが、遠くにいても不安になる。

 自分の生まれ育った土地が戦場になるのだ。

 もし自分が艦長と言う立場でなかったら、無理を言ってでもついて行っているところだった。

 リエンはヴェルド達に任せるしかないのだ。

 生誕の地の無事を。

***

 ミストラルから離脱して3日が過ぎた。

 無事にヴェルド達は目的地にたどり着いた。

 ミーレ島と呼ばれるその小島は、のどかな島だった。

 しかし戦争が始まってすぐの頃に、地球軍がこの島に基地を作るために上陸してきたのだ。

 幾度と無く抗議をしたのだが、そのたびに反対するものは反逆者の烙印を押されて、弾圧された。

 今でこそ反対運動は沈静化しているが、彼らはまだあきらめていなかった。

 この島に平和を取り戻す事を。

 ただ、自体はより危険な方向へ向かっていた。

 ザフト軍が本腰を入れてこの基地の殲滅に乗り出してきた。

 島に住む人々は、気が気ではない。

 ついにこの島を離れる事になるのかと、不安な日々は続いていた。

「……何も変わってないな」

「当たり前でしょ。ここを離れて、一年も経っていないんだから」

「依頼主はどこにいる?」

「ああ、今日ここにくる予定だ」

「結構ギリギリでしたね……」

 自分たちの育った土地から地球軍を追い出すという点ではザフトに組したのは正解だったのかもしれない。

 だが、一つだけ気になる要素がある。

 彼らが乗るMS。

 形式番号は全て「ZGMF」、つまるところザフトから奪った機体なのだ。

 その事は既に知られている事実。

 何か仕掛けてきてもおかしくは無いのだが。

 ドアをノックする音が、彼らの耳に響く。

 事務所の前には白い軍服を身に纏った男が立っていた。

「えと、依頼主の……」

「そうだ。ザフト軍ノーエ基地所属、ミルコ・ファンガスだ」

「詳しく話を聞かせてもらおうか」

 ミルコを中に案内し、作戦の内容を聞く。

 地球軍の基地はこの島の北東に位置している。

 海が近いため、輸送船なども出入りしており戦力の補充が容易となっているのが厄介なところで。

 今回の作戦ではまずはその海路を断つ。

 ザフトのイージス艦を基地の沖合いに配置し、戦力の補充、及び逃走経路を遮断。

 仮に陸路を進もうとしても、そちらにも部隊を配置する。

 要するに挟み撃ちと言う事だ。

「今回、カラーズの皆にはこの陸路を進んでいただきたい」

「陸路を?」

「カラーズの『奪ったあの機体』には会場での戦闘は不向きだろう?」

 黙るヴェルド。

 ミルコは続ける。

「もはや君達が奪った4機の試作型MSの件について、どうこうと問題にはしない。ただ、今回の作戦に『参加』してくれればそれで良い」

「もし、参加しなかったら?」

「拒否権はない。君達は『参加』するしかないんだ……」

 ミルコの低い声に後ろの兵士たちの指が動く。

 よくは見えないが、隠している両手にはおそらくハンドガン。

 やはり、ここでもし参加をしなかったのなら彼らは自分たちを殺すつもりだ。

「……オーケー、分かった。依頼を受けよう」

「そう言うと思っていたさ」

「ただ、一つ確認させてくれ。この島の町に、被害は出ないんだろうな?」

「……約束しよう」

 その『約束』という言葉が嫌に軽く聞こえて仕様がない。

「作戦結構は明日の正午だ。それまでに所定の位置に待機しているんだ」

***

 その日の夜、MSのメンテを終えたエイスとアイリーンは町へ買出しに向かった。

 事務所を出るときに食料品を減らしてきていたので夕飯が作れずにいたためだ。

 町は相変わらず、静かだった。

 所々に張られた地球軍のポスターは荒々しく剥がされている。

「こんにちは」

「アーリィ市長のところの嬢ちゃん? 何時帰ってきたんだい」

「えっと、さっきです」

「のんだくれねーちゃんも一緒かい」

「失礼ね。私は酒飲みじゃないわよ。タバコは吸うけど」

 エイスが辺りを見回す。

 ほとんどの店のシャッターが下りている。

 それだけ今のこの町の状況が悪いという事だ。

 地球軍が「この町を守ってやる」と言っては無理矢理に食料品などを奪って行くから怖いのだ。

「とりあえず白菜とお肉を」

「はいよ」

「……それにしても、また少し寂れたんじゃないの? このままじゃ皆の生活だって成り立たなくなるわよ」

「……仕方がないんだ。俺たちが無力だから」

 ため息をつく店主。

 結局のところ、今も店を開いているのはこの雑貨屋と数点の店のみ。

 住居にいたってはカーテンが閉められている。

「でも、大丈夫ですよ」

「? ……まさか、嬢ちゃんたちが戻ってきたのって!?」

「ま、察しが良いのは悪い事じゃないけど、あまり依頼内容は口にしないでよね」

 店主の顔がパッと明るくなる。

 エイスとアイリーンは苦笑する。

 傭兵という立場上、迂闊に依頼内容を漏らす事はできない。

「待っていてください! すぐに元の町に戻して見せますから!」

「はは、期待しているよ」

***

 今から二年ほど前の事。

 ヴェルドは日々繰り返される惨劇のニュースをただ眺めていた。

 何時、自分の近くにもこの余波が来るのか。

 そのことばかり考えていた。

 そんなある日の事だ。

 ヴェルドはリエンと出会った。

 当時23歳のヴェルドと27歳のリエン。

 彼らは何か小さなことでもいい、出来ることは無いだろうかと話し合った。

 20代中番と後半の良い大人にしては子供じみた考えである。

 たどり着いたのが「何でも屋」という答えだった。

 最初はただ小さなことだった。

 運送に関しても、護衛に関しても彼らはプロではない。

 ただ、彼らは必死だった。

 いつか来るであろう戦いのときに備えて経験を積む必要があった。

 時には激戦区に物資の配達を。

 そして時には要人の警護を任され。

 もちろん非難轟々の時もあった。

 しかしそれでも彼らは諦めず前に進んでいた。

 二人が何でも屋を立ち上げてから2ヶ月が経過した時。

 彼らは一人の少女とであった。

 彼らの住む町の町長であるミュラー・アーリィの娘、エイス・アーリィだった。

 彼らの元に飛び込んだ依頼は唯一つ、娘を救出してくれ。

 エイスが融解され、身代金を要求されたのだ。

 相手はMSを所持していた。

 どこから流してもらったのか、ザフトのMSジンを数機。

 数日間、ヴェルド達は相手の情報探しに奔走していた。

 そして2週間後の夜、彼らは行動に出た。

 ジンを強奪し、誘拐犯を捕まえたのだ。

 作戦はいたって単純だった。

 コーディネイターであるヴェルドがジンを強奪、相手のベースキャンプをかき回している間にリエンがエイスを救出し逃げるという単純な作戦。

 奪ったジンでリエン達と合流し、ミュラーにエイスを返したまでは良かったのだ。

 後日、エイスがヴェルド達の下に現れた時、彼らは心底驚いた。

 エイスは「恩返しをしたい」と言って家を出たという。

 その手にはミュラーからの感謝と驚きの混じった手紙と、謝礼金。

 突然のメンバーに、ただただ驚いていた。

 しかしもっと驚いたのはエイスもまたコーディネイターだったと言う事。

 これからはこの三人で、仕事を進めていくことになった。

***

 ヴェルドが目を覚ました。

 何だか懐かしい「夢」を見ていた。

 リエンと組んで、エイスが仲間になったところで途切れてしまったが、そう、その光景はあの時のものだった。

「やだなぁ、昔を懐かしむなんて……おっさんのする事じゃないか」

 やや御幣のある言い方だが、ヴェルドは早めに身支度を済ませる。

 何時もならば遅めに起きてきてアイリーンに怒鳴られるところなのだが今日は違う。

 自分たちの町が危険に晒されかけているのだ、のんびりなんて出来ない。

 もしこの作戦が失敗したら、更に被害が出るのは間違いない。

 それだけは食い止めなければならない。

 何としても、だ。

 数時間後、起床した他のメンバーを連れ昨日、待機するように言われた地点に向かう。

 山々に囲まれた、入り組んだ土地。

 そこが待機場所だった。

 地球軍の基地からはかなり離れているが、これが察知されないギリギリの距離だと言う。

 攻め込む合図は、上空に打ち上げられる赤い信号弾。

 行動開始まで、まだ時間はある。
 
 大人しくヴェルド達はコクピットで待機していた。

 そこでヴェルドは、先ほど見た『夢』の続きを思い出していた。

 エイスが仲間になってからどれだけの時間が経過しただろう。

 何でも屋として、それなりに有名になった時の事だった。

 ヴェルドは依頼のために向かった先で、その敵と遭遇したのだ。


(Phase-18 終)


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