Phase-17 メンデル(後)

 僕は今、自らの秘密を明かそう。

 そう言ったのは、世界で初めて遺伝子調整を受けて生まれた男だった。

 ジョージ・グレン。

 彼は自然の摂理のまま生まれてくるのではなく、人がどれだけ高みへと行く事が出来るのかをその見に加工を施して生まれた。

 誰もが配信されたデータを見て驚愕した。

 確かにジョージは頭脳明晰で、スポーツにおいても優秀な成績を収めていた。

 しかしそれが人の手によって生み出されたものだと知った時、世界は震撼した。

 ジョージのように素晴らしい身体能力・頭脳を手に入れたいと思うヒト。

 ジョージのような身体能力・頭脳を妬むヒト。

 世界は大きく二分された。

 後に人々は「ナチュラル」、「コーディネイター」と種族を分けられる事に。

 二分された世界において水面下での争いだったはずの「それ」は徐々に表面化していったのは既に明々白々の事実。

 ナチュラルはコーディネイターを憎んだ。

 自分自身が見下されている、その歪んだ心に身を任せて。

 コーディネイターはナチュラルを侮蔑する。

 自分たちよりも劣っている弱者を、まるで虫でも見るかのような目で。

 その小さな火種は、日を増すごとに大きくなり。

 やがては各地で紛争が起こり始めた。

 その紛争が暫くすると結合し、戦争が巻き起こった。

 C.E65年、世界で初めて人型機動兵器、通称「モビルスーツ」の開発が成功した。

 それから二年、モビルスーツという名の兵器はそれまでの兵器の量産スピードを凌駕する速さで生み出されていった。

 人々が互いを妬みあってから幾年、幾十年がすぎたC.E.70、2月14日。

 世界でも最大規模のテロ行為が巻き起こった。

 後に言う「血のバレンタイン」である。

 農業コロニー「ユニウス・セブン」への地球軍の核ミサイルによる攻撃。

 これにより、ナチュラルとコーディネイターの歩み寄りは潰えたのだった。

 前プラント最高評議会議長であるしーゲル・クラインは兼ねてから、ナチュラルとの和平の道を歩もうとしていた。

 しかしながらそれもパトリック・皿という一人の男の台頭により、夢となって消えたのだった。

 パトリックという男も、血のバレンタインで妻であるレノアを失った悲しき男。
 
 だが、真に悲しきはパトリックでも、シーゲルでもない。

 別の男だった。

***

 ラウ・ラ・フラガ。

 世界的にも有数な資産家である、アル・ダ・フラガの関係者。

 C.E.46年に遺伝子研究のメッカであるL5コロニー「メンデル」において、アルは遺伝子研究に莫大な資金をつぎ込んだ。

 この時、コーディネイターの出産を一つの産業としていた「GARM R&D」の主任研究員、ユーレン・ヒビキに依頼したのだ。

 自らのクローンを作ってほしい、金ならばいくらでも出してやる、と。

 あくまで推測の域だが、アルは自らに備わった「空間認識能力」という得意な能力を使用し、更に財力を高めようと考えていたと思われる。

 そのためには例えテロメアが短く、数年しか生きられなくても、自分と同程度の能力・あるいは思考回路を持つ人間が必要で。

 何億・何十億という金をつぎ込んで生み出されたクローン。

 当初の懸念通り、ほとんどのクローンは生まれて間もなく身体能力の機能不全でこの世を去る。

 ただ一人の「成功体」以外は。

 その成功体がラウ・ラ・フラガ―ラウ・ル・クルーゼ、その人である。

 己の私利私欲のために生み出され、自らの存在意義に対して疑問を抱き始めたラウ。

 幼い彼がそのような疑問を持ったのは、テロメアによる異常なまでに早い肉体老化現象が成せる技か。

 ともかく、彼は全てが憎くて仕様がなかった。

 自分と同じ顔の男。

 自分と同じ思考の男。

 自分は、誰だ。

 自分は何なのだ。

 何故、自分はこのような体で生まれてきたのか。

 だから彼は火をつけた。

 全てを焼き尽くす、そのためにフラガ邸に。

 満足していた。

 初めて人の道を踏み外した事に、彼は快感にも似た満足を抱いていた。

 その後の彼の消息を知る人物はいない。

***

「君に分かるかね! いや、分かるまいさ!」

 銃声にはっと我に返るキラ。

 火花が彼の頬を掠める。

 ムゥが応戦している。

 残弾数だって少ないというのに無駄弾ばかり。

「人よりも早く老い、人よりも早く死に! 何故私は生まれた!」

「黙れ、クルーゼッ! 貴様に、命を語る資格など!」

「あるのだよ、私には!」

 ラウからの銃撃が、止まった。

「人々は本当に愚かだ……。その実に宿った身体能力さえも金で買おうとする……。まるで装飾品のようにな!」

 ラウの声は、それまでと変わりがないようだった。

 少なくとも、ムゥはそう感じていたが、キラは違う。

 心の底からの憎悪が溢れ、包まれてしまいそうな。

「人々は何を願ったのだ? 永遠の命か! 超人的な力か! 断じて違う! 人は、己の欲望のためだけに不要な命を弄び、量産し! そして捨てていった! そんな人間が、我が物顔で生きるなどッ!」

「ラウ・ル・クルーゼ……貴方は一体何に対して……」

「全てさ! 全ての事象、人間、生命! 全ての「モノ」を裁いてみせる! それが私、ラウ・ル・クルーゼのなすべき事ッ!」

「気持ちの悪い事を……ッ!」

 ムゥが駆ける。

 咄嗟にラウがハンドガンのトリガーを引く。

 放たれた弾丸はムゥの左肩を掠めるが、同時にムゥも弾丸を放っていた。

 真っ直ぐにそれは天井から吊るさっていた照明器具に当たり、落下した。

 そしてその破片が、ラウの顔を包む純白の仮面に命中した。

「ぐぅ……ッ!? がっ……ぁぁ……!」

 バチバチと火花を生みながら点滅する光に照らされたその素顔に、ムゥは、キラは。

「その顔……! お前……」

「今更気付いたとて、もう遅い……。私は貴様の父、アル・ダ・フラガの出来損ないのクローン……! 私も信じたくは無いがな!」

 激昂したその顔の所々に深い皺が刻まれている。

 声の感覚から、せいぜい20代後半と思っていたがそこにある顔はとてもそうは思えない、老化した顔。

「間もなく最後の扉が開かれる! いや、私が開く!」

 それだけ言うとラウは研究所より立ち去った。

 床には、破片によって傷ついた仮面が転がっていた。

「……戻るぞ、キラ。流石に遅くなっちまったなぁ」

「ですね」

 ふと、キラが床に散らばっている写真に目を留める。

 そこに転がっている写真に写るあどけない茶色の髪の少年。

 自分には分かる。

 その写真に映っているのが、自分であると言う事が。

 誰が何のためにこの写真をここにおいていたのか。

 研究のため?

 情でも沸いたか?

 何にせよ、その写真を見るのも今では苦痛でしかない。

 その写真を手に取り、悲しげな瞳で見つめる。

 もう一枚、そばに落ちていた写真を手に取る。

 それに映っていたのはまた別の少年だった。

 だがどこかで見たことのあるような顔立ちをしている。

 屈託のない笑顔、幼くも、意志のはっきりとした目や鼻。

 そして何よりも青とも黒とも違う、紺色の髪。

 この少年もこの研究所の関係者なのだろうか、左胸に飾られている名札にはこう書かれている。

「Type:Re-ACT……? リアクト型?」

 見当もつかない単語だった。

 もう一度動き出す?

 何が、一体何が?

 気になったキラはこの写真を懐に入れた。

***

 メンデル内部でイザークと再会したディアッカ。

 銃を降ろして話をしようと誘ったものの、彼が果たしてそれを素直に飲み込むかどうか。

 念のためバスターの火器にはロックをかけた。

 荒れた地表にバスターを下ろし、コクピットを開ける。

 もちろん、両手は挙げて。

 以前も、このような格好で外に出たことがあった。

 あの時は本当に死ぬかと、彼は思っていた。

 そんなことを考えていたとき、デュエルのハッチが開いた。

 どうやらまともに話に応じてくれるようだ。

「イザーク……久しぶり」

「ディアッカ……!」

 イザークは対面するなり銃を構える。

「おい、待てって! 俺はお前と争うつもりは……!」

「貴様にそのつもりが無くても―――」

「……俺はお前の敵かよ」

 その言葉にイザークは息を飲む。

 敵?

 目の前にいるこの色黒の男が。

 かつて仲間だったこの男が、敵?

「て、敵に決まっている! 敵軍のMSと共に戦場に出てきた! それで十分だ!」

「なら、お前の周りは敵だらけだな」

「何だとッ!?」

「少なくとも、俺はお前と争う気はねぇし、敵になろうだなんて考えてもいない。ただ、気付いたんだよ……。本当に何が大切で、何を守るべきかを、さ」

 その言葉にイザークが揺れる。

「お前にだってあるだろう? 守りたいもの、守るべき人がさ」

「……」

「それのせいで意見が食い違う事だってあるさ。全てを認めろとまでは言わねぇ。ただ、理解をしようと努力はしようぜ。昔の俺だったらナチュラルなんて軽蔑してたね。弱いくせに粋がって、なんて思ってもいた」

 次第にイザークの瞳から火が消える。

 気がつく炉ハンドガンを握り締めていた右手は引力に惹かれるようにだらりと下に降りていた。

「だが、今は違う。ナチュラルは弱いやつばかりじゃない。強いやつだっていたんだよ」

 自分が出会ったアークエンジェルのオペレーターの少女。

 彼女は強い。

 戦争で恋人を亡くして、心が潰されそうになっているはずなのに。

 戦っているのだ、彼女は。

「俺は素直にそれは凄いと思うけどな。お前も、いい加減意地を張るのは止めておけよ」

「ディアッカ……お前に争う意思がないのはよく分かった。だからこっちに戻って来い! 今なら俺も出来る限りの擁護はする! だから……」

「……悪ぃ。俺、暫くそっちには戻れそうにもないわ」

 そういうと踵を返してバスターの足元に。

 いつものように片手を振り、コクピットに乗り込む。

 暫くするとフリーダムが半壊したストライクを連れて現れる。

 その先導を受けて、バスターはメンデルから去っていった。

 残されたイザークは、一人。

 何もない砂だけ後に立っていた。

『……ザーク、聞こえるか、イザーク!』

 微かに聞こえてきた上官の声に、慌ててコクピットに戻る。

 いつもは冷静なラウの声が今回は酷く錯乱している。

「クルーゼ隊長? 一体何が……!」

『ヴェサリウスに戻るぞ……! 戻り次第、態勢を立て直し、メンデルに総攻撃をかける!』

「……りょ、了解!」

 釈然としない気持ちのまま、イザークはゲイツの後を飛行する。

***

 ナスカ級ヴェサリウスにある、ラウの個室。

 ここに彼は飛び込んだ。

 自らの醜い素顔を見られ、彼は新たな仮面を装着する。

 その傍らに立ち赤毛の少女は不安そうにラウを見ている。

 その手荷物トレーにはコップ一杯の水と、青と白のカプセル錠。

 獣のようにカプセル錠を飲み、赤毛の少女に向き直る。

「さて、フレイ……君にも一仕事してもらおうか……!」

「……ひっ」

「怖がる事はない……。君を元いた場所に返してやろうと思ってね」

 それを聞いたフレイは小さく声を漏らした。

 よもや今このタイミングで戻る事になろうとは思わなかった。

 ラウが机の中から一枚のディスクを取り出した。

 もしも君が無事に戻る事ができたのならば、このディスクを渡してほしい。

 ラウはそう告げる。

 それには戦争を終わらせるための鍵が入っている、もう疲れたのだよ、と。

 そっと握り締めるフレイ。

 そうだ、終わらせなければならないんだ。

 終わらせて、謝らなければならない。

 サイに、キラに。

「……分かりました」

「素直な子だ」

 ノーマルスーツに着替えるように言われ、フレイはラウの部屋を出る。

 残ったラウは足音が遠ざかるのを聞いて、声を漏らす。

「……クッ……ハハハ……ッ!」

 全ては己の思惑通りに進んで行く。

 手元にある報告書に目を通す。

 もはやこんな紙切れに何の意味も無い。

「……ほぅ」

 その中の一文、それにラウは目を留める。

 カルラ・オーウェンが連合のモビルスーツを中破、その機体を回収したと書いてある。

 中々に興味深い報告だった。

 自分たちを苦しめたMSのパイロット。

 どのような人間が操っていたのか。

 いつもと変わらぬ足取りで、MSドックに向かう。

 確かにドックの端に半壊した機体が置いてある。

 数人の整備士が機体の中を調べている。

「これが報告にあった機体かね」

「クルーゼ隊長! ええ、ナチュラルが作ったものにしては出来すぎてる代物ですがね」

「ナチュラルもやるものだな……。して、そのパイロットは?」

「意識がないので医務室に一応連れて行きましたよ。警備つきで」

 にっ、と笑みを浮かべるとラウは医務室へ。

 意味室の前には人の壁が出来ていた。

 皆、やはり気になるのだろう。

 ナチュラルのパイロットがどのような人間なのか。

 その壁を潜り抜け、医務室に入る。

「様子はどうだ?」

「あ? ……ああ、アンタか」

 カルラがそこにいた。

 短く挨拶をするでもなく、そうだけ言うとベッドを見る。

 そこに横たわっているのは一人の少年だった。
 
 カルラ、イザークとほぼ同年でいと思われる少年。

 黒い髪に、すっとした顔立ち。

 傷の手当を施したのか、額には包帯が巻かれている。

 この少年の気がつかないことには、詳細が全く分からない。

 ラウは現状のまま様子を見るようにと伝えた。

「こんな書きがあの青いヤツのパイロットかよ……! てこずらせやがってさぁッ!!」

 眠っているその少年を殴ろうとするカルラ。

 が、その右手をラウが止める。

「やめたまえ、カルラ。相手はナチュラルでも病人だ」

「ハッ……アンタがそこまで物分りが悪いとはな……ッ!」

 殴ろうとした気が殺げたのだろう。

 荒々しく立ち去る。

 さて、そろそろ時間だ。

 再開しよう、争いを。

***

 ストライクとフリーダムが帰還した事により、四隻連合には一時の安堵が訪れた。

 負傷したムゥはすぐに看病を受け、今はベッドに横たわっている。

「ムゥ……」

「驚いたさ、あのラウ・ル・クルーゼが親父のクローンだと知ってさ」

「メンデルでは遺伝子工学が盛んに研究されていたとは聞いたけど、まさかそんなことが……?」

「これで余計に俺はあいつを倒さなきゃならなくなったな。親父の亡霊を、このまま野放しなんか出来ない」

 いつもの飄々とした雰囲気はない。

 ムゥの震える手をマリューは握り締めた。

「無茶だけはしないで……!」

 同じ頃、キラはメンデル内部で手に入れた写真の詳細を調べていた。

「これなんだけど……」

「確かに、誰かに似ているけど……。この写真よりも、お前は大丈夫なのか?」

 アスランがキラに問う。

 そばにいたカガリもラクスも同じ気持ちなのだろう。

 キラは口を開いた。

 確かに不安ではある。

 怖くはある。

 しかしそれが事実である以上、自分には抗う事ができない。

 受け入れるしか、方法はないのだ。

 悩んでも仕方がない。

 きっと何か意味があって父と母は自分を、究極のコーディネイターにしたのだ。

 守るための盾。

 それとも抵抗するための剣。

「……大丈夫。僕は、僕だから……」

「そうか、何かあったら姉の子の私を頼るんだぞ!」

 苦笑する。

 話を戻そう。

 キラの持ってきた写真。

 手がかりはほとんどない。

 あるとしたら、名札に書かれている「Type:Re-ACT」と言う事か。

「ダメだな、全然見当もつかない」

「だな。どう考えても人の名前じゃないし……」

「いちおう、他の艦の方にも聞いてみますわ。何か知っている人がいるかもしれませんし」

 ラクスが写真のデータを他の艦に送信する。

 これで手がかりが掴めれば良いのだが。

 その時だ、近くの通信機器が鳴り響いたのは。

 写真の詳細が来るにしては早すぎる。

「ラクス様、至急ブリッジに来てください!」

「どうしたのですか?」

 報告によれば地球軍、ザフトがほぼ同時に活動を再開したらしい。

 地球軍は戦力を補充し、ザフトもラウが戻った事によりさらに士気が高まっているだろう。

 今度こそ攻め込まれる。

「どうやら、ここを立ち退く時がきたようですわ。キラ、アスラン、カガリさん……」

「ラクス……」

「行くぞ、キラ! もたもたしている暇は無い!」

 キラとアスランがそれぞれの機体に乗り込んだときだった。

 突然、その場にいた全ての艦に向けて通信が入った。

「私の名はラウ・ル・クルーゼ。ザフトの士官である。戦闘を開始する前に地球連合軍艦アークエンジェル級にはぜひ引き取っていただきたい人がいる」

「ラウ・ル・クルーゼ……!」

「一体何のマネだ?」

 スタンバイしていたロイドとセフィは暫しその通信を聞いていた。

 もしかしてアキトを返してくれるのだろうか。

 そう考えていた。

「返還する人の名は、フレイ・アルスター嬢。亡くなられた地球連合軍外交事務次官、ジョージ・アルスターの娘だ。もちろんただ返還するのではない。『鍵』を持っている―」

 キラの鼓動が早くなる。

 フレイが、この宙域に?

 ラウの話によると既に彼女を乗せた救命艇はこの宙域に放たれたと言う。

 一国を争う自体である。

「アスラン、先に行くよ!」

「おい、キラッ!」

 フリーダムが先行発進する。

 同時刻、アークエンジェル級ドミニオンブリッジでもその通信を傍受していた。

 アズラエルはその通信に引っかかるものを感じていた。
 
 戦闘が始まるこのタイミングでの捕虜の返還など、普通の士官ならばしないだろう。

「何ですかねぇ、鍵って。気になりません?」

「私が気になるのは捕虜の人命だけです」

「そうですか。人の考えの違い、ってヤツですねぇ。カラミティ、レイダー、フォビドゥンを発進させなさい。何としてもその救命艇を捕獲するのです」

 言われるまま3機のMSが出撃する。

 それを皮切りに、ナスカ級からもMSが発進した。

「熱紋照合―ジン、13! ゲイツ、4、シグー、1! そして、セフィウスです!」

「ミストラル、発進するぞ! ロイド、セフィ、カラーズ! 発進だ!」

 6機のMSがミストラルを守るように展開する。

「ロイド、大丈夫……?」

「……」

 彼は返さない。

 目の前に迫る灰色のモビルスーツをじっと見据えている。

 あいつがアキトを。

 怒りがこみ上げる。

 憎しみが自分の身を焦がしていく。

「カルラ……ッ!」

***

 ラクスはブリッジで迫る敵の状況を把握していた。

 広範囲にわたって展開しているザフト軍。

 後方には地球軍だが、あの3機以外のMSの出撃は見られない。

 となると脅威なのは前方のザフト軍だけとなる。

「……前方のナスカ級に全砲門の照準を合わせてください」

「ラクス、一体どうするつもりだ?」

「突破を試みます。このまま、足止めをされては補給も救援もないこちらが不利となります」

「――――――難しいご注文で。各艦に通達! これより前方、ナスカ級の中央突破を試みる!」

 難しいと言いながらも突破を試みる当たり、バルトフェルドも何時までもここにはいたくなどないと考えているのだろう。

 エターナルがゆっくりと動き出した時、フリーダムは戦場を駆け巡っていた。

 レーダーに映る救難信号を頼りに。

 あの時、アスランと獣のように争ったあの時以後、フレイの消息は分からずにいた。

 キラは後悔していた。

 友達の彼女をあんな形で奪うような真似をして。

 戦いですさんで、荒れていた自分をフレイは受け止めてくれた。

 だから彼はフレイに甘えたのだ。

 その甘えが、こんな「後悔」として彼の身に残った。

 どうしようもないくらいに。

 その時だ、フリーダムの後方に迫る機体が。

「へへっ、あれが目的の救命艇ってヤツかよ!」

「クロト、あれは俺が捕まえるんだ……邪魔をするなよ」

「ああ? 何言ってるんだ、シャニ! 早い者勝ちだろうがッ!!」

 その言葉通り、レイダーは強襲携帯に変形し救命艇に接近する。

「させない!」

 フリーダムがラケルタ・ビームサーベルを抜き放ち、レイダーに振り下ろすが、カラミティによって阻止される。

「へへっ……お前には散々邪魔されて、こっちは酷い目にあってるんだ!」

 トーテス・ブロック、及びシュラークを放つ。

 弾幕が形成され、救命艇に近づけない。

 さらには奇妙に曲がりくねるフォビドゥンのビームに翻弄される。

 焦りがキラを駆り立てる。

「そらっ!」

 カラミティのマニピュレーターが救命艇を掴んだ。

 背筋が凍る。

「あぁ、くそっ! 結局オルガの勝ちかよ!」

「いいじゃねぇか。そいつの相手をさせてやるぜ?」

「へへ……面白いかもね、そっちの方が!!」

 鋼鉄の鎌がフリーダムの胴を薙ぐ様に振り回される。

 太刀筋を見極め、避けるが後方からはレイダーの弾丸の嵐。

 PS装甲によりダメージはほとんどないとは言え、衝撃までをなくすわけではない。

 キラの細身の身体が激しく揺さぶられる。

「フ、レイ……!」

 連れて行かれる救命艇を、成す術のない瞳で見る。

 いや、まだ終わりではない。

 最悪、この身を投げてでも。

「フレェェェェェェェイッ!!」

「しつこいんだよ、テメェは!!」

 レイダーの破砕球により体制を崩したところに、フォビドゥンにフレスベルグ。

 曲がるビームが、フリーダムの頭部を溶かした。

 PS装甲が頭部だけ解除され、再び破砕球がフリーダムを襲う。

 モニターが落ち、暗転する。

「フレイ……フレェェェイッ!」

「キラ! 無茶だ! フリーダムのその損傷では……! ラクスからの通信が入った。俺たちはこの宙域を抜け出す。無茶な戦闘は行うんじゃない!」

「でも、フレイが……!」

「……その子を取り戻す方法はいくらでもある。宙域の脱出が先決だ!」

 キラの瞳に涙が浮かぶ。

 結局自分は何も出来なかった。

 守れなかった。

***

 カラミティ、フォビドゥン、レイダーの3機を収容したドミニオン。

 アズラエルはブリッジで足を組んでいた。

「どうやら噂の救命艇は無事捕獲できたようです。ならばさっさと戦闘を終わらせて―」

「……いや、この宙域から脱出します」

「……貴方は馬鹿ですか? 何故に、あの四隻連合の動きも止まりつつあり、捕虜のいなくなったザフト艦隊を沈める絶好のこの機会! 見過ごすとでも!?」

「黙っていてもらおう。この艦の艦長は私だ!」

 黙るアズラエル。

「……敵軍の捕虜となっていたとはいえ、私はフレイ・アルスター嬢の事を知っている。早急に戦闘区域より離脱し、何があったのかを聞くべきかと」

「なるほど、そういう考えでしたか」

 アズラエルも、考えがあっての進言ならばああだこうだと言うつもりはない様子。

 もっとも、彼自身、フレイの持ち帰った「鍵」とやらが気になって仕方がないのだ。

 買ってもらったばかりの玩具を早く家に帰って遊び倒したい子供の心理。

 今のアズラエルの心理はそれに近い。
  
「まぁ、後はザフト艦隊の皆さんが好き勝手にやってくれるでしょう」

「……回頭40、ドミニオンはこれよりこの宙域より離脱する!」

 護衛艦を引きつれ、ドミニオンはメンデル宙域より姿を消した。

 四隻連合にとって、思ってもいない出来事だった。

 後方の攻め手がなくなったことにより、前方の突破に集中する事が出来る。

「前方のナスカ級に、火線を集中してください。何とかして突破を―――」

『待ってくれ!!』

 突如エターナルブリッジに響く声。

 モニターに映ったのはリエンだった。

「ルフィード艦長?」

『あのナスカ級のどれかに、キリヤ少尉がいる! 先ほどの戦闘で、捕まっているんだ! 今ここであの三隻を撃沈させたら……』

「君の言いたい事もわかるけどねぇ。後方に踵を返して逃げろとでも? ナスカ級は足が速い。すぐに追いつかれるぞ」

「……」

『だが……!』

 重く口を閉ざしていたラクス。

「エターナル、クサナギ、アークエンジェル、ミストラルは直ちに180度回頭。最大戦速でこの宙域よりの離脱を」

「ラクス!?」

「仕方がありません。あの艦のどれかにアキトさんがいる以上、下手に手出しは出来ませんわ」

『すまない……』

 微笑むラクス。

 指示通り、四隻は180度向きを変え、メンデル宙域を離脱する。

 これに追撃するザフト艦隊。

 カルラは追いすがっていた。

「ハッ、冗談じゃねぇぞ! そこまで展開しておいて、今更戦闘も無しに逃げるってか!!」

 セフィウスのビームライフルが四隻を襲う。

 船体を掠め、赤く発熱する。

『そこまでだ、カルラ・オーウェン。戻るんだ』

「……意味が分かんねぇな! どうしてだ!」

『今ここで逃がしたとしても、彼らを討つ機会はいくらでも作る事が出来る。各機艦に戻り次第、コードダブルデルタに集結。体勢を立て直し次第、ヤキンへ向かうぞ』

 ヤキン・ドゥーエ。

 それは最終決戦の地。

 全ての因縁の決着の着く場所。

***

 ザフト軍の追撃の手が緩んだ。

 四隻は行く宛もなく漆黒の宇宙を彷徨う事になる。

 リエンは館内に半舷休息の指示を出し、ブリッジを出る。

 戻るまでブリッジの子とはミリアに任せ、自分は送られて来た報告に目を通す。

 机の上に設置されている端末を起動させ、エターナル、アークエンジェル、クサナギより送られて来た報告ファイルを読む。

 その中の一つに「情報求む」と言う件名の報告ファイルがあった。

 件名だけでは、何が書かれているのか予想ができない。

 ファイルを開くと、差出人はラクスからだった。

 画像も添付されている。

 本文によると写真の詳細情報を知っている人がいたら教えてほしいとのこと。

 人探しだろうか。

 その画像ファイルを読み込む。

 最初は何の写真かと思っていた

 しかし端末に読み込んだその写真を見てリエンは驚愕した。

「な……っ!? 何でこの写真が出回っている?!」

 そこに映っている紺色の髪の少年。

 名札にかかれた「Re-ACT」の文字。

 リエンの脳裏に隠し通さなければならない真実が蘇る。

 隠し通そうにも、アークエンジェルとクサナギにも出回っているようだ。

 いずれ耳に入るだろう。

「……もう、隠し通せないってことか」

 立ち上がり、一冊のファイルを机の上においた。

 表紙にはこう書かれている。

 『Re-ACTについて』、と。

***

 結局四隻連合には逃げられた。

 ラウは、各機を引き連れて一旦プラントへ戻る事に。

 今まで乗っていたゲイツが破壊され、艦の補給も行なわなければならない。

「それでは隊長、進路は一時ヤキンで?」

「ああ、そうだな。新たな戦力を補充しないとならない」

「クルーゼ隊長。ちょっと宜しいでしょうか」

 現れたのはヴェサリウス軍医だった。

 そっと耳打ちをするとラウを医務室へと連れて行く。

 ラウにもたらされた報告、それは例の地球軍の少年兵が目を覚ましたと言う報告だった。

 医務室の前では銃を携帯した兵士が待機していた。

 ラウがその壁を縫い、少年の前に立つ。

 少年はぼうっとしている。

 ラウは内心沸き立つものを感じていた。

(ほう……これはもしや)

「君、所属と名前を言ってもらおうか」

 今更その情報がなんの役に立つのか。

 少年はラウのほうを向いた。

「しょぞ、く……? 名前……?」

 辺りがざわつき始める。

 ラウの予想は的中した。

 この少年の記憶は、無くなっている。

「この少年の処遇は私に一存してもらおう」

「は……しかし」

「鹵獲した機体もろとも、ヤキンに持って帰るぞ。ヤキンに到着後、データの吸出しを行い、あの機体を修理するんだ」

「まさか、隊長はこの少年を使うとでも!?」

 そばにいたイザークが驚きを露にする。

 ナチュラルの、敵の兵士を自軍で使うなど、到底考えられない提案である。

 なおも抗議するイザークだが、ラウはこうも言う。

「私は利用できるものは何でも利用する男なのでね……。それが例え敵の兵士であったとしても、だ」

 そう、利用できるものは何でも利用するさ。

 例えザフトでも、例え地球軍でも。

 全ては、この男の意のままに。

(Phase-17  終)


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