Inter Phase Re-ACT-真実を語るとき‐

 そもそもの始まりは、ザフト側のたくらみだった。

 戦争と言うものが明確化されて間もない頃、戦闘を優位に進めるためにザフトは地球軍の動向を探っていた。

 しかしながら地球軍もバカではない。

 簡単には動きを察知させてはくれなかった。

 そこで、古典的な方法ではああるが、内部に潜入して情報を仕入れる方法が持ち上がった。

 だが、誰おめにも明らかな欠点が存在している。

 ナチュラルとコーディネイターの身体能力の差である。

 スパイ行為を働く上で、避けては通れない問題であった。
 
 具体的な解決方法が見出せないまま、数週間が過ぎた時だった。

 ある男がこう言い寄った。

 私なら、君達のその作戦を成功へと導く事の出来る生命体を作れるだろう。
 
 当時、コーディネイターの研究に全てを注いでいた、アル・ダ・フラガであった。

 彼の莫大な資金により、ザフトの目論見は面白いように進んでいった。

 身体能力はコーディネイターより低いが、ナチュラルのそれと比べると若干高い程度の能力。

 その時の技術ではまさに「0」か「100」でしか調整できない能力。

 下手に身体能力を弄れば、肉体が崩壊しかねないのだ。

 そもそもナチュラルの身体能力を「10」とした時、コーディネイターの身体能力はその2倍、3倍にも匹敵しているのだ。

 それ故に、未だにコーディネイト技術が完成し切れていないC.E.55年代では肉体の崩壊が起こる事もしばしば見受けられた。

 そのため、微妙な調整を行うには更なる資金が必要となっていた。

***

 漆黒の宇宙を進む四隻の戦艦。

 ロイドはミストラルの格納庫で小型シャトルに乗っていた。

 クサナギのエリカに呼ばれたのだ。

 ブレイズに装備される予定のエールストライカーについて、何か施してほしい措置はないかどうかを聞くためだとか。

 アキトがいなくなって傷心の彼だが、ブレイズに付加される新たな力のた、協力せざるを得ない。

 クサナギの格納庫に着くと、早速エリカが声をかけてきた。

 そこには製造中のエールストライカーが二つ並んでいた。

 「01」と書かれたエールストライカーはブレイズに、「02」と書かれたものはレフューズに装備予定である。

「でもレフューズとキリヤ少尉が離脱した今となっては……必要のない代物かもしれないわね」

「……」

 ロイドの顔が少し翳る。

 エリカも悪気があって言ったのではない、そのことはロイドも分かっている。

 分かっているが、どうしても心配でならない。

「……貴方の戦闘の性格上、推進力をもう少し引き上げた良さそうかもね」

「出来るならば、それでお願いします」

「こっちも出来る限りの事はしてみるわ。ちょうど、知り合いにも手伝いを頼んだところだしね」

 ふと、思い出したようにエリカが懐をごそごそと探り出した。

「どうしたんですか」

「ん。ちょっと君にも見てもらおうと思って」

 一時間ほど前、エリカはカガリからある写真を受け取っていた。

 カガリ自身も元々はキラから見せてもらった写真をコピーしたものを持っていた。

 そこに映るのは一人の少年。

 キラが気になっているので情報を探している少年。

 カガリは、自分よりも人付き合いの良いエリカにも協力してくれと詰め寄ったのだ。

 そして今、彼女がその写真をロイドに見せた。

「この子、知らない? ……わよねぇ」

「……?」

 ロイドの中で何かが激しくうごめく。

 見たことのない少年の写真のはずなのに、体中が騒いでいる。

 何かを伝えようとしている。

 見たことがないのではない、忘れようとしていたのか。

 絶叫するその声に、格納庫でM1アストレイの整備をしていた整備士の手が止まる。

「エスコール少尉!? 誰か、ミストラルに連絡を!」

 リエンに報告が入り、彼はすぐにクサナギに渡る。

 こんな形でロイドに写真が見つかるとは思いもよらなかった。

 ロイドが運ばれた医務室では、共にいたエリカが付き添っていた。

 エリカから写真を見たらロイドが苦しみ、倒れたと言う報告を聞きリエンの口からは何ともいえないため息が漏れた。

「シモンズ主任、すまないが席を外していただけないか?」

「え、ええ……それは構いませんわ」

 エリカが席を外し、まずはロイドが目を覚ますのを待つ。

 まず目を覚ましたら何と告げようか。

 そしてそれを聞いた時、彼は何と思うだろうか。

***

 その後、コーディネイターでもナチュラルでもない第三人種の研究は進んだ。

 そう、進むだけは進んだのだが。

 人類の肉体は未知のブラックボックスの塊。

 技術だけが先行してしまい、肉体の方がその措置についてこれないのだ。

 おおよそ措置を施されるのは、肉体になじみやすい低年齢の子供たち。

 技術士の中にも、そのことに抵抗を受けるものも少なからず存在していた。

 しかし彼らの意見は黙殺され、淡々と研究は続けられた。

 そんな中で、運命の子供が運ばれてきた。

 先日生まれたばかりの、小さな子供である。

 両親はエスコール夫妻。

 子供の名前はロイド。

 夫妻はこう告げられていた。

 もしこの研究が成功すれば、この子はナチュラルとコーディネイターの架け橋となる。

 貴方方は、そんな称えられるべき子供の親になることが出来るのだ。

 もちろん、嫌だと言うのならこの場でこの子を連れ帰ってもらっても構わない。

 その事を聞いた母親―マリアはすぐにでもロイドを連れて帰ろうとした。

 だが父親―ゼフュロスはどうだ。

 ロイドを研究のために提供すると言い始めたのだ。

「何故……何故この子を成功するかも分からない事のために手放さなければならないの!?」

「俺たちの子供で世界が平和になれば……良いじゃないか……!」

 貴方の考えは違うわ。

 マリアの言葉にたじろぐゼフュロス。

 間違っているのは分かっているが、失敗するとは限らない。

 いや、成功するとも限らないのだが、ゼフュロスは頑なにロイドを持ち帰るのを拒んでいた。

「あー……とりあえずこの場は帰っていただき、後日またご連絡ください」

 その日、二人は帰路に着いたのだが。

 帰った家で、マリアはある書類を目にした。

 そこに書かれていたのは莫大な金額。

 そしてその金額を提供した男の名前―アル・ダ・フラガ。

 夜、マリアはゼフュロスに詰め寄った。

「どこでその書類を?」

「……貴方の部屋を掃除していた時に、ファイルを落としてしまって……お願い! もらったお金は全て返して!」

「……」

 ゼフュロスは黙り込んだ。

 もはや手遅れなんだ。

 それだけ言うと、彼はマリアの首を絞めた。

「もう、手遅れ、なんだよ……ッ! 契約は済んだッ! 金は、返還できない! ロイドは、手放すしか、ないんだっ!」

 ぐったりと横たわるマリア。

 念のため鼓動を確認するが、感知できない。

 すぐにゼフュロスは施設に連絡をした。

「ええ、あの件はこちらでも了承しましょう。明日にでもロイドをそちらに」

 そしてロイドは、施設に預けられた。

 彼にも今までと同じ処置が施された。

 今までの経緯から失敗する確率のほうが大きかったのだ。

 しかし研究員の考えとは裏腹に、ロイドは措置を施された後も異常はなく育っていった。

 それ以降も失敗は続いたと言うのに、ロイドは、唯一の成功体となった。

***

「う……ん?」

 ロイドが目を覚ました。

「気がついたか、ロイド」

「ルフィード大尉……? 俺は?」

「倒れてな、今までの疲れが祟ったのかもしれんな」

「……突然」

 ロイドが口を開いた。

「シモンズ主任から写真の子を探しているって言われて、それを見たら頭が痛くなって……一体なんなんですか、これ!」

「……ロイ、ド」

「頭の中ぐちゃぐちゃになってるし……今までにない記憶だって……!」

 リエンは驚いた。

 報告では、記憶の施錠は理論上は絶対に解けないと聞かされていた。

 だが、今の彼の脳内にはおそらく。

「……ロイド、今から話すことに、決して耳を隠すな。これは、真実なんだ……」

***

 成功体ロイド、彼はすくすくと育っていった。

 研究所の中の景色しか知らない、実験体。

 しかしほとんどの人間がロイドの子とをその名前で呼ぶ事はなかった。

 彼らはロイドの事をこう呼んでいた。

 Roid escall type-ACT。

 行動的な彼に名づけられた裏の名前、ACT。

 スパイを目的として処置されたはずなのだが、その快活な性格は少々スパイには向かないようだ。

 だがその後の失敗作しか生み出さない研究は頓挫しかけていたが、その中である副産物が出来上がった。

 ほぼ同時に別の研究が進んでいた。

 成功体ロイドから採取した細胞より、クローンを作り上げる。

 元々、アル・ダ・フラガは自らのクローンを作り上げるために莫大な財産を注いでいた。

 クローンは肉体加工以上に扱いが難しい。

 ロイドと同じように、数十、数百と犠牲が生まれた。

 その中で、一つの命が生き延びた。

 ロイドの細胞から作り上げた、840体目のクローン。

 突然変異で細胞に異常が生じ、その生命は「女」として生まれた。

 それがセフィ・エスコール―研究名Roid escall Type-thought。

 動く事よりも、まず先に考える。

 落ち着いて、思慮深い性格だった。

 だが、何をどう間違えたのか、出来上がったのは普通のコーディネイターであった。

 性格的には問題はない。

 しかしながらセフィはコーディネイターとして生を受けてしまった。

 クローンであり、コーディネイター。

 成功とも失敗ともいえない、不鮮明な存在。

 後に彼女は、自らの存在意義を疑い始める。

***

「じゃあ、俺は……ナチュラルじゃ、ない?」

「……ああ」

「ハーフ、コーディネイター……?」

「すまない……」

 暫く沈黙が続いた。

 リエンも謝る事しかできず、ロイドは全く話の内容が理解できないでいた。

 まさか自分がそんなにも重苦しい存在だったとは。

 だが、そこで一つの疑問が生じる。

「……待ってくださいよ。その話だと、俺の母さんは死んだ……? じゃあ今まで俺を育ててくれたのは……!?」

「……残念だが、義理の両親と言う事になる」

 ロイドが施設で訓練を受ければ受けるほど、彼の中の自我は抵抗心を生み出していった。

 何で自分がこんな事をしなければならないのか。

 当初の目的とは裏腹に、ロイドは自立しようとしていた。

 それは、あってはならない要因。

 研究員たちは必死だった。

 何とかしてロイドを繋ぎとめようとしていたが、ある報道がなされた。

 地球軍がハーフコーディネイターの研究を嗅ぎつけ、マスコミにリークした。

 誇大報道とも取れるほど、糾弾される研究施設。

 コーディネイターの研究だけでも、ナチュラルは毛嫌いしていると言うのにあまつさえスパイ目的での研究なんて。

 弾圧が続く中、少しでも研究に使っていたものを隠そうと隠蔽工作を始める。

 物理的に見えるものから、見えないものまで。

 彼らは子供であるロイド、セフィの記憶を封じる事にした。

 子供であるが故、彼らが何時、どんな状況で口にするか分からない。

 記憶を封じると共に、彼らは眠りに着いた。

 次にロイドが目を覚ました時、そこはある部屋の一室だった。

 起きて、階段を下りるとそこにいたのは「両親」だった。

「おはよう、ロイド」

 そう言って、彼は自分の「両親」と向き合った。

 全てを話し終える。

 結局、自分の周りの事は全てが嘘だったのだ。

 生誕も。

 両親も。

 種族も。

 記憶も。

 何もかも、何もかもが。

「今、お前が逃げたいといっても、俺は止めない……。この世界の全てを憎んでも、構わない。だが、これだけは言わせてくれないか」

「大尉……」

「お前の出生や、種族、家族が嘘だったとしても、今、お前はこうしてこの場に存在している。これだけは「嘘」じゃない、真実なんだ」

 もう何もロイドは言わなかった。

 セフィと戦ったときに、何かを感じたがそれは彼女がクローンであることによる共鳴現象か。

 彼自身の気持ちも沈んでいたが、それ以上にセフィの事が気になっていた。

 セフィも、この事実を知っているのだろう。

「……暫く、声をかけないで下さい」

「……ロイド」

「気持ちが落ち着いたとき、どうするか話をします」

***

 ミストラルに戻り、リエンは自室に向かう。

 ロイド、ひいてはセフィには辛い目にあわせてしまった。

 ロイドが地球軍に入ったときの事を思い出していた。

『どうかこの子を、守ってやってください』

 そう言われたのに。

「くそ……ッ!」
 
 守れるのか、こんな状態で。

 傷心のまま、ミストラルは宇宙を進む。


(Inter Phase 終)


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