Phase-15 メンデル(前)

 メンデルにエターナルが入港した。

 ラクス、バルトフェルドはキラ達と出会いその思いの旨を伝えていた。

 アスランもカガリと話をしている中。

 ロイドはリエンの部屋にいた。

「お前は、自分がどういう事態を引き起こしたか理解しているのか?」

 リエンが問いただしているのは、セフィの事。

 そして確証もないのに敵地に乗り込んだこと。

「俺も甘かったよ。確証があるかないかだけは聞いておくべきだった」

 ロイドは黙っている。

「下手をしたらセフィも、お前も死んでいたんだぞ!? それくらい、分かっているだろう?」

「……はい」

 リエンがため息をついて、頭をかく。

 厳しくは言うが、彼が持ち帰ったものも大きい。

 ザフト軍の新型MS。

 名をフェミア。

 プラントより脱出するためとはいえ、敵軍の新型機を手に入れることが出来たのだ。

 それは評価してやりたいが、人命には代えることが出来ないことは確かである。

「今後、独断行動は慎む事。いいな?」

「……はい」

 部屋を出る。

 真っ先に向かったのは医務室。

 横たわっているセフィの様子を伺う。

 インナーシャツのまま横になり、銃弾が貫いた右肩には包帯が巻かれている。

 医務室に入り、セフィの様子を伺うと寝息を立てている。

 どうやら今は眠っているようだ。

 起こさないように、そっと立ち去る。

 ブレイズの調子でも見ようと格納庫に向かうが、ふと思い出した。

 ブレイズは今、レフューズと共にクサナギにあるのだ。

 エリカによって、何か改良が施されるというのだが。

 果たしてそれが何なのかはおおよそ見当がつかない。

 する事がほとんど無く、うろうろする。

「よう、大変な目にあったようだな」

「ヴェルドさん」

「若いわねぇ……。今のうちよ、失敗しても後で直せるのは」

 アイリーンにも色々と言われる。

 エイスは心配したと一言。

 アルフに至っては何も言わない。

 多くの人々に心配をかけてしまった。

 もはや、何をする気にもなれないのだが。

「まぁ、その、何だ。行動力に溢れているのはお前の長所なんだからさ、あまり気にしないほうが」

「短所でもあるわけよねぇ。それをプラスに転ばすかマイナスに転ばすかはロイド次第だし」

 長所であり短所。

 ロイドの行動力は時に人々を動かす原動力となる。

 しかしそれは時に身を滅ぼしかねないということ。

 現に今回の事件がそれを証明するには十分で。

 それでもロイドにとって、今回の件は堪えているようだ。

 ため息しか出てこない。

***

 例えるならばその2機は、表と裏。

 ブレイズが赤なら、レフューズは青。

 ブレイズが太陽ならばレフューズは月で。

 でも、同じ部分があるとしたらシステム面。

 エリカはブレイズとレフューズのシステムを解析していた。

「どうぞ」

「あら、ありがとう」

 整備士よりの差し入れ、コーヒーを一口。

 オーブで開発したものに比べると完成度が段違いである。

 最初見たときは単なるストライクの発展型かと思っていた。

 しかしSYSTEM A'sの存在、より高い次元で纏められた性能。

 X100系列フレーム搭載機とはいえ、その性能はストライクよりも上である。

 それはパイロットの腕ということもある。

 ロイドとアキト。

 パナマ基地のトップと、追従する男。

 その二人の腕を余すことなく受け入れ、発揮しているのだ。

 まるで、開発当初から二人が乗ることを主眼に置かれているような。

「深読み、しすぎかしらねぇ……」

 そういって目の前のモニターを見る。

 ブレイズ、レフューズのバックパックは元々ストライカーパックの簡易型。

 ストライカーパックシステムこそ今は制限されているものの、システムを復帰させればストライカーパックを扱う事も出来る。

 エリカが行っている改修とは、それだった。

 ブレイズとレフューズへのストライカーパック装着。

 確認されているだけで、ザフト、連合共に数機の新型を確認している。

 連合はオーブを襲ったあの3機のMS。

 ザフトはフリーダム、ジャスティス、そしてつい先刻ロイドが持ち帰ったフェミア。

 いくらストライクよりも性能が上とはいえ、それらに対抗するにはやや難しい。

 かと言って、一から改修するのは難しい。

 考えられるのは現存のシステムを駆使していかに性能を底上げできるかどうか。

 たどり着いた結果が、システムの復帰だった。

「今の状況なら、都合が良いといえば都合がいいんだけど……」

 ブレイズ、レフューズと一緒に並んでいるMS。

 フレームはその二機と同じX100系列フレーム。

 オーブが以前回収したストライクより吸い出したデータより現在開発中の純オーブ製のストライク。

 ストライカーパックシステムはもとより、新開発のパワーエクステンダーによる稼働時間の延長などオーブの新技術が盛り込まれている。

 現在そのストライク2号機とブレイズ、レフューズに装着予定のストライカーパックはメンデル内部の工廠、アークエンジェルの格納庫で開発が進められている。

 3つのストライカーパックの同時開発。

 きちんとした基地で無ければ難しいのだが、小さなスペースでも創らなければならないほど、自分たちの周りは敵だらけなのだ。

 完成は何時になるか。
 
 それすらも見えないこの状況で。

 彼らは戦うしかないのだ。

 生きるために、守るために。

「私よりも一回り若い彼らが頑張ってるんだもの……私だって、ね」

***

 プラント、アプリリウスに停泊しているナスカ級ヴェサリウス。

 先日のスパイ騒ぎで、カルラの出撃は一日早まった。

 ヤキン・ドゥーエの調べたエターナルの予測進路から、L4コロニー群に向かったという事までは判明した。

 そのカルラに破壊されたツヴァイの代わりとなるMSが支給された。

 ZGMF-X21A、セフィウス。

 奪取されたフリーダム、ジャスティス、そして先日強奪されたフェミアの兄弟機。

 ツヴァイと比較して、4倍以上のエネルギーを有している。

 武装もフリーダム、ジャスティスのものをより発展させたものとなっている。

 あんな形でツヴァイを破壊されたことに、カルラは憤慨していた。

 彼は彼なりにツヴァイを愛機として認めていた。

 ツヴァイは、彼の強さの証明でもあった。

 それが砕かれたのだ。

 人一倍強さに固執する彼にとって、ツヴァイの破壊は彼の強さの破壊。

 しかし今、それよりも更に強大な力を手に入れた。

 あの赤いMS、フェミア。

「許すもんかよ……! 泣いて謝ろうが、忠誠を誓おうがなッ!!」

「ふ、勇ましいな……カルラ・オーウェン」

 新たな愛器となったセフィウスを見上げていたカルラに声をかけた仮面の男。

 ザフト最強のパイロットであり、名将と名高いラウ・ル・クルーゼ。

 仮面に隠した冷たい瞳が、カルラを見る。

 この男だけはカルラにとっても、危険視しなければならない男。

「ラウ・ル・クルーゼ……隊長」

「無理をして隊長とつけなくても良い。私はそんな小さなことにこだわる男ではないのでね」

「ふん……」

「先日のスパイ騒ぎ、君も巻き込まれたと聞いてな。疲れただろう」

 労いのつもりのようだが、彼の声は常に平坦で。

 ほとんど感情というものを感じない。

 そういってラウもセフィウスを見上げる。

「どうして私たちはこんなものを生み出したのだろうね」

「何?」

「モビルスーツさ。何のために? 必要かね?」

「……必要さ」

 カルラは言う。

 その瞳に、黒い光を灯して。

「必要さ! 誰よりも強くあるため、敵を蹴散らすため! これ以上、適した兵器は無いさ!」

「……そうか。君とは、気が合いそうだな」

 それだけ言うと不敵な笑みを浮かべて、ラウは踵を返す。

 何故だろう。
 
 彼の言ったとおり、気だけは合いそうだ。

 ただ、それが信頼と呼べる感情かといえば違う。

 本能的な部分。

 それが似ていると、カルラは感じた。

 喰えない男。

 ラウのイメージはそれなのだが。

 少し認識を改めても良いかもしれない。

 ラウがカルラの下を去ってから1時間後、ヴェサリウスが動き出した。

 微かな振動と共にプラントを出向する。

 ヴェサリウスの両舷には同じくなす下級の船が二隻、運航している。

 作戦、というにはあまりにも簡単なものだった。

 三隻のナスカ級による強襲。

 その際、強奪されたフリーダム、ジャスティス、フェミア、エターナルは破壊せよという指令。

 もはやザフトに戻ってくる事はないと判断しての、指示だった。

 カルラにとって、それは願っても無い事で。

 戦いに老いて彼が一番嫌う事、それが手加減である。

 どんな相手であろうと完膚なきまでに叩きのめす。

 手加減などしたくない。

 どんな時であれ、自分の強さを誇示するために。

***

 ナスカ級三隻がプラントを出港したのは、PM14:30の事。

 それより1時間後の15:30、ブレイズとレフューズがミストラルに戻された。

 エリカに呼び出されたロイドとアキトは改良を加えられたブレイズとレフューズの説明を聞いている。

「外見上は変わっていないけれど、今回新たにブレイズ、レフューズに加わったのはストライカーパックシステムの復帰よ」

「ストライカー……」

「そ。これでエール、ソード、ランチャーの3つの装備が可能となったわ」

 ロイドは驚き、喜び。

 アキトも流石に笑みを浮かべる。

「ただし、実際に用意できるのはエールのみ。それもそれぞれ一つずつしか用意できないわ。壊したら、もう予備は無いから気をつけてね」

 二人が頷く。

 エールストライカーも今は開発中なので、装備しての出撃はまだ暫く後になる。

 そのときを待ち望むロイド。

 しかし、アキトが口を開いた。

「ロイド、あの機体はどうする」

 そういった視線の先。

 フェミアが立っている。

 思わず持ってきてしまったあの機体。

 後先考えずに持ってきたのだから、処置に困る。

「お前が乗るんだろう?」

「あ、いや……それなんだけど。あのMS、俺、乗らないぜ?」

 絶句。

 本当に持ってくるだけ持ってきたのだ。

 少しだけ、ザフトの技術士たちが可哀想に思えてきた。

 ともあれ、置いておけば何時か役に立つかもしれないのだ。

 ロイドでなく、アキトが乗るかもしれないのだ。

 そういう事だってあり得る。

「……全く、お前の無鉄砲さにはほとほと呆れる」

 アキトとしても、戦力が増えるのは悪いといっているのではない。

 ただ、使う必要性のないMSがあったところでスペースが圧迫されると言う。

 現に、ミストラルに搭載されているMSは全部で七機。

 もはや搭載数をオーバーしそうなのである。

 MSドックだってもうほとんど置く場所が無いのだ。

 機体が多いとそれだけ整備の時間がかかり、最悪の場合、自分の機体の整備が行えなくなるかもしれないのだ。

「少しは考えておけ」

「むぅ」

 若干の怒りを覚える。

 ロイドは高ぶった感情のまま、フェミアを見上げてみる。

 決して変わる事のない無機質な「それ」は真っ直ぐ正面を見据えている。

 まるで、この戦争の行く末でも見えているかのような。

***

 メンデルが若干小さく見えるほどの宙域。

 そこをゆっくりと進む、一隻の黒い戦艦。

 姿形は不沈艦「アークエンジェル」と似通っている。

 地球群特装艦アークエンジェル級二番艦「ドミニオン」。

 アークエンジェル、ミストラルの姉妹艦である。

 ミストラルよりも出撃が遅れたのは、この艦に適した艦長が見当たらなかったためである。

 アークエンジェルにはマリュー・ラミアスが、成り行きとはいえ艦長の座に就任している。

 当時は何もかもが試作段階、初めて尽くしという事で、ある意味で艦長の経験が無いマリューが乗ったのはアークエンジェルにとって、不思議な縁だったのかもしれない。

 三番艦ミストラルにはリエン・ルフィードが艦長として。

 アークエンジェルと違い、最初から戦闘で勝つことを主眼に置いている。

 アークエンジェルが初期型GAT5機の運用間及び武装の試験運用艦だとしたらミストラルは実戦において常に100%の力を発揮するための運用が想定されている。

 それを包み隠さず発揮するには、それなりに場数を踏んでいる人間が艦長の座に着く必要がある。

 そして、二番艦ドミニオンはアークエンジェル、ミストラルに比べてレーダー系統が強化されている。

 戦闘における状況の把握、位置関係。

 それらをなるべく早く把握することで戦術を組み立てる。

 地球軍上層部が白羽の矢を立てたのは、元アークエンジェル副艦長であるナタル・バジルールであった。

 アラスカ「JOSH-A」での戦時報告。

 報告を解析していった結果、上層部はナタルの鋭い戦術解析能力に目をつけた。

 ナタルの戦術解析とドミニオンの強化されたレーダー系統。

 この二つは実に相性が良いと、判断した。

 だから彼女はドミニオンの艦長席に座っている。

 それこそ、アークエンジェルの撃沈命令が下った時は驚いていた。

 常に冷静な彼女でも、昔の仲間を殺せという命令に人の感情が働いたのだ。

 一瞬躊躇ったが、彼女の隣に座る男がそんなことを許さなかった。

 ムルタ・アズラエル。

 反コーディネイター組織「ブルーコスモス」の盟主。

 かつてミストラルと一瞬だけ共闘したが、意見が一致しなかった時があった。

 その事をまだ根に持っているようで、アークエンジェルとミストラルが共に行動していると判明した時、彼は率先してドミニオンに乗り込んだ。

「いやぁ、それにしてもこんなにも若い女性が艦長とは……驚きましたよ」

「そうでしょうか? 艦長になるには年齢も、性別も関係ないと思いますが」

 きわめて冷たく返すナタルに、大げさに肩を動かして見せるアズラエル。

 彼女はこの男が苦手だった。

 いや、嫌いである。

 ことあるごとに戦争を「ビジネス」と結び付けようとするのだ。

 命のやり取りをする戦争を、ビジネス?

 そのふざけた考えが、理解できずにいた。

「ああ、見えてきましたね浮浪者達が屯っているコロニーが」

「熱源確認! アークエンジェル級一番艦、三番艦、及びオーブ軍イズモ級二番艦、そしてアンノウンが一隻です!」

 オペレーターからの報告にナタルが片手を挙げ指示を出す。

「火気ロック解除! イーゲルシュテルン、全門機動! 艦尾ミサイル発射管、コリントス装填! バリアント、ゴットフリート起動! MSパイロットを搭乗機で待機させろ」

 着々と進む、戦闘態勢にアズラエルの口元が歪む。

「とっとと発進させて終わらせましょう。今なら、こちらは気付かれていないはず」

「……どうするかは私が決めます。理事はなるべく口を挟まないで頂きたい」

「……了解」

 ドミニオンが接近する。

 やがてアークエンジェルのレーダーがそれを捉えた。

***

「未確認の戦艦が接近中!?」

「モニターに出ます!」

 アークエンジェルのモニターに映るその戦艦。

 その姿に、ブリッジの空気が凍りついた。

 映っているのは、間違いなくアークエンジェルだった。

 黒い外見と細部が違うものの、シルエットのそれはアークエンジェルと共通している。

 黒いアークエンジェルからの通信回線。

 息を飲むマリュー。

『こちらは、地球連合軍所属ナタル・バジルール少尉であります。お久しぶりです、マリュー・ラミアス艦長』

「ナタル……っ!」

 黒いアークエンジェル―ドミニオンのパイロットはマリューもしている顔だった。

 元アークエンジェル副艦長、ナタル・バジルールその人。

 先ほどまでの空気が動揺に変わった。

 しかし、マリューは動揺を隠そうと勤めて平静を装い。

「……久しぶりね」

『いつかはお会いしたいとは思っていました。しかしまさかこんな形での再会になろうとは』

「ええ、思ってもいなかったわね」

『……私は上層部より、アークエンジェルの撃沈という命を受けています』

 それで判明した。

 少しでも、仲間になってくれるのではないかという小さな希望があったのだが。

 今、自分たちの目の前にいるナタルは敵なのだ。

 最後通告に来た、と言った感じであろう。

『しかし、今ここでラミアス艦長たちが投降をしていただけるのでしたら、及ばずながら私も弁護をいたします! なので、どうか投降を……!』

「ありがとう、ナタル。……でも、それは出来ないわ」

 マリューがサイとミリアリアに視線を送る。

 二人はクサナギ、ミストラル、エターナルに状況の説明を始める。

 今投降して、何が変わる?

 何も変わらない。

 ウズミから遺志を受け継いで、こうして茨の道を歩いてきたのだ。

 今更、危険から逃げる事など出来ない。

『何故です!? アラスカの事なら、貴方方に非は……!』

「アラスカの事だけではないわ。私たちは、地球軍と言う存在そのものに不信感を抱いたの」

 アラスカの一件。

 部下を切り捨てて、自分たちだけ助かろうとした上層部の底が見えたときでもあった。

「それに私たちにはやらなければいけないことがあるの。それを成し遂げるまでは、投降はしないし地球軍に戻るつもりも無いわ」

『ラミアス艦長……』

「貴方のその気持ちは嬉しいわ、ナタル。それに、変わっていなくて安心したわ」

『……』

 ナタルは俯いた。

 アークエンジェルの副艦長としてあの艦にいたときは、敵対もした。

 小さな言い争いもした。

 しかし、それはもっとより良い環境づくりを願っていたからで。

 この説得で、マリューたちが戻ってくれば本当に彼女は弁護をするつもりだった。

少しでも早く、また前のような生活に戻れるだろうと考えていた。

 その想いも、砕け散った。

『あー、艦長さん。そろそろ時間なんですけどねぇ。もう相手も聞く耳持っていないんだし、とっとと終わらせちゃってくださいよ』

『アズラエル理事……ッ!』

「アスラエルって……ブルーコスモスの親玉かよ!」

『カラミティ、フォビドゥン、レイダー、発進です。不沈艦アークエンジェル、今日こそ沈めてさしあげなさい』

 そのセリフを最後に、通信は一方的に切られた。

 マリューが艦長席に座る。

 一度対立した溝を埋めるには、年単位での時間が必要だ。

 もはや今から溝を埋めるのは、不可能だろう。

 メンデルが揺れる。

 ドミニオンがミサイルを放ってきた。

「アークエンジェル、発進します! メンデル出港後、ストライクとバスターを発進させて!」

『こちらミストラル。ラミアス艦長、ブレイズ、レフューズ、カラーズの4人を発進させるが……』

「では、支援をお願いいたします」

『……ラミアス艦長、戦えるな?』

 リエンからの問いに、マリューは。

「……ええ、大丈夫ですわ」

 心配でならなかった。

***

 メンデルに近づいていたヴェサリウスでも動きがあった。

 メンデルが見えた頃、戦闘と思しき熱源が確認されたのだ。

 モニターに映る小さなそれは確かに戦艦だった。

「どうやら足つきが地球軍の艦と戦闘をしているようだな……」

「いかがなさいますか、隊長」

「作戦通りだ。むしろ都合が良い。ヴェサリウス、ヘルダーリン、ホイジンガーはこのまま直進。すでに幕が上がっている、気を引き締めろ。私はイザークと共にメンデルに潜入する」

「了解! しかし、カルラ・オーウェンはいかがされるおつもりで?」

 ラウはさも普通に返す。

「カルラ・オーウェンには何も指示は出さない。そうだな、唯一出す指示があるとすれば「敵を全て倒せ」と言ったところか。彼は縛られるのが嫌いなようでね」

 軍人失格である。

 しかしそれがあるからこそ、彼本来の力を発揮する事が出来るのだ。

 軍人としての誇りを取るか。

 戦闘での勝利を取るか。

 ラウにとって、誇りなど目に見えないものはどうでも良いのだ。

 欲しいのは、力。

「MS隊を発進させろ! イザークはデュエルにて待機、全機発進後の300秒後、私と共にメンデルへ向かう!」

 メンデル内部に入れば、情報も手に入れやすい。

 それ以上に、色々な事に片が着くやもしれない。

 ラウはそれを望んでいた。

***

 メンデル宙域ではドミニオンより発進したカラミティ、レイダー、フォビドゥン。

 護衛艦より発進したストライクダガーによる四隻艦隊への攻撃が開始されていた。

 ミストラルからブレイズとレフューズ、カラーズの4機。

 アークエンジェルからエールストライクとバスターが。

 やや遅れてクサナギが出撃する。

「敵は数が多いが、慌てる事はない! 落ち着いて狙いを―」

 キサカがそう言ったとき、激しい振動がクサナギを襲う。

 思うように加速できず、船体がついには動かなくなった。

「何事だ!」

「せ、船体に何かワイヤーのようなものが絡みついて……」

「カーボンファイバーワイヤーか……!?」

 すでに出撃していたアサギ・コードウェルに指示を出す。

「アサギ! 船体に何か絡まった! すぐに取り除いてくれ! これでは動けん」

「りょ、了解!」

 慣れない宇宙空間での行動。

 M1アストレイのビームサーベルがワイヤーに触れる。

 飛び散る火花。

 カーボンファイバーで出来ているため、切断にもそれなりの時間が必要となる。

 焦るアサギだが、更に彼女を追い込むようにフォビドゥンが迫る。

「へへ……動けないんだ。大人しく……死ねよ!!」

 シャニの操作でフォビドゥンが大型の鎌「ニーズへグ」を振り上げる。

 M1アストレイの反応は完全に遅れていた。

 振り下ろした白銀の鎌。

 それはM1アストレイめがけて、しかし。

 そのニーズへグを阻害するもの。

 弧を描き、それは再び舞い戻る。

 真紅の機体が、M1アストレイを防護したのだ。

「何をやっている! 早く切断を!」

 アスランの乗るジャスティス。

 それがフォビドゥンの前に立ちはだかる。

 獲物を狩るという、最高の楽しみを邪魔されたシャニの歪んだ神経がジャスティスへ向かう。

「お前ェ……邪魔をするなよ!!」

 オーブでも一度だけ戦ったことがある。

 その時も感じたが、これはもはやナチュラルの反応速度ではないのだ。

 コーディネイターであるアスランの攻撃に反応して、攻撃を仕掛けてくる。

 これがナチュラルに出来るだろうか。

 いや、出来ないだろう。

 何らかの方法で、神経系を強化されているのか。

 それとも地球軍製のコーディネイターか。

 考えられるのは様々である。

「ナチュラルでこの反応速度……! 地球軍は一体何をした!?」

「お前、面白いな……!」

 フォビドゥンがレールを展開、誘導ビーム砲「フレスベルグ」を放つ。

 ジャスティスが避けるが、それはゲシュマイディッヒ・パンツァーによってビームが湾曲する。

 そのまま直撃コース。

「くそっ……!」

 とっさにシールドで防御するが、タイミングが合わず弾かれる。

 眼前にいるフォビドゥン。

「へへッ……終わりだ!」

 振り上げられたニーズへグ。

 瞬間、アスランの中の何かが弾ける。

 目の前がクリアになり、駆動音から次の行動が予測できるような先見の感覚。

 ファトゥムー00を突撃させ、ニーズへグによる攻撃を中断。

 そこで生じた隙を逃さずに右足で蹴り、ラケルタ・ビームサーベルでフォビドゥンの右腕を切り落とす。

 戻ってきたファトゥムー00を装備し、ブースターを噴かす。

 シールドを構えてフォビドゥンに突撃する。

 激しい衝撃がフォビドゥンを、シャニを襲う。

「がぁうっ!?」

「……ッ」

 アスランの藍色の瞳が、鈍く光り輝いていた。

***

 ムゥの乗るエールストライクが順調にストライクダガーを倒していた。

 昔所属していた軍のMSを倒すのは妙な感覚だが。

「こいつらもしつこいッ!!」

 ビームライフルを連射する。

 ナチュラルながらも高いMs操縦能力を持つムゥ。

 それに加えて狙撃手、ディアッカのバスターの援護射撃もある。

 ストライクが切り込み、バスターが援護射撃。

 奇しくもGATシリーズの開発当初の布陣がここに来て完成されていた。

 バスターの対装甲散弾が瞬間的に多数の敵を巻き込む。

 場所は違えど、ディアッカの腕は確かなものである。

 その時だ。

 ムゥの脳裏を何かが走った。

 背筋に氷でも突きつけられたかのような冷ややかな感覚。

 それには覚えがあった。

 更に四隻艦隊のレーダーがほぼ同時に新たな艦隊を感知した。

 前方には地球軍。

 そして後方には、ザフトのナスカ級が三隻。

 そのうちの一隻はヴェサリウス。

「ザフト……! クルーゼか!?」

 ストライクが踵を返し、メンデルへ向かう。

 ディアッカが静止するが、ムゥは適当に事を伝えるとそのまま消えていった。

「ああ、もう! これだからおっさんは! アークエンジェル! こちらバスター、ディアッカ・エルスマンだ!」

『どうしたの、ディアッカ君!』

「あのおっさんが突然……、何かメンデルにザフトがいるって!」

『メンデルに、ザフト……!?』

「とにかく俺もメンデルの中に行って来る! 本当だったら、かなりヤバい!!」

 マリューの許可を取り、バスターがストライクを追う。

 ストライクとバスター、二機が抜けた穴をカラーズが埋める。

「アークエンジェルの護衛ね……やってやるさ!」

 フレアの砲撃を皮切りに、イェーガーとブレードが切り込む。

 そのやや後方をニグラが進む。

 アークエンジェルに接近する敵は、フレアが砲撃を浴びせる。

「回頭30! アークエンジェルはこれよりドミニオンを攻撃します! カラーズの4人にも、そう伝えて!」

 アークエンジェルとドミニオンによる艦対戦。

 カラーズの四人はその援護に回る。

 ドミニオンより発射されたミサイルを迎撃する。

 しかし、それは囮。

 外したと思われたミサイルが明後日の方向より降り注ぐ。

 榴散弾。

 アークエンジェルの装甲が削れていく。

 カラーズの4機、それにアークエンジェルを眼前のミサイルに集中させ。

 わざと「外した」と思い込ませたミサイルこそが本命の一撃。

 やはり、ナタルの戦術は一枚も上手。

 アークエンジェルが急速旋回をし、ゴットフリートを浴びせる。

 ラミネート装甲により、ビーム熱は即座に吸収・放熱され大きなダメージにはならない。

 流石、アークエンジェル級二番艦と言うだけはある。

「流石に、手ごわい相手だわね……」

「弱音を吐いてどうする、アイリーン!」

 叱責するアルフ。

 何か手はあるはずなのだ。

 不沈艦と同等の性能とはいえ、どこかにほころびがあるはず。

 そこを狙えば。

 だが、それは何だ?

 どこにあるというのだ。

 相手は戦艦なのだ。

 容易に崩せる相手ではない。

 ヴェルド達の額に、地割と汗がにじむ。

***

「カルラ・オーウェン、セフィウス、出るぞォォォッ!!」

 ヴェサリウスより出撃したカルラ。

 命令は唯一つ。

 敵の殲滅。

 その命令以上に分かりやすく、簡単なものは無い。

 新型であるセフィウスの調子はすこぶる良い。

 ツヴァイの4倍以上のエネルギーを持ち、その装備はフリーダムやジャスティスと同等のもの。

 加えてカルラという男の能力。

 恐ろしい敵であることは間違いないのだ。

「邪魔だ、退けよォォォォォッ!!」

 クスィフィアス・レール砲を放ち、爆発の中でも臆することなく進む。

 倒すべき敵をを発見した。

 その時のカルラの口はぐにゃりと、不気味な笑みを浮かべていた。

「見つけたぞ、赤いのォォォッ!!」

「何だッ!?」

 ロイドがとっさの判断でセフィウスからの攻撃を避けた。

 目の前には、アプリリウスで見たことのあるMS。

 フェミアの隣にあった、という事だけは覚えている。

「ハッハァ! 今までの、借りを、返してやるぜェェェェッ!?」

 瞬間的に距離を詰められたような錯覚に陥るくらい、セフィウスの機動性は高かった。

 こちらが攻撃してもまず当たらないのだ。

 当たったとしても、それはシールド。

 ジレンマがロイドの中に生まれる。

「どうしたよ、ほら、ほら、ほらぁぁぁぁッ!」

 断続的に続くセフィウスの攻撃。

 それを防御するだけで手一杯なのだ。

「こいつ……こいつの攻め方って……!」

 ロイドは気付いた。

 あの黒いMS、ツヴァイの攻め方に似ているのだ。

 という事はだ。

「カルラ……! カルラなのか……ッ!」

「ハッ、泥棒猫が! とっとと奪ったモンを返しやがれ! 出来ねぇなら、ぶっ壊してやるよォォォッ!!」

 セフィウスの二振りのサーベルが、ブレイズを襲う。

 一撃目はシールドで防いだものの、その衝撃で弾かれ。

 二撃目はブレイズの左肩を掠めていた。

「チッ、外した!」

「こいつッ……!」

 グロウスバイルを展開し、突く。

 が。

 セフィウスはそれを易々と受け止める。

「テメェの攻めは単調なんだよ! つまらねぇ、面白くねぇ、弱ぇえんだよッ!!」

 掴んだまま放さず、ブレイズの顔面にパンチを打ち込む。

 PS装甲によるダメージ軽減があるとはいえ、その分余計に消費エネルギーが多くなる。

「結局、お前たちナチュラルはそこまでの存在なんだよッ! いらない事をして、自分たちの首を絞めて! 挙句の果てにぶち切れてさぁッ!!」

「ふざけるな……! お前たちだって……!」

「万に一つの勝利の可能性も見出せない弱小生物がッ! 小生意気に喋ってんじゃねぇ!!」

 カルラの激昂。

 ラケルタ・ビームサーベルを抜いた。

 それをブレイズではなく、9時の方向に投げつける。

 そこにいたのは、ビームライフルを構えるレフューズ。

「テメェも、俺に壊されに来たのか……ッ!?」

「……ふん、生憎簡単に死ぬつもりは無い。俺も、ロイドも」

 トリガーを引く。

 ビームの光がセフィウスの右手めがけて走る。

 今、セフィウスは右手でブレイズを掴んでいる。

 やはりこういうときどんな人間でも無意識で危険を感知した時、手を放してしまう。

「こっちより、多少は骨があるようだな!」

「……」

「何か言ったらどうだ!? それとも怖いか、恐ろしいか!」

「……べちゃくちゃと五月蝿い」

 レフューズのカメラアイが光る。

 緑色から、赤へと変色。

 それは即ち。

「SYSTEM.A's……」

「ハッ、たかが目の色変えただけのハッタリで、このセフィウスが! 落ちるわけねぇんだよッ!!」

「それはどうかな」

 アキトの顔に明らかに苦痛の色が浮かぶ。

 それを押し殺し、悟られないように。

 平常を装って。

「……ハッタリだと思うなら、切り刻まれろ」

 レフューズが走る。

 セフィウスに肉薄する。

 カルラは驚きを隠せなかった。

 相手は旧世代のMS。

 バッテリーだって、有限。

 なのに、何だこの勢いは。

 何だこの性能は。

「……ロイド、攻めるぞ」

「あ、ああ」

 若干歯切れが悪いロイドの声。

 今なら、倒せる。

 いくらブレイズとレフューズ、二機よりも性能が上とはいえ。

 「くそぉぉぉぉぉっ!!」

 平常心を失った相手ほど、あしらうのが簡単なものは無い。

 カルラの攻撃は空を裂く。

 それは確実に、ロイドとアキトに反撃を許す隙となっていた。

 致命的なダメージにこそなっていないが、確かに押されている。

「行けるぞ、アキト!!」

「……ああ」

 いつもは冷静なアキトだが、今回はどこか声が嬉しそうで。

「この……調子にッ」

 カルラがトリガーを引いた。

 クスィフィアスレール砲、ルプス・ビームライフル、ファトゥムー01に装備されているフォルティスビーム砲が一斉に放たれる。

 それはフリーダムのフルバーストを髣髴とさせる。

 当たるわけにはいかない。

「接近するぞ、ロイド」

「言われなくても!!」

 レフューズがビームサーベルを。

 ブレイズがグロウスバイルを展開する。

 アキトは肩で息をして、目の前のセフィウスを睨む。

 SYSTEM A'sの影響で、頭の中で物事が何も纏まらなくなり始めた。

 それでも初期の初期、使い始めの症状なのだ。

「こんなところで……!」

「アキト、右から攻める! お前は左から頼む!」

「……ああ、そうだな」

 二手に別れる。

「うおおおおおおおおおっ!!」

 ブレイズの一撃がセフィウスのビームライフルを吹き飛ばした。

 そして、レフューズの一撃。

 ビームサーベルがセフィウスの左腕を狙う。

「がっ!?」

 激しい振動が、コクピットに生じる。

 顔をしかめる。

 火花がモニターを照らし、網膜を焼き尽くすような。

「……へへっ、浅かったなァッ!!」

 血の気が引いた。

 踏み込みが浅い。

 そのせいで太刀筋は見切られ、レフューズの一撃は止まったのだ。

 ちょうどサーベルを持っていた右手の手首をピクウス防御機関砲を放ったのだ。

 機体の破壊こそ出来ないものの、サーベルを手放す事には成功した。

 そのまま手首を掴み、持ち上げる。

 セフィウスの右手には、ラケルタ・ビームサーベル。

「おま……アキトッ!?」

 その先の光景を想像するのは、容易な事で。

「アキトを、放せッ! カルラァァァッ!!」

 ビームライフルを放つが、動揺して狙いが定まらない。

「死ねよ」

 ビームサーベルがレフューズを貫いた。

***

 時はほんの少し遡る。

 ストライクダガーによる編隊に苦しんでいたミストラル。

 定期的に起こる振動に、クルーは不安を隠せないでいた。

 その最中、医務室で眠っていたセフィ。

 彼女が目を覚ました。

 体に埋め込まれた銃弾を取り除くために麻酔で眠っていたのだが、度々起こる振動で目を覚ました。

「ここ、は……?」

「セフィ・エスコール? 目が覚めたのか」

 医師はちょうど机の上の片付けをしていた。
 
 セフィは辺りを見回し、ここが医務室だと言う事を把握した。

「ロイドは……?」

「ああ、エスコース少尉なら今は戦闘に出ている。地球軍がメンデルに攻めてきたんでね」

「戦、闘……」

 それを聞くとセフィは立ち上がる。

 左肩には包帯が巻かれており、歩くと少しだけ痛む。

 どこへ行くと言う、医師の声に動きを止めず。

 セフィはゆっくりと格納庫に向かう。

 MSが無いだろう。

 その声に、初めてセフィは動きを止めた。

 振り返った彼女は、憂いを含んだ笑みを浮かべている。

 何とも言えない、儚い笑顔。

「MSなら…・・・あるもん……」

 そう、MSなら最低一機は余っている。

 パイロットスーツに着替え、無重力の中を進む。

「……ちょっと、キミ!!」

 整備士の声にも耳を貸さず。

 セフィは目の前のそれに乗り込んだ。

「力を、貸して……。ハッチを開けてください、お願いします!」

 整備士が慌ててブリッジに連絡する。

 格納庫から届いた連絡に、リエンは戸惑った。

 まだセフィはMSを操縦できるような体ではないのだ。

『もうMSもエンジンが入ってます! 艦長!』

「……ああ、もう! ハッチ開けろ! 出撃させるんだ!」

 カタパルトハッチに乗り、息を整える。

 頬が紅潮している。

 セフィは発進シークエンスをこなし。

『し、進路クリア! フェミア、発進どうぞ!』

「セフィ・エスコール……フェミア、行きます……!」

 真紅の翼のMSがミストラルから出撃したのは、ちょうどレフューズがセフィウスに捕獲された時だった。


(Phase-15  終)


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