Phase-14 飛翔する翼

「見えてきました、メンデルです!」

 ブリッジに響く、リィルの声。

 ほっと安堵するブリッジクルーの瞳。

 今ミストラルのモニターに映っているのは、L4にある廃棄されたコロニー。

 名をメンデル。

 何でも昔は遺伝子研究などで栄えていたらしいが、突然巻き起こったバイオハザードにより廃棄。

 人々の夢の、成れの果て。

 ここにたどり着くまで、実に長かった。

 メンデルの周囲には偵察と思われるMSが数機、展開していた。

「メンデル内部のアークエンジェルより、通信です」

「回線を」

 リエンが通信用の受話器を手に取る。

『ルフィード艦長、無事で何よりで』

「ラミアス艦長。そちらこそご無事で」

『早速で悪いのですが、事態の把握を』

「分かってます。そちらに入港し次第、状況を教えていただきたい」

 ミストラルが180度回頭し、メンデルに入港する。

 スラスターを噴かし、減速する。

 ブリッジの横にアークエンジェルとクサナギが現れる。

 そのまま減速を続け、ミストラルはメンデルに入港した。

「俺とアトレー副長はアークエンジェルに行く。他の者は現状待機だ」

 小型の輸送機でアークエンジェルに向かう。

 こうして三隻が揃うのは、実に久方ぶりの事。

 アークエンジェルもクサナギも、無事で何より。

 アークエンジェルに着き、足早にブリッジに向かう。

 ブリッジでは既にマリュー、ムゥ、カガリにキサカが待機していた。

 ブリッジのスライドドアが開いた。

「ルフィード艦長!」

「いや、本当にお待たせしてしまって……」

「ま、無事で何よりじゃないの。お二人さん」

 言葉を2〜3交わして、リエンは話を切り出した。

 現在の状況を知りたいのだ。

 オーブを脱出したアークエンジェルとクサナギは大気圏を離脱後、まずはクサナギの組立作業を行っていた。

 その後、サイレントランニングを用いてこのL4コロニー、メンデルにたどり着いた。

 サイレントランニングを用いた事により、地球軍にもザフトにも所在を確認されないまま、たどり着いたのだ。

 現在、メンデル周辺に出ているMSは索敵ということになる。

「メンデルに入港してから敵の襲撃は?」

「今のところありませんわ。よもや地球軍もザフトも、ここに私たちがいるとは思わないでしょう」

「確かに、廃棄されたコロニーに隠れるというのは良い案ですが……」

 不安要素があるとすれば、メンデルというコロニーで。

 色々な事に片が着いてしまうという事。

「それと、ルフィード艦長。エスコール少尉とキリヤ少尉をあとでクサナギに遣してくれ」

「ロイドと……アキトを?」

「そうだ。何でもシモンズ技術主任が話があるらしくてな」

 リエンは二つ返事でそれを引き受ける。

 その後、リエンはミストラルの方で起きた事を全て伝えた。

 その出来事に、マリュー達は驚きを隠せないでいた。

「まぁ大変だったのですが……色々と」

「レジスタンス、か……」

 カガリにとっては懐かしい響きでもある。

 あれから、ずいぶんと立場も状況も変わってしまった。

 もし、あのまま明けの砂漠に残っていたら、今頃自分は何をしているだろうと。

 ふと、そんなことを考えてしまう。

 が、ここにいることは間違いではない。

 むしろこれで良かったのだ。

 良かったのだ。

***

 リエンからの呼び出しで、ロイドとアキトはクサナギにいた。

 その一室、エリカの部屋。

「どうぞー」

「失礼します! ロイド・エスコール少尉です!」

「同じく、アキト・キリヤ少尉です」

「そんなに硬くならなくても良いわよ。ほら、座って座って。コーヒー飲む?」

 あまりよく話した事はないのだが、エリカという女性の軽いノリに、若干二人は驚いている。

「あの、話というのは……」

「そうねぇ。何から話そうかしら」

 そういうとエリカは二人に資料を渡した。

 そこに描かれているのはブレイズとレフューズ。

 びっしりと記号や数式、円グラフが描かれている。

 メカに疎いロイドとアキトでは、瞬間的に見ただけでは何が何だか分からない。

 しかし、これから話す事にその資料は必要なのだ。

「それは以前オーブでルフィード艦長から頂いたブレイズとレフューズの図面よ。見て、この部分」

 そういってエリカは両機の頭部を指した。

「ここがブラックボックスの塊なのよ」

「……ああ、システムの事ですか」

 アキトが言うと、エリカは目を丸くした。

 同じくロイドも。

 ずっと知らないものだと思っていたので、アキトのこの言葉は驚くには十分なもの。

「システムって何だよ」

「……ああ、お前は知らないのか。SYSTEM.A's、そう言いたいのでしょう、シモンズ技術主任」

「流石ね。そういうことよ」

 ロイドにとっては聞きなれない単語。

 しかしながらエリカの説明を聞いていくと、何となく覚えがある。

 たびたび起こる、酷く興奮した状態。

 それと同時に生じるいつも以上の力。

「それがSYSTEM.A'sとでも?」

「そうよ。ある種の興奮状態に強制的に陥る、それがSYSTEM.A's」

「スゲェじゃん! そんなのがブレイズに!?」

「それがそうでもないのよ」

 エリカは続ける。

 何も良いことではないのだ。

 例えるならばドーピング。
 
 一時的に爆発的な身体能力を発揮する事が出来るが、継続的に摂取すると肉体がボロボロになる。

 SYSTEM.A'sもドーピングの一つなのだ。

 ナチュラルである彼らが、コーディネイター以上に戦えることを約束付けるシステム。

 そして、SEED因子に唯一敵対できるようにするシステム。

 それがSYSTEM.A'sなのだが。

 ここでエリカは一つの資料を更に渡す。

 そこには「Died」と書かれたリスト。

 その全てが地球軍のテストパイロット。

「このリスト、何か分かる?」

「いえ……」

「このリストに書かれているのはブレイズ、レフューズのテストパイロットの名前よ。そして、死んでいった人のリストでもあるわ」

 先述したとおり、SYSTEM.A'sはドーピングの一種。

 使用し続ければやがて肉体、精神ともに異常を来たす。

 リストに書かれているのはテストを行い、死んでいったパイロットの名前が書かれているのだ。

 名前の量に、二人は言葉も出なかった。

 総勢13名。

 その13名のパイロットがブレイズとレフューズに乗り、死んだのだ。

「そうね、大体5回も使用すれば、このリストに名前が載る計算よ」

「そんな!!」

「驚かないの。別に使わなければ良いんだから」

「……発動条件は?」

「ある程度の感情の高ぶりが必要ね。そうなるとアキトくんよりもロイドくんの方が発動しやすいみたいだけど」

 だから、北欧ではたびたび興奮状態にあったのだ。

 ロイドは納得しつつも、その心に恐怖が生まれていた。

「大丈夫よ。気をつけていれば」

 そうは言うが、ブレイズに乗る男としては気が気ではない。

「それと、暫くブレイズとレフューズ、クサナギにおいてくれないかしら」

「はい?」

「ちょっと、試したい事があるのよ」

***

 エリカとの話を終え、部屋を出る二人。

 輸送機の置いてある格納庫に向かう。

「あ」

 通路の向こうからやってきた二人の少年。

 一人は優しそうな印象のある少年。

 キラ・ヤマト。

 そしてもう一人は端整な顔立ちの少年。

 アスラン・ザラ。

「君達は……」

「よ、よぅ」

 ほとんど話したことの無い者同士、ぎくしゃくしてしまう。

「ミストラル、無事だったみたいだね」

「何とかな」

「……まぁ、色々あったけどな、ここに来るまで」

「大変なんだな、君達も」

 4人で会話をする。

 キラもアスランも、オーブ開放戦では心身ともに疲れたと言っている。

「アスランの方は、何だか悩んじゃってさ。カガリに色々どやされてるよ」

「余計な事を言うな、キラ! 俺は別に……」

 生真面目なアスラン。

 悩んでいるのは今見ても分かる。

 どこか普通ではない。

 話してみろよ、とロイドは言うが。

 アスランは躊躇っている。

 もう仲間なのだから包み隠さず話してもらいたいのだが。

「……話したく、無いのか?」

「いや、そう言うわけじゃ……。君達に変な心配をかけたくないし」

「バカかよ、今更そんなの。仲間でしょうに」

 ロイドが軽くアスランの肩を叩いてやる。

 アキトはため息を。

 元々アスランは抵抗があったのだ。

 つい先日まで敵だった自分をこうも簡単に受け入れてくれるのだろうかと。

 ほんの少しだけ、抵抗があった。

「アスランは昔から真面目すぎるから」

「お前が適当すぎるんだ、キラ」

「で、何で悩んでいるんだよ」

「ああ」

 危うく話を先延ばしにされるところだった。

 数分、アスランは話すかどうか迷っていた。

 しかし、このまま話さないでいると絶対のこの三人は帰らない。

 ならば話すしかない。

「……俺の父は現在のプラント最高評議会議長なんだ」

「そうか、ザラって……」

「ああ。ザフトを抜け、こうして敵だったはずのアークエンジェル、クサナギと共闘している。これを父はどう思っているのかなって思ってさ」

 父のパトリック・ザラは厳格な性格で。

 それ以上にナチュラルに対して激しい憎悪を抱いている。

 ユニウス・セブンに核ミサイルが打ち込まれた「血のバレンタイン」でパトリックは妻であるレノアを失った。

 それからだった。

 厳格というよりも歪んだ感情が芽生え始めたのは。

 今ではナチュラルの排他思想を掲げるほどに。

「つまり、父の気持ちを知りたいと」

「……短絡的だな、お前は」

「何だと?」

「いや、ロイドの言うとおりだ。俺は父上の気持ちを知りたい」

 それがアスランの素直な気持ち。

「ならば、会いに行けば良いじゃない」

「会いに……?」

「知りたいんだろう? お前の父親の気持ち」

「まぁ、それはそうなんだが……」

 突然呪いどの提案に、戸惑うアスラン。

 気持ちを知りたいのならば、直接会えば良いという。

 それが出来るほど、アスランに行動力があるわけではない。

「だいたい、うじうじしていても始まらないだろう? 男は動け! そして後悔しろ! これしかないでしょう」

「……ロイドって、単純なんだね」

「やっと分かったか、キラ」

 単純。

 ゆえに分かりやすく、危険に陥りやすい。

 それがロイドという男なのだ。

「……分かったよ。全く、俺も君のようになれたら良いんだけどな」

「え?」

「いや、何でもないさ」

***

 アークエンジェルの格納庫に用意された一機のシャトル。

 その後方にはクサナギより移ったフリーダム。

 そのシャトルのちょうど主翼の所で、アスランはディアッカと話していた。

「おいおい、マジかよ。今更プラントに戻るだなんて……」

「ああ、俺は父上とあって話がしたい。そして知りたいんだ、父上が何を考えているのか」

 アスランの瞳に迷いは無い。

 昔から一緒の隊にいたディアッカに、こうなってしまっては止まらないと言う事は頭の中で理解しているのだが。

 やはり止めなければならないのは、嫌な予感がするからである。

「だいたい、アレはどうするんだよ。ジャスティスだっけ? あんな危険なもの……」

「ならばもしもの時はディアッカ、君が乗ってくれ」

「いやだね、俺は。バスターで十分さ」

 するとそこへ現れた2つの人影。

 アスランとディアッカは呆然とした。

「よう、アスラン」

「……」

 ロイドとセフィだった。

 何故かザフトの軍服に身を包んでいるロイド。

 そして同じくザフトの軍服を着ているセフィ。

「ロイドに……その子は?」

「へぇ、こりゃ可愛らしい子じゃないか」

 ディアッカが挨拶をしようと近づくと、セフィはロイドの後ろに隠れてしまう。

「……俺、嫌われてんの? 初対面なのに? そりゃないぜ」

「いや、ただ単に人見知りが激しいだけなんだ。悪気は無い……と思う」

 それよりもアスランは、何故この場に二人が来たのかが気になっていた。

 ロイドは説明を始める。

 アスランにプラントに行くように薦めたあと、ふとあることを思いついたのだ。

 ミストラルに戻ってから、リエンにその旨を伝える。

「プラントに、アスラン・ザラと一緒に……だと!?」

「は、はい!」

「また、何でそんなバカな事を!」

「その……吹っ切るためです」

 ロイドはリエンにこう、話をした。

 以前からミストラルをたびたび襲撃している黒い機体。

 今ではライブラリにも登録されているザフト軍製のMS。

 それに乗っているのが、自分の友達かもしれないのだ。

 今まではモニター、いやよくてスピーカー越しにしか声を聞いていない。

 アスランがプラントに戻った時、いっしょについていけばそのパイロットに会えるかもしれない。

 あまりにも安直で、短絡的な考え。

「吹っ切るためとはいえ、そんな事が簡単に……」

「ま、通るわけ無いよな」

「そんな……!」

「エスコール少尉、考えてもみなさい。もし、貴方のみにもしもの事があれば残された者はどうすれば良いの?」

 セフィやアキト、カラーズの面々。

 プラントに向かって、そこで殺されてでもみろ。

 こんな呆気の無い別れがあるものか。

 ミリアはそのことを分かってもらいたいのだ。

「昔の友達かどうか知りたいという貴方の気持ちは分かるわ。でもね、貴方のその行動で皆に危険が及ぶかもしれない。その事を、分かってちょうだい」

「……あの」

 開いていた扉から声が聞こえた。

 セフィがこちらを覗いている。

「セフィ?」

「あの、ごめんなさい、ドア、開いていたから……」

「いや、気にしなくても良いが……どうした?」

「その、あの……私がついていくのはダメ、でしょうか?」

 セフィの言葉に唖然とする。

 ロイドよりもしっかりしているとはいえ、よりにもよって。

 ますますもって断らなければならない状況に。

「君が着いていくとしても、危険な事には変わらないだろう?」

「……」

 黙りこむセフィとロイド。

 やはり無茶だったのだ、この提案は。

 どうにか論破できないものかと悩むが、どうシミュレートしたところで論破出来そうにも無い。

 しかし、この機会を逃して良いのだろうか。

 このまま自分の目で確かめなければ、ひたすらに悶々と考えるだけだ。

 それで戦闘中にいらない気持ちを抱きたくは無いのだ。

「行かせてやってくれませんか、ルフィード艦長」

「アキトまで……」

 思わぬ助け舟。

「大体、このまま何も分からないまま悩まれてもこっちとしては迷惑だ」

「む」

「自分で確かめて、吹っ切れるのならばそれで良いと思います。その先に、例え悲惨な結果しかなかったとしても、それを覚悟の上でロイドは言っているんだろうし」

「アキト……」

 それだけ言うと、アキトは部屋の入り口から姿を消す。

 秋との言った言葉にリエンは考えていた。

 ミリアは心配そうにリエンを見る。

「……本当にセフィがついていくんだな?」

「はい」

「言っても聞かない……か。好きにしろ。ただし! 必ず無事に戻って来い! 以上だ!」

「艦長!? 良いんですか!?」

 ミリアが何か言いたそうだが、その唇に人差し指を当てる。

 敬礼をして、ロイドとセフィは艦長室を出る。

「い、良いんですか、本当に!?」

「仕方がないだろう? あのまま大人しく引き下がるわけでもないだろうし」

 リエンとしても苦渋の決断である。

 その後、ロイドはセフィと一緒にアークエンジェルに向かう。

 その途中でキラと再び会い、アスランと一緒にプラントへ向かう事を伝える。

 すると、キラは少し待つように言って。

 戻ってきたキラが持っていたのはザフトの軍服だった。

 以前、キラがプラントよりフリーダムを持ち出したときに使用していた赤服。

 背丈と体格が似ているロイドならば切れるだろうと判断し、キラは持ってきたのだ。

 その場でザフトの軍服に袖を通してみる。

 確かにサイズは合っているが、妙な違和感。

 普段着慣れていない軍服だからだろう。

「と、言う事で俺とセフィもプラントに行くことにしたんだ」

「全く、無茶をする……。セフィ、君も良いのか? もしかしたら危ない目に」

「大丈夫、ロイドが一緒なら……」

「見せ付けてくれちゃって。さて、俺はとっとと退散するかね」

 ディアッカはおどけて言うが、言葉通りに退散はしない。

「アスラン、そろそろ行こう」

「ああ、そうだな。二人ともシャトルに乗ってくれ。安全性は保障しないが、本当に良いんだな?」

 ロイドとセフィは首を縦に。

 アークエンジェルから飛び立つシャトルとフリーダム。

 プラントまでは二時間ほどかかる。

 フリーダムはプラント本国のレーダーに引っかからない程度の所でシャトルより離脱。

 その後、アスランからの申し出によりアークエンジェルに戻り、アスランのIDを利用してプラント本国に入る。

 セフィのIDもまだ生きている。

 問題はロイドだが、特に話をしなければ怪しまれる事もないはずである。

「こちら国防委員会直属、特務隊アスラン・ザラ。認識番号285002、ヤキンドゥーエ、応答願う」

 ヤキン・ドゥーエ、それはプラント本国を防衛する防衛ラインの最終拠点。

 中規模な惑星の中に作られた軍事工匠は、現時点ではMA開発用軍事コロニー「アーモリー・ワン」にも匹敵する。

 そこに入港し、そのまま首都である「アプリリウス」に入り、アスランはパトリックとの面会を。

「ロイド、そのカルラというパイロットを探すならばアプリリウスの軍事基地に向かうといい。セフィ、場所は分かるか?」

「ん、何となくだけど……」

「心配だな……。これを持って行け。アプリリウス内の地図だ」

 アスランから手渡された地図をロイドとセフィは同時に覗き込む。

「そろそろヤキンに入る。二人とも、無事に再会を」

「ああ、分かっている」

「うん、アスランも」

 合流予定時間は3時間後。

 シャトルから降り、アスランは面会を行う。

 ちょうど受付をしていたのは、アスランの恩師であるレイ・ユウキだった。

「アスラン、ザラ……」

「ユウキ隊長、お久しぶりです」

「議長に会いに?」

「ええ」

 ユウキはそれ以上何も言わなかった。

 ちらりとロイドとセフィに目を向ける。

 セフィは実に堂々としていたがロイドは、おどおどとしている。

「彼らは?」

「ああ、ちょっと地上の方で頼まれた兵士で」

「そうか。レイ・ユウキだ。よろしく頼む」

「セフィ・エスコールです」

「ろ、ロイド・エスコールであります!」

 ギクシャクと敬礼をする。

「ふむ……まだぎこちないが、赤服を着ている以上腕はある、と理解しても良いのかな?」

「ええ。地上での彼らの働き振りを見ましたが、中々のもので」

「そうか。とにかくキミを案内しよう、アスラン・ザラ。君達二人はどうする?」

「軍事工場の方へ」

「了解した」

 そこでアスランと分かれる。

 見たこともない基地の様子に、ロイドはきょろきょろとしていた。

 すれ違う兵士は自分と見た目はなんら変わらない成年や女性ばかり。

 しかし、ここにいる兵士は全員コーディネイターなのだ。

 自分はナチュラル。
 
 もしそのことが判明したら。

 そう考えるとロイドの拳は自然と握られていた。

「ロイド?」

「あ、ああ、いや、ちょっと緊張して」

「……可愛いね」

 そう言ってロイドの硬く握られた拳を両手で包み込む。

 どぎまぎとするロイドとは裏腹に、セフィは実に普段通り。

「大丈夫、私がいるから」

「……あー、うん」

 ふと周りの施設を見渡してみる。

 地球軍の基地とほとんど変わらないようだが、MSの多さはやはりプラントといったものか。

 セフィは若干懐かしささえ感じていた。

 ザフトに始めて入隊した時、このアプリリウスで入隊式を行った。

 その後、数日間のカリキュラムをこなしそれぞれの配属先へ移動となる。

「知ってる人とかいる?」

「うぅん、いない。皆バラバラになったから」

 うろうろとするロイドとセフィ。

 中々目当ての人間が見つからない。

「それにしてもザフトのMSって結構独特の形してるな……」

「そう?」

「何と言うか甲冑みたいな」

 ジン、シグーを見てのロイドの率直な感想。

 逆に地球軍のMSを見たセフィは「スマートすぎる」という第一印象を抱いていたようだ。

 稼動しているMSの足元を注意を払いながら歩く二人。

 その時だ、セフィは今まで尋ねなければならないことをロイドに聞いた。

「ねぇ、カルラがここにいるっていう確証とかあるの?」

「……」

「無いの?」

「……うん」

 これには流石のセフィも呆れざるを得ない。

 何かセフィは確信的なものがあると思って着いてきたのだ。

「ちゃんと帰ったら謝ろうね」

「……はい」

***

 アスランはユウキにつれられ、議長室へ向かっていた。

 議長室が近づくにつれて、彼の顔には緊張の色が浮かび上がる。

 その道中のモニターでは、ある放送がされていた。

 モニターに映っていたのはイザークの母であるイザリア・ジュール。

「彼女、ラクス・クラインはナチュラルにそそのかされているのです! 今こそ、彼女をナチュラルの間の手から救うべきなのです! そのためにはプラントに住む全ての国民のかたがたの協力が必要なのです!」

「あの、この放送は一体……」

「ああ、ラクス・クラインがフリーダム奪取に一枚かんでいたということは以前、話したな」

 アスランはその話を思い出した。

 ちょうどジャスティスを受領するためにプラントに戻った時、今と同じようにユウキの口から告げられた。

 その時こそ、嘘であると思いたかったが現実は違い。

 その直後にアスランはラクスと再会、彼女の口から殺したと思っていたキラの生存が告げられ。

 自分は自分であるべきだと、アスランはきっぱりと言われた。

 それからだった。

 ラクスの所在が分からなくなったのは。

 敵であるナチュラルへの技術のリーク、最新鋭機奪取の手伝い。

 A級戦犯扱いである。

 これがかつて、プラントの歌姫と呼ばれた少女のたどり着いた道の果てである。

「そのラクス・クラインを探し出すためにこうして放送をしているのさ」

「そうなんですか……」

 元・婚約者として、心が痛む話である。

 ラクスは心から平和を願っていた。

 何か、誤解を解く方法を考えなければならない。

「ついたぞ、アスラン・ザラ。失礼します、レイ・ユウキであります」

 ユウキが先に入り、状況を報告する。

「入れ、アスラン・ザラ」

「失礼します」

 部屋に入った瞬間、彼に突き刺さったのはパトリックの冷ややかな視線。

 いつも以上に鋭く、冷たい視線に思わずアスランは顔を背けたくなる。

「お前たちは下がれ」

「父上、俺は……」

「何をしに今更戻ってきたのだ! フリーダムは!? ジャスティスはどうした!!」

 口早に言葉を次々と発する。

 まるでマシンガンのように発せられる言葉の数々に、眩暈を起こしそうになる。

 それでもアスランは臆さず、隠さず。

 逃げずに。

 口を開いた。

「父上は、この戦争の事、どうお考えなのですか?」

「何だと……!?」

 フリーダム、ジャスティスはどうしたという問いに対してのアスランの予想もしない答え。

 パトリックは更に険しい顔をし、アスランを睨みつける。

 それでもアスランは続ける。

 ここで臆してどうする。

 目の前にいるのは、ただの父親じゃないか。

 権力を振りかざすような男ではない。

 一人の、父親だ。

「俺たちは、一体何時まで戦い続ければ良いのですか!?」

「何を言っている……! そんな事よりも、貴様には任務があったろう!? 報告をせんか!!」

「父上!!」

 詰め寄るアスラン。

「俺は、父上に一度どうしてもその事を聞きたくて……」

「ふざけた事をッ!!」

 立ち上がりアスランの顔面を殴りつける。

 バランスを崩し、よろめく。

 周囲の景色が一転し、倒れこむ。

「何も分からぬ子供が、何を抜かすか!!」

「何も分かっていないのは、父上! 貴方の方でしょう!?」

 上半身を起こし、血の出る口でアスランは噛み付く。

「ただ悪戯に戦火を拡大し、アラスカ、パナマ……撃たれては撃ち返し、撃ち返しては撃たれ……! いまや戦火はただ広がるばかり!」

「貴様……、一体どこでそのようなふざけた考えを吹き込まれた!? ラクス・クライン、あの女のせいか!? あの女にでもたぶらかされたのか!?」

 段々とアスランは目の前にいる男が何を言っているのか分からなくなり始めた。

 以前まで、こんなにも話が通じない男ではなかったはずなのに。

 まるで、自分の言う事だけを押し通すような子供みたいで。

 こんな男が、自分の父親だと思いたくなかった。

「……そうして、力と力でぶつかって戦争が終わるとでも言うのですか!?」

「終わるさ! ナチュラルを全て滅ぼせば、戦争はすぐにでも終わる!!」

「そんな……!」

 アスランは確信した。

 もはやこの男に何を言っても通じない。

 今吐いた言葉がパトリックの本音というのは、彼の揺るがない視線を見れば分かる。

 それが何よりも怖いのだ。

 こうも戦争が人を変えるとは思ってもいなかった。

「言え、フリーダムは! ジャスティスはどうした!? 返答によっては、貴様とても許さんぞッ!!」

「本気で、本気で言っておられるのですか父上!! ナチュラルを全て、滅ぼすなんて……!?」

「そのための戦争、貴様も分かってザフトに入ったのだろう!」

 言い返せない。

 そうだ、かつての自分も。

 今のパトリックと同じ気持ちで?

 だが今はどうだ。

 こんな、こんな男のようにはなっていない。

「えぇい、アスラン! 言え! フリーダムは、ジャスティスはどうした!! 言わないのであらば貴様も反逆者として捕らえるまで!!」

「父上ェェェッ!!」

 アスランが突進する。

 もはや、何を言っても無駄。

 つい、頭に血が昇る。

 が、そんな彼の左肩を銃弾が貫いた。

 パトリックの右手には拳銃が握られていた。

 銃声に驚き、入ってきた衛兵たち。

「貴様、議長に向かって!!」

「殺すな! それにはまだ利用価値がある!!」

 そうか。

 もうとっくにこの男は自分を息子とは見ていないのか。

 悲しみよりも怒りよりも。

 絶望が、アスランの中で渦巻く。

 拳銃をおき、乱れた服装を整える。

「見損なったぞ、アスラン」

「……俺もです」

 こうして、親子の溝は決定的なものとなった。

 手錠を嵌められ、アスランは歩いていた。

 周りからの視線が突き刺さる。

 最高評議会議長の息子がどうして?

 反逆者だって?

 そうだ、何とでも言えば良い。

 もはや、何を言ってもアスランの耳には届かない。

 国防省の入り口にある輸送用のジープ。

 それに乗り込もうとするがあまりのショックに足元がおぼつかない。

「何をしている、早く乗れ」

「……」

 一瞬だった。

 ドアを開こうと、一瞬だけアスランから兵士が離れた。

 刹那。

 その兵士が蹴り倒された。

 そして瞬間的にアスランがタックルで衛兵を倒す。

「止まれ!!」

「走って!!」

 アスランの身を引く一人の兵士。

 物陰に隠れ、手錠を手にしたアサルトライフルで打ち抜いた。

「ああ、もう! 段取りがめちゃくちゃだ!」

「すまない、つい反射的に……!」

「いいえ! 慣れてますから!」

「君達は一体……」

 男がヘルメットを取る。

 赤みの強い茶色の短髪の男だった。

 アスランはその男の顔、どこかで見たことのあるような気がしてならなかった。

「所謂クライン派ってやつですよ! 全く、無茶をする人ですね、貴方も!」

「ダコスタ! 早くしろ!」

 ダコスタと呼ばれた男がアスランにもう一丁のアサルトライフルを渡す。

「自分の身は自分で守ってくださいよ! こっちだって手一杯なんだから!」

 迫る兵士の肩を狙い、ジープに飛び乗った。

***

 その喧騒が起こる少し前まで、時は遡る。

 セフィとロイドは相変わらずいるかどうか分からないカルラを探していた。

「ねぇ、いないみたいだよ」

「むー……」

「時間の無駄だったのかなぁ……」

 ロイドの中では地球上を探すよりも、いる可能性は高いと思っていたのだが。

 そもそも最後に見かけたのが北欧。

 そして今はプラント。

 ここにいる可能性のほうが低いのだ。

「冷静になって考えれば、すぐ分かるよ……?」

「もう、何も言えない……」

 結局無駄足になるのだろうか。

 愕然としそうになった時、目の前に一機のMSが目に入った。

「ねぇ、ロイド、あれって……」

 ロイドは口を開けてそれを見上げた。

 そこに立っているのは鎧のような装甲に身を包んだMS。

「GAT-X102デュエル……! 初めて見た……!」

 パイロットと思われる男が、足元で整備士と話をしている。

 遠めなので判断しにくいが、銀色の髪が目を惹く。

 その後も配属されるのであろう、シグーや北欧で戦ったあの最新鋭機ゲイツの姿まである。

 カルラこそ見つからなかったが、ある程度の情報は手に入ったという事になる。

 しかし、時に神様というものは悪戯が好きで。

 その最後尾のMS。

 ロイドとセフィは固まった。

 それはあの、漆黒のMS。

「あれに、カルラが乗ってる……!」

「ロイド!?」

 走り出すロイド。

 ようやく、ようやく見つけた。

 この目で確かめる時が来た。

 行き交う兵士たちを掻き分け、そのMSの足元にたどり着く。

 コクピットハッチが開いて、パイロットが降りてくる。

「あん?」

「……」

 ツヴァイから降りた少年がロイドに気付いた。

 ロイドは、硬直したまま動かない。

 相手の少年はロイドよりも先にセフィに気付いて。

「何だ、女! お前、生きていたのか!?」

「……貴方こそ、どうしてあの戦いの途中で抜けたりしたの?」

「ハッ! 俺はなぁ……負け戦の現場にいるのが嫌なんでね! あの時点で雌雄は決していた! 奴等の勝ちでな……!」

「見捨てたというの……。私たちを」

「見捨てられるような戦いをしてるんじゃねぇよッ!!」

 つかつかと歩み寄る。

 ロイドの横を通り過ぎようとした時、彼の肩を掴んだ。

「グッ?!」

「待て、カルラ……オーウェンだな?」

「何だ、貴様ァッ!?」

「俺だ……ロイドだ」

 訝しげにロイドの顔を見るカルラ。

 瞬間に、その表情がパッと笑みを浮かべる。

「ロイド……? ロイド・エスコールか!!」

「カルラ……!」

「……なんてなァッ!」

 カルラは咄嗟に拳銃を引き抜いた。

 その拳銃をロイドの額に突きつける。

「カルラ!?」

「テメェのことなんざ知らねぇなぁ!! だいたい、テメェは何者だ……!? コーディネイターにしてはずいぶんトロいよなぁ!」

「くっ……」

「ハッハァ! さてなナチュラルか、貴様ァッ!!」

 ナチュラルという言葉に反応する周囲。

 そう、コーディネイターならば拳銃を引き抜いた時点でその拳銃を奪えばいい。

 しかしそれができないという事は反射能力がコーディネイターのそれよりも劣っている証拠。

 いや、そこまでカルラは見抜いていたのだろうか。

 もしかしたら本能で。

「セフィ・エスコール! ナチュラルを連れ込むとはなァッ!! やってくれるじゃねぇか!!」

「ロイド、逃げよう!」

「逃がすかよッ!」

 セフィが手と引くのが早く、距離が離れるがカルラはトリガーを引いた。

 放たれた銃弾は、セフィの右肩を貫いた。

「あぅ……ッ!!」

「セフィ!?」

 溢れる鮮血を止めるため、軍服の下に着ていたシャツを破る。

 負傷したセフィをおぶり、走るロイド。

 どこまで逃げればいいのか分からないが。

 とりあえずアスランと合流をしなければならない。

「どこへ行けば良いんだよ!」

「逃がすかよッ! ナチュラルがッ!!」

 後ろから迫るカルラを振り切るために全速力。

 自分のせいでこうなってしまったのだ。

 例え自分の命に代えてでも、セフィだけは逃がさないと。

***

 アプリリウス宇宙船港。

 そこに停泊している一隻の戦艦。

 淡い桃色の戦艦。

 ザフト軍の新造艦、エターナル。

 既存の戦艦と違い、すらりと伸びた機首に浮きのような両横に備え付けられたエンジン機関。

 そしてその機首には機動兵器。

 そのブリッジに、男は座っていた。

 隻眼、隻腕。

 片目を閉ざしている傷が彼の印象をより大きなものにしている。

「あー、これよりこの艦は「最終作業」に入る。これよりこの艦は「最終作業」に入る。各員、作業を始めるように!」

「最終作業……?」

「何だそれ。聞いてないぞ」

 戸惑う兵士たちの背中に突きつけられる銃口。

「降りてくれればそれで良いんだ」

 大人しく従う兵士たち。

 こうして新造艦エターナルをジャックした者たちの共通点は。

「皆様、ご苦労様です」

「これはこれはお姫様。まだ出発に早いですよ」

「そうですか……。しかし私たちは早く行かなければならないのです。この世界を、平和へ導くために」

「了解。それじゃ、行きますよ」

 静かにエターナルのエンジンに火が入る。

 ゆっくりと動き出すエターナル。

 そのブリッジでは、目の前のゲートの開放作業に追われていた。

 しかしながらその開放コードはリアルタイムで変更され、中々開く事ができない。

「ダメです! コードは全てリアルタイムで変更されてしまいます!」

「チッ……管制室もやるねぇ。いやぁ、もうしわけないが、少々手荒に行きますよ?」

「仕方がありません、私たちはここで止まるわけには行かないのです」

 ラクスの声はもはや迷わない。

 平和にするためには、戦わなければならないということか。

 そのために、彼女は銃を手に取った。

 エターナルという銃を。

「主砲、照準メインゲート! 艦砲後、全速前進! エターナル、発進する!」

 ブリッジのほぼ真下に備え付けられた主砲が火を噴いた。

 目の前のメインゲートを貫いてその船体が悠々と宇宙へと飛び立った。

「ダコスタ君は何をしている!? あまりもたもたしていると―――――――」

「バルトフェルド艦長!」

「何だね!?」

「接近するシャトルが一! 通信です!」

 モニターに映るのは、かつての砂漠の虎の右腕。

 マーチン・ダコスタその人だった。

 エターナルの後部ハッチが開き、そのシャトルを収容。

 やや遅れてダコスタとアスランがブリッジに現れた。

「アスラン! ご無事で何よりですわ」

「ラクス……!? 何で……!? それにこの艦は……」

「やぁ、ようこそ歌姫の艦へ! 艦長のアンドリュー・バルトフェルドだ!」

 その名前を聞いてようやく理解した。

 自分をここまで導いたあの男は砂漠の虎の副官だった。

 そして目の前にいる男こそ、アフリカ戦線で戦死したと噂されながらも奇跡の生還を果たした「砂漠の虎」アンドリュー・バルトフェルド。

 アスランは状況が飲み込めずにいたが、それよりも先に。

「プラントに戻ってください!」

「何を言い出すのかね、突然。今更そんなこと、出来るわけが無いだろう?」

「プラントには、一緒に来た仲間が二人、残っているんです!」

 その事実にブリッジの空気がざわめいた。

 今更確かに戻る事はできない。

 レーダーには追っ手を示す赤い交点。

「戻る事ができないというのなら、せめてMSを!!」

「それが生憎、MSは全て出払っていてね」

 バルトフェルドが続ける。

「この艦はフリーダム、ジャスティス専用運用艦でね」

***

 ロイドは見知らぬ土地の、見知らぬ基地にいた。

 薄暗い格納庫を走る。

「セフィ、ごめん……! 俺のせいで……!」

「う、ん……気にしないで。ロイドの気持ちは分かるもの……。ちょっと先走っちゃっただけだよね……」

 何と情けない。

 ここまで来て、セフィを傷つけて。

 自分は何をしているのだ。

「見つけたぜェ……ナチュラルッ!」

「カルラ……ッ!」

「テメェごときナチュラルが、この基地をウロウロしているのがイラつくんだよッ!」

 トリガーに指をかける。

「貴様が何者かは知らねぇ……。じゃぁなァッ!!」

 相手を殺せるというその過信が慢心となり。

 余裕が隙を生む。

 完全にカルラは緩んでいた。

 ロイドが、走る。

「セフィ、ちょっと我慢してくれ!」

「……うん!」

 走った勢いのまま、左足を軸に右足を振り上げる。

 その右足は綺麗な弧を描いて、カルラのこめかみに直撃する。

「ガァッ!?」

「ナチュラルを……舐めるんじゃない!」

 そのまま走り出す。

 カルラの瞳は走り去るその背中を捕らえていた。

 完全に彼はロイドという男を認識した。

 真っ先に殺すべき男だと。

「俺が、ナチュラルを殺し損ねた……!? ふは、ファーハハハハッ!! こいつは傑作だ!!」

 手にした銃を放り投げ、

「殺してやる、殺してやる、殺してやるァァァァァァァァッ!!」

 獣のような叫びとともに、カルラは走り出す。

 搭乗機であるツヴァイまで約5分。

 その5分の間に、あのナチュラルは逃げただろうか。

 いいや、関係ない。

 ナチュラルを「消し去る」のがザフトの目的なのだ。

 何ら問題は無い。

 「スパイ」である「ナチュラル」を「倒す」のだ。

「何の問題もねぇ!! 出て来い、ナチュラルッ!!」

「アイツ……なんの躊躇いも無く!? ここはお前たちの住む土地だろうが……!」

 そう言った所で、対抗する手段などない。

 ブレイズはメンデルだし、コーディネイター用のMSなど。

「ロイド、あれ」

 二機のMS。

 それが格納庫に収まっていた。

 一機は背中にジャスティスのようなリフター。

 もう一機はフリーダムのような羽根型のバインダーを装備している。

 これに乗れば助かるかもしれない。

 だが、セフィならまだしも自分が動かせるものか。

「……やるしか、ない!」

 階段を駆け上がり、コクピットハッチを開こうと外部コンソールを操作する。

 しかしロイドの力では到底開くようなプログラムではない。

「退いて……」

 セフィが指を伸ばす。

 虚ろな目で、コンソールのプログラムを解析していく。

 次々プロテクトを開放していき、最終プロテクトを開放するのにそう時間はかからなかった。

 コクピットハッチが開いた。

 真っ先にセフィをコクピットの奥に。

 複座型ではないので空いたスペースに座らせる。

「行くよ、セフィ……!」

 OSを立ち上げる。

 GENERATION

 UNSUBDUED
 
 NUCLEAR

 DRIVE
 
 ASSALT 

 MODULE_COMPLEX

 それがこの機体のOS。

 ロイドはそれを読んで息を飲んだ。

 直訳するならば「核駆動を使った世代の強襲モジュール兵装」。

 核動力を使用しているのだ。

 フリーダム、ジャスティスの他にも核動力を使用している機体が存在していた。

「ザフトは、プラントは……一体何を考えているんだ!」

 スイッチをオンにする。

 今まで灰色だった機体の表面が赤く色づく。

 騒ぎに気付いた兵士たちが止めようと銃を乱射するが、PS装甲を展開したこのMSに効果があるわけが無い。

「邪魔をするな! 吹き飛ばすぞ!!」

 不思議と、この機体を動かせる感覚がロイドの中にはあった。

 ナチュラルでも動かせるOSなのだろうか。

 いや、違う。

 コーディネイターがそんなものを作るはずが無い。

 だがしかし、今はそんな事を考えているほど余裕があるわけではない。

「FEMIA……フェミア? この機体の名前?」

 フェミアが右腕を振り上げる。

 天井を崩し、飛翔する。

「何だ!?」

「最新鋭機が!!」

「おい、誰が乗っている!!」

 赤き翼のMSが、アプリリウスに降り立った。

***

 目指すは軍港だった。

 そこからシャトルに。

 合流予定時間までもう時間も無い。

 アスランもシャトルに乗っている頃合だ。

 工匠を飛び回るフェミア。

 ブレイズとは違う操作感覚に、ロイドは戸惑う。

「ロイド……もうちょっと静かにして……」

「そんな事言ったって……!」

 そのロイドを急かすように鳴り響くアラート。

 レーダーに映る光点、モニターに映る漆黒のMS。

 ツヴァイ、そしてカルラ。

 背筋が凍る。

 この機体で戦えるのか、いや、逃げ切れればいいのだ。

「お前の相手をしている暇は無い!!」

 フットペダルを踏みつけ、スラスターを噴かす。

 急激なGに襲われるロイドとセフィの体。

「キャッ!!」

「くぉんのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 右手でサーベルを抜き放ち、一閃。

 無我夢中だった。

 ツヴァイの頭部から斜めに左半身を切り裂いた。

 カルラは目を見開いていた。

 ツヴァイが破壊される。

 脳内で、何かが叫んでいる。

 殺せ、殺せ!

 相手を、全てを。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁっ!!! 貴様ァァァァァッ!!!」

「まだ、来るかよ!!」

 もはや機体だって悲鳴を上げているのに。

 突進をする。

 それを軽くあしらい。

 蹴り倒す。

 膝をつくツヴァイ。

 カルラにとって、これ以上の屈辱は無い。

 軍港のハッチを破壊し、宇宙に出ると、目の雨では一隻の戦艦が襲撃を受けていた。

 その戦艦からのSOS信号を受け取る。

「敵じゃ、ないよな……?」

 ロイドが操作し、その戦艦に近づき、国際救難チャンネルを開く。

 ノイズが酷いが、通信できないというわけではないようだ。

 ロイドが戦艦に向かって呼びかける。

 ノイズの向こうに声が聞こえるが、何を言っているのかいまいち聞き取る事ができない。

 接近しようとすると、戦艦を襲撃していたゲイツがフェミアに迫る。

 慣れない機体での戦闘。

 襲い掛かってきたという事は敵である。

 そう認識しても良いのだろう。

「こいつら……もうこれを敵と認識してるのかよ!」

「うっ……く……」

 あまり激しく動くとセフィが苦しむ。

 かと言って立ち回らなければただやられる。

『……ド、……か』

 ようやく通信相手からの声が聞こえ始めた。

『ロイド、……! ロイドか!!』

「アスラン!」

『お前、何に乗っているんだ!』

「話は後! とりあえず着艦させてくれ! セフィが傷を負っている!」

***

 セフィを降ろして、改めてこのフェミアという機体の中を見る。

 固定装備はビームライフルにサーベル、A.B.Cシールド。

 そしてウィングバインダー内に装備されたプラズマ収束ビーム砲。

 Nジャマーキャンセラーによる核動力のため、パワーダウンこそありえないもののはたしてこの宙域を離脱するだけの間、戦えるかどうか。

 アスランも負傷しているようだし、今は自分がやるしかないのだ。

「アスラン、セフィを頼む……! ロイド・エスコール、フェミア、行きますッ!!」

 甲板より飛び立ったフェミアを狙うゲイツ。

 そのビームもフェミアの機動性の前には当たらない。

 ビームを避け、クローによる斬撃をかわして。

 フェミアはゲイツを破壊して行く。

 その働きぶりにエターナルのブリッジでは感嘆すら上がっている。
 
「本当にアイツ、ナチュラルかよ……」

 そんな声が聞こえたとき、アスランは妙な違和感を感じていた。

 確かに今のロイドの操縦技術はナチュラルのそれではない。

 かといって、いつもの彼の身体能力がコーディネイターのそれに匹敵しているわけでもない。

 何とも不思議な人間である、ロイドと言う男は。

 そのフェミアが最後の一機を破壊した。

 周囲に敵影は確認されず、エターナルはアプリリウス宙域を離脱した。

 フェミアがエターナルの左舷に展開し、辺りを探るように先行する。

 ラクス・クライン、アンドリュー・バルトフェルド。

 そしてエターナルにフェミア。

 戦力の補強は出来た。

 当初の予定とは違う結果となってしまった。

 それに。

(カルラ……)

 カルラ・オーウェン。

 今回の事で確信した。

 あいつは、昔友達だったカルラではない。

 もう、悩む事はない。

 考えることは無い。

 次に出会った時は、あいつを。

「くっくくく……」

 そのカルラは、半壊したツヴァイのコクピットの中で薄ら笑みを浮かべていた。

 ようやっと、殺すべき相手に出会った。

「ふひゃ、ふははは……! あのゴミ虫が……! 殺したい、殺してやんよォォォォッ!!」

 アプリリウスに響く、獣の声。

 それは、新たな獣を呼び覚ます魂の叫びか。


(Phase-14  終)


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