Phase-13 目覚める力-SYSTEM.A's-
漆黒の宇宙。
何も変わることない黒一色。
ミストラルが宇宙に上がって2時間が経過した。
既に地球の引力から離れ、追加ブースターを切り離した。
ふわふわとする奇妙な感覚を覚えるミストラルクルー。
「っ、ととと……! 慣れねぇな、こりゃ」
ロイドは通路であたふたとしている。
地上生まれの地上育ち。
こんな形で宇宙に上がるとは、当初は予想していなかった。
軍に入ったときはずっと地上にいるものだと思っていた。
訓練で無重力を体感した事はあるが、擬似的なもの。
やはり、「本物」は違う。
「……ロイド」
通路の向こうからセフィが現れる。
慣れた様子で近づいてくる。
どうやら彼女は宇宙と言うものに慣れているようだ。
それがロイドはたまらなく羨ましかった。
「良いよなぁ、セフィは」
「……何が?」
「この感覚に慣れてるようで」
「そう?」
「羨ましいよ、全く」
通路に備え付けられた移動用の手すりに掴まる。
こうして、ロイド達は無事に宇宙に上がってきたのだが。
合流地点となっているL4コロニー「メンデル」まではまだ2週間ほどかかる。
その間、敵に襲われないという確証はない。
このあと、ロイドとアキトはブレイズ、レフューズに乗り込み実際に宇宙に出ての機動訓練を行う。
こうでもして感覚を掴んでいないと、実戦で死んでしまう。
コーチは経験のあるセフィ、そしてカラーズ。
さて、どうなるものか。
***
月面ノースブレイド。
先の襲撃で被害を受けたノースブレイドでは基地の復旧作業が進んでいた。
フエンの乗っていたイルミナの修理も順調に進んでいる。
その中、ノースブレイドにある指令が下った。
アークエンジェル級三番艦の撃墜命令。
どこでどう情報が漏れたのか知る良しもないのだが、アークエンジェル級三番艦が宇宙へあがったと言う報告。
アークエンジェル級三番艦は先のオーブ開放線の折に反逆、敵であるオーブに加担した。
アークエンジェル共々、反逆者のレッテルを貼られている。
フエンも、そのオーブ開放戦と言う戦いについて走っていた。
ただし、考える事はあるが。
地球に住むのだから地球軍に協力しろ。
さもなければ国を滅ぼす。
それは果たして正しいのか。
いや、正しいはずが無い。
もしそれが正義だと、正しいと言うのなら自分も軍も間違っている。
「近々地球、ビクトリア基地より増援が来る。ミシマ少尉はそれとともにアークエンジェル級三番艦……」
フエンは司令官からの指示をただ聞いていた。
「ミストラルを撃沈せよ」
「……」
「少尉、どうした?」
「あ、いえ。了解しました」
やや遅れての返事。
考え事をしていた。
指示書を読み上げた司令官は、踵を返す。
そのミストラルと言う艦に誰が乗り、何があるのかなんてフエンには分からない。
だが、元々仲間だったはずの相手を撃つのに、どうも抵抗を感じる。
「フエン、イルミナの調整、しておけだって! ……フエン?」
サユがフエンを見つけて声をかけるが、どこかぼうっとしている。
熱でもあるのかと額に手を当てるがその様子は無い。
もう一度声をかけると、反応する。
「姉さん」
「聞いてた? イルミナの調整、しておけだって。あとは外装を取り付けるだけだから」
「う、ん。分かった」
やはりどこか上の空。
姉としては心配なところ。
「聞いてるの?」
「……うん」
サユは知っている。
こういうときのフエンは、人の話が全く頭に入らないと言う事を。
「調子が悪いなら、休んでおきなさいよー?」
調整の事だけ言ってサユはその場から去った。
フエンの目の前にはただ漆黒の宇宙が広がっている。
その彼がMSドックへ向かったのは20分ほどが過ぎてからだった。
フエンの乗るイルミナは修理を受け、肩アーマーの取り付けとPS装甲の起動点検のみ。
武装システムにも、特に問題は見当たらない。
「何か不具合があったら言ってくださいよ。こっちは戦闘中に少尉が死なれたら、生きていく気がしないですから」
「分かってますって」
そんなやり取りをして、PS装甲を起動。
機体が白と青のツートンカラーに染まっていく。
確かに問題は無いようだ。
「じゃあ後は肩アーマーの修復だけですね」
「そういうことに。予備のパーツがあるので接続にはそう時間はかからないかと」
「そうですか」
「早めに仕上げときますよ」
何回行なっても慣れないこのやり取り。
自分より年上の人間が、自分に対して敬語で話をしている。
敬語で話さなければならないのはこちらなのに。
自機の復活まで、まだ少々時間がかかるようだ。
果たして、何をするべきなのか。
***
ミストラルは何事も無く、順調に航路を進んでいた。
ザフトによる奇襲も無く。
地球軍からの襲撃も無い。
実に順調に、その歩みを進めている。
だが、逆に怖いくらいに落ち着いている。
「索敵を厳に。どこに潜んでいるか分からないからな」
「ちょうどこの辺りはデブリが多いですしね。隠れるにはもってこい……と」
「そういう事だ」
ミストラルのブリッジではリエンの指揮の下、周囲の敵の観測を行っていた。
特に敵の影は見当たらず、レーダーの索敵音が響いている。
ふと、リエンは考え始めた。
もし、この場で敵が襲撃を仕掛けてくるとすれば。
どこが一番近いか。
「……月か」
「はい?」
「確か月面に地球軍基地があったな……」
可能性は低い。
低いからこそ、その事に対して細心の注意を払わなければならない。
どんな名将でも、「可能性の低い事柄」によって失敗する事だってあるのだ。
もし自分が地球軍の司令官ならば、この艦の撃墜命令くらいは下しておく。
「間もなく、エスコール少尉たちの空間戦闘における模擬戦の時間ですが、どうしますか?」
「……出撃させろ。ただし、伝えておけ。何かおかしいことがあれば、すぐに戻るようにと」
そのことを伝えると、すぐにブレイズとレフューズ、フレアにニグラが出撃した。
やはりロイドとアキトは慣れていないようだ。
ロイドはともかく、戦闘において高い能力を発揮しているアキトも戸惑っているのが目に見える。
セフィは小型の作業ポッドに乗っている。
現在、ミストラルには彼女が乗るようなMSは搭載していない。
ストライクダガー、もしくはオーブでM1アストレイでも受領していれば、まだ違ったかもしれない。
「いいか、ロイド、アキト。宇宙では少しの動作で機体が流される。常に自分と母艦の位置関係を把握しておけ!」
『了解!』
「ロイド、アキト。あまり複雑な動きはしないほうが良いよ。なれないうちは慌てずゆっくり……ね?」
ヴェルドたちの指示に従って宇宙空間での操作を行う。
ふわふわとした感覚が、地上とはまた違った操作を余儀なくされる。
あまりミストラルから離れないようにしないといけない。
急な時に戻れなくなる。
何とも見る分には平和的な光景である。
***
「目標の艦を発見しました」
「ミストラルか?」
「映像に出します」
ノーズブレイド基地のモニターに薄い水色の戦艦が映る。
確かに報告書にあった戦艦。
向こうは気づいているのかMSが四機、戦艦の外に出ている。
そのうちの二機は動きが遅い。
「これも命令だ。MS隊を発進させろ! 目的の艦を発見したとな!」
「第一戦闘配備発令! 第一戦闘配備発令! パイロットは搭乗機にて出撃してください!」
慌しくなるノースブレイド。
ハッチから飛び出したのはストライクダガー。
それにやや遅れて、白いMS。
イルミナに乗ったフエンはモニターに映る敵艦を見る。
有名な、不沈艦と同じ形をしている。
「何で、元々の味方同士で戦わなきゃ……!」
ついつい弱気になってしまうが、すぐに気持ちを落ち着ける。
大丈夫だ、たぶん。
自分にそう言い聞かせるが、あまり効果のほうは期待できない。
同じ頃、ミストラルでも接近するMS隊を捕捉していた。
「エイス、アイリーん、出れるか?」
「もちろんです」
「ルーキー、やられないようにしろ、でしょ?」
「そう言う事だ。リィル、敵の数は?」
「ストライクダガー10、アンノウンが1です!」
アンノウンが気にかかる。
合計十一機と言う部隊がミストラルに迫る。
「ゴットフリート、バリアント起動! 艦尾ミサイル発射管にはスレッジハマー、ウォンバットを装填!」
ミストラルの武装が周囲に弾幕を形成する。
その弾幕により、ストライクダガーは接近できずにいた。
宇宙での戦闘に慣れているカラーズの面々は、難なく敵を倒している。
しかしロイドとアキトだけは違った。
ブレイズとレフューズは宇宙でも活動できるようになっている。
だが、乗り手であるロイド達が宇宙でのMS操作に慣れていない。
それが結果的に両機の性能を殺していたのだ。
何時もならばストライクダガーなどの量産機を倒しているのだが、今回ばかりは違っていた。
撃墜どころか、攻撃すら当たらない。
この辺りは、場数を踏むしかない。
「こいつら……! うわっ!」
「……宇宙と地上で、こうも操作性に差が出るとは……!」
ストライクダガーのビームを防ぐのに手一杯で、なかなか反撃に移ることができない。
シールドの表面に、弾痕が次々生じていく。
さらにはエネルギーが減っていく。
カラーズの四人が守ってくれるとは言え、ダメージが無いわけではない。
「うあっ!!」
ブレイズが被弾し、流される。
空気による抵抗が無い宇宙では、少し動いただけでどこまでも流されていく。
慌ててスラスターによる姿勢制御を行うが、防御が手薄になり。
ここぞとばかりにストライクダガーが攻めてくる。
各部にダメージを受け、コクピットに響くアラート。
ロイドは恐れていた。
宇宙での戦いが、こんなにも恐ろしいものとは思ってもいなかった。
操縦桿を握る手が震える。
息が荒くなる。
「おい、冗談だろう……?」
迫るストライクダガー。
もはや操縦さえ。
「こんなところで……まだ何もしてないのに」
ふと、体が熱くなる。
目の前が、開けた。
ストライクダガーを蹴散らす。
今までの肩の重さが嘘のように取れている。
空間戦闘における、間合いの取り方などまだまだ荒削りな部分はあるが、先ほどまでとは明らかに違う。
感覚で、動かせる。
「こいつ……さっきまで!」
フエンは目の前に迫る赤い機体を見る。
何か、雰囲気が一瞬にして変わった感覚。
赤い機体の右腕からビームサーベルが形成され、イルミナに向かって振り下ろされる。
イルミナも防御のため、サーベルを抜く。
火花が散り、両機を照らす。
「さっきは、よくも……!」
「押し負けているッ!?」
力の均衡を解き放ち、一旦後ろへと下がる。
体勢を立て直し、ブレイズがビームライフルのトリガーを引く。
発射されたビームを避け、反撃に移る。
「イルミナ……ッ!」
ブレイズに負けないほどの力でサーベルを振り下ろす。
その太刀筋を見極めて、ブレイズのグロウスバイルがイルミナの右肩を切り落とした。
フエンは絶句した。
こっちだって全力で立ち向かったはずなのに。
この差は一体なんなのか。
「落としてやるッ! 敵は、全てッ!!」
ロイドの目が充血し始める。
自分でも何を言っているのか、神経を疑い始める。
頭ではこんなこと言うつもりは無いのに。
興奮状態のロイド。
イルミナを一蹴し、次の獲物を探す。
「貴様が、俺の、敵! 敵は……倒すッ!!」
成す術がないままのストライクダガーを粉砕する。
イルミナが戦闘不能。
更にダメージを受ける敵部隊。
その大多数は、意外にもブレイズによってもたらされたもの。
「何だ何だ、ロイドのヤツ。動けるじゃないか!」
「……いや」
アキトは懸念していた。
様子がおかしいのだ。
やがてミストラルから帰還信号が放たれる。
それに従い、ミストラルに戻るフレアとニグラ。
イェーガーとブレードも戻る。
「……ロイド、戻るぞ」
「敵はどこだッ! 全部、俺がッ、倒してやるんだッ!」
「落ち着け……。戦闘は終わったんだ」
宥めるアキト。
やがて次第に落ち着きを取り戻したのか、ロイドは大人しく艦へ戻っていく。
艦に戻ったロイドを待っていたのは、賞賛だった。
「やるじゃねぇか、ロイド! お前、本当は空間戦闘できるんじゃないか!」
「は……」
ロイドは言えなかった。
無我夢中だったなど。
「……ロイド、凄いね」
「セフィ」
「惚れ直したかも……」
「ッ!?」
一気に湧き上がる笑い声。
それを背に、一人、アキトは去る。
ノーマルスーツを着替えず、アキトは真っ直ぐブリッジに向かう。
戦闘終了後と言う事で、様々な報告が交わされている。
「アキト、どうした?」
「すいません、艦長。お忙しいところ。実は少しは無しが……」
ブリッジを出たところで、リエンはアキトからその内容を告げられる。
リエンの眉間に皺が寄った。
***
L4コロニー、メンデル。
オーブより逃げ延びたアークエンジェル、クサナギの二隻はこの廃墟と化したコロニーでダメージを直していた。
外では何時敵が襲撃に現れても良い様に、フラガの駆るストライクにM1アストレイが周囲の索敵に出ている。
そのクサナギのある一室で、エリカ・シモンズ技術主任はパソコンに表示されているデータに目を通していた。
そこに映るはミストラルに配備されていた二機のMS。
前々から気になっていたのだ。
オーブ開放戦時に現れた三機のMS。
それとおそらく同時期に開発されたと思われる、ミストラルの二機のMS。
現在の戦況から推測すると、汎用性を高めたMSよりも一点に長けたMSの方が運用しやすい傾向にある。
その中で開発されたブレイズとレフューズ。
技術主任としては気になるMSではある。
実はデータをくれといった時、リエンは渋い顔をしていた。
他国の人間にデータを渡すなんて、リエンは渋っていた。
それを無理を言ってデータを受け取った。
技術者としての本能が勝ったのだ。
何とも興味深い機体ではあった。
確かに汎用性は高いが、どちらかと言えばブレイズは近接戦闘に主眼を。
レフューズは中〜近距離における戦闘を得意としているようだ。
武装にも若干の変更が見受けられる。
しかし、今日モニターを見ているのはそれが目的ではない。
少し前から彼女はあるブラックボックスの解明に乗り出していた。
頭部にある一つのブラックボックス。
幾重にも施された、知恵の輪のようなパスワード。
何となくコツは掴めてきたので、残るは気力と時間。
技術主任として、目の前にあるブラックボックスは解明したくなるもので。
「あら」
ふと、ブラックボックスの全てのロックが外れた。
「ふふ、あの人が聞いたらまた酒の話になるかもね」
今はあるジャンク屋の青年と一緒に行動している女性。
エリカはその女性と知り合いなのだ。
二人ともメカの話になると、それをつまみに酒を飲み明かす。
至高の幸せ。
さて、解析したブラックボックスを調べる。
その内容を見て、エリカは息を漏らした。
「なるほど……こういう事」
かつて学会ではある因子の噂が持ち上がった。
何でも「ヒトを次のファクターへと移行させる事の出来る因子」だとか。
Superior.Evolutionary.Element.Destined‐facter。
通称「SEED」。
直訳すると「優れた種への進化の要素である事を運命付けられた因子」。
かつて一度だけ学会で論争を巻き起こしたが、結果的に机上の空想であると一蹴され、その後は取り上げられる事はなかった。
しかしそのことに対して非常に憤慨した一人の科学者がいた。
その科学者は研究に研究を重ね、ある理論を完成させた。
Against SEED。
「SEED」に対して敵対する力。
その理論を運用するには、優れたMS操作技術を持つ人間が必要だった。
残念ながらその科学者は「Against SEED」の開発中にこの世を去った。
しかしながら、その後数人の、彼の弟子がその研究を受け継ぎ。
C.E71年、パナマにおいて二機のMSに搭載されることになった。
GAT-X141、レフューズ。
そしてGAT-X142、ブレイズである。
その2機に搭載されたシステムの効力、それは。
搭乗者の脳内分泌成分を強制的に倍増させ、ある種の興奮状態及び判断能力の倍化、戦闘における精神の沈静等。
「しかし、問題が無いわけではない」
テストを行った計13名のパイロットが全員絶命したのだ。
麻薬のようなシステム。
「そして彼らはそのシステムに名前をつけた」
モニターに映る赤い文字。
SEEDに敵対するだけの力を強制的に与える人類の知性の結晶。
その名は。
「それがこのSYSTEM.A's‐システム.アス‐」
(Phase-13 終)
トップへ