Phase-12 カルラ

 戦いは終結した。

 結果的にレジスタンス側の勝利で。

 基地を放棄し、戦うことを辞めたザフトの兵士たちはミストラルによりその戦力を奪われていた。

「セフィ、この基地の戦力はこれだけか?」

 ロイドが問う。

 元々この基地にいたセフィに聞けば、接収したMSや兵器などの8割は奪う事ができた。

 このまま順調に行けば、今日中には基地を制圧できるだろう。

 ただ、やはり基地所属の兵士たちの抵抗にあう。

 それこそ地球軍なら虐殺ものだが。

 ロイド達は違う。

 勝手に押し寄せて武装を奪われれば、暴動だって起こる。

 それは彼らも分かっての事。

 しかしながら一番辛いのはセフィだった。

 つい先日までともに戦っていた仲間が、急に敵として現れたのだ。

 彼女に向けられた視線はどれも冷たい。

 ロイドがセフィをかばうように歩く。

「……そういえば」

 セフィが呟いた。

 後ろで呟いた彼女の声は小さい。

「彼がいない……?」

「彼?」

「カルラ・オーウェン。戦闘中にもどこかへ行ったみたいだし……」

 カルラの名前を聞いて、ロイドの目つきが変わる。

「アレだけ戦闘に出せと言っていたのに……」

「……」

 ロイドは黙る。

 セフィは知らない。

 そのカルラがもしかしたらロイドの友達かもしれないと言う事を。

 万に一つの可能性だが。

「……ロイド、ちょっと良いか?」

 アキトに呼ばれる。

 セフィもついてくる。

 どこへいくにもロイドの後をついてくる。

 単に懐かれているだけか。

 それとも。

「先の戦闘の時、あの黒いMSのパイロットと話をした。直接回線でな……」

「……黒い、MSの」

「乗っていたのはカルラ・オーウェン。これは確定だ」

「でも」

「俺はやつに尋ねた。ロイドと言う男を知っているかと」

 変に気落ちされるくらいならば、もはや聞いた方が早い。

「ヤツはこう答えた。勝てたら教えてやる。しかしヤツは逃げた。真相は、ヤツの内だ……」

 ロイドの表情が翳る。

 知っているのか知らないのか。

 ますます分からなくなってきた。

「とにかく今は、スカンジナビアへ向かい、さっさと合流するだけだ……。このまま地上にいたのでは、宇宙で何が起きているかも分からない」

「分かってる。分かってる、さ……」

 その時のロイドの拳は、血が出るんじゃないかと思われるほど強く、強く握られていた。

***

 同時刻、地球軍基地。

 基地はいたるところから煙が昇っていた。

 MSが残骸と化し、足元に転がっている。

 兵士が逃げ惑う。

 だが、放たれた光の熱によって瞬間的に蒸発した。

 最後の言葉を言う暇も無く、兵士たちは死んでいく。

 漆黒のMS―ツヴァイ。

 それが基地に攻めてきた。

 たった一機のMS、たった一機のMSなのだ。

 それが何故、こんなにも自分たちに被害をもたらすのか。

「足りねぇ……」

 密室、コクピットの中でカルラは呟いた。

 足りない。

 まだまだ暴れ足りない。

 トリガーを引く指も段々と機械的に。

 どこかにいないものか。

 自分を満足させる人間は。

***

 カルラはいつも一人だったの。

 たぶん、今までも。

 そしてこれからも。

 そりゃぁ、どこかの隊に配属にはなると思うけど。

「チッ……手ごたえのねぇ奴等だなァッ!!」

 私のいた隊に配属になったときもそうだったの。

 カルラを含めて5人が配属になった。

 でも、4人は私たちと一緒に行動したけど、カルラだけ違った。

 カルラだけ一人だった。

 カルラだけ孤軍奮闘していたの。

「そらそら、どうしたァッ!? アァッ!?」

 戦闘の度に彼は暴れたわ。

 彼の配属していた隊の誰よりも。

 見るだけで誰もがうらやむような戦果を上げたけど、誰も彼を賞賛しなかったの。

 何故かって?

 彼は一人で突き進んでいたからなの。

 一人で突き進んで。

 一人で敵を倒していた。

 特に、味方の事を考えずにね。

 だから誰も彼を賞賛しなかったの。

 常に一人ぼっち。

 それが彼なの。

「どうした、これが全戦力かよ……」

 私は考えたの。

 どうして彼はそんなにも戦えるのか。

 彼は一人だからよ。

 よく言うよね。

 人は支えてくれる人がいるから強くなるって。

 でもカルラは、違ったの。

 彼は一人だから強いの。

 一人でいると、周りの事を気にしないで全力を出せるから。

 彼は、一人でいるから常に全力だった。

 だから彼は戦える。

「まだだ……まだ、戦い足りねェッ!!」

 支えがあると人はそれに甘えたがるの。

 けれどカルラにはそれがいない。

 ううん、いないんじゃないかも。

 必要としていないのかも。

 元々人と群れるって言うのが嫌なのかも。

 ロイドはどう?

 支えてくれる人がいて戦える?

 ……だよね。

 それも戦うことにおいて、一つの答え。

 カルラの考えも一つの答えなの。

「おい、お前」

 カルラはね。

「シャトルを動かせるか。どうしても宇宙へ行かなきゃならないんだよ」

 カルラは。

「テメェの意見なんざ聞いてねぇよ! 動かせるか動かせないか、聞いてんだよ!!」

 カルラはだから強いの。

 だから彼はそこまで戦える。

 守るものが無いから。

 支えてくれる人がいないから。

「そうだ、そうしていれば良いんだよ……!」

***

 カルラは宇宙へと出た。

 地球軍基地を襲撃して、シャトルを奪い。

 漆黒の宇宙に、つい吸い込まれそうになる。

「良い、宇宙は良いよなァ……。落ち着く」

 いつもの荒れた彼ではない。

 非常に落ち着いている。

「さて、テメェは用無しだ。消えろ」

 ここまでシャトルを操縦してきた地球軍兵士の頭部を、ハンドガンで貫いた。

 それから何度も何度もハンドガンのトリガーを引いた。

 銃声がシャトルの操縦席に響く。

 血液が、珠となり宙を漂う。

 カルラの狂気が、シャトル中に響く。

 誰もいないシャトル。

 いるのはカルラのみ。

 殺した。

 殺してやった。

 なのに何故、心は晴れない。

 何故心はすっとしない。

 彼の心の中でもやを発しているもの。

 もの?

 物?

 モノ?

 ――――――――者。

「そうだ、あいつらだ……!」

 北欧でも。

 名も無き小島でも。

 カルラの邪魔をしたあのMS達。

 あいつらを倒さない限り。

 あいつらを殺さない限り、心の靄は晴れる事は無い。

「本国に戻るか……! 待っていろ、赤いの、青いの!!」

 死んだ兵士を荒々しく退け、操縦桿を握る。

 太陽の光。

 それに照らされるのは漆黒のMS。

 それに照らされるのは白き月。

 照らされた月を見てカルラはふと、考えた。

 確か月にも地球軍の基地があったはず。

 少しでも、暇をつぶせるのなら。

 シャトルの操縦をオートに変え、ツヴァイに乗り込んだ。

 ナビゲーションモニターに映った目的地は、月面ノースブレイド。

***

 フエンはこの日、ゆっくりと休む事にしていた。

 大きな事件に巻き込まれ、暫く基地を留守にしていた。

 ノースブレイド基地に戻ってきたのは、一週間ほど前の事。

 それまで乗っていた「タケミナカタ」と呼ばれる戦艦を降り。

 乗っていたイルミナの整備もメカニックに全て任せている。

 最近ではL4コロニー辺りがなにやら騒がしいと聞くが、今のフエンには到底関係の無いことだった。

 自分の任務はノースブレイド基地の防衛。

 それが彼の、永久任務。

「フエンー」

「姉さん」

 明るい声とともに、姉のサユ。

 その手には清涼飲料水。

 どうやら喉が渇いているだろうと勝手に思って持ってきたようだ。

 どこか温厚なサユに、同じく温厚なフエン。

 文句を言う事はまず無い。

「あの戦い、覚えてる?」

「……うん。色んな人とであって、色んな人が死んでいった。デュライドさんも今は野暮用とかでディナ・エルスに行ってるし。帰ってくるのは……少し先だって」

「そうなんだ……。寂しいね」

 二人並んで外を見る。

 地球と違って、朝日が昇ると空が明るくなることは無い。

 何時でも暗い、闇。

「タケミナカタの皆も散り散りになったし、もう会う事も無いかもね」

「うん。でも、生きていればきっと会えるよ。俺と姉さんもそうだったじゃない」

 フエンとサユ。

 もともと別のところにいたのだが、サユがある戦艦に乗ってノースブレイドに戻った。

 そこでフエンと再開を果たした。

 任務では慣れてしまっていたが、あんな形で出会う事になるとは思わなかった。

 久しぶりに姉の手料理を食べて。

 皆で談笑して。

 色々とあったあの戦い。

 でも、もう終わったのだ。

 もう休んでいいのだ。

 ふと、サユがフエンに寄り添う。

 暖かい。

 ただその感覚だけが、フエンの中に。

「ミシマ少尉……し、失礼しました!」

「あ、え、いや、ど、どうかしました!?」

 整備士の一人がフエンに声をかけた。

 姉と仲良くしてたのを見られて、頬を染める。

 整備士が気を取り直して、フエンに指令を伝える。

 すぐにフエンは飛び出し、ノーマルスーツを着る。

 彼に伝えられた指令。

 ノーズブレイドに接近中のザフト軍MS一機の撃退。

 それが指令。

「イルミナの状況は!?」

「万全だ……と言いたい所だが、バスターランチャーとメガ・ビームサーベルは使用できない! ノーマルで出てくれ!」

「了解しました。ハッチ開けて! イルミナ、出ます!!」

 ノースブレイドのハッチが開き、イルミナが発進する。

 確かに指示通り、敵機は一。

 他に戦力と思える敵影も無い。

 本当にただの一機で攻めてきた。

「あのMS……ジンともシグーとも違う……! 特機か」

「赤、青に続いて、今度は白か! 連合って言うのはオシャレだなァッ!」

 ツヴァイのビームライフルが皮切りとなり。

 戦闘は開始された。

 なるべく基地から遠ざけなければ。

 基地には兵士がいる。

 そして何より、守るべき姉がいる。

 だから、ここは少し。

 そう思った矢先だった。

 ノースブレイド基地の5つあるハッチのうちの1つが狙撃される。

 煙が立ち上る。

「な……ッ!」

「ハンッ! テメェの相手なんざしてられるかよッ! 俺は、人が殺せればそれでいいんだ!」

「お、前ェェェェッ!!」

 加速。

 イルミナが猛スピードで追撃する。

 ツヴァイはビームライフルを投げつける。

 飛んできたビームライフルを左手で弾くが、その一瞬の隙を。

 ツヴァイのメタルブレードが。

「くッ……!」

 基地に気を取られて、中々反撃に移れない。

「甘めぇ……甘めェんだよッ!」

「迷いがほとんど無い……どんだけ真っ直ぐなんだ!」

「そんな甘ちゃんは、家に帰ってママのおっぱいでも吸ってろ!!」

「真っ直ぐだけど、倒せない相手じゃない!」

 そうさ。

 あの時の戦いに比べたら。

 相手は見知らぬ兵士。

 知り合いじゃない。

(さぁ、やろうか〜、フエン!!)

(イオ・・・・どうしても戻ってくるつもりはないのか?)

(答えるまでも無いじゃん!)

 かつてこんなやり取りをした事がある。

 相手は自分の知り合いだった。

 死闘を繰り広げ。

 勝ったのは自分。

 どんなに平然を装っていても、自分の子の手は親友殺しの罪で汚れている。

「基地を守る……! そして、悪いけど、貴方を倒させてもらう!」

 イルミナの動きが変わる。

 まるでフエンの意思に呼応するかのように。

 ツヴァイに肉薄するイルミナ。

「動きが変わった……!? 面白ぇ……面白ぇじゃねぇかよぉ! お前ッ!!」

 よもやこんな辺鄙なところで上玉に出くわすとは。

 カルラも思っていなかったようだ。

 ツヴァイが迫る。

 イルミナがビームサーベルを振り上げるが。

 フェイント。

 一度動いたものは止められない。

 イルミナの斬撃は地面に直撃する。

 無重力空間の中、月面に存在している細かい粒子が漂う。

「外した!?」

「バカがッ! こんな手に引っかかるかよ!!」

 ツヴァイのメタルブレードが、イルミナの肩関節に命中する。

 関節はPS装甲で守られていない。

 コーディネイターであるカルラならば、それを狙う事など造作も無いことで。

 イルミナの左腕が落ちた。

 衝撃でイルミナの白い体が倒れこんだ。

 ダメージが大きすぎる。

「くっ……動け、イルミナ!」

「無駄なんだよ!! テメェらがどう足掻いた所で! この俺に勝てるなんざ!」

 ビームライフルを構える。

「天と地がひっくり返ろうが、無理な事なんだよ!」

 トリガーを引く。

 フエンは死を覚悟するが。

 彼に死は訪れない。

 ツヴァイのビームライフルからは微小の光が漏れただけ。

 そして装甲がグレーへと変化した。

「……くそッ、運の良い奴……!」

 撤退せざるを得ない状況に、カルラは悪態をつく。

 思いの他、エネルギーを喰っていたようだ。

 戦闘になると、細かい事に気を配らなくなるカルラの欠点でもある。

 遠ざかっていく黒いMSを、フエンは肩で息をしながら見ていた。

「……負け、た。今、俺は、負けた……?」

 もし最後、エネルギー切れが起きてなくて。

 ビームが放たれていたら、自分は死んでいた。

 完全に自分は負けていた。

 イルミナを立ち上げ、基地に戻る。

 切り落とされた左腕も回収され、すぐに修復作業に入る。

「しかし、少尉のイルミナがこんなダメージを負うとは」

「はは、まだまだ未熟ってことですよ」

「なるべく早く修理しますよ」

 そう言われて、フエンは肩を撫でおろす。

 だが、その表情は強張っている。

 自分が戦った相手の中でおそらく一番強い相手。

 それが先ほどのMS。

 技量だけなら、デュライド以上。

 またどこかで戦うことがあるのならば。

 次こそ、必ず。

***

 ミストラルは敵基地の物資の接収を終え、浮上した。

 その基地にいた兵士たちはミストラルに捕虜として捕まった、と言う事は無く。

 正規軍ではない自分たちにその効力は無いとリエンは判断。

 彼らに危害を加えることなく開放した。

 コーディネイターの彼らにとっては複雑な気分だろう。

 ナチュラルの捕虜になるくらいならば死んだ方がマシだと考える者にとっては、生きているだけマシなわけで。

 しかし、ナチュラルに情けをかけられ生き延びる。

 後世までの恥である。

 しかし、これでスカンジナビアへ向かうのに懸念された最大の障害は排除することが出来たのだ。

 スカンジナビア到着まで、残り2日。


(Phase-12 終)


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