閑話  全ては動き始めた

 オペレーション・ジャッジメント・レイが終了して三日が過ぎた。
 ワイバーンは占領した新地球連合軍パリ基地に駐留していた。
 今ネオ・ジェレイドはこの世に存在するどの組織よりも強大で、強力な組織と化した。
 そのパリで一機のMSがテスト機動していた。
 NJ−MSX−1039−EX、カルマ。
 PS装甲にGAT−X252フォビドゥンに搭載されていた「ゲシュマイディッヒ・パンツァー」と言う二重の防御壁持つ。
 ミカエルに比べて防御力は格段に上がった。
 攻撃面でも抜かりは無い。
 高性能ビームマシンガン「サイファ」とビームソード「ヴァンティア」、腰には収束キャノン「レントゥシウ」を装備。
 どれも既存の兵器を軽く超越する威力を持つ。
 エンスは機体に乗り込み早速テストを行った。
 機体の操縦性は悪くない。
 多少癖があるものの、それは今から乗り越える事ができる。
 ゲシュマイディッヒ・パンツァーを起動させる。
 フォビドゥンのそれはシールドを展開しなければ発動されなかったが、カルマのものはシールドによる発生ではない。
 機体各所に付けられた装置によって発動するため、いちいちシールドを展開する必要が無い。
 さらにエネルギーを多く注入することで機体を覆うように展開する事もできる。
 その場合気をつけなければならないのが、この機体はネオ・ジェレイドが開発した新型のバッテリーを搭載しているが新型とはいえバッテリーなので長時間の使用はできない。
 とはいえ防御に関しては右に出るものはいないだろう。
 用意されたターゲットを打ち落としていくカルマ。
 ターゲットから攻撃されるがこのMSの防御力の前では何の役にも立たない。
 テストが終了し、エンスはワイバーンに降りた。
「おつかれ、エンス」
 グリーテスが話しかける。
 後ろにはシセリアとリエーナもいる。
 ふと「いてもおかしくない人物」がいないので辺りを見回す。
 いるのは整備班のみでやはりいない。
「ゼロか?」
「え!?」
 声が裏返るエンス。
「はっはっは! 良きかな良きかな。若いって良いねぇ」
「止しなさいよ、グリーテス」
 シセリアの視線がグリーテスに刺さる。
 リエーナも珍しく睨みをきかしている。
 エンスはヘルメットを手持ち無沙汰にぶらぶらしている。
 その顔は真っ赤だ。
 グリーテスとシセリア達が何か言っているのを後ろに流し、エンスはノーマルスーツを脱いで軍服を着た。
 ゼロは帰艦してからあまり姿を見せない。
 見せても食事のときくらいだ。
 それ以外は自室にこもっている。
 ストナーをやられたのがそんなにショックだったのだろうか。
 ため息をつく。
 確かに今度の機体は良い。
 だがそれなりに愛着もあっただろう。
「まぁ、仕方ないわよね、愛機が無くなったんだから・・・・・・・」
 もう少しでゼロの機体もロールアウトする。
 それもこれも整備班、メカニックが不眠不休で仕上げた結果だ。
 なので一度はゼロも顔を出しても良いのだが。
 と、バッタリと出会った。
「ぜ・・・・・・・ゼロ・・・・・!」
「あん? 何だよ」
 いつもとあまり変わりないゼロ。
 逆にそれが怖い。
「なんか用かよ」
「あ・・・・・・ううん、なんでもないの。うん、何でも・・・・・」
「変なやつだな」
 それだけ言うとゼロは格納庫のほうへ向かっていった。

 
「あー、俺も新しい機体が欲しい!」
 廊下を歩くグリーテスが叫んでいた。
 彼の愛機、アブソリュートは地上では使えないため今は保管庫に入れられている。
 あまり使ってないのに新品が欲しいとは。
「そんな事言ったって、仕方ないでしょう? 貴方の機体は地上では使えない。あまり使わないのに新しい機体欲しくてどうするのよ」
 シセリアのもっともな意見の前にグリーテスは沈んだ。
 彼は冗談で言ったつもりだったのだ。
 よもや本気に取られるとは。
 リエーナが何かに気づいた。
 さっと物陰に隠れる三人。
 物陰から見るとゼロとエンスが話をしている。
 なんだか罪悪感でいっぱいになるシセリアとリエーナ。
 グリーテスはニヤニヤしている。
「いやぁ、隅に置けないねぇ、彼ら」
「・・・・・・・あんた、趣味悪いわよ」
「そうか?」
 シセリアの突っ込みも何のその。
 グリーテスは見続けている。
「・・・・・・? リエーナ?」
 シセリアがリエーナに言う。
「・・・・・・・・いいな」
 その一言でシセリアは気づいた。
 軍人とはいえ彼女もまだ17の少女。
 恋愛に興味を抱くのもおかしくない。
 彼氏の一人や二人が欲しいと言うのも無理はない。
 そこへ。
「じゃあ俺が彼氏になろうか?」
 グリーテスが調子良く言った。
「・・・・・ううん、いい」
 あっさりと断られた。
 がっくりと凹むグリーテスを置いてシセリアとリエーナはその場を去った。
 その場を通るワイバーンのクルーは皆、グリーテスに注目していた。

 エンスと分かれたゼロは一人、格納庫で新たな愛機を見ていた。
 既にフレームは出来上がっていて、装甲を取り付けたり武装の調整をすれば完成する。
 そこでこの前の戦いのことを思い出していた。
 イルミナ。
 この戦争が始まったときからあいつは邪魔だった。
 いつも自分の目の前にでてきて、ことごとくこちらは負けて。
 でも。
 あのときのイルミナは違った。
 勝つ負けるよりも何か、狂気にとりつかれていて。
 ゼロが倒したいのはあんなイルミナではない。
 ちゃんとした強いイルミナと戦いたかった。
「くそっ・・・・・・・胸糞悪い」
 見上げた先にはMS。
 まだ生まれていない、MS。
 ゼロは密かに気づいているのかもしれない。
 何が正しいのか。
 このまま自分はハイウェルについて行っていいのか。
 答えは、自分の中にある。
 
 翌日。
 ゼロは再び格納庫にいた。
 昨日よりも作業が進んだMSにゼロは目を向ける。
 ストナーと同じく機動性重視のMSなのだが、ストナーよりも火力はアップさせるとの話。
 ストナーをあれだけ使いこなしていたのだから、問題は無いと思われる。
「あれ? ゼロ」
 声のした方向を向く。
 ノーマルスーツに身を包んだエンスだ。
 今日も特訓なのだろう。
 ヘルメットを装着してコクピットに乗り込むエンスをゼロは見ていた。
 エンスのカルマが出て行く。
 そして何故かグリーテスの乗るベルゼブも出た。
 実戦に近い特訓をつむ事でより機体の特性を知る事ができる。
 その相手がグリーテスとは。
ゼロにしてみれば良いのか悪いのか。
 なんとも微妙だった。
 そう思ったものの、なんとなく気になったので見学する事にした。
 新しい機体でエンスがどれだけやれるか、見ものだ。
 早速グリーテスのベルゼブが走った。
 地上では無類の強さを誇るベルゼブだが、相手は新鋭機。
 どこまで戦えるか。
 ビームサーベルを抜いてカルマを斬ろうとする。
 だがカルマの防御力の前では本来の威力を発揮することができない。
 距離をとって100ミリマシンガンを撃つ。
 今度はPS装甲で防がれた。
 今まで防御に回っていたカルマが動いた。
 ビームマシンガン「サイファ」でけん制している。
 そして至近距離でビームソード「ヴァンティア」を振るう。
 ものの見事にベルゼブの左腕をもいだ。
『だっ・・・・・・・大丈夫ですかっ!?』
『ああ、何とか・・・・・。ってか、手加減をしろよ!』
 そんな通信が外にまで響いている。
 勝敗は決した。
 ゼロは格納庫へ戻った。
 格納庫にはシセリアとリエーナがいた。
 何時来たのかは知らないが、製造中のMSを見ている。
「何してんだよ」
「ああ、ゼロ。ねぇ、その口の聞き方何とかならないの?」
「無理だね」
 吐き捨てるように言う。
 で、機体の話になった。
 シセリアのオルフェウスと完成したら勝負したいと言う事をゼロは告げた。
 オルフェウスが今のところ一番強いからだ。
 それを快く承諾したシセリア。
 一人取り残された感じがしたリエーナは寂しそうに見ていた。

 一方唯一陥落しなかったパナマ基地では、復興作業が行われていた。
 基地に残っていたパイロットやロイドたちを総動員して基地を直していく。
 資材を運ぶMS。
 その傍らで、半壊したイルミナがドックに入れられていた。
 損傷が激しいため下手をすれば使い物にならなく可能性がある。
 イルミナの足元でリエンとサユ、メカに詳しいアスランやキラが話し合っていた。
 イルミナを直すついでに改修するかしないか。
 改修したほうが戦力的に安心するし、何より強くなるのは良い事。
 が、このパナマの状況でそれは難しい。
 基地の復興だけでも忙しいのに、それに加えてMSの改修など。
 やはりイルミナはこのまま諦めるしかないのだろうか。
 そんな可能性が濃くなったとき。
 だが直さなければフエンが目を覚ましたときにどうなるか。
 直すにしても改修するにしても、今のパナマ基地ではどうする事もできない。
 それでもやれるだけやっておくことに。
 今の状況で出来そうなのは脚部を直し、改修するくらい。
 これくらいなら今のパナマでも何とかなりそうだ。
「アスト、ちょっといいか?」
 アストを呼ぶリエン。
 いきなり呼ばれたので戸惑うアスト。
「お前も手伝ってくれ」
「お・・・・俺もですか・・・・・?」
 アストは困った。
 今、資材を運んでいる途中なのだ。
 ここで止めるわけにもいかない。
「すいませんが・・・・・・また後にしてくれませんか? 今向こうの作業で手一杯なんですよ」
「そうか、いや、すまなかったな」
 どうしたものか。
「ていうか、ノースブレイド基地の人に来てもらえばいいんじゃないですか?」
 サユの提案。
 何でこんなにいてすぐに出てこなかったのか。 
 すぐにノースブレイド基地に連絡する。
『ええ!? 今は無理ですよ。なんか地球軍のお偉いさん達がこの基地に押し寄せてきてるんですよ』
「お偉いさん達って・・・・・・ギルスさん達だわ。ねぇ、どうにかならない?」
『無理言わないでくださいよ。・・・・・・でもイルミナをこちらの基地に運んで改修するくらいならできるかも』
「じゃあ、お願いしてもいいかしら?」
『サユさんの頼みじゃ断れないな。OK! 明日にでもそっちに何か遣すから』
 これでイルミナの問題は片付きそうだ。
 あとは基地復興中に敵が攻めてこない事を祈るしかない。
 せっかく直しているのだ。
ここで敵に攻められたら全ては水の泡。
 そんな気持ちが皆にはあった。
 敵もあれだけの戦力を投入したのだ。
 ちょっとやそっとでは体勢を立て直せまい。
 とにかく今は一刻も早い復興と、イルミナを改修する事が先決。
 後のことはそれからだ。

 で、再びパリ。
 今度はエンスではなくハイウェルがノーマルスーツを着ている。
 と言う事はセクエンスが出るのだ。
 セクエンスの性能は誰も知らない。
 未知数の機体。
「ハイウェル・ノース、セクエンス、出るぞ!!」
 出撃したと同時に射出されたターゲットをMMP-01「バルク・ビームライフル」で打ち落とす。
 その正確無比な射撃能力に皆が驚く。
 次にターゲットに接近してMAP−07「フィウス・ビームサーベル」で切り裂く。
 速く、そして正確なその攻撃は機械ではないかと疑わせる。
 ハイテンポでターゲットを落としていく。
 腹部服列位相エネルギー砲「スキュラ」でまとめて撃墜する。
 強いを通り越して恐ろしささえ感じる。
 鬼神の如きとは正にこの事。
 ハイウェルは指揮官としては優秀かもしれない。
 だが組織をまとめるものとしてはどうか。
 現にシセリア達はロイドの事を未だに心配しているのだ。
「ったく、見せびらかしてよ。気に入らねぇぜ」
「そうはいってもね、グリーテス。これが現実だから仕方が無いのよ」
 シセリアが論す。
 そしてセクエンスを見る。
 灰色のボディーに強力なまでの兵器。
 かの「プロヴィデンス」を髣髴とさせる。
 やや低めの口調でシセリアは続けた。
 その語らいを他の仲間は黙って聞いていた。
「あの人は確かに力があるわ。でも、下で働くものを馬鹿にするのは、上に立つものとしてやってはいけない事よ」
 そこでゼロは思い出した。
 ミカエルが大破させられ、ハイウェルが直してやるといった時の事を。

 壊れた道具はとっとと補充する。それは当たり前だろう

 道具。
 自分達は道具?
 違う。
 自分達は意思がある。
 自分で考え、行動できる。
 決して道具ではない。
 今思い出しても虫唾が走り、怒りがふつふつと湧き上がる。
「彼は結局、力だけ。上に立つべき人物ではないのよ」
「ああ、そうだ」
 ゼロが声を出す。
「あいつは俺達の事を道具としか見ていない。クズだ。ゲスだ。ゴミ以下だ!」
 これだけ怒りをあらわにしたゼロは珍しい。
 グリーテスも続く。
 だがその意見はどこか消極的だ。
「でも、だ。俺達があいつに逆らえないのは、俺達が弱いからだ」
「・・・・・・・・・うん」
「だから、もっと強くなる。俺達の手で、あいつを・・・・・・・倒す!」
「まぁ、こんな話ここでするもんじゃないけどね」
 シセリアは言うだけ言って、彼女はその場を去った。
 グリーテスもリエーナと共に、モニターの前を去った。
 残されたゼロとエンスもやがてそこを去った。
 入れ違いでハイウェルが入ってきた。
 セクエンスのテストを終え、どこか満足げな表情を浮かべている。
「ハイウェル様」
「どうした、ヴェイグリート」
「先ほどオーストラリア、シドニー基地の隊長から通信がありまして、パナマ侵攻を許可されたいと」
「ほう。それは突然だな」
「ええ。ですので許可は出していませんが、いかがいたしましょうか?」
 ハイウェルが考える素振りを見せ、出した決断は。
「好きにしておけ」
「は?」
「好きにさせておけばいい。今のパナマは壊滅状態だ。シドニーの連中だけで十分だろう」
「了解」
 ヴェイグリートが立ち去り、ハイウェルは含み笑いをした。
 パナマを落とせば、地球全土を手に入れたも同然。
 それを思うと笑いがこみ上げてくる。
 いよいよだ。
 全てが手に入る時が近づいている。
「くくく・・・ははは・・・・ハーーーッハッハッハッ!!」
 
「これはどういうことだ!」
「申し訳ない・・・・」
 暗い闇に包まれた会議室。
 男は声を荒げ、座っている六人の地球軍仕官を指差した。
「大体貴様らがノロクサやっているから地球がこんな事になったんだ! そう、全ては貴方らの責任だ!」
「そんなことを言われても、やつらは突然襲ってきたんだ! 我々とて」
「言い訳はご無用」
 男の声に遮られる士官の声。
 男が何かのスイッチを押すと巨大なモニターが広がった。
 ここは月面ノースブレイド基地の会議室。
 部屋の前には立ち入り禁止と書かれた看板が立っている。
「やつらに我々の地球を奪われてなるものか! 忌まわしきコーディネイターのことでも手が一杯だというのに・・・・・!」
「落ち着いたらどうかね、ジブリール。ここは彼らに任せようじゃないか」
 ロード・ジブリール。
 そう呼ばれた男は振り向き、叫んだ。
「彼ら? 彼らとはあの「ファイナリィ小隊」か!? はっ! ふざけた事をおっしゃいますな! 彼らはパナマを守れなかった! つまり彼らは地球などどうでも良いのだよ!」
 無茶苦茶な考えを振舞うジブリール。
「それは違うな」
「何・・・・?」
「彼らは精一杯やってくれた。彼らは地球がどうなってもいいなど考えていない!」
 ギルスが弁明する。
 パナマ基地でファイナリィ小隊と一番触れ合った彼だから言えること。
 ジブリールは少しうつむいた。
 そして。
 乾いた発砲音が響いた。
 ギルスの体から鮮血が溢れる。
「・・・・・・・・・・・・・・綺麗事だな」
 他の仕官は全員下を向いている。
 ジブリールの声だけが響く。
「全ては、青き清浄なる世界のために・・・・・・」



 (閑話  終)



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