第二十三章 パナマ、陥落す
ネオ・ジェレイドオーストラリア、シドニー基地。
ここから二隻の潜水空母がパナマに向かうため準備をしていた。
既にハイウェルから許可を取っていて、MSが空母に搬入される。
ここでパナマを落とせば戦局は大きく動く。
この部隊の役目は大きい。
搬入作業を終えて、空母が発進した。
ゆっくりと進む潜水空母。
予定では明日の午後に到着する予定だ。
そして発進した事はハイウェルにも伝えられた。
「そうか。発進したか」
「はっ」
「まぁこれでパナマも落ちたな。今のやつらに守れるだけの戦力は無い。ファイナリィ小隊と言えどもな」
グラスのワインを飲み干す。
さあ、待ちに待った時が迫っている。
ハイウェルの口元がゆがんだ。
そんな中、パナマの医務室ではフエンが眠っていた。
一向に目覚める気配も無く、ただただ昏睡状態が続いている。
別途の横にはサユとエメリアがいる。
二人とも悲しい目でフエンを見ている。
「はぁ・・・・・どうしよう。このままフエンが目を覚まさなかったら・・・・」
「そういうこと言わないほうが良いわよ。あなた、家族なんだから」
「分かってるけど・・・・・でも」
サユの目に涙が浮かぶ。
彼女の両親はとっくに他界していて、家族と言えるのはフエンだけ。
ここでもしフエンも他界してしまったらサユはどうなるだろう。
エメリアの手がサユの頭を撫でた。
サユガ顔を上げるが涙やら何やらでくしゃくしゃになっている。
そんなサユに小さい声でエメリアは言った。
大丈夫だから、と。
そんな医務室にデュライド達がやってきた。
病院の見舞いのようにフルーツバスケットを手に持っている。
早速りんごの皮を剥いて、ウサギ型に切るサユ。
エメリアは人数分の椅子を用意した。
ちなみにやってきたのはデュライド、ロイド、アスト、ラグナの四人。
「で、何か用なの?」
「用なのって・・・・一つしかないだろうが」
ラグナが言う。
残りの三人が頷く。
「見舞いだ見舞い。フエンには早くよくなってもらわなきゃ困るからな」
「まぁな。こいつがいないとどうも調子狂う」
デュライドが頭をかく。
照れているのか、はたまた違うのか。
「でも起きたところで機体は修理中だし」
「しかも、月に送るんですよね? うーん・・・・・」
ロイドとアストの話が最後で、それから誰もしゃべらなくなった。
今からイルミナは月へと運ばれ、新しい力を得る。
このまま、何も無しに進めばよいのだが。
そんなことはあり得ないと分かっていても、つい思ってしまう。
そこが人間の弱い部分なのだが。
医務室でフエンの様子を見る六人だが、突然リエンに呼ばれた。
なんでも重大な話があるらしい。
急いでリエンの元へ。
部屋に入るとリエンは珍しく真剣な顔をしていた。
「話とは?」
ロイドが切り出す。
「ああ、これを見てくれ」
モニターに映し出されたのは一枚の写真。
真っ青な海がそこに写っている。
この写真が何だと言うのか。
ロイド達には見当もつかない。
一部を拡大してみる。
そこには巨大な影が二つ、映し出されている。
「これは・・・・・・」
「この大きさだと、潜水空母か?」
「そうだ。これは先ほどオーブから送られてきたものだ」
オーブと聞いてカガリの顔が浮かんだ。
情報提供はありがたい。
しかしこういうことは行っても良いのだろうか。
外交問題とか、何とかに引っかかるのでは。
そんなことも言ってられないのが現状なのだが。
「で、この基地はどうするんです?」
「無論、応戦する。だが」
濁る声。
皆がリエンを見る。
「今の俺達の、戦う理由って何なんだ?」
「理由・・・・・ですか?」
静かに頷く。
いまや地球軍は疲弊し、地球上で残った基地はこのパナマ。
知る限りでは月面ノースブレイド基地に地球軍の上層部が押しかけたらしいが。
基地を占領され、兵士の士気は下がるばかり。
そんな地球でリエン達は何を守ればよいのか。
それを見失いつつある。
守るもの。
守らなければならないもの。
それは果たして。
リエンの提案は一応採用され、兵士達は戦闘に備える事になった。
緊張が生まれた。
もしかしたらこの敵が攻めてきて、パナマは陥落するかもしれない。
そうしたらリエン達はどこへ向かうのか。
どこへ向かい、何を守り、どう生きるのか。
それはまだ分からない。
分からないが。
前に進まなければならない。
自分達は戦場で生きる者として。
後退は許されない。
背を向けたら殺される。
そんな世界に生きるのだから。
憂鬱ともいえる時間が過ぎ、次の日。
警報が鳴り響いたのは正午だった。
レーダーに映る無数の機影。
更に二隻の潜水空母。
昨日オーブより提供された写真の部隊と判断した。
早速出撃するMS達。
パナマを失うわけにはいかない。
誰からもいつもとは違う雰囲気が出ている。
午後十二:〇五時、パナマにおいて戦闘が開始された。
ロイドのディフェニスが、キラのフリーダムが。
それぞれの考え、思いをMSに乗せて敵と戦っている。
物量で言えば向こうのほうが上だ。
しかしいくら数で攻めてきてもファイナリィ小隊は強い。
少しずつ差が開いていく。
だが敵も何の考えも無しに攻めてきたわけではない。
パナマに紫電が走り、MSが操縦不能になった。
「これは・・・・・・・グングニールだと!?」
ロイドが呟く。
大戦時、このパナマにおいてグングニールが使用された。
その時はロイドが始めてMSに乗り出撃した時でもあった。
舌打ちをした。
「どうしてこんなものを奴らが?」
ヴェルドが言う。
その答えをロイドが言った。
「ネオ・ジェレイドは地球軍、ザフト、双方の開発力を持っている。もちろん、やつらにかかればジェネシスだって作れる」
『そんな・・・・・』
エイスの感嘆。
ここぞとばかりに敵MS軍が攻めてきた。
このままでは、全滅してしまう。
フエンはまどろみの中にいた。
暗く、何も見えない。
自分の輪郭さえも。
そもそも自分が人間なのかすら危うい。
分からない。
どうして自分はここにいるのか。
脳裏にこの間の戦闘の事が蘇った。
そうだ。
自分は「M.O.S」の負荷に耐えられなくなって。
そこから先は覚えていない。
どの位目覚めていないのだろう。
光が恋しい。
前方に何かが現れた。
何だろう、人間か?
いや、それすらも分からない。
フエンはまどろみの中で訊ねた。
「君は・・・・・?」
「・・・・・・・」
反応が無い。
もう一度試みる。
「君は・・・?」
「俺は・・・・・・・君さ」
はっきりと浮かぶ男の輪郭。
それはフエンそのもの。
もう一人の自分と出会ったのだ。
フエンは聞いた。
どうしてこんなところにいるのか、と。
フエンは答えた。
「それは君が逃げているからさ」
「逃げている? 俺が?」
逃げているのだろうか、自分は。
そんなはずは無い。
絶対の自信を持っているのに、何故だろう。
どこかに不安がある。
「そう。戦う事から君は逃げている。でなければもうとっくに目を覚ましている」
「ウソだ・・・・・・・。そんなのウソだ! 俺は逃げてなんかいない!」
「果たしてそう言いきれるか?」
背筋に刃物を突きつけられた。
そんな感触がした。
「言い切れないよな。今のお前には不安がある。また暴走したらどうしよう。また皆に迷惑をかけてしまう。その弱い考えがお前を戦闘から遠ざけているんだ!」
「・・・・・・・・・・・・」
「お前が思っているほどに、皆は迷惑だと思っていないさ。暴走したのは仕方がない事。だからお前は」
「俺は」
『目を覚まさなければならない』
医務室で、フエンは目を覚ました。
誰もいない医務室で。
フエンは一人立ち上がった。
ノーマルスーツを着て、格納庫へ向かう.。
「え・・・・・・? ふ・・・・・・フエン!? お前、どうして!!」
「説明は後です。イルミナ、出ます!」
今のイルミナは損傷が激しいが、何とか使える。
イルミナがファイナリィから出撃した。
整備士は慌ててブリッジに連絡した。
ブリッジでは大騒ぎとなっていた。
フエンが目を覚ましたと言うのだから。
そのころの戦況はいつの間にかこちらが不利になっていた。
「グングニール」によってMSが動けない以上、どうする事もできない。
グングニールを発生させている装置か何かを破壊できれば・・・・・・。
そんな戦場にイルミナが飛来した。
ボロボロの体で戦場に立った。
「何でイルミナが・・・・?」
『皆さん、大丈夫ですか!?』
その声に全員驚いた。
フエンだ。
彼が帰ってきたのだ。
グングニールの影響を受けていないのはイルミナのみ。
イルミナが走る。
片方しかない腕でビームサーベルを抜き、敵を倒していく。
敵も油断していたのか、イルミナの前に成す術も無く散る。
そしてフエンは海岸から空母を見つけた。
スラスターを噴かして大きくジャンプした。
ビームライフルに持ち替え、エネルギーを注ぐ。
照準用のスコープを出して、狙いを定めた。
カーソルが重なる。
トリガーを引いて、空母を攻撃する。
まっすぐにビームが発射され、空母を貫いた。
あけられた穴から海水が浸水し、空母は瞬く間に爆発した。
だが不利な事には代わりが無い。
グングニールの電磁パルスを追い払うためにロイド達のMSはエネルギーをかなり消費した。
リエンから一時帰艦指令が出され、フエンたちはファイナリィに帰艦した。
補給を受けるMSの傍らでフエンに群がるデュライド達。
その気持ちも分かるが今は仮にも戦闘中。
補給が終わればすぐにでも出撃する事になる。
「でも、状況はなんら変わってませんね」
キラの声で現実に戻される。
補給をして出撃したとしても、グングニールの餌食になってしまう可能性がある。
まずはそれをどうにかしないとならない。
最終的にどうするかはリエンに任せるとして、とにかく今はMSの補給がすむのを待っていた。
その間、ファイナリィが敵MSの足を止めている。
少しでも早く出撃しないといずれファイナリィが落とされる。
整備士がヴェルド、エイス、アルフを呼んだ。
彼らのMSはエネルギー効率が半端無く良い。
武装数も少ないので減りは少ない。
ヴェルド達は出る気だ。
「俺達が食い止めてやるよ」
「でも、下手をしたらヴェルドさん達・・・・・」
「なぁに、余裕余裕! 行くぞ、二人とも!」
「はぁい」
「ったく、しょうがない・・・・・・」
三機のMSが出る。
フエンは妙な不安感に駆られていた。
ソルティック、イクスダガー、フェルが出撃し、大地に立った。
目の前には敵機の大群。
臆している暇は無い。
「さて、これが俺達の「最後」の戦いになるかもな」
「うぅ・・・・・・そういう事言わないでください。でも、不思議ですねぇ」
「何が」
「最後にこの三人で出撃出来てよかったです」
エイスの声が嫌に心に残る。
暫くの間が空き、ソルティックの手にビームサーベルが握られた。
そして、ヴェルドの顔から笑顔が消えた。
「・・・・・・・・いくぞっ!!」
ソルティックが走り、二機が続く。
フエンはイルミナの足元にいた。
手にしたヘルメットを被ろうとする。
だが誰かにその手を止められた。
ロイドだ。
その顔は険しい。
「止めろ」
「でも、ヴェルドさん達、死ぬ気だ・・・・・・! そんな事、させない・・・・!」
ロイドはフエンの心からの願いを聞いた。
彼にも分かっていた。
出撃すると言ったヴェルド達の覚悟を。
彼らは―特にヴェルドは一度覚悟を決めた事はやりとおす。
大戦を共に戦い抜いたロイドが言うのだ。
ファイナリィ艦内に振動が走った。
動いている。
ヴェルド達を残して。
フエンはその場にへたり込んだ。
そして泣き叫んだ。
やっと、目を覚ましたと言うのに。
また戦えると思ったのに。
「泣くなフエン・・・・・・・・。俺だって・・・・・俺だっ・・・・て」
パナマを後にして旅立つファイナリィ。
数分後、パナマ基地から爆発と思しき熱源が確認された。
パナマを脱出したファイナリィは太平洋上にいた。
これからどうするか。
それをリエンは考えていた。
多大な犠牲を払っても結果はこれだ。
クルーの士気が下がりきっていた。
リエンの頭に一つの考えが浮かんだ。
「・・・・・・・・宇宙に行こう」
「えぇっ!?」
「月面基地に行って、分からずやの上層部を一発殴りたい」
その目には怒りが渦巻いている。
ヴェルド達を失ったのは自分達の責任だ。
だが、こっちはパナマを守ろうとしたのに上層部は何もしなかった。
腐りきった上層部に本当の嫌気がさした。
そう、上層部は大戦と同じ事をしたのだ。
これからファイナリィはどうするのか。
そしてネオ・ジェレイドとの戦いは熾烈を極める。
(第二十三章 終)
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