第九章 歴史は繰り返された

 C.E..72、11月16日。
 ディザイアではロイドが演説を行っていた。
 兵隊が規則正しく並んでおり、ロイドの声は鬼気迫るものがあった。
「先の大戦で停戦協定がとられた! しかし、水面下ではナチュラルとコーディネイターは対立を繰り返している!このままでは世界は腐り、破滅へと向かう! そうなる前に、我々ネオ・ジェレイドが鉄槌を下そうではないか!」
 演説もいよいよクライマックス。
 ロイドの声も高まる。
「そう、我らはナチュラルとコーディネイターがともに共存し、助け合う世界を望んでいる! そしてこの作戦の先にその世界があることを切に願う! オペレーション・レイズブレイド、発動せよ!!」
 瞬間、ネオ・ジェレイドのオペレーターから全世界に潜んでいるネオ・ジェレイドの兵士に指令が下った。
 オペレーション・レイズブレイドは大戦時の「オペレーション・ウロボロス」、「オペレーション・スピットブレイク」に似た作戦。
 今、地球のあちこちではレイスが起動し、主要となる新地球連合軍の施設を破壊している事だろう。
 演説を終えたロイドは自室へ戻り、軍服に着替えた。
 ロイドはシセリア達精鋭部隊と行動を共にするためだ。
 幸い、ネオ・ジェレイド本部にはリスティアが残る。
 きっちりと服を着て、部屋を出ようとした時、
「入るぞ」
 一人の男が入ってきた。
 ハイウェル・ノース。
 ロイドにフールを渡すためにカードキーを渡した男。
 ハイウェルがロイドの肩に手を置き、祝福の声をかけた。
「この作戦が終われば、この世界は変わる。ハイウェル、ありがとう」
「何言ってる。お前の力だろうが」
 ハイウェルが肩を叩く。
 あまりの力の強さに顔をしかめるロイド。
 時計を見ると出港の時間が近づいていた。
 ロイドはハイウェルに「行ってくる」と言うと、部屋を出た。
 
 ネオ・ジェレイド高速戦闘艦ワイバーン。
 その近くにシセリア達はいた。
「遅いですね、ロイドさん」
 エンスが腕時計を見る。
 集合時間を五分過ぎている。
 ロイド達のMSはもう搭載作業が終了している。
後はロイドが到着するのみ。
「ま、あの人も時間にルーズなところがあるからなぁ」
 グリーテスが言った。
 以前グリーテスはロイドと飲みに行った事があったが、その時も多少時間を過ぎて登場した。
 以外にもグリーテスはロイドと気が合うのだ。
 リエーナとシセリアは話をしている。
 この作戦についてなのか、それとも別の話なのか。
 ゼロに至っては誰とも口をきいていなかった。
 というのも、この間エンスがゼロの家に来て以来気恥ずかしくなったのだ。
 その事を思い出して俯くゼロ。
 だが。
「どーした、ゼロ! 元気ないじゃないか!」
「うわ!!」
 突然グリーテスがゼロに覆い被さった。
 バランスを崩し、倒れるゼロ。
「何しやがる!!」
「何って、元気が無いから声をかけたんだろ」
「普通にかけたら良いだろうが!!」
「だって、普通じゃつまんないじゃないか〜」
「て・・・・・テメェ・・・・!」
 ゼロの拳が握られる。
 慌ててエンスが止めようとするが、ロイドが現れた。
「どうした」
「あ、ロイドさん」
 ロイドは手に荷物を持っている。
 旅行に行く時のようなあのカバンだ。
 誰もそんなに荷物を持っていないのだが。
 とりあえずロイドも来たので六人はワイバーンに乗り込んだ。
 ザフト軍のナスカ級高速戦闘艦を参考に作られたワイバーンはやはりどこかナスカ級に似ていた。
 武装もさることながら、外見の特徴も似ていた。
 MS搭載数は六。
 ギリギリのところで全機搭載する事ができた。
 ネオ・ジェレイドから発進したワイバーンはオケアニス二隻を連れて、その優美なる姿を宇宙に現した。

 一方、地球でネオ・ジェレイドのMSが現れたとの報告を受けてフエン達。
 つきも大分後ろに流され、ディザイア到着までもう暫くと言うところだった。
「どうしますか、リエン大佐」
 マリューがリエンに訊ねた。
 今ここで戻ったとしてもネオ・ジェレイドは攻めてくる。
「このままディザイアに向かう。まずは俺達で元を断つ!」
 元を断てば地球への進行も遅れるだろうと踏んだのだ。
 その判断が吉と出るか凶と出るかはもう少しすれば分かる事だった。
 そんな頃、フエン達MSパイロットは食堂に集まっていた。
 総勢十人が一同に会したのはこれが初めてだった。
なかなか豪勢な光景だ。
 だが、皆の顔はどこか緊張していた。
 敵はロイドの率いるネオ・ジェレイド軍なのだから。
「なあ、黙ってないで何か話そうぜ?」
 そう言ったのはヴェルドだったが、反応したのはわずか数名。
 暫く重苦しい空気が辺りを包んだ。
 そんな空気を切り裂いたのが、エイスだった。
「あ・・・あのう」
 恐る恐る手を上げるエイス。
 皆が一斉にエイスに注目する。
「何かゲームでもしませんか? しりとりとか・・・・」
「そうだな・・・何かやって気でもまぎらわすか。で、何をするんだ?」
「えっと、それは・・・・」
 そこでヴェルドが勢い良く手を上げた。
「はーい、はいはいはーいっ!! 腕相撲なんかどうだ!?」
『パス』
 ヴェルドの意見は満場一致で否決され、皆で何をするか考えた。
 すると次第に皆が声を掛け合い、食堂が騒がしくなるほどまでに発展した。
 これがエイスの狙った事なのかどうかは知らないが(おそらく、何も考えていなかっただろう)、とりあえずこれで皆の中の緊張は解けた。
 その後も話題は広がりを見せ、何故か個人の自己紹介にまで発展した。
まるで軍隊ではなく学校の中の一クラスのような雰囲気であった。
 そんな食堂内、いや艦全体に第二戦闘態勢が発令された。
 第一戦闘態勢ではない。
 何があったのか。
 フエンは艦内電話でリエンに訊ねた。
『ファイナリィのレーダーがネオ・ジェレイドの艦をキャッチしたんだ。敵はまだこちらに気付いていないみたいだ』
 敵が気付けば何れは戦闘になる。
 フエンは電話を切り、ノーマルスーツに着替えた。
 第二戦闘態勢が発令されてから二〇分。ついに第一戦闘態勢発令された。
 フエン達はMSに乗り込み、OSを立ち上げた。
 敵艦はこちらに気付き、MSを発進させてきたという。
 各MSのコクピットに敵についての情報が流れる。
『敵はGタイプのMSが五、レイス三十、戦艦三です! 気を付けて下さい!』
 リィルの声が響く。
 その声の後ろではリエンが指示を出しているのが聞こえた。
 三つのカタパルトハッチが開いた。
「フリーダム、キラ・ヤマト、行きますっ!!」
 右舷のハッチからキラの駆るフリーダムと、アスランのイージスセカンドが出撃する。
 今回、カガリのストライクルージュは整備が間に合っていなかったので発進は見送られた。
 続いて中央のハッチからアウスレンダガー、エールダガー、フェルが発進する。
 最後の左舷のハッチからイルミナ、ジャスティス・ブルーナイト、ストライクブルーIWSP、ヴァイオレントが出た。
「イーゲルシュテルン、バリアブル、ギガノフリート起動! イーゲルシュテルンは自動掃射に切り替えるんだ!」
 ファイナリィのイーゲルシュテルンが弾幕を張った。
 レイスが近づくがその弾幕にダメージを与える事がなかなか出来ない。
 そこでバリアブルが火を吹いた。
 加速した弾が敵を貫く。
 ファイナリィに近寄る敵は意外と少ない。
 MS隊が上手く押さえているのだ。
 ファイナリィは迫り来る敵の攻撃を避け続けた。

 ヴェルドは焦っていた。
 なぜならアウスレンダガーの調子が悪いのだ。
 反応速度が遅れ、被弾してもおかしくない状況が何度もあった。
 今もトリガーを引くが、発射されたのはコンマ単位遅れてしまった。
 戦場ではコンマ単位のミスでも死にいたることがある。
 徐々に押されていくアウスレンダガー。
 ついにレイスのビームマシンガンがアウスレンダガーの左腕を貫いた。
 滲む汗がヴェルの頬を伝う。
 間髪与えず右足が吹き飛ばされ、更にメインカメラにも異常が出始めた。
 サブカメラに切り替え、敵の位置を確認する。
 モニターを見ると、先ほどのレイスはエイスが抑えているらしい。
 ヴェルドはファイナリィに帰艦すると伝え、戦場を離脱した。
 その様子をエイスはモニターの隅において見ていた。
 アルフのフェルはネオ・ジェレイドのオリジナルMSと戦っている。
 エールダガーのビームサーベルがレイスを切り裂いた。
 そして、エイスはフェルを見た。
 フェルは流石に手を妬いていた。
 仮にも敵はネオ・ジェレイドのオリジナル機。
 フェルがビームライフルを撃つものの、敵にはあたらない。
 敵機は見慣れないMSだった。
 何故か背中にはIWSPパックが装備されているが、所々の装備が変わっていた。
「くっ・・・・このパイロット、やるな」
 アルフはビームサーベルで接近戦を試みた。
 敵もそれに乗り、腰のサーベルを抜く。
 ビーム粒子が散り、辺りを明るく照らす。
 鍔迫り合いが続いたが、不意に敵機が視界より消えた。
 慌ててレーダーで探るアルフ。
 アラートが鳴り響いた。
 上からのレーダー照射、敵機は確実にフェルを狙っている。
「・・・・・・」
 敵機のライフルが放たれた。
 それは確実に命中するはずだった。
 だが。
 アルフの脳裏に何かがよぎった。
 誰かが呼ぶ声、いや、叫んでいる。
 聞き覚えがある。

アルフ―――――――――――。

「なめるなああああああ!!」
 全ブースターを噴かし、機体の姿勢が不自然にそれた。
「な・・・・」
 ビームサーベルを手に突進する。
 敵機の反応が僅かに遅れた。
 背中のIWSPパックをパージする。
 ビームサーベルは敵機本体ではなくパックを貫いていた。
 パックが貫かれてはどうにもならない。
 敵機のパイロット、リエーナはそう判断しワイバーンへと戻った。

 フエンのイルミナはこの間のMSと戦闘していた。
 敵のMSの情報はすでにイルミナのライブラリに入っていた。
 NJ-MSX1025ストナー。
 機動性重視のMS。
 イルミナのビームライフルが易々と避けられている。
 それならば、とビームサーベルを抜く。
 斬りかかるが敵機の起動性能の前にビームサーベルすら命中しない。
「くっ・・・・リエン大佐、ゼオ・ブースターを射出してください!!」
『分かった』
 ファイナリィからすぐにゼオ・ブースターが射出された。
 ゼオ・ブースターはストライクのストライカーパックのようなエネルギーパックとしての性能は備えているものの、ストライカーパックに比べるとその性能は劣る。
 しかし、機動性能は格段に上がる。
 ゼオ・ブースターを装備し、再びストナーに挑むイルミナ。
 今度は互角のようだ。
「ちっ! こいつ、そんなに殺してもらいたいのかよ!! なら、殺してやらあ!!」
 30ミリ低エネルギービームライフルによる威嚇射撃の後、加速でイルミナの懐に潜った。
 ストナーのツインカメラアイが光る。
 今からではゼオ・ブースターの加速でも間に合わない。
 ストナーのビームサーベルが光る。
 が。
 ビームサーベルが弾き飛んだ。
 モニターに写るのはデュライドのヴァイオレイント。
『フエン、無事か!?』
「あ、はい!」
 ヴァイオレントの45ミリビームライフルが放たれる。
 その間に体勢を立て直すイルミナ。
 思ってもいない敵の援軍にゼロの苛立ちは最高まで達した。
「テ・・・・メェらぁ・・・・・!! 調子に乗るんじゃねええええええっ!!」
 漂うビームサーベルを手にし、もう一本のビームサーベルを抜き払う。
 キレたゼロは何をするか分からない。
「死ね死ね死ね死ね死ね、死ねえええええええっ!!」
「このっ!!」
 それは一瞬だった。
 ストナーの頭部が吹き飛ばされ、そして両足をもぎ取られた。
 モニターが‘落ちて’、ストナーは宇宙空間に漂った。
 コクピットにエンスの声が響くがそれさえも耳に入らない。
 ゼロの頭には、イルミナに対する憤怒の思いしかなかった。

 ロイドは静かに戦局を見ていた。
 圧倒的に不利と感じ、ワイバーンのブリッジを出る。
 すでにワイバーンにはストナー、ストナーを運んできたミカエル、リエーナのドレッドノートが帰艦している。
 ロイドはノーマルスーツを着てディフェニスのシートに座った。
「ロイド・エスコール、ディフェニス、出るぞ!!」
 加速による一瞬のGでシートに押し付けられるが、それも無くなった。
 ディフェニスは敵MS群目掛けて、加速した。
 最初の獲物は105ダガー。
 パイロットは戦闘スタイルから言ってエンスと判断した。
 敵MSの中でも性能は低い。
 やはり量産型MS、性能の差は埋められない。
 軽くあしらい、次の獲物を探すロイド。
 いつになれば、ナチュラルとコーディネイターが共に暮らせる世界を作る事が出来るのだろう。
 ハーフコーディネイターと言われているがロイドはナチュラルとコーディネイターの両方の「痛み」を分かっている。
 自らの手で生み出した者が、自らよりも優秀になり自分達をいとも簡単に追い抜いていく苦しみに耐えられなくなった者達。
 望んでも無いのに生み出され、生み出したものの都合で阻害されていく者達。
 その双方の「痛み」、「苦しみ」、「怒り」を生み出したのは何だ?
 自分たち人間か?
 いや、その人間達を生んだのは何だ。
 そう、この世界だ。
 世界を変えるには、まず前の世界を粛清するしかない。
「だから、俺は・・・・・・!」
 ディフェニスの背中の自立型戦闘支援ユニット「ディオガ」が切り離され、敵機を錯乱させた。
「ネオ・ジェレイドを創立した!!」
 起死回生のMSの登場によりネオ・ジェレイド軍は息を吹き返した。
 ファイナリィからでもその様子は分かった。
 リエンは新しく発進した敵機のパイロットが誰だけ一瞬で理解した。
「ロイド・・・」
 思わずその名を出すリエン。
 だが小声だったので誰にも聞こえていない。
 MSデッキに戻ってくるMS。
 今度はこちらが不利になった。
 戦場にいるのはイルミナとフリーダム、ストライクブルーにヴァイオレントの四機。
 四機だけでロイドのMSを抑え、なおかつ他のMSの相手も出来るだろうか。
 と、ネオ・ジェレイドのMSがロイド機だけを残して艦に戻っていく。
『新地球連合軍艦所属のMSに告ぐ』
 それはロイドからの全周波数での通信だった。
『俺はネオ・ジェレイド総帥、ロイド・エスコール。貴官らに猶予を与える。この場より速やかに離脱して欲しい』
 昔の仲間に対する離脱勧告。
 仲間だったからこそなのだろう。
 その放送にリエンは悩んだ。
 もしここで離脱すれば地球へ向かうMAが増えるだろう。
 だがもし戦ったとしても、勝てるという保障は無い。
 リエンはロイドの機体に通信回線を開いた。
「よう、ロイド。久しぶりだな」
『リエン・・・・中佐』
「おっと、もう中佐ではないんでね。大佐だ」
 まるで同じ軍の中にいるような会話が続く。
「で、どういう事だ? 俺たちに離脱しろとは。今ここで殺せばいいじゃないか」
『昔の仲間のよしみって奴ですよ。大人しく離脱してくれれば、これ以上危害は加えません』
「そっかそっか。お前の言いたいことは分かった。だがな、お前に目的があるように、俺達にも目的があるんだ! 地球をこれ以上戦場にしちゃいけないんだ!だから俺達は、ここへ来た」
 リエンの声が途切れた。
 双方に沈黙が募る。
 不意にロイド機がビームライフルを放った。
 思わずリエンの口元が緩んだ。
 やはり、変わってないな。
 それを幕切れにイルミナ達四機がロイド機に襲い掛かった。
「退く気はないか・・・・。ならばディフェニスの力を見せてやる!」
 ディオガを切り離し、一機で四機に戦闘を挑むディフェニス。
 ディオガからミサイルが発射される。
 各々に散り、ミサイルをやり過ごす。
 その時だ。
 ストライクブルーのPS装甲が落ちた。
 それを狙ってディフェニスが腰部大口径ビームキャノン「カタストロフ」を構える。
 発射。
 強大なビームが走り、ストライクブルーを襲う。
 エメリアは思わず悲鳴をあげた。
「き・・・きゃあああああっ!!」
「くっ・・。エメリアさん!!」
 ストライクブルーを押しのけイルミナが間に入る。
 アンチビームシールドが悲鳴をあげている。
 イルミナの中にアラートが鳴り響く。
「危険なのは分かっている・・・・。でも、ここで頑張らなきゃ皆が・・・・・危ないんだ! 持ちこたえてくれ、イルミナ!!」
 イルミナのカメラアイが光る。
 フエンは思いっきりイルミナのブースターを噴かした。
 カタストロフのビームを押し返そうとしている。
 無謀にも程があった。
 誰もがそう思っていた。
「うああああああっ!!」
 激昂、そして押し返した。
 ディフェニスは急いで押し返されたビームを避け、ビームライフルを構えた。
『死ね・・・・と言いたいところだが、こちらのエネルギーは残り僅か。退くとしよう』
 あいにくイルミナや他のMSのバッテリーもレッドゾーンに差し掛かっていた。
フリーダムは別だが。
 ディフェニスは撤退したが、勝ったとは言えない。
 負けに近い引き分けだった。
 誰もがそれを痛感していた。
 
 ファイナリィに帰艦したフエン。
 そのフエンを待っていたのは心配したサユの泣き顔だった。



 (第九章  終)




 
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