第十章 暗雲

「で、姉さん・・・・・」
「何?」
 ここはファイナリィ内のフエンの部屋。
 フエンはベッドに横になっている。
 そしてサユが椅子に座りフエンを見ている。
 涙の跡があり相当泣いた事をうかがわせる。
「もう大丈夫だから、ね?」
 サユは先ほどの戦闘でイルミナが強大なビームを受け止め、フエンに何かあったのではと思った。
 帰艦したフエンは何事も無く健康そのものだった。
 安心したのかそのまま泣き崩れ、フエンの部屋まで着いてきてしまった。
 そして流石のフエンも疲れたのか横になると言った時のサユの見幕は物凄かった。
 泣くわわめくわ、騒ぎ出すわでヴェルド達も見に来たのだ。
 一応ヴェルドが軍医を呼んでフエンを見てもらい、異常が無い事をサユに伝えた。
 その後もサユはフエンの部屋に居座っている。
「軍医の先生もさ、どこも異常は無いって言ってたし。ただちょっと疲れたかなって・・・・」
「ええっ!? 大丈夫なの、フエン!? 大変だわ、早く軍医の先生を呼んで来なきゃ!!」
「あ、いや、姉さん大丈夫だから・・・」
 危うく再びサユが暴走するところだった。
 ほっと溜め息をつくフエン。
 でも、心配してくれる人がいるのは良い事だ。
 サユは溜め息をつき、呟いた。
「本当、フエンがいなくなったら・・・・・私は・・・・う・・ふぇ」
「何も泣かなくても・・・。俺はどこにも行かない、絶対姉さんを守る。いや、姉さんだけじゃない。この艦にいる皆を守るから」
 それを聞いたサユは嬉しくなり、フエンに抱きついた。
「うわあああああ!! ちょっと、姉さん!」
「う〜〜・・・・。絶対だからね・・・。もうどこにも行かないで・・・」

 フエンの部屋の前ではヴェルドとアルフ、デュライドが盗み聞きをしていた。
 アルフとデュライドはもちろん断ったが、ヴェルドの必死な頼みにアルフは断りきれなくなった。
 デュライドは最後まで「くだらない」と言っていたが、ヴェルドが暴走したら止める奴がいないと思い、ついてきてしまった。
 もちろん付いてきて後悔したと思っているデュライドだった。
「う〜ん、そういう展開になってきたか。ほらデュライドも聞けよ」
「はっ! くだらん! そんな事をして何が楽しいのか俺には理解できない」
「お前、つまらない奴だなぁ・・・・・」
 そういうヴェルド。
 デュライドは腕組みをして立っている。
 アルフは「もうどうでも良いや」と言った感じになっている。
 そこへ通りかかったのはエメリア。
 不信そうな顔でヴェルドとアルフを見ている。
「な・・・何してるの?」
「あ、いや・・・・これはだな」
「盗み聞きだ」
 デュライドが答える。
「あ、コラ!!」
 思わず立ち上がるヴェルド。
 アルフも遅れて立ち上がる。
「へぇ〜・・・・・。そういう趣味が・・・・・ねぇ?」
「ち・・違う! ああ、もう! デュライド、テメェ!!」
 胸倉を掴むヴェルド。
 対照的に尚もしれっとして続けるデュライド。
 その口調はこんな場面でも冷淡としていた。
「何を言うか。本当の事だろう。言われて困るのなら、はなっからしないことだな」
 正論だ。
 ヴェルドは何も言えなくなり、まるでいじめられた子供のように走り去ってしまった。
 アルフもその後を追った。
 残されたデュライドとエメリア。
 二人の間に奇妙な空気が走る。
「全く。ところでエメリアさんがここに来るとは、何かフエンに用事でも?」
「いいえ、ただぶらぶらしてただけ。ストライクブルーの整備も終了したし、暇だったから」
 と、何故か簡単な会話が行き交っていた時、部屋からサユが現れた。
「あ、エメリアさん、デュライド君、こんにちは」
「こんにちは、サユさん」
「ああ」
 エメリアは開いたドアから中の様子を見た。
 フエンが横になっている。
 デュライドもドアが開いているのでは流石に気になる様子だった。
 しかし、静かに寝息を立てているという事はどこにも異常は見られていないと言う事だ。
 それはそれで安心した二人だった。
 サユがブリッジへ戻るためその場所を離れ、再び二人だけとなった。
「ま、あいつが無事で何よりだ」
 デュライドもその場を去った。
 一人残されたエメリアもやはり立ち去った。

 先の戦闘において、ワイバーンは中破したストナーとIWSPパックを失ったドレッドノートを修理するためにディザイアへ戻っていた。
 まさかここまで押されるとは思っていなかった。
 完璧はロイドの計算違いである。
 思ったよりもてこずらせてくれた新地球連合軍。
 ブリッジで思いに耽っていると、シセリアが現れロイドに報告書を手渡した。
 さらさらと報告書を見るロイド。
「ん」
 短く言ってシセリアに報告書を渡す。
「どうかなされたんですか?」
「何が?」
 突然のシセリアからの問い。
 ロイドはあえて何も分かっていないかのように言って見せた。
「いえ。先ほどの戦闘で戦った人達って、ロイドさんの昔の仲間だったんでしょう?」
「そうだが、今は敵だ。そう割り切っている」
 あまりにも白々しい嘘で自分で言っていても嫌になる。
 最近ではやはり昔の方が良かったのかと思う時がある。
 だが、自分はもう戻れない。
昔の自分には。
「嘘」
 シセリアの声。
 静寂が訪れ、鼓動が聞こえる錯覚に陥る。
 声を出そうにも喉が渇いていて声が上手く出せない。
「な・・・にが?」
「そんなの嘘です。ロイドさんは未だに昔の仲間の事が忘れられないんです。でなければそんな悲しそうな顔など致しません」
 冷淡に言う中にもシセリアなりの心配の声が混じっている。
 それを聞いたロイドの中に明らかに迷いが生じていた。
 とても小さなものだが、迷っている。
 シセリアが一礼をしてブリッジから出て行った。
 ブリッジの中はしんと静まり返り、音の無い空間が今のロイドには辛かった。
 
 ワイバーンの自室でゼロはとことんイライラしていた。
 一度ならず二度までもあのイルミナと言うMSにコテンパンにされた。
 彼自身ここまでの屈辱は味わった事が無い。
 今ストナーは修理を受けている。
 破壊された頭部と両足を直しているのだ。
 だが、彼のプライドに付いた傷は直らない。
 思い出すだけでも虫唾が走り、辺り構わず何もかも破壊したくなってくる。
「くそ・・・・あのMS。忌々しい、殺したい、なぶり殺したい・・・・・・!」
 その目には狂気の光が揺らいでいる。
 端正な外見とは裏腹の、殺人的・破壊的は性格。
 どうして自分の親はこんな外見にしたのだろう。
 どうしてコーディネイターにしたのだろう。
 いくら親の事を考えても、親の顔が浮かばない。
 ゼロの両親は彼が三歳の時に行方不明。
それからゼロはずっと孤児院で育っている。
 その孤児院で今の彼の人格が形成されるような出来事があったのだろう。
 思うと人生の大半を殺人術の稽古に費やしてきたような気がしてきた。
 それだけやればおそらくナチュラルでもコーディネイター並に身体能力が上がると思うのだが。
 ゼロの机の上にはMS用のマニュアルがおいてある。
 それを手にとりドアに向かって思いっきり投げた。
 だが。
「ゼロ、入るぞ」
 そう言って入ってきたグリーテスに運悪く命中。
思いっきりなのでその威力はかなり大きい。
 額を押さえるグリーテス。
 ゼロは悪びれた様子は無く、じっと悶絶しているグリーテスを見る。
「っ・・・・・てぇなあっ!! あにしやがるっ!!」
「知るかっ! そっちが勝手に入ってきたんだろうが!」
 一瞬にしてゼロの自室は言葉の戦場になった。
 そのぎゃあぎゃあ騒ぐ声は廊下にまで響いていた。
 ゼロの部屋の前には人だかりが出来ている。
 その中にはエンスの姿もある。
 ゼロを心配してきてみればこうなっていた。
 人だかりの生で部屋の中を見ることが出来ずにいる。
 ジャンプしようと何をしようと中が見れない。
 そんな人だかりも数分もすれば少しずつ減り始めた。
 最後まで残ったエンスは、部屋の中に入った。
 そこにはケンカの後でふてくされているゼロと、額を微妙に腫らしたグリーテスがいた。
「何があったんですか、グリーテスさん」
「部屋のドアを開けたら急にこのマニュアルが飛んできて、俺のデコに命中したんだ」
「ゼロが投げたものですか?」
「それしかねえだろ!?」
 エンスが咳払いをする。
「仲直りをしてください」
『はぁっ!?』
「は・や・く!」
 今まで見たことのないエンスの怒りの表情。
 渋々仲直りをする二人。
 今の今までケンカをしていて忘れかけていたのだが、グリーテスが言う。
「そうそう、ゼロ。お前に用があったんだ」
「俺に?」
 いつケンカになるのではと思い、エンスはその場にとどまった。
 見る限りではケンカになりそうも無いのだが、この二人の事、いつ火が点いてケンカをしだすか分からない。
「整備士の人が、ストナーの修理もうすぐ終わるって」
「分かった。それだけか・・・・・・本来の用事は」
 どこか吐き捨てるように言うゼロにグリーテスは何かが割れそうになった。
「お前・・・・どこまで無愛想なんだよ!!」
「無愛想で悪いか、ああっ!?」
「や・め・てーーーー!!」
 エンスの止める声が虚しく響いた。
 
「あ」
 リエーナは足を止めた。
 止めたのはネオ・ジェレイド本部内ロイドの部屋の前。
 リエーナはドレッドノートの整備を手伝っていたため、ワイバーンから降り、工場にいたその帰りの事。
 ドアが半開きになっている。
 おかしい。
 ロイドはワイバーンにいる。
 リエーナが出る時にふとブリッジを見たら、シセリアと共になにやら話していたからだ。
 誰がいるのかと思い、リエーナはそっと覗き込んだ。
 何かをあさる音が部屋の中に響いている。
 ロイドでは無さそうだ。
「・・・・・・・・・」
 息を潜めて部屋の中の様子を窺うリエーナ。
 そこにいたのはハイウェルだった。
 彼はロイドの部屋の隅から隅を探っていた。
目的は分からないが、ロイドが命令した事では無さそうだ。
 暫くするとハイウェルは独り言を言い始めた。
「・・・・くそ、違う。これでもない。一体どこに隠したんだ・・・・・」
 もう少しみようと前に出た時、壁にぶつかり、音を立ててしまった。
「! 誰だ、そこにいるのは!」
 リエーナはその場から離れ、近くの角から見た。
 ハイウェルが辺りを見ている。
 そしてドアを閉め、ロックをかけた。
 これでもう中の様子を見ることは出来ない。
 リエーナ野中に不安がよぎる。
 ハイウェルが公に姿を現した時、リエーナは何かを感じ取っていた。
 不快、嫌疑。
 その二つがリエーナの中に生まれた。
「ワイバーン発進は二〇:三〇時に決定。クルーとMSパイロットは速やかに乗艦せよ。繰り返す・・・・・・」
 どこからかアナウンスが流れ始めた。
 リエーナはワイバーンの格納してある第四ハッチへ向かった。
 第四ハッチにリエーナが到着した時すでに他のメンバーは揃っていた。
 リエーナは不安だった。
 今ここを離れたらあの男が何をしでかすか分からないからだ。
 そんな不安を胸にリエーナはワイバーンに乗り込んだ。
 
 
 (第十章 終)


   
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