第六章  新造戦艦

 ディザイアにあるMS工場。
 今、ストナーとミカエルが修理を受けていた。
 ミカエルの方は大した損傷は無いが、ストナーの方は左腕破損という被害を受けていた。
 そんな中ゼロはディザイアに戻るなり居住区にある自分の家へと駆け足で戻った。
 ネオ・ディザイアは正規軍ではないため、別段泊り込みでの訓練をしているわけではない。
 自分の家を持つものはそこからでも軍に通う事が出来るのだ。
 ゼロはサンドバッグを引っ張り出し、天井のフックにかけた。
 いつも気に入らない事があるとやっている事だ。
 物凄い連打でサンドバッグを殴るゼロ。
その頭には自分の機体を撃ったあの戦艦と二機のMSがあった。
 家に大きな音が響いた。
「・・・・・・・・・あの戦艦とMS・・・・・・・!」
 憎しみを力に変えて思いっきり殴る。
 その目には既に復讐の炎が揺らいでいた。
 そんなゼロをよそに、エンスは一人工場内の広間にいた。
 ここではネオ・ジェレイドの兵士達が羽を伸ばしている。
 その中にエンスもいる。
 どこか鬱げなその顔。
 エンスは先の戦闘での事を思い悩んでいた。
 もう少し自分がしっかりしないといけないのに。
 エンスは自分に言い聞かせた。
 目の前にあるコーヒーの入ったカップをゆっくりと持った。
 不意に自分の前に影が落ちた。
 見上げるとそこにはリエーナ・カラファーとシセリア・アーリクロストがいた。
 どちらもネオ・ジェレイドの中ではかなりの美人である。
 まだ幼いエンスはこの二人を当面の目標としていた。
「シセリアさん、リエーナさん」
 エンスが二人の顔を見上げる。
「ここ、いい?」
「あ・・・・どうぞ」
 シセリアがエンスの隣りに座り、リエーナが向かいに座る。
 エンスの悲しそうな表情を見てシセリアが声をかけた。
「どうかしたの?」
 リエーナも心配そうに見ている。
 二人とも周囲との馴れ合いは得意な方ではないのだが、心の底から仲間を心配するタイプである。
 この二人とエンスを加えた三人はいつも共に行動している。
 エンスはシセリアの問いに少し間をおいた。
「さっきの戦闘で私は・・・・・・・あまり役に立てませんでした」
「さっきの戦闘って、あの先遣隊の事でしょ? エンスとゼロで向かった」
「ええ・・・・・。でも私は・・・・・・」
 その性格ゆえにエンスは敵機を一機も沈める事が出来なかった。
 それは敵の腕前が良かった事もあるし、ゼロも実際問題敵を一機も落としていない。
 だがエンスはそれ以上に悩んでいた。
 敵と対面した時、果たして自分は敵を本気で撃つ事が出来るだろうか、いや、出来ない。
 一通り聞いたシセリアはエンスの頭に優しく手を置いた。
「それは良いんじゃない? あなたの性格なんだから。敵を殺す事だけが全てじゃないわ。もちろん生きるためには時に敵を殺す事も必要だけど・・・・・。でも相手のことも考えられる人間は強くなるわよ」
「シセリアさん・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・私もそう思うわ」
 リエーナが口を開いた。
 普段滅多な事では声を出さないリエーナだが、その分声は透き通るように綺麗だと言われている。
 噂どおり、リエーナの声は綺麗だった。
「敵に対する想いは人それぞれ・・・・・・・。殺したいと思っている人もいれば、殺したくないと思っている人もいる。千差万別なんだから・・・・・・・・ね?」
 リエーナが微笑む。
 思わず引き込まれそうな微笑だった。
 そんな三人の元へ、手に書類を持った男が現れた。
 その男は金髪で背は高く、軍服をラフに着こなしている。
 更にいつも笑顔は絶やさない。
 男の名はグリーテス・トーラ。
 彼もまたMSパイロットの一人。
「グリーテス。何してるの?」
「ん? おお、シセリアか。なに、新しい機体用のOSを考えていたのさ」
 グリーテスはコーディネイター。
 その中でも別次元の腕前を誇っている。
 そのため軍の開発した一般のOSでは彼の腕前にはついていけず、彼自身がOSを作らないとMSは起動しないのだ。
手に持つ書類はそのOSのプランが書かれているという。
「で、そういうお前たちは何をしているんだ?」
「ちょっとね」
 エンスを見るグリーテス。
「まあ、エンスのことはお前たちがどうにかするとして、問題はもう一方の方だな・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・ゼロ・・・・・・・・・・?」
「うっわ、リエーナが喋った!」
 グリーテスのわざとらしい演技にあえて誰も突っ込まず、エンス達はゼロの事が頭に浮かんだ。
 騒ぎを起こすような奴ではないが、戦闘であれだけ激しくやられたのだから少し心配になる。
「わ・・・・・私見てきます!」
 エンスが走る。
 その様子を見ている三人。
「良いねえ、若いって」
「何言ってるのよ・・・・・・」
 
 エンスは街中を走っていた。
 工場からゼロの家まではそんなに時間はかからない。
 ゼロの家は赤い屋根の一軒家。
遠くからでも分かる屋根をしている。
 そうこうしているうちにゼロの家の前に立った。
 エンスは息を整え、ドアを開けた。
「ゼロ・・・・・・いる?」
 だがあまりにも小さい声のせいか、返事が無い。
 エンスは靴を脱ぎ、家の中へ。
 中はしんとしている。
 エンスは居間に足を踏み入れた。
 その時。
「エンス?」
「ふわっ!!」
 後ろから声をかけたのはゼロだった。
 エンスは落ち着きを取り戻し、ゼロを見た。
「・・・・・・・・・何だよ、つか、勝手に人の家に入るな」
「ゴメン・・・・・・・。だって心配だったから」
「何が?」
「ゼロが・・・・・・・人を殺してないか」
 あまりにも心外な言い方にゼロは溜め息をついた。
「お前は俺を何だと思ってんだ」
「だって・・・・・・」
「まあいい。それよりも、その今にも泣きそうな顔だけはやめろ! ・・・・・・・・なんか、くすぐったいから」
 ゼロはそっぽを向く。
 エンスはそんなゼロをただひたすらに見ていた。
 そして、ようやく気付いた。
 ゼロは何もしていない。
 それだけでエンスは良かった。
「だが、あのMSと戦艦だけは許さねぇ・・・・・・。次にあったら必ず撃墜してパイロットを引きずり出してやる・・・・・・・・!」
 ゼロは指の骨を鳴らした。
「ねえ、ゼロ。私って役に立ってるかな?」
「ああ?」
 エンスからの突然の問いかけ。
 ゼロの思考が一瞬停まる。
「役に立ってるも何もねぇだろ!? お前はお前、俺は俺! それぞれのやり方で良いじゃねえか! 俺はただ目の前の敵をぶちのめすだけ。それが俺のやり方、誰にも文句は言わせない! その代わり、他人のやり方にも文句はいわない!」
 その言葉を聞いたエンスは途端に表情が明るくなった。
「そ・・・・・・そうだよね。うん、そうよね。ありがとう、ゼロ! じゃあね!」
 エンスは走り去った。
 訳の分からないゼロはその場に立っていた。
 そんなゼロは気付いていなかった。
 エンスの後姿を見て、頬が少しだけ赤くなっている事に。
「・・・・・・・・ふん、バーカ・・・・・・・」

 月面のノースブレイド基地。
 基地ドッグに入れられたミストラルは修理を受けていた。
 だがそのダメージは大きく、とても元に戻せる状態ではなかった。
 リエンはミリア、フエンと共に最高責任者であるキスクを訪ねていた。
「結論から言わせて貰うと、ミストラルはもう前の状態には戻せない」
 キスクから突きつけられたのは絶望の言葉だった。
 リエン、ミリアと共に幾度となく戦渦を駆け、その度に混乱を切り抜けてきた。
 しかし、もう限界だったのかもしれない。
 同型艦であるアークエンジェルもについても同様だった。
「それでももし使用したいと言われるのなら、出来る限りの努力をしてみますが・・・・・・・能力は以前の半分にも満たないでしょう」
 キスクは尚も淡々と続ける。
 それからの話の中でリエンはキスクに訊ねた。
「それでMS運搬能力は・・・・・・・?」
「それならば心配は無い。何とか無事のようだからな」
 そこでフエンがあることを思いついた。
「だったら・・・・・・・・」
 フエンはキスクに提案した。
 ミストラルはもう現役を退いたが、MS運搬能力だけは顕在している。
 武装も左舷の武装は使用できないが、辛うじて右舷の武装は使用できる。
 そこでフエンの出した提案は、ミストラル自体をMS運用船として使用する事だった。
 そうすれば地球にいるアスランやマリュー達も宇宙へ来る事が出来る。
 もし敵の襲撃を受けても、その場を切り抜けるだけの武装はあるはず。
この提案にはリエンも少し興味を引かれた。
 現役を退いた戦艦を運用船に使用するとは、もの凄い発想の持ち主だ。
「まあ、出来ないことも無いが・・・・・・・」
「予備ブースターはまだ装備できるんでしょうか?」
 ミリアがキスクに聞く。
 キスクは机の上の報告書を手に取り、内容を調べた。
「あー・・・・・・一応装備できるし、正常に作動できるらしい」
「なら大丈夫ですね」
 ミリアはにこリと微笑む。
 リエンは早速クルーを集め、この提案を伝えた。
 流石にクルーの中に動揺が走ったが、すぐにその動揺も吹き飛び、明刻〇八:三十時に行動を開始することになった。
 その前にミストラルのメンバーには新しい戦艦が発表された。
 ゆっくりと姿を現す戦艦。
 その姿はどの戦艦にも無い全く新しいデザインのものだった。
 全体的に色は灰色で、宇宙用のせいかミストラルのように両翼は付いていない。
 カタパルトハッチは全部で三つ。
これはミストラルよりも一つだけ多い。
 更に武装はあちこちにミサイルハッチがあり、艦首には主砲と思われる四つの砲門が顔を覗かせている。
 イーゲルシュテルンも装備しており、この辺りはミストラルと同じだった。
 艦首の横の大型のレーダーレドームが付いており、策的能力の高さを物語っている。
 この艦の名はファイナリィ。
 「最後」の名を冠する戦艦。
「この戦艦のMS運用能力は高く、最大で一五機搭載できるらしい」
「一五機もですか!? それは整備が大変になりそうだな」
 整備士のフェインがおどけたように話す。
 十五機も搭載できるのでミストラルよりも一回り大きい。
 ブリッジに入り、システムを確認する。
 ブリッジの中も完全なオリジナルであるため、新たに配置を決めなければならなかった。
 キーボードを叩く者、目の前のモニターの情報をチェックする者。
 だが誰でも同じ思いがあった。
 この艦の性能に誰もが絶句した。
 この艦の性能はミストラルのざっと1.7倍。
 機動性もあのエターナルよりも高い。
 こんな艦を自分たちが扱えるのだろうか。
 クルーの間にそんな重苦しい雰囲気が流れる。
 しかしこの男だけは違った。
「なーに、重苦しい顔してんだよ! 大丈夫だって、何とかなるさ! てか、俺たちがやらなきゃ誰がやるんだ?」
 リエンだ。
 艦長席に座って、クルーに呼びかけている。
 クルーの緊張をほぐさせたら、軍の中では右にでるものはいないだろう。
 ミリアはそんなリエンに惚れ、結婚までしたのだ。
 今、こうして同じ場所にいるだけで幸せだった。

 フエンはイルミナの足元にいた。
 隣りにはストライクブルー、フリーダム、アウスレンダガーの順で並んでいる。
 少しはなれた場所ではバスターランチャーとメガ・ビーム・サーベルが調整を受けている。
 更にイルミナ用の新ユニットゼオ・ブースターの製作も順調だった。
 フエンはイルミナを見上げた。
 そして、考えた。
 この戦いがいつまで続くのだろう、と。
 ロイドは曲りなりにもリエン達の仲間だった男。
そんな男を撃つ事は到底出来ない。
 更にこの間のネオ・ジェレイドのオリジナルのMS。
 あのパイロットも相当の腕前だ。
 フエンはへたり込んだ。
 そして、俯いた。
「ふーえん!」
 不意に明るい声が辺りに響いた。
 エメリアではない。
 フエンは振り向くと満面の笑みで立つ女性がいた。
 フエンの姉、サユだ。
 サユはフエンの様子にいち早く気付き、横に座った。
「どうかした?」
「いや、別に」
「うそ」
「へ?」
 フエンは思わず声が裏返った。
 サユはフエンの額を人差し指で押さえた。
「何年あなたの姉をしていると思っているのよ。それくらいの嘘、お見通しなんだから!」
 どこまでも明るいサユにフエンの口から自然と笑みがこぼれる。
 サユはフエンの頭を撫でた。
 フエンが落ち込んでいると必ず行う行為だ。
 今では少し気恥ずかしいが。
「フエン君」
 今度はエメリアだ。
 エメリアは手にスパナを持っている。
 どうやらストライクブルーの整備をするらしい。
「整備手伝ってくれない?」
「あ、良いですよ」
「ねぇ、誰? あの人」
 サユはそっと耳打ちした。
「ああ、この間ミストラルに配属になったエメリア・コーテリスさんだよ」
「ふぅん・・・・・・」
 フエンはエメリアにサユを紹介した。
 このときフエンは気付いてなかったが、僅かにサユとエメリアの間に何かが走っていた。
 いつもはおっとりとしているサユもこの時ばかりは神妙な顔つきになっていた。
 その様子にはフエンは最後の最後まで気がつかなかった。

 再びネオ・ジェレイドMS工場。
 ロイドは変わり行く愛機を見ていた。
 連合製のMS、フール。
 ロイドはこの機体を更に強化すべくネオ・ジェレイドの技術を転用して改造しようとしているのだ。
 コンセプトは「破壊と静粛」。
 機体はTP装甲を搭載する予定で、機体カラーは赤と黄。
 これは彼の最初の乗機であるGAT-X142ブレイズのカラーと同じである。
 ロイド用のOSも開発され、実質彼専用機となる。
「もうすぐだな、再び俺が戦場に舞い戻るのも・・・・・・・・!」
 様々な資材が搬入される中、ロイドはじっとフールを見ていた。
 そろそろなのだ。
 彼が再び戦渦に身を置く時が来ているのは。




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