第四章   行動開始

 ディザイアの軍事基地。
 今ここに二機のオリジナルMSがロールアウトを迎えた。
 NJ−MSX1025ストナーとNJ-MSX1039ミカエル。
 この二機は先立って地球へと向かう。
 どちらもネオ・ジェレイドのオリジナルMSだけあって基本性能はきわめて高い。
 それだけにパイロットも選りすぐりの中から選ばれた。
 ストナーのパイロットはゼロ・イーター。
 外見だけ見ると戦争が嫌で人を殺す事は無さそうな大人しい、美形の少年。
 しかし、内面は外見とは裏腹に人を殺す事を快感としている。
 更にこの世に公になっているほとんどの殺人術をマスターしており、その昔は暗殺者の一味で働いていたとの噂もあるほど。
 そんな少年がオリジナルMSであるストナーのパイロットに選ばれたのはそれ相応の理由がある。
 彼は敵兵を殺す事に何の躊躇いも無い。
 そして何よりその身体能力にロイドは目をつけたのだ。
 暗殺術を学んでいたため、MS操縦における身体能力の平均値を軽々と超している。
 そして、ミカエルのパイロットはエンス・パーシ。
 母親がMSパイロットでよく軍に連れてこられていたという少女。
 個性的な人材の揃っているネオ・ジェレイド兵の中でも、かなり大人しい部類に入る。
 なるべく人を殺したくは無いという彼女の優しい性格が、天使の名を持つミカエルのパイロットとなった。
 もちろん理由はそんな理由ではない。
 彼女はネオ・ジェレイドのMSパイロットの中で唯一ロイドの副官であるリスティアと互角に戦える人物。
 それだけの力を持つのだ、量産機であるレイスに乗せるには惜しい。
 だが、彼女の性格が唯一のネックとなっている事は間違いないのだが。
 この日、二人は地球へ向かうべく与えられたばかりの機体の調整をしていた。
 ストナーもミカエルも良い機体だが、ちゃんと調整をしなければその力も発揮されない。
 ゼロは何かを言いながら、エンスは無言でキーボードを叩いている。
「おい、エンスとか言ったな、お前」
「え・・・?」
「今まで一度も人を殺した事が無いんだってな」
「・・・・・・・・そうだけど?」
 エンスはこの男が苦手だった。
 ことあるごとに人を殺す事や自分の学んだ殺人術について話をしてくる。
彼女はそういった話が苦手なのだ。
 だがゼロはそんな事は無視して残りの三人の仲間にも話す。
 苦手な者と共に行動する事になるとはエンスも聞かされるまで知らなかった。
「相手を殺さなきゃ、生きられないぜぇ?」
「そんな事・・・・・分かっているわ。でも・・・」
「あん?」
 エンスの声が震える。
 ここから先は自分の本音になる。
 こんな事を言ってゼロに馬鹿にされるかもしれない。
 でも。
 エンスは口を開いて続けた。
「敵兵にも家族がいるわ。そんな人達を殺したくは無い・・・・・・」
 ゼロは暫し黙った。
 この反応にはエンスも驚いた。
 すぐに何か言われると思ったからだ。
「良いんじゃねえの?だが俺は相手を全力で殺す! それは変わりねえよ」
「・・・・・」
 ゼロの笑い声がエンスの耳に響く。

 調整を始めてから十分が経った。
 二機のコクピットにアナウンスが入る。
『これより君達は先遣隊として地球へと向かってもらう。腐りきったやつらに我々の力を思い知らせるのだ!』
「分かったぜぇ! これでやっと人を殺す事が出来る! どんなに待ちわびた事か!! 」
「分かりました」
 ネオ・ジェレイド巡洋戦艦オケアニスはディザイアを出港し、突入ポイントへと向かう。
 二人の突入ポイントはオーストラリア、シドニー。
 まずはここを制圧。
 そこを中心に侵略を行う。
 ディザイアから地球まではおよそ十二時間かかる。
 その間二人はコクピットを出て後ろに流れていく宇宙の星を見ていた。
 エンスはこの景色が好きだった。
 小さい時に初めて宇宙に来た時に見て以来あまりの美しさに一目で好きになった。
 普段は口うるさく人を殺す事を軽く口にしているゼロもこの光景の前には黙り込んだ。
(ゼロも落ち着くと・・・・綺麗な顔してるのね・・・・。ちょっと羨ましいわ)
 心の中でそんな事を考え、ボーっと外を見る。
 おおよそMSパイロットの雰囲気ではない。
 普通の少女のようだ。
 だが、二人を乗せたオケアニスは順調に地球へ向かっていた。

 同時刻、ギガ・フロートへと向かうアークエンジェルとミストラル。
 敵影も無く半舷休息をとっていた。
 アークエンジェルの食堂ではキラとミリアリア、サイにアスランが食事をとっていた。
「はあ・・・・・」
「ミリアリア?」
 溜め息をつくミリアリアにキラが声をかける。
 ミリアリアもそれに気付いたのか顔をあげて笑った。
「どうしたの、キラ」
「いや・・・・・なんか元気が無いから・・・」
「そ・・・そんな事無いわよ」
 サイとキラが顔を合わせる。
 アスランもどこか心配そうだった。
 そんな事は無いといわれても、元気が無いのは目に見えている。
何かあったのだろうか。
 それを聞こうとサイが口を開いた。
「ミリィ、何かあったの?」
「え・・・・・・?」
「やっぱりどこか元気ないよ、今日のミリィ」
 ミリアリアは手に持っていたフォークを静かに置いた。
 彼女の震える声が食堂に響く。
「せっかく平和になって・・・・・前の生活に戻れると思ったのに・・・・・・」
「ミリィ・・・・・・」
「ロイドさんにも何か訳があるんだよ。そうじゃなきゃこんな事はしないと思う」
 キラが弁明する。
 ミリアリアはその事を聞いて少し頷くと目の前の食品を口に入れた。
 確かにどういう意図でこんな反乱を起こしたのか。
 そこが未だに分からない。
 アキトを失い、北欧紛争でも大切な人を守れなかったと言われた。
 その話を聞いたとき、キラはかける言葉が無かった。
 戦争によって大切な者を失った痛み。
 キラもそれを味わった。
 アスランと死闘を繰り広げた時、トールがイージスの攻撃で戦死した。
 その後、相手を殺すまで戦う野蛮な獣のようにキラとアスランは狂ったかのように戦った。
「・・・・・・? まさか」
「どうした、キラ」
 キラは思いついた。
 これはキラの勝手な推測に過ぎないのだが。
 ロイドが反乱を起こした理由。
 それは大切な者を奪った戦争自体を引き起こしたこの世界に嫌気がさしたのではないだろうか。
 反乱を起こし、自分の望む世界にするために各地から有志を集め侵略を繰り広げるのでは?
 その考えがキラの中に浮かんだ。
 そうなるとまだあやふやな所があるが、くっ付く所もある。
 キラだけが、ロイドの反乱を起こした理由と言うものに少しだけ気付いていた。
 その頃のミストラルではイルミナ用の新しいパーツが製作されていた。
 フェインと数人のメカニックが製作に取り掛かっていた。
 イルミナは旧型にしては高性能MSだが、地上ではやや機動性に欠ける。
 それでもフエンにとって扱いやすいMSなのだが、やはり地上での機動性能の低さは否めない。
 そこでバスターランチャー、メガ・ビーム・サーベルに続くイルミナ専用強化パーツの製作が開始された。
 コンセプトとしては「高機動」。
 それを地上で実現するにはかなりの技術と時間を有する。
はたして実現するのか。
 具体的なイメージはフエンが紙に書いてくれたのだが、何とかの地上絵並に意味の分からない内容だったので修正に修正を加えた。
 結果、かなり巨大なユニットになってしまった。
 しかも巨大なビームサーベルが二本もくっついている。
 メガ・ビーム・サーベルがあり、イルミナにもビームサーベルが付いているのにこれ以上サーベルを増やしてどうするのか。
 それはフエンの考えなのだからなるべく尊重はしたかった。
 ちなみにユニットの名称は「ゼオブースター」。
「ったく、フエンの絵の下手さにはほとほと困った・・・・・」
 フェインが愚痴をこぼす。
 その愚痴には他のメカニックも同意していた。
 そのフエンはミストラル内の自室で寝ていた。

 いささかのんびりとした雰囲気のミストラル内部。
 ギガ・フローとまであと少しなのだが、ここで問題が発生した。
 現在ギガ・フロートではマスドライバーのメンテナンス中だという知らせが入った。
 メンテナンスは始まったばかりで予定では三日後に終了するということだ。
 予想外の自体にリエンは頭を抱えた。
「メンテナンス中だったとはな・・・。迂闊だった」
「どうします? ここから近いマスドライバーはオーブですが」
 ミリアが提案するが、オーブはおそらくマスドライバーの使用を許可してはくれないだろう。
 オーブは既に完全中立宣言を発表している。
 これは如何なる場合でも軍事のためにオーブの力を使用する事は出来ない、という意思。
 もちろんそれがかつて共に戦った仲間でもだ。
 だが、これが行き過ぎた場合はやむを得ず応戦すると草案にも書かれている。
 現在のオーブはカガリがトップにいるのだが、そのカガリがよくどこかへフラフラと出てしまうため実質は他の者がトップに立っている。
 この事にはキサカも頭を悩ませているようだった。
「他にマスドライバーを持つところなんて・・・・・・そんなに無いぞ」
『その前に、アークエンジェルとミストラルではマスドライバーの使用許可が下りても、使用はムリでしょう』
「ラミアス中佐?」
 モニターにマリューの顔が写る。
「どういう事ですか?」
『大戦時にオーブが自爆した時の事を思い出してください』
 オーブが自爆した時、アークエンジェルとミストラルはクサナギの予備ブースターを流用したパーツを使用、ローエングリンの発射と同時にポジトロニック・インターフィアランスが起こり、大気圏を抜け出した。
 その事をリエンはすっかり忘れていた。
 もともとアークエンジェル・ミストラルは宇宙でのMS運用を考えて設計された戦艦。
マスドライバーを使用することなど開発スタッフの頭に入っていなかったのだ。 
 そのため、大気圏を離脱するにはそれなりの準備が必要だった。
 しかし今回は何の用意もしていない。
 下手をしたら宇宙に上がれなくなってしまう。
 ブリッジが重い空気で包まれる。
「どうにかして宇宙に上がらないとな」
「ヴェルド。聞いていたのか?」
 ヴェルドは頷き、ブリッジに足を踏み入れた。
「方法が一つも浮かばないんだ。どうしたら良いと思う?」
「そうだなぁ。あいつにでも聞いてみるか」
 ヴェルドの言うあいつとはガイである。
 ガイならば何か良い策を思いつくかもしれない。
 しかし、あのサーペントテールがリエン達に手を貸してくれるとはにわかに信じがたい。
 そんなリエン達の気持ちをよそに、ヴェルドはガイの連絡先の書いてある紙を取り出し、電話をかけた。
 呼び出し音の後に幼い少女の声が受話器から聞こえてきた。
『はい、サーペントテールです』
「その声は、風花か。俺だヴェルドだ」
 「ああ」と風花が言うとヴェルドは用件を伝えた。
 直後、風花からこんな答えが返ってきた。
『ならば予備ブースターをお貸ししましょうか?』
「あるのか、そこに!」
『はい。以前オーブで作業した時に貰ったものなんです。私達はこれを使う必要がありませんから』
「そうか、それは助かる。で、いつ取りにいけばいい』
 いつと言われて風花はスケジュールを確認した。
 紙をめくる音が微かに聞こえる。
『そうですね。今週は大丈夫そうです』
「ならなるべく早めに持ってきてくれ」
 風花が了解し、ヴェルドは受話器を置いた。
 すぐにその結果をリエンとマリューに伝える。
「・・・・・という事になった」
『そうですか。ありがとうヴェルドさん』
 マリューが礼を言う。
 リエンも胸を名で下ろした。
 ともかくこれで当面の問題は解決できた。
 補給の問題もフエンがノースブレイド基地に連絡をとってくれた。
 残る問題はネオ・ジェレイド。
 奴らは必ず地球に攻めてくる。
 全員で宇宙に向かうならそれこそ地球は占領されてしまう。
 現在、このニ艦のMSパイロットは以下の通り。
 キラ・ヤマト。
 アスラン・ザラ。
 カガリ・ユラ・アスハ。
 フエン・ミシマ。
 ヴェルド・フォニスト。
 エイス・アーリィ。
 アルフ・ウォルスター。
 エメリア・コーテリスの八人。
 丁度四人で割り切れる。
 リエンはミストラルのパイロット達に、マリューはアークエンジェルにいるパイロット達に提案した。
 八人は考え、話し合った。
 その結果、キラ、フエン、ヴェルド、エメリアが宇宙へ上がり、地球にはアスラン、カガリ、エイス、アルフが残る事になった。
 更に、ミストラルは宇宙へアークエンジェルは地球に残る事になった。
 それに伴い、配置の変更が言い渡されキラはミストラルに、エイス、アルフはアークエンジェルへの配属に変更になった。
 これならば戦力は五分の五分。
バランス的にも丁度いい。
 ちなみにブースターの受け渡し場所だが、今いる地点から近い場所がいいとの事。
 二艦の現在地は太平洋を進んでいる。
 近くて広い場所はたくさんある。
 その中の一つの小島を選んだ。
 そこはかつては連合の研究施設があった場所で、現在は放棄されている。
 中にはまだ使えるパーツがあるかもしれないし、ブースターの取り付け作業にはもってこいの場所だ。
 再びヴェルドは風花に連絡を取った。
『分かりました。では三時間後に合流しましょう』
「おう、分かった。悪いな手間取らせて」
 風花との連絡を済ませ、ヴェルドは食堂へ向かった。
 食堂ではフエンやエイス達が喋っている。
 暫く会えなくなるのだ。
 ヴェルドもその話に加わった。
 
 話をしていると三時間などすぐに過ぎてしまう。
 サーペントテールのメンバーが合流し、ミストラルへのブースター取り付け作業を行った。
 予定よりも順調に作業は進み、あとは調整をするのみとなった。
 しかし、誰もいないブリッジではレーダーが不信な機影を捉えていた。
 それは、遥か上空、宇宙からだった。



 (第四章  終)



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