第二十六章 ディナ・エルス
月面ノースブレイド基地よりの脱出を図り、追撃を受けたファイナリィ小隊。
更にロイドの乗るディフェニスはハイウェルのMSに中波させられ捕獲。
ロイドと言う大きな支えを失ったファイナリィ小隊は月面宙域を離脱して、とある小惑星郡にいた。
ここならば敵に見つかり事も少ない。
今後の事を話し合うためにリエンはマリュー達と話をしている。
「さてね、どうするよ。これからさ」
「そうね・・・・。行く当てもないし」
マリューは困っていた。
大戦時も似た事があった。
その時はメンデルに逃げ込む事ができたが、今回はそうも行かない。
あれからメンデルでも色々とあり、立ち入り禁止になった。
「どこかに、良い場所があればいいんですけど・・・・・・・」
三人は悩み、考えを捻り出そうとしていた。
そんな三人の下へフエンとデュライド、エメリアがやってきた。
MS報告書を手にしている。
フエンがリエンに訊ね、悩みの元を知った。
そんな話を聞いたデュライドは。
「一ヶ所だけ知っている」
モニターを呼び出し指した所は、「ディナ・エルス」。
中立のコロニーで、デュライドの故郷。
地球軍でもザフトでも受け入れる事ができる。
だが、受け入れる以上の介入はしない。
デュライドが頼めば何とかなるかもしれない。
それを聞いてリエンは早速、艦をディナ・エルスへと向わせた。
この宙域からディナ・エルスまでは三日ほどかかる。
が、デュライドがディナ・エルスを勧めたのにはもう一つ理由があった。
デュライドが初めてファイナリィに配属になった時もディナ・エルスに向っていた。
それはあるMSを運送していたからだ。
そのMSはイルミナ、ヴァイオレントと同じMMSの形式番号を持つMS。
何故ディナ・エルスで組んだか、そのことをデュライドは話そうとはしない。
ファイナリィはディナ・エルスへと動き始めた。
提案をした後、すぐにクルーにディナ・エルスへ向う事が知れ渡った。
そんな中、一際喜んでいたのが、アストである。
ディナ・エルスはモルゲンレーテに負けるとも劣らない技術を持っている。
そこでならディグニティのPシステム用のパーツを完成させる事ができるかもしれない。
さすがにファイナリィの中では限界がある。
アストがわくわくしている横で、フエンはやや神妙な顔つきをしていた。
ロイドがさらわれた時、自分は何も出来なかった。
助ける事も、敵機を攻撃する事も。
そんな自分が不甲斐ない。
食堂を後にするフエン。
それをエメリアは静かに見ていた。
廊下でフエンに追いつき、エメリアは声をかけた。
「フエン」
「エメリアさん」
「大分参っているようだけど?」
フエンは黙ってうなずいた。
エメリアもどうして参っているのかは分かっていた。
しかし今更悔やんでも仕方がない。
「悔やんでもしょうがないでしょ? 取り返せばいいのよ」
「分かってますけど・・・・・あの時、何も出来なかった事が悔しくて・・・・」
悔しがるフエンは、そういって廊下の向こうへ消えた。
「・・・・・・上手くないな、あの状態は」
「リエン艦長。良いんですか? ブリッジを出て」
「ああ、半舷休息中だ」
リエンにとってもロイドは昔からの付き合いなので衝撃は大きかった。
フエンの気持ちも分かる。
それが戦闘に支障がなければよいのだが。
三日が過ぎた。
ディナ・エルス中域にやって来たファイナリィ。
そのファイナリィからデュライドがディナ・エルスのコントロールに通信を送る。
「こちらファイナリィ小隊の、デュライド・アザーヴェルグだ。聞こえるか?」
『デュライド・・・・? どうして、お前』
「話は後でする。とにかく今はファイナリィを駐留させて欲しい」
『ま・・・まあ、お前の頼みならば断るわけには行かない』
「ありがとう。感謝する」
ファイナリィは誘導ビーコンによりディナ・エルスに入った。
まずは脱出戦の折に受けたダメージの修復。
二日もあれば修復完了となるため、クルーには二日の間は自由行動が言い渡された。
デュライドはフエン・サユ・アストと共にある工場へ向った。
軍の工場ではなく、個人の工場のようだ。
「おい、いるか」
「あ、デュライド〜」
のんびりとした声が響く。
フエンとアストはサユを見た。
その声の主は工場の奥からやってきた。
「お帰り〜」
どこまでものんびりした人だ。
「彼女は?」
「こいつはメリーナだ。俺の幼馴染でMS工学の研究をしている」
「メリーナです。よろしくお願いします」
メリーナの挨拶が終わり、デュライドは「例のブツは?」と訊ねた。
すぐに察したメリーナはデュライド達をある区画に案内した。
デュライド達が先ほど居た場所からかなり離れていて、隔離されていると言う表現が良く似合う。
その区画では一機のMSが作成されていた。
いや、作成は終了しているようだ。
今はその相棒を探しているらしい。
そのMSはイルミナ、ヴァイオレントなどのMMS、フリーダムなどのZGMF、ストライクなどのGAT、オーブのMBFのどれでもなかった。
全くの新型MS。
「このMSは?」
「このMSはスパイラル。このコロニーで建造されたMSだ」
「あれ・・・・・? このMS」
「察しが良いな、フエン。このMSは元々ノースブレイド基地で作られる予定だったMSだ」
それが何故ここにあるのか。
デュライドは全てを話した。
このMSが開発されようとした時、一人の男がノースブレイド基地にやってきた。
その男は他でもない、デュライド達を監禁した、ロード・ジブリールだった。
彼はこのMSを自らが掌握し、更に高性能な機体を開発するべくノースブレイド基地へと来たのだ。
その考えにデュライドはあまり良い考えを抱かなかった。
そこで基地長に相談し、このMSをパーツで分断し、このディナ・エルスへ持ってきた。
もちろん、ジブリールは猛抗議した。
しかしそれは既にこのディナ・エルスに運び込まれた後だったため何とでも言わせておいた。
そしてデュライドが戻ってきて、ファイナリィを合流したのだ。
「そんなことが・・・・・・」
一人事情を知らないアストが一人で感心していた。
で、このMSをファイナリィに持って帰るという。
もともとファイナリィに配属される機体だったので、そうする事が一番自然なのだと言う。
今日のところはこのMSのお披露目で終わり、フエンとサユ、アストは待ちのホテルに宿泊した。
デュライドはメリーナの家に残った。
その頃、リエンとミリア、マリューはディナ・エルスの首脳陣たちと話しをしていた。
「入港感謝しています」
「いや、デュライドに言われたのではな」
首脳陣はデュライドにかなり借りがあるらしい。
それを話し始めた。
ここにまだデュライドが居た頃。
ディナ・エルスのMS工学を付けねらい、よく宇宙海賊が訪れていたと言う。
その度に人々は不安になった。
だが、ロイドと同じくハーフコーディネイターのデュライドがこのコロニーで作られた防衛用MSで出撃し、海賊が攻めてくるたびに追い払っていたと言う。
その時、デュライドは僅か10歳。
こんな子供にディナ・エルスを守ることが出来るのに、自分達大人は何も出来なかった。
勇気付けられたのだ、立った10歳の子供に。
それからだ。
ディナ・エルスが「それ以上の介入を許さなく」なったのは。
彼が12歳の時、地球へと渡った。
その後はその法をかざし、比較的平和と言える日々が続いた。
それでもやって来る海賊は居たのだが。
デュライドの過去を知り、リエン達は感心せずにはいられなかった。
そんなデュライドはと言うと。
「ねぇ、おいしい?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「ねぇ?」
「・・・・・・・ああ。何度も言うな」
「うぅ・・・」
メリーナがへこむ。
デュライドはメリーナお手製のクリームシチューを食べている。
昔から料理下手だったメリーナだが、日々精進し、今ではかなりの腕前になっている。
クリームシチューを食べ終えたデュライドはテラスに出た。
とてもコロニーの中とは思えない光景がそこにはあった。
平和な時の地球も、こんな感じなのだろう。
この光景が地球で見れるのは、当分先だな。
そんな事を考えていた。
ここを出れば自分はまた軍人になる。
ため息をついた。
「デュ〜ライドっ!」
「おわぁっ!?」
彼にしては珍しく情けない声を上げた。
メリーナだ、こんな事をするのは。
と言うよりもこの家には今、デュライドとメリーナしか居ない。
メリーナは手に何かを持っている。
お守りのようだ。
「ねぇ、デュライド」
「何だ?」
「次は・・・・・・・・・何時戻ってくるの?」
「さぁな。この戦争が終われば、いつでも戻ってきてやる」
風が吹いた。
もちろん自然のものではなく、人工的なものだ。
それでもデュライドは良かった。
戦場に出てから、静かに風に当たる時間もなかったから。
「お願い・・・・・・。絶対、死なないで」
いつの間にか彼女は泣いていた。
少し驚いたデュライド。
嗚咽を漏らし、メリーナの顔は涙で濡らされ、ぐしゃぐしゃになっていた。
はっきり言ってその約束は出来ない。
何時死ぬか分からない。
それが戦場だから。
そっとメリーナの涙を拭って。
「ああ・・・・必ずな」
口付けを交わした。
地球で言うところの朝になった。
今日の昼過ぎにファイナリィは出て行くことになっている。
デュライドが目を覚ました時にはフエン達が家に居た。
迎えに来るには早すぎる。
「どうした」
「ん。早く起きちゃって」
フエンが答える。
「ね、早めにあのMS運んだほうがいいんじゃないのかな?」
「そうだな。じゃあ、あと二時間くらいで運び出すか」
デュライドがパンをほおばる。
それからMS運搬のための作業が始まった。
トレーラーの運転はデュライド、フエンとアストは先に戻り整備士に新しいMSがくる事を伝えた。
積み込み作業が終わり、デュライドはメリーナに呼び出された。
ちなみにサユはトレーラーの中で待機。
「デュライド、気をつけてね」
「分かっている・・・・・。大丈夫だ、死ぬ事はないさ」
そう言うとトレーラーのほうへ向う。
「あ、待って!」
メリーナは何かを渡した。
それは昨夜もっていたお守りだった。
渡しそびれたのだろう、それを今渡した。
ありがたくもらったデュライド。
お守りを首から下げた。
「じゃあな」
「うん・・・・・・・・」
トレーラーが走り始めた。
去っていくトレーラーを悲しい目で見ているメリーナ。
また会える事を願い、手を振った。
新しいMSが来るという事でファイナリィではちょっとした騒ぎになっていた。
格納庫の整理が行われ、あわただしくなっていた。
エメリアがため息をつく。
「まったく、こんなに慌しくなって・・・・・・・・もし敵でも攻めてきたらどうするのよ」
「大丈夫でしょう? ここは中立なんだから」
ディーアがバスターダガーの足元で言う。
自機の整備をしていたようだ。
ラグナもうなずく。
「そうもいえないでしょう?」
そのことに二人は小首をかしげた。
「ヘリオポリスの件があるじゃない。あそこも中立だったのに・・・・・・・・あんな事になっちゃって」
確かにそうだ。
ヘリオポリスは中立だったがザフトの攻撃により崩壊した。
その時の一人が、アスランなのだが、彼はそのことを実に悔やんでいる。
自分のしていることが正しいと思い、行動し、むやみに戦火を広げていった。
父であるパトリック・ザラが暴走し、ラクスに悟られ、初めて気づいた自分のおろかな行為。
そこへ、トレーラーがやってきた。
新しいMSに胸を膨らます反面、整備機が増える事に少し嘆いていた整備士。
スパイラルが格納された。
見た事のないMSに皆が注目している。
だが、デュライド一人だけはそんなに興味を持っていなかった。
「デュライド君」
「・・・・サユさん?」
「いいの? あの子のそばにいなくて」
「あいつだって子供じゃないんです。それに俺は軍人ですから」
そう言うと、格納庫から外を見た。
徐々にディナ・エルスの風景が後ろに流れていく。
何か言いたそうなサユを横目に、デュライドは外を見ていた。
やがて外に出てディナ・エルスを後にした。
その時、デュライドは目を凝らした。
何かがこちらへ、いや、ディナ・エルスへ向っている。
その何かを判別したデュライドは叫んだ。
「戦艦だ!!」
全員がはっとなり、外を見る。
戦艦がこちらに向っている。
何故発見が遅れたのかというと、おそらく船体が黒いからだろう。
肉眼ではぼんやりと見えるが、レーダーに頼るとそういうこともなくなる。
整備士の一人がブリッジに連絡をしている時、デュライドはヴァイオレントに乗り込んだ。
「どけ」
その一言で十分だった。
カタパルトハッチに移動し、出撃した。
(ディナ・エルスを戦場にするわけには・・・・・・・!)
敵艦のデータはどこにもなかった。
ザフトでも、連合でも、ネオ・ジェレイドでもない。
海賊だ。
敵の戦艦からMSが出てきた。
ストライクダガーやジン・ハイマニューバなど既に旧式のMSばかりだ。
中立コロニーだからとたかをくくっていたのだろう。
敵機は六機。
『デュライドさん、援護は?』
フエンの声だ。
デュライドは即答した。
「いらない」
『分かりました。頑張って下さい』
デュライドはメリーナのお守りを握り締めた。
ヴァイオレントのスラスターを前回にして、ビームソード「デュランダル」を抜いた。
敵機を切り裂いていくヴァイオレント。
その戦闘はディナ・エルスでも放送されていた。
一気に不安になるディナ・エルスの住民達。
メリーナもその放送を見ていた。
「あいつらが来たからだ・・・・・・・」
不意に誰かがそんな事を言った。
それが瞬く間に広がり始めた。
ここ数ヶ月、海賊や軍艦が攻めてきた事はなかった。
が、ファイナリィが来たから海賊が来た、という事はあまりにもおかしい。
たちまちファイナリィを貶す住人。
たまらなくなってメリーナは叫んだ。
「いい加減にしてください!」
辺りの空気が静まった。
「どうしてなんですか・・・・・? 今、彼らはこのコロニーを守るために戦っているのに・・・! どうしてそういう事を言えるんですか、貴方達は!!」
「はあああああっ!!」
気合一閃。
最後の一機を沈めた。
敵の戦艦に通信を送る。
「撤退しろ。貴様らに勝ち目など存在しない」
が、その通信を無視して敵艦から新たな機体が出てきた。
それが答えか。
デュランダルのリミッターを外し、「エッケザックス・モード」に移行させた。
敵機は105ダガー。だが動きは通常のものに比べて良い。
相当カスタムされているようだ。
「ちっ・・・・・・・!」
誰が乗っているかはわからないが、腕の立つパイロット。
「誰だか知らないが・・・・・・ディナ・エルスを、故郷を脅かす奴は・・・・・・・・許さない!」
デュライドのスイッチが入った。
敵の動きを冷静に読み、反撃する余地を与えない。
動きが良いとはいえ、相手は量産機。
ヴァイオレントの敵ではない。
敵機がサーベルを抜いて突っ込んできた。
そのサーベルを避け、逆にデュランダルで敵機の胴を真っ二つに薙いだ。
爆散する機体。
直後、敵戦艦から降伏を伝える通信が入った。
こうしてディナ・エルスを後にした。
そのコロニーで手に入れたスパイラルと言うMS。
果たして誰が乗る事になるのか。
ディザイアのMS工場。
ハイウェルの乗るセクエンスは回収作業を受けていた。
ロイドを連れてきた際、ディフェニスのMSライブラリの中にイルミナと言うMSを見つけた。
そのイルミナと言うMSには「M.O.S」と言うシステムを搭載している。
このシステムがあればセクエンスの完成度は更に高まる。
ロイドは地下牢に入れられた。
そこには懐かしい面々がいた。
「ロイド・・・・・・・・様!?」
「リスティア! リスティアじゃないか! まだ・・・・ここに?」
「はい・・・・。一応お風呂とか食事とか、生活に必要な事はさせてもらっているので不自由はないんですが・・・。でも、ロイド様がどうしてここに?」
「・・・・・・・お前は賢いよ、リスティア」
「はい?」
「なんでもない」
ロイドはその身に不安を覚えた。
自分が何のためにここに連れてこられたか、分からないから。
「そういえば」
リスティアが何かを思い出したように言った。
「ハイウェルのMS、今だ完成途中なんですよ」
「完成途中・・・・・・? あの強さでか?」
脱出戦の時を思い出した。
ドラグーン・マイザーによるオールレンジ攻撃。
桁外れの攻撃力に機動性。
あれほどのMSを完成させるとは、いよいよ持ってネオ・ジェレイドと言う組織は大きく道を踏み外し始めた。
ネオ・ジェレイドの真理はナチュラルとコーディネイターの真の共存のはず。
このままハイウェルが行動し続ければ、世界は彼の手に落ちてしまう。
フエン達、ファイナリィ小隊が何とかしてくれれば良いが。
世界が混沌とする時まで、時間は残されていない。
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