第二十一章  決死戦

 フエンはイルミナのコクピット内にいた。
 OSを立ち上げ、システムをチェックしている。
『本当に大丈夫なのか? 一人で』
「大丈夫ですよ、ヴェルドさん。俺だって子供じゃないんですよ」
 そう言って笑って見せるが、その笑顔はどこか硬い。
 それもそのはず。
 事の始まりは今から三十分前に遡る。

 ファイナリィに通信を求めるアラームが鳴り響いた。
 それは国際救難チャンネルによるものだ。
 リエンが応答する。
 声だけが、ブリッジに響く。
『俺はネオ・ジェレイド所属のパイロット、ゼロ・イーターだ! 聞こえるかファイナリィ! いや、イルミナのパイロット! 俺はお前に一対一での戦闘を申し込む! 貴様は俺に、いや、俺だけではない。仲間に屈辱を味合わせた! それを全て貴様に返してやる! 今から座標と開始時刻を送る! 必ず一機で来い!いいな!?』
 それだけ言うと通信は一方的に切れた。
 もちろんファイナリィ中に響いたその通信はMSパイロット達の間でちょっとした噂になっていた。
 フエンは自分の事を言われているのだとすぐに気がついた。
 そして通信相手からの挑戦を受け、彼はイルミナのコクピットにいた。
 しかしフエンは気になっていた。
 通信相手の声はどこかで聞いたことがあるのだ。
 つい最近。
 どこかで。
 結局それを思い出す間もなく、フエンは出撃体制に入った。
「フエン・ミシマ、イルミナ、行きます!」

 ワイバーンではゼロがノーマルスーツに着替えていた。
 あの通信の後、ゼロはエンスに出撃を止められた。
 今でもその時の彼女の言葉が響く。

(私の事はいいから、危ない事はしないで!!)

「くそっ!!」
 荒々しくロッカーを殴ると、ヘルメットを手にロッカールームを出た。
 格納庫には中破され、改造を受けているミカエルがあった。
 その横にはストナー、ドレッドノート、オルフェウス、ベルゼブが立っている。
 エンスの希望でミカエルの改造は今までどおり守りを主体としたMSにして欲しいとの事。
 それはそれで構わない。
 だが、それ以前のハイウェルの言いようにも腹を立てていた。
 ミカエルが中破し、改修された時ハイウェルはエンスに声をかけた。
「心配するな。ミカエルはすぐに強くしてやる」
 そう言ってすぐに作業に取り掛からせた。
 ありがとうございます、エンスが言った。
 ハイウェルは笑みを浮かべてその場を去った。
 すぐにゼロはハイウェルを追いかけた。
 なぜか凄く嫌な気分になったから。
 廊下でハイウェルを捕まえ、ゼロは食って掛かった。
「どういうつもりだ!?」
「何の事だ?」
「あんたは何を考えている!?」
「よせよ」
 言われて離すゼロ。
 ハイウェルは乱れた服装を整え、ゼロと向かい合った。
 やや間をおいて、ハイウェルはこう言った。
「壊れた道具はとっとと補充する。それは当たり前だろう」
 虫唾が走った。
 彼はゼロ達を、いや、ネオ・ジェレイドそのものを「仲間」ではなく「道具」としてしか見ていないのだ。
 ハイウェルは高笑いをして去った。
 残されたゼロは不愉快極まりなくなり、先ほどの通信を行った。
 ゼロはコクピットに入った。
 OSを立ち上げ、カタパルトハッチの上にストナーを移動させる。
 グリーンサインが灯り、発進許可がでた。
「ゼロ・イーター、ストナー、出る!!」

 彼らの決戦の場所は名も無き島だった。
 緑で溢れ、鳥達が囀る、今の世界では楽園なのかもしれない。
 だがその島にキラとアスランは見覚えがあった。
 かつて友を殺され、怒り狂った二人が完全に決別し、本能のままに戦った運命の場所。
 この地でキラはトールを、アスランはニコルを失った。
 そして愛機、ストライクとイージスも。
 その島を彼ら二人は直視できなかった。
 したくても、できない。
 この島で再び二人の少年が刃を交える事になろうとは。
 皮肉な事である。
 二機のMSが対峙した。
 キラとアスランはフエンと相手のパイロットが自分達のようにならないことを祈った。
 その頃のイルミナとストナーはぴくりとも動かない。
 互いに出方を伺っているのだ。
 先に動いた方が負けとはよく言われる。
 そして、両機が動いた。
 イルミナはビームライフルを、ストナーはビームサーベルを手に動いた。
 ライフルのビームがストナーを掠めるが、構わずストナーが走る。
 相も変わらずの機動性能にフエンは一瞬恐ろしいものを感じた。
 だがすぐに気持ちを整える。
 この勝負は考えていられるものではない。
 直感に任せなくては確実にやられる。
 ストナーが超至近距離に接近。
 サーベルを振り下ろすものの、イルミナのシールドに阻まれて直撃はなしえなかった。
 だが再びサーベルを降ろす。
 今度は避けられた。
 ゼロの頭に血が上り始めた。
 両手にビームサーベルを握り、イルミナ目掛けて跳んだ。
 既にライフル系統の武器は無い。
 ゼロはこの戦い、イルミナを殴りに殴って勝ちたいと思っていた。
 エンスを泣かし、自分にも色々と「借り」のあるイルミナを。
 この手で。
 ストナーのビームサーベルがイルミナのライフルを斬った。
 爆発する前にライフルを離し、爆発の衝撃から身を守るためにシールドを掲げる。
「くっ・・・・・! なんて気迫だ。MS越しにここまで気迫が伝わってくるなんて・・・・・・・!」
 イルミナもビームサーベルを抜いて応戦した。
 鍔迫り合いになりながらも両者は一歩も引き下がらない。
 その様子をハイウェルはワイバーンの自室で見ていた。
 その口元には不気味な笑みが浮かんでいる。
 もしこの戦いでイルミナが破壊されればこちらが有利になる。
 仮にストナーが破壊され、ゼロが死んだとしても彼の手持ちはまだある。
 どちらにしてもハイウェルはこの戦いを一興として見ていた。
 そこへ、ヴェイグリートから通信が入った。
 オーブの輸送機が来たのだという。
 ハイウェルはそれを待ちわびていた。
 オーブの輸送機を甲板に着陸させ、中の荷物を見た。
 見た瞬間、ハイウェルは笑い始めた。
 このMSがあればこの世界は確実に彼の物になるだろう。
 邪魔なやつらを排除すればなおの事。
 このMSの名はセクエンス。
 ハイウェル専用の機体として開発された。
 これにはかのプロヴィデンスに搭載されていた「ドラグーン・システム」と、ロイドのディフェニスに搭載されている背部自立型戦闘支援ユニット「ディオガ」のシステムを足した武装「ドラグーン・マイザー」を搭載している。
 これはプロヴィデンスの「ドラグーン・システム」は空間把握能力のある者しか操れないのに対し、ディフェニスの「ディオガ」に使われている期待に搭載されているコンピューターによりコントロール。
 空間把握能力の無い人間でも扱える武装になった。
 他の武装はMMP-01「バルク・ビームライフル」、MAP−07「フィウス・ビームサーベル」、アンチビームシールドに腹部複列位相エネルギー砲「スキュラ」。
 そして「ドラグーン・マイザー」が二十五機。
 まあ、今はこのMSよりも戦闘をしている二機のMSの方が彼は気になっていた。

 戦場は少し動いていた。
 イルミナのシールドが無い。
 どちらが有利かと訊ねられるとストナーと答えるしかない。
 エネルギーも半分をきった。
 まだ動けるが、このままではやられる。
 負けるわけにはいかない。
 フエンは負けるわけには。
 それはゼロも一緒だ。
 エンスと行動していくうちに彼は段々彼女に心を開いていった。
 言わばエンスは彼にとっての太陽なのだ。
 これ以上、エンスを悲しませる奴を生かしておくわけには行かない。
「俺は」
 ゼロはコントロールスティックを握り締めた。
「俺は!」
 そして。
「俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 ストナーが走る。
 その太刀筋から逃れようとイルミナが後方に飛ぶ。
 だが、後方は山があり、足をとられた。
 バランスを崩し、倒れるイルミナにストナーのサーベルが降りた。
 サーベルが捉えたのはイルミナの左腕だった。
 ついに追い込まれたフエン。
 その脳裏に仲間の顔が浮かぶ。
 ロイド・ヴェルド・エイスにアルフ。
 デュライド、ラグナ、アスト、リエンにミリア。
 キラ・アスラン・カガリ・ヴァイスにリィル。
 そして、サユ。
 負けられない。
 まけられない。
 マケラレナイ。
 その強い思いが度を越えた。
 突然イルミナのカメラアイの光が消えた。
 ゼロはこの時、イルミナはシステムダウンを起こしたのだと思った。
 それは大きな間違いだった。
「うわあああああああああああああああっ!!!」
 絶叫するフエンにゼロの手も止まる。
 それはファイナリィからも分かった。
 何せ今まで攻撃していたストナーが突然攻撃を止めたのだ。
 何かが起きたのだ。
 サユは「M.O.S」の計器類を見た。
 「M.O.S」の全ての数値が振り切れている。
 サユの顔から血の気が引いた。
 すぐさまストナーに通信を送る。
「早くイルミナから離れて!!」
 皆が一斉にサユを見る。
 それでも構わずサユは叫ぶ。
「早く! 死にたいの!?」
 そう言った瞬間。

「なっ・・・・!」
 ストナーに物凄い衝撃が走った。
 緊急脱出装置により脱出したゼロはストナーを見た。
 一瞬の間に右腕と左足を持っていかれた。
 そしてイルミナはなおもビームサーベルでストナーを切り刻んでいる。
 ゼロは訳が分からなくなった。
 今のイルミナのカメラアイは紅い。
 それは不気味な紅。
 愛機を失ったゼロはワイバーンに戻るためその場を後にした。
 残されたイルミナはなおも狂っていた。
 ブリッジではサユが説明をしている。
「どういう事だ、サユ。これは一体・・・・」
「おそらくM.O.Sがフエンの感情をトレースしきれなくなったんです」
「どういうことですか?」
「例えばコップに水を注ぎます。その水を満タンになっても注ぎ続けるとどうなりますか?」
 リエンは即答した。
「そりゃあ、溢れて」
「そうです。M.O.Sにもトレースできる限界があるんです。それを超えた時、トレースしきれなかったフエンの感情は溢れるどころか逆流して、フエンの脳に直接叩き込まれます。M.O.Sがトレースしようとした情報と化したフエンの感情が一気に流れ込むと一時的に理性を失い、狂戦士となります。しかしそれは千回、いえ一万回に一回あるかどうかという非常に低い確率です」
「つまるところ、今のフエンはやばいと?」
「・・・・・・・・ええ」
 実に分かりやすいリエンのまとめ。
 即座に第一戦闘配備を発令した。
 MSがファイナリィから発進していく。
 全機イルミナの前に立つが、その異様とも言える殺気の前に動く事を躊躇う。
 だがお構い無しにイルミナが走る。
 そしてメチャクチャにビームサーベルを振り回す。
「落ち着け、フエン!」
 ヴェルドが言うが反応が無い。
 ロイドのディフェニスが対艦刀「ダブルフェイス」を合体させ、グランエッジモードでイルミナに切り込む。
「今は止まっている場合ではないはずだ! 一刻も早くイルミナを、フエンを止めるのが先だ!」
 言われてヴァイオレントがデュランダルを構えた。
「確かにロイドの言う通りだな。俺たちは止まっているわけには行かない!」
 ヴァイオレントが走る。
 だが下手なことをすればイルミナは爆散し、フエンは死んでしまう。
 皆模索していたが、やはり行動しなければなるまい。
 そこでI.W.S.Pストライクブルーとジャスティス・ブルーナイト、フリーダムで空中から。
 ディフェニス、ソルティック、フェル、105ダガー、イージスセカンド、ディグニティで地上から攻める事にした。
 いくらフエンでも二箇所から攻め込まれたらてこずるはず。
 その考えは正しい。
 少なくとも通常の敵ならば。
 今目の前にいるのは敵ではない。
 仲間だ。
 イルミナに攻撃する手が緩む。
 その隙を突いてイルミナが猛攻撃を仕掛ける。
 こちらが数で勝っているとは言え、この状況は不味い。
 すると、空からフリーダムが降りた。
 ラケルタ・ビームサーベルでイルミナを押さえる。
 そんなキラの眼にはSEEDの光が灯っていた。
 何も言わずにイルミナを押すフリーダム。
 それに続き、ストライクブルーのビームライフルが火を吹いた。
 致命傷を避けるべく、左腕を吹き飛ばす。
 最後にジャスティス・ブルーナイトがアンビデクストラトス・ハルバートにしたビームサーベルと高出力ビームライフルサーベル『セイバー』で斬る。
「今だ!」
 ダブルフェイスを地面に刺し、ビームサーベルを抜く。
 そのビームサーベルからは光刃が出ていない。
 その光景にヴェルドは大戦時を思い出した。
 大戦時、ロイドは機体の力を押さえきれずに暴走した。
 その時、彼の仲間であるアキトがビームサーベルの出力を極限まで下げ、スタンガンの要領でロイドの乗る機体を止めた事があった。
 ディフェニスが接近し、サーベルをオンにする。
 紫電が走り、イルミナのカメラアイの光が消えた。
 同時にフエンの意識も消えた。
 イルミナを改修し、ひとまずここを離脱する事となった。

 フエンはすぐさま医務室に運ばれた。
 自体は最悪の方向へ向かっていた。
 「M.O.S」の暴走により逆流した感情にフエンの体が耐え切れなくなっていた。
 すぐに処置が施され、一命は取り留めた。
 だが、その後フエンが目を覚ます事は無かった。
 フエンは昏睡状態に陥っていた。
 もしかしたらこのまま目を覚まさないかもしれないし、目を覚ますかもしれない。
 それは誰にも分からない。
 そのことが発覚してからのファイナリィは重苦しい雰囲気に包まれていた。
 沈黙が、艦全体を包んでいた。
 沈黙に包まれるブリッジで、突然リィルが叫んだ。
「これは!?」
 我に帰るブリッジクルー。
 地球には数多くの新地球連合軍の基地がある。
 その基地の全てがネオ・ジェレイドの襲撃を受けているのだ。
 もちろんパナマも。
 そう、「オペレーション・ジャッジメント・レイ」が発動された。



 (第二十一章 終)



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