第二十章 オーブ沖の戦い

 リエンはミリアの運転する車に乗っていた。
 軍服をしっかりと着て、いつもとは違う雰囲気を出している。
 向かっているのはオーブ行政府。
 そこでカガリやユウナ・ロマ・セイランらと会談を行う事になっている。
 オーブ行政府に到着すると数人の軍人に案内された。
 いくらカガリの知り合いとは言え、新地球連合軍の軍人。
目を離すわけにはいかない。
 案内されてついたのは広間。
 既にカガリとユウナ、他の首脳陣が席についている。
 リエンとミリアは帽子を取り、深々と礼をした。
「新地球連合軍、ファイナリィ小隊隊長リエン・ルフィ―ド大佐です」
「同じく副隊長ミリア・ルフィ―ド中佐です」
 続いてカガリが挨拶をする。
 硬い握手を交わし、早速本題に入ろうとする。
「何故、ネオ・ジェレイドと我々ファイナリィ招待と同時に駐留させた? そこが気になる」
「何故、と言われても・・・・・」
 カガリの言葉が詰まる。
 まさかネオ・ジェレイドに脅迫されたといえまい。
 彼らは人が良い故にそんな事を言ったりしたら何をするのか目に見えている。
 オーブを再び戦火にさらすわけにはいかない。
 カガリが言葉を選んでいた時、
「それは代表のお考えになられた事。貴方方に言う事ではないと思いますが?」
 何時までも返答に困っているカガリに代わって、ユウナが代弁する。
 それは違う。
 これはカガリが決めた事ではない。
 ネオ・ジェレイドが駐留を決めた時、カガリはファイナリィにいた。
 彼らの一存で決めた事。
 代表の意見を無視して決めるとは。
 リエンの頭の中に疑問が生じる。
 しかしその疑問もユウナの次の言葉で吹っ飛んだ。
「しかし、この度のことに関してはレドニル・キサカ代表代理がお決めになられたこと。アスハ代表がそちらにいた時、キサカ代表代理が指揮をとられていた。言うなればキサカ代表代理の言葉はアスハ代表の言葉と同等なのです」
「それにしても、オーブは地球軍やザフト、ネオ・ジェレイドなどの戦力の駐留は認めないのではなかったのか?」
 リエンが返す。
 オーブは大戦時から軍戦力の駐留を認めていない。
 こうして自分達がオーブに駐留できたという事にもリエンは前々から疑問を抱いていた。
 ただカガリがオーブに戻りたいと言った時に正直ここまでしてくれるとは思ってもいなかったからだ。
 今度はユウナの言葉が詰まる。
 その顔は明らかにリエンを嫌っている表情が伺える。
 そこへ。
「おや皆さん、どうなされました」
 一人の男が入ってきた。
 オーブのものでも地球軍のものでもない軍服を着ている。
「ハイウェル・・・・・」
 ユウナが呟く。
 その名を聞いたリエンとミリアの血相を変えた。
 こんな時にネオ・ジェレイドの総帥と出くわすとは。
 計算違いだった。
 ハイウェルはリエン達を見るとすぐにユウナに声をかけた。
「何故ここに新地球連合軍の軍人が?」
「それは・・・・・」
「それはこっちのセリフだな」
 リエンが嘆かを切った。
 ハイウェルが向き直り、二人の男が対峙する。
「今は会談中だというのに無闇に入ってきて・・・・。どういうつもりかは知らんがな」
「ほう。では貴方方はこの国の首脳陣と会談を行っていたと」
「ああ、そうさ。悪いか」
「ちょっと、リエン・・・・・」
 ミリアの声も虚しく、リエンとハイウェルは睨み合っている。
 溜め息をつくミリア。
 こうなれば。
「ほら、もう行くわよ」
「ちょっと・・・・ミリア!?」
 こうなってしまった以上、この会談は続けられない。
 ミリアはリエンを連れて広間を出た。
 残されたハイウェルと首脳陣は話を始めた。
「で、あのMSの開発状況は?」
 それを聞いたカガリが叫ぶ。
「何だそれは!? 私は聞いていないぞ!」
「カガリ、落ち着きなよ」
 ユウナが宥める。
 モルゲンレーテでは、自国の防衛のためのMSの他にもう一機、ネオ・ジェレイド用に開発するように言われたMSがある。
 PS装甲、ビーム兵器、果てはNJC。
 それらを搭載し、更に全てのMSを凌駕する性能を誇るMS。
 ハイウェルはこのMSの開発を最優先で行えと言った。
 もちろん以前計画されていたMSの開発は少し先まで見送りとなった。
「アスハ代表には申し訳ありませんが、我々の目的のためには今開発中のMSが必要なのです」
「だが、何故このオーブでそんなMSを開発しなければならない! 開発をしたければディザイアで・・・・」
「この国の技術が必要なのですよ、アスハ代表」
 ハイウェルは語り始めた。
 ネオ・ジェレイドは地球軍の技術とザフトの技術、それにネオ・ジェレイド独自の技術によりMSの開発を行ってきた。
 この三つはそれぞれ良い点と悪い点がある。
 地球軍は小型ビーム兵器の開発に優れている反面、総合的なMSの種類ではザフトに遅れている。
 ザフトはMSの種類でいえば文句なしだが、ビーム兵器などの運用面では地球軍に大きく劣っている。
 ネオ・ジェレイド独自の技術はこれら二つの良い点を結合させたものだが、ネオ・ジェレイドが設立されて間もないためにその技術を生かしきれていない。
 そこで、モルゲンレーテに目をつけた。
 モルゲンレーテは、地球軍・ザフトの両軍に通じる高いMS開発技術を持っている。
「で、開発状況は?」
「・・・・・・・・向こうに聞いてくれ。私は何も知らない!」
 ハイウェルは笑みを浮かべて広間を去った。
 
 行政府を後にしたミリアとリエン。
 車の中でミリアはリエンを叱っていた。
「どうしてああいう事になるんですか!?」
「仕方ないだろう! あそこでまさかハイウェルがでてくるとは思わなかったんだから! それに、会談中だというのにのこのこと・・・・・!」
 リエンはそれ以降黙った。
 今回の会談は失敗に終わった。
 少しでもオーブの意向が分かればと思っての事だったのだが。
 戻ったところで何と報告をすればよいのか。
 ミリアはそれを考えていた。
 ファイナリィに戻ると、早速エメリアが会談について聞いてきた。
 ミリアは全てを話した。
「それじゃあ、失敗だったんですね」
「ええ、残念ながら」
 エメリアはミリアがいればリエンも下手な真似は出来まいと思っていた。
 現実は違った。
 ミリアがいてもリエンは下手な真似をした。
 今のオーブが何を考えているのかも分からず終い。
 これからどうしたものか。
 幸い、ファイナリィの修理・補給は意外と早く終わった。
 パナマに戻るのも良い。
 だがオーブに残ったネオ・ジェレイドの動向も気になる。
 リエンは決断は下した。
 明朝〇七:〇〇時にオーブをでると言う。
 そのことを艦内放送で伝えた。
 何だかんだでオーブには少しの間しかいられなかった。
 もっと留まりたかった。
 せめてここにいる間は戦いの事を忘れたかった。
 行政府にも明日出ることを伝える。
 相手はカガリだ。
 そのカガリの声が沈んだように聞こえた。
『すまない・・・・。こちらのせいで』
「いや、構わないさ。こちらが決めた事だから」
 最後に「頑張れよ」。
 そう言って電話を切った。
 時は流れて明朝。
 ファイナリィのクルーは甲板に集まっていた。
 ファイナリィの修復・補給をしてくれたモルゲンレーテ及びオーブのメカニックに敬礼をする。
 そんな人間に混じって怪しい行動をとる男がいる。
 見たところモルゲンレーテの人間では無さそうだ。
「やつらが動きました」

 オーブ領海を出るまでは護衛艦がファイナリィについていた。
 領海を超えると護衛艦はオノゴロ島へと戻っていった。
 真っ青な海がモニター一面に広がる。
 今のところ平和だが、果たして。
 不意にブリッジに緊張が走った。
 リィルが報告する。
「この艦の後方、距離500にネオ・ジェレイドの物と思われる戦艦を発見!」
「な・・・・」
「更に艦の前方より敵潜水空母が接近! どうやら挟まれたようです!」
「くそ・・・! 総員、第一戦闘配備! MSは直ちに発進せよ!」
 ファイナリィからMSが発進した事を確認したのか、敵艦からもMSが出撃してきた。
 ただやはりフエンは出撃していない。
 何時まで燻るつもりなのか。
 第一戦闘配備だというのに。
 サユは何度もイルミナの発進を促したが、一向に発進しようとしない。
 彼女は立ち上がりブリッジを出た。
 食堂でフエンを見つけた。
 その表情は硬い。
「フエン・・・・?」
「姉さん」
 サユを見ると立ち上がりその場を去ろうとした。
 が、サユに腕をつかまれ逃げる事が出来なくなった。
「何時までそうしているつもりなの?」
「え・・・・?」
「何時までそうやって戦う事から逃げているつもりなの?」
 サユの声は厳しい。
 フエンは言った。
 戦うと言う事自体が恐ろしい、と。
 それをサユは黙って聞いていた。
 しかし。
 
 乾いた音が響き渡った。

「死ぬのが怖いのは貴方だけじゃないのよ! 誰だってそうよ! リエン大佐もミリア中佐も、デュライド君もヴェルドさんも! 皆! 死ぬのがこわいのは当然よ!」
 激昂。
 サユは続けた。
「確かにあんな場面に出会えばMSに乗るのが怖くなるのかもしれない! でも、今はそんな事を言っている時では無いのよ!」
「姉さん・・・・」
「そうやって、戦う事から逃げないで・・・・・」
 言いたいことを言い終えたのか、サユは立ち去った。
 残されたフエン。
 その目に宿るのは、決意の炎。
 急いでノーマルスーツに身を包み、格納庫へ向かう。
 メカニックが出迎え、イルミナを見る。
 果たして今の自分を受け入れてくれるだろうか。
 不安だった。
 でも。
「やるしか・・・・・・ないんだ!」
 OSを立ち上げる。
 ブリッジに通信回線をつなぎ、出撃する事を伝える。
 モニターの向こうで、サユが微笑んだ。
「カタパルト接続! 進路クリア! イルミナ、発進どうぞ!」
「フエン・ミシマ、イルミナ、行きます!!」

 戦闘は熾烈を極めていた。
 敵MSはネオ・ジェレイドノオリジナル機四機ともう一機、青いベルゼブ。
 潜水空母からはベルゼブにリュミアーとリヴァがそれぞれ空と海から攻める。
 ヴァイオレントはオルフェウスと、フリーダムはミカエルと、ストライクブルーはドレッドノートを。
 ソルティックジャスティス・ブルーナイトとは青いベルゼブ、ディグニティはイージスセカンドと共にストナーを攻める。
 それぞれ苦戦している。
 何しろファイナリィに迫る敵も倒さなければならない。
 今回ばかりは苦しい戦闘になりそうだ。
「く・・・・こいつっ!」
 ディグニティの専用高出力ビームライフル「スパーナル」がストナーに向けて放たれるが、ストナーの機動性は大気圏内でも健在。
 ひょいひょいと避けていく。
 ストナーがビームサーベルを手にした。
 そしてスピードに任せてディグニティへ突進した。
 加速するストナーに対し、ディグニティはシールド防御の体制をとった。
 だが加速からの攻撃は危険だ。
 威力にスピード分の力が上乗せされるからだ。
 眼前に光刃が迫る。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 ゼロの叫びと共にストナーが走る。
 しかし。
 ディグニティとストナーの間に何かが割って入った。
 アストは目を丸くした。
 そこにはぜオ・ブースターを装備したイルミナがいた。
「え・・・・・あ、フエン!?」
『はい! ご心配をおかけしました皆さん! もう大丈夫です!』
 思わず皆から笑みがこぼれる。
 今は戦闘中だというのに。
「ここは俺に任せて、アストさんは他のMSの迎撃に!」
『でも・・・・・』
「まっかせてください!」
『う・・・・・・じゃあ、頼んだよ!』
 イルミナが向き直る。
 イルミナを見るなりゼロの中で何かがうずいた。
 あの時も、あの時も。
 こいつにはたくさんの「借り」がある。
 それを今、
「返してやる!! うああああらああああ!!」
 ストナーが走る。
 手にしたのは30mm低エネルギーライフル。
 それを放ち、ビームサーベルにすぐさま持ち変える。
 イルミナを見て無闇にサーベルを振るうストナー。
 一方のイルミナは最低限の動きで攻撃を見切っている。
 今のイルミナは強い。
 フエンのやる気を「M.O.S」がトレースし、イルミナの性能を引き上げている。
 迷わない。
 逃げない。
 フエンは再びその手に銃を取った。
 シールドでストナーの一撃を防いだ。
 ビーム粒子が飛び、その二機を明るく照らす。
 ゼロは笑った。
 こいつがいてこそ戦いは面白い。
 鍔迫り合いの状態になる二機のMS。
 そのパイロットが既に出会っているとは知らずに。
 互いの信念のために刃を交えた。
『ゼロ!』
 声が響く。
 ミカエルがイルミナに「アース」で切りかかる。
 やや遅れてキラのフリーダムも駆けつける。
 アースは通常のビームサーベルの四倍もの長さを誇る。
 そのため中距離戦闘でも多大な効果を発揮する。
 イルミナのビームライフルが放たれるがミカエルのアンチ・ビーム・コーティングが施された六枚の羽の前にはビーム兵器はその威力を発揮できない。
 フリーダムがラケルタ・ビームサーベルを抜き、攻撃を仕掛ける。
 ミカエルは避けずに六枚の羽根で受け止める。
 そして攻防一体特殊兵装「ソウルアライヴ」でフリーダムの左腕を斬りおとした。
 それでもフリーダムの機動性は落ちない。
 全ての砲門をミカエルに向ける。
 フル・バーストモード。
 フリーダムのそれは既存のMSの武装の類を超えている。
 そのためか発射するまでに微妙なタイムラグがある。
 そこをストナーがサーベルで切りかかる。
「なっ・・・・・・」
 キラは絶句した。
 前にも増してこの二機のMSのコンビネーションが良くなっている。
 だが。
 イルミナのゼオ・ブースターに内蔵された二本の「大型ビームサーベル」が隠しアームにより展開された。
 更に手にはイルミナ本体に内蔵されていえうビームサーベルも持っている。
 四つの光刃がストナーに迫る。
 ストナーの高機動性能をもってして避けきれない。
 眼前にサーベルが見えた。
 刹那―――――――。
 ゼロは言葉を失った。
 そこにいたのはミカエル。
 翼を展開し、機動性を上昇させてミカエルの前に回りこんだため、アンチ・ビーム・コーティングされた六枚の羽が機能しなかった。
 ミカエルの下半身をビームサーベルが貫いた。
「ああっ!」
「エンス!」
 エンスは脱出をしたがミカエルは爆散した。
 ストナーのマニュピレータの上にエンスは降りた。
「大丈夫か、エンス!」
「ゼロぉ・・・・・」
 エンスが泣きながら抱きついた。
 そしてゼロは最上級の憎しみを目に宿してイルミナを睨んだ。
 だがストナーのエネルギーが切れ掛かっている。
 仕方がなくワイバーンに帰艦した。
 フリーダムもイルミナも、他のMSもファイナリィに帰艦していく。
 敵MSもエネルギーが尽きそうなのか帰艦していく。

 ゼロはエンスを降ろした。
 ミカエルという愛機を失ったエンスは泣きじゃくっていた。
「エンス、泣いちゃダメ」
 リエーナが慰める。
 ゼロは拳を強く握った。
 ワイバーンはMS収容のため動けない。
 その間にファイナリィは最大全速で宙域を離脱しようとしている。
 ストナーを見るゼロ。
「おい、補給はどうなっている」
 メカニックに声をかける。
「え・・・・もう少し時間がかかります」
 舌打ちをする。
「ゼロ、何を考えているんだ、お前」
 グリーテスがゼロに言うが、ゼロは無視をしている。
 シセリアもリエーナもゼロを見ている。
 ゼロはヘルメットを手に格納庫から去った。


 (第二十章  終)




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