第十九章 オーブ入国
月面ノースブレイド基地からイルミナの修理にメカニックがやってきたのは、戦闘が終了してから一晩経った時だった。
シャトルでパナマに下り、そこから修理用のパーツなどを輸送船に積んでファイナリィに辿り付いた。
すぐに修理に取り掛かってくれたためオーブに入国する時には直っているはずとのこと。
それまで敵が襲ってきても当然だがフエンは出られない。
そのフエンは多少沈んでいるが、戦闘直後の様子に比べて大分落ち着いた。
だが、OSのチェックをしてもらうためにフエンがコクピットに入ると、息が荒くなる。
終いには目まいがするという。
先の戦闘でフエンは死に直面し、それがフエンの心に深い傷をつけた。
MSパイロットにとってコクピットに入れないのは致命的。
どうしようもないまでの絶望感に打ちひしがれるフエン。
そんなフエンをロイド達は哀れと言うしか他のない目で見ていた。
「まぁ、仕方が無いって言えば仕方がないけどさ・・・・・・」
ヴェルドが言う。
ヴェルドも自分が死に直面した時、次から普通の顔をしてMSに乗れるかと問われると、乗れないかもしれないからだ。
辺りの空気が沈んでいくのが分かる。
イルミナのほうは直ってもフエンが傷心のままではどうにもならない。
乗るも乗らないも、フエン次第なのだ。
そのことは彼も十分分かっているはずなのだ。
「そうだな。フエン次第と言うところか」
珍しくヴェルどの意見にデュライドが同意した。
つられておずおずとアストが言う。
「でもやっぱり、そう簡単に治らないと思う。心の傷は」
皆が黙る。
心の傷ほど治るのが難しいものはない。
どうしたら良いのか。
模索していた。
結局フエンに全てを任せてみようと言う事になった。
それ以外に方法はない。
皆がしんみりしている時、艦内にサイレンが鳴り響いた。
一気に慌ただしくなる艦内。
オーブは目前だと言うのに。
「ブリッジ、どうした!」
ロイドが艦内電話で訊ねる。
答えたのはリィル。
『この艦の後方距離五百にネオ・ジェレイドのものと思われる潜水空母を確認しました!』
「敵の数は?」
『数は六! ベルゼブにサブ・フライト・システム「ガーナー」です」
オーブに近いため多数での出撃は出来ない。
そこで飛行能力があり、ロックに時間がかかる射撃よりも格闘での戦闘が得意なMSの出撃が望ましい。
その結果、デュライドのヴァイオレントとラグナのジャスティス・ブルーナイトが最適だった。
三番カタパルトハッチが開き、ヴァイオレントが出撃準備をとる。
『進路クリア! ヴァイオレント、発進どうぞ!』
「デュライド・アザーヴェルグ、ヴァイオレント、出る!」
続いてジャスティス・ブルーナイトが発進した。
すぐにファイナリィの後方にまわり、敵機と交戦する。
リエンから二人に「オーブが近いからなるべく大きな被害は出すな」と指令がくだった。
それを了解し、二機のMSは走った。
指令を下し、溜め息をつく。
ここまで来てまさか敵の追撃を受けるとは、思ってもいなかった。
先の戦闘で諦めたのかと、リエンはそう考えていた。
あくまでそれはリエンの基準で考えた事なので常人から考えれば仕返しが来る事位容易に考え付いただろう。
すると、前方にぼんやりと陸地が見えてきた。
オーブ首脳国領オノゴロ島だ。
すぐに行政府に通信回線を開いた。
「こちら新地球連合軍艦ファイナリィ。応答せよ」
『オーブ代表代理、レドニル・キサカ特佐だ。こちらの代表がいるとの事だが?』
「ああ。すぐに出すが?」
『いや、我々はそちらを信じているからな』
「そうか」
暫く会話が続き、リエンが伝えるべき事を伝えた。
「現在オーブ沖で戦闘が発生している。なるべくオーブに被害は出すなと伝えてあるので大丈夫だとは思うが・・・。念のため戦闘が終了し次第そちらに入国しようと思う」
『了解した。戦闘が終了したらもう一度回線を開いてくれ。そちらに護衛艦をまわす」
通信が終わり、クルーが安堵した。
リィルが敵軍撤退を知らせ、第一戦闘配備は解除された。
ヴァイオレントとジャスティス・ブルーナイトが帰艦し、ファイナリィはオーブに入国した。
入国後、カガリは行政府に向かった。
連れにはカガリからの指名でアスランが付き添う事に。
他のクルーは艦での待機命令が出された。
カガリはすぐにキサカと出会い、今の状況を尋ねた。
ネオ・ジェレイドがあちこちで勢力を伸ばしている。
無論このオーブにもその手が伸びていた。
そしてキサカは他の首脳陣には聞こえないように耳打ちした。
オーブには今、ネオ・ジェレイドの艦が停留していると。
驚きを隠せなかった。
ファイナリィをこうもすんなりと入国させた裏にはこの理由があった。
大戦時、地球連合軍艦アークエンジェルは発砲もされたと言うのに。
とにかくカガリはこれからオーブでの責務をこなす事となった。
「大丈夫なのか、一人で」
アスランが不安げに問う。
それに対して自信を持って答えるカガリ。
安心したのかアスランはファイナリィに戻るとカガリに言った。
カガリはそれを見送った。
暫くの間会えなくなるが、今の戦争が終わればまた会える。
そうカガリは信じている。
その頃のファイナリィでは本格的にイルミナの修理が行われていた。
粗方の修理は終了していたが、モルゲンレーテの技術力を持ってすればイルミナは新品同様までに修理が可能とのこと。
モルゲンレーテの技術士の中にはエリカ・シモンズ技術主任がいた。
彼女は大戦時、ロイドの乗る「GAT-X142 ブレイズ」の整備を勤めた。
そしてブレイズに搭載されていた特殊システム「G.O.D.SYSTEM」の開発に携わるほど、MSに関してはかなりの知識を持っている。
そんな人がイルミナを直すのだ。
期待せずに入られない。
が、当のフエンは相変わらずコクピットには入れないでいた。
いくらイルミナが新品同様までに修理を受けたとしても乗り手がいないのでは。
リエンはフエンの事を気遣ってか、オーブヘの上陸許可を全クルーに出した。
思いもしないことにクルーは心から喜んだ。
早速着替えて外に出るもの。
他の者とともに出るもの。
様々だ。
当然MSパイロット達も上陸を考えていた。
ヴェルドはエイスとアルフ、エメリアと。
デュライドはヴァイス、リィル、アスト、ラグナと。
リエンはロイドとミリアと。
そしてフエンはサユと。
キラは戻って来たアスランと共に。
修理の方はノースブレイド基地のメカニックと、モルゲンレーテの方でやると言う。
それぞれの休暇が今始まった。
外は人で混み合っていた。
さすがオーブと言った所だ。
ヴェルドは気の向くままにエイスとアルフ、エメリアと歩いた。
人の波に流されそうになるが、何とか踏ん張り前へ進む。
「人が多いですねぇ」
「まあ、この国はいろいろなところからの文化が混ざっているからな。来るだけで世界の文化を知れるようなもんだ」
アルフが語る。
大戦時に自爆した国がここまで復興するとは、誰もが驚いていた。
しかしもっと驚いたのは、前にも増して賑わっていると言う事だ。
「ねぇ、あれ」
エメリアがとある店舗を指した。
そこでは「挑戦者求む」と書かれた看板が出ていた。
何が行われているのか。
興味が生まれ早速覗く四人。
そこはアームレスリングのストリートカップを行っていた。
チャンピオンと思われる筋肉丸出しの男が挑戦者をひねり潰している。
かなりの強者と思われる。
司会が他の挑戦者を探す。
「俺がやる」
辺りに凛とした声が響く。
どこかで聞き覚えのある声だとヴェルドは思った。
テーブルに座ったのはそう、デュライドだった。
見ると他の四人もいる。
向こうは気付いていないようだ。
「始めっ!」
チャンピオンが一気に攻める。
が。
「どうした? これが本気なのか?」
デュライドの腕は動かない。
チャンピオンがどんなに力を入れても動かない。
ここでデュライドが力を出した。
あっという間にチャンピオンの腕がテーブルにつき、デュライドが新チャンピオンになった。
「さぁ、今新チャンピオンが誕生したが、このチャンピオンに挑戦するものはいるか!?」
「はいはいはーい! 俺がやる!」
ヴェルドがサッと手を挙げた。
その瞬間デュライドの顔が引きつり、ラグナ達もヴェルド達の存在にようやく気が付いた。
ヴェルドが椅子に座る。
デュライドは溜め息をついた。
「・・・・・・・・・なんであんたがここにいるんだよ」
「エメリアに聞いてくれないか?」
二人は戦闘態勢をとった。
明らかに目は本気だった。
その場だけ空気が二度下がった感じがした。
「それではー! レディー・・・・・・ゴー!!」
「ちょ、ちょっと姉さん!」
「さあ行くわよ!」
手を引くサユ。
フエンの足取りがおぼつかない。
買い物となるととたんにはしゃぎだすのはサユの昔からの癖だ。
それはフエンも分かっているのだが。
今回は場所が悪すぎる。
オーブはサユが昔から来てみたかった場所。
そんな場所で買い物が出来るのだから嬉しくてしょうがないのだ。
まずは服屋に立ち寄るサユ。
色々な洋服を試着し、自分でうっとりしている。
フエンも自分の服を探そうとしたが、あいにく女性専門店。
男性物が売っているはずがない。
サユは色々着た中から自分が気に入った服を手にレジへ向かった。
これからまだまだエスカレートする事を知らずにフエンは店内をうろうろしている。
次に金物屋。
様々なアクセサリーが売っている。
ここでもフエンは用がなく、サユの荷物持ちをすることに。
丁度今は人々が一番活動する時間帯のためか、外は人が溢れている。
そんな中をフエンは荷物を持って歩いている。
サユはご機嫌そうに鼻歌を歌っている。
その時だ。
フエンは気付いた。
サユの姿が見当たらない。
今の今まで鼻歌を歌っていたのに。
辺りを見回すがサユの姿は何処にもない。
はぐれてしまったのだ。
途方にくれるフエン。
両手に持った荷物が重い。
とりあえずカフェテラスに入り休憩する。
コーラを頼み一息つく。
カフェテラスも人でいっぱいだったが辛うじてフエンは座れた。
平和すぎる国だ。
本当にこの国は大戦時自爆をしたのだろうか。
あの時自分は宇宙にいたため詳しくは知らない。
コーラをすする。
カフェテラスのベルが鳴った。
フエンはちらと見た。
若い男女が入ってきた。
男の方はかなりの美形。
短く切った髪がその顔を引き立てている。
女の方は金髪をショートにしている。
顔立ちはやはりきれいでどこかあどけない。
カフェテラスにいた客もざわめいている。
と、フエンのもとにウェイトレスがやって来た。
席がいっぱいなので相席をさせて欲しいとの事。
「あ、構いませんよ」
ウェトレスは礼を言って二人を案内した。
二人のうち女の方は遠慮深げに座るが男の方はそうでもない。
歯に衣着せぬ性格と見た。
男の方はコーラを頼み、女はオレンジジュースを頼んだ。
すると、女の方がフエンに声をかけた。
「あの、その荷物・・・・・」
「え? ああ、これは俺の姉さんの荷物だよ。さっきはぐれてね・・・・。何処に行ったのやら」
フエンはコーラのお代わりを頼んだ。
男の方はじっと黙っている。
やがて二人の頼んだものが手元にきた。
「えっと、それで」
女の方がフエンに尋ねた。
「大丈夫なんですか? そんな荷物を持って」
「んー、まぁ重いけど平気だよ。慣れてるし」
と、男がコーラの入っていたグラスを荒々しくテーブルに置いた。
そしてフエンを睨んだ。
その眼光にフエンは一瞬だがたじろいだ。
「くだらねぇ」
「ちょっと、ゼロ!」
ゼロ?
フエンは初めてこの男の名がゼロという事を知った。
そしてその疑問を口にした。
「ゼロ・・・・・?」
「この人の名前です。あ、私はエンスです。エンス・パーシ」
エンスは改めて頭を下げた。
ゼロはふて腐れたようにそっぽを向いている。
エンスがゼロに注意しているのを見て、微笑ましいと素直に思った。
幼い頃の自分とサユを感じさせた。
同時刻、デュライド達と合流したヴェルド達はレストランにいた。
なにせ九人という大人数。
レストラン以外で立ち寄れそうな場所はない。
ちなみにアームレスリングの結果だが、勝ったのはデュライド。
ヴェルドは僅差で負けてしまった。
九人はそれぞれジュースやコーヒーを頼むとお喋りに興じた。
普段ファイナリィの中では言いにくいことを話す、暴露会みたいなものだ。
二時間、九人はレストランにいた。
支払いはヴェルド、割り勘ではない。
外は人ごみも消え、落ち着きを取り戻している。
当たり前だ。
今人々は・・・・・・。
「ケンカだ!! 向こうでケンカが始まったぞ!!」
そう、そのケンカを見に行っているからだ。
もちろんヴェルド達も気になった。
人だかりを掻き分け、中心部に出ると、二人の女を連れた男が顔に傷を作って立っている。
相手は三人の男。
隣の人物に理由を聞くと、何でも傷を作った男の連れの背の高い女の方が三人の男の一人にぶつかったらしい。
それがケンカに発展したのだと言う。
女を連れている男にとってこの状況は絶対的に不利。
それでも立ち向かう。
すると三人の男のうちの一人が素早くナイフを取り出し、隙を見て襲い掛かった。
「危ないっ!」
ヴェルドが飛び出す。
そして一蹴の後に相手を吹き飛ばす。
蹴られた男は何があったのか判断が遅れていた。
そのままヴェルドは女を連れた男に加勢をした。
勝ったのはヴェルド達。
三人の男はさっさと退散していった。
「いやぁ助かったよ。ありがとう」
「本当に危なかったなぁ。お前」
かなりノリの良い男のようだ。
似たもの同士すぐにヴェルドと意気投合した。
その後の話で男はグリーテス・トーラ、背の高い女はシセリア・アーリクロスト、無口だがエイス曰く「可愛い」女はリエーナ・カラファーということが分かった。
ヴェルドも、他の皆も気付いていないが、エメリアはどこか引っかかるものを感じていた。
「シセリア」と言う名前の女に。
話も一段楽したのか、グリーテス達は連れがいるから、といってどこかへ行ってしまった。
話をしていて気付いていなかったが、既に自由時間も限度に迫ろうと言う時間になっている。
ヴェルド達は慌ててファイナリィに戻った。
ファイナリィに戻った後、エメリアはノートPCで大戦時の情報をあさった。
ザフト・連合のエースパイロットの軌跡などがモニターに映し出される。
その中にはアスランや、キラの名前もある。
読み進めていくと、、あった。
「これだわ。シセリア・アーリクロスト。元ザフトレッドにしてMS部隊の隊長としてザフトが初めて軍事行動を行った時の戦闘に参加・・・・MA28機、戦艦6艦と多大な戦果を上げた。その後は各地を点々とし、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の折に姿を消した。一説ではその後、ネオ・ジェレイドに入隊したと言う噂がある」
やはりあの女はシセリアだった。
すぐにリエンにこのことを報告しに行った。
「失礼します。リエン艦長、話があります」
「どうしたんだ、いきなり」
「実は・・・・」
エメリアは話し始めた。
聞いていくうちにリエンの表情が変わる。
「それじゃあ、このオーブに俺達以外にネオ・ジェレイドがいると?」
「ええ。そう考えて良いでしょうね」
「もしそれが本当ならば、大変な事になりかねませんよ?」
同質のミリアが言う。
その声には明らかに不安が混ざっている。
ミリアの言う大変な事とは、色々浮かんでくる。
その中でも最も厄介だと思われるのがスパイだろう。
こちらの行動が全て的に筒抜けなのは痛い。
「分かった。この件に関しては検討しよう。俺は明日、行政府に行く」
「私もお供します」
ミリアも付いていくらしい。
彼女がいればリエンもヘタな行動に出られない。
エメリアは心底安心した。
明日の緊急会談が波紋を呼ぶ事になろうとは、予想もしていないことだが。
(第十九章 終)
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