第十八章 海戦

 ファイナリィは大西洋にいた。
 既に北欧を発ってから二日が過ぎた。
 ネオ・ジェレイドのMSも攻めてくるわけでもなく、ただひたすらに平和な日が続いた。
 その中で半舷休息がとられ、クルーは甲板にでて大西洋の広大な海を堪能していた。
「凄いですねー、深そうですー」
「エイス、はしゃぐと落ちるぞ?」
 アルフがエイスをとめる、。
 エイスはぱたぱたと手を振り落ちないようにふんばっている。
 ヴェルドはアルフの横でボーっとしている。
 いつものヴェルドらしくない。
 ヴェルドは海に恐怖感を抱いていた。
 幼い頃に海難事故に遭って以来、海が怖くなったのだという。
 大人しいヴェルドはいささか不気味だ。
「わー、フエンこっち来てごらんよ!」
「待ってよ、姉さん」
 フエンとサユの仲良し姉弟がやって来た。
 その後ろにはデュライドとアスト、ラグナもいる。
 更にその後方にはエメリア、ミリア、リエンが話しながら来た。
 現在ブリッジの指揮はマリューが行っている。
 よく見ると甲板にはキラやアスラン、カガリもいる。
 おそらくパイロットは全員甲板に出ている。
 カモメが飛び交い、潮風が気持ちいい。
「でも、まさか本当にオーブへ向かってくれるとはな」
 カガリが言った。
 本人も半ば無茶だとは思っていたが、了承してくれたリエンに彼女は頭が上がらない思いだ。
 隣で聞いていたアスランとキラは何故オーブに向かうように言ったのかが気になっていた。
 彼女なりの理由があるのだと思うが。
「実はな」
 話し始めるカガリ。
 その表情は曇っている。
「この艦を降りようと思ったんだ」
「え・・・・・?」
「私はオーブ代表としての責務がある。何時までもキサカや他の奴らに任していられない」
 彼女は悩んでいたのだ。
 皆がオーブで頑張っている中、自分はこうして世界を回っているのだ。
 世界情勢を知る事は大切だが本来自分のやるべき事をやろうとカガリは決めたのだ。
 その末にオーブへ向かってくれという申し出をリエンにしたのだ。
 ファイナリィを降りるために。
 キラもアスランもそれを止めようとはしなかった。
 多分止めても無駄だという事はわかっていたから。
 それきりカガリは黙ったままだ。
「だが、俺は残るぞ」
 アスランが言う。
 カガリが顔をあげて涙目でアスランを見る。
「いや、そんな目で見られても・・・・・。と、とにかく、俺はまだ降りない。この戦いがきちんと片付いたら、お前の元へ向かうさ」
「アスラン・・・・」
 キラも残るつもりでいた。
 この無益な戦いを終わらせるために、一つでも多くの力が必要ならば、自分も戦う。
 「自由」の名を冠したMSとともに。
 そんな甲板だが、ブリッジでも。
「はぁーあ、私も甲板に出たいなぁ」
「交代なんだから仕方が無いだろ。我慢しろよ」
 リィルがぼやく。
 ヴァイスは別に海に興味を持っていないので、何が楽しいのかよく分からない。
 対してリィルは女性。
海に行きたいという気持ちを持ってもおかしくは無い。
 ぶーぶー言っているリィルを横目に、モニターで監視を続ける。
 何事も無い平和な海。
 眠くなるような光景がモニターに広がっている。
「交代だ」
 入ってきたのはリエンとミリア。
 甲板にいたフエン達も他のクルーとの交代を果たした。
 リィルが走り一番乗りで甲板に出る。
 ヴァイスも外に出る。
 海には興味が無いが、外は心地よい風が吹いている。
 マリューもサイも、ミリアリアも皆楽しそうだ。
 今日は実に良い天気だ。

 格納庫でそれぞれの機体を整備するMSパイロット達。
 何せメカニックの面々も甲板に出ているので自分達でやるしかないのだ。
 静かに整備をする音が響く。
 皆集中しているので、喋ろうともしないのだ。
「アストさん、スパナ取ってください」
「はい」
 フエンがスパナを手にイルミナの整備をしている。
 その手は不慣れだが、きちんと整備をしてやると言う意思は伝わってくる。
 そんな格納庫だが、一人だけ機体の前で頭をひねっているものがいた。
 ヴェルドだ。
 ヴェルドのソルティックの整備の仕方などは第十四機動隊がファイナリィに到着した時に聞いておくべきだった。
 全く分からないのだ。
 そもそもソルティックと言う機体はやや癖のある機体。
 整備も癖のある機体だ。
 手にした器具を手持ち無沙汰に回す。
 それでも自分の機体なので不慣れでも整備を行っていく。
 ちなみにアストが見かねてヴェルドに教えている。
 整備開始から小一時間が過ぎた。
 他の機体の整備はほぼ終了してた。
「あー、違います。そこのチェンバーは右の回線じゃなくて左ですよ」
「え・・・? ああ、これか」
「それとそこのパーツはあまり必要が無いのではずしても良いんですよ」
 どちらが年上か分からなくなる。
 何とかヴェルドも整備を終わらせ、皆食堂に向かった。
 話題はヴェルドの不器用についてだった。
「ヴェルドさんて、不器用だったんですね」
「ああ、昔っからそうなんだ」
「おかげで大切な備品の配線を間違えて爆発させるわ何だで大変だったんだ」
 アルフが語る。
 そのアルフをにらみつけるヴェルドだが、エイスが続けた。
「テレビを直すにも一苦労でしたもんね。自分で直すって言って結局買い替えですから」
「・・・・・・・・・最悪だな」
 デュライドがコーヒーをすする。
 ちなみにブラックだ。
 その横でアストとラグナが溜め息をついた。
 なかなか反りが合わないヴェルドとデュライド。
 今回も結局のところけんか腰になる。
「でも、不思議よね。ヴェルドさんコーディネイターなのに機械作業が苦手だなんて」
 エメリアが言う。
 この中では群を向いてまともな人間なので、一言喋ると場が引き締まる。
 ヴェルド、エイス、アルフはコーディネイター。
 エイスとアルフはコーディネイターなりの作業をこなす事が出来る。
 しかし、傭兵集団「カラーズ」隊長であるにも拘らずヴェルドはMS操縦以外の作業はまるでダメである。
 ヴェルドの親戚でも似たような男がいる。
 コーディネイターなのに機械作業が苦手という事にヴェルドは少なからずコンプレックスを抱いていた。
 そんな雑談をしていたとき、艦内に警報が鳴り響いた。
 それが一瞬で襲撃を知らせるものだという事が判明した。
 艦内電話でリエンに確認を取った。
 レーダーに潜水空母が二隻、反応したのだという。
 しかも既にMSの発進も確認。
 急いで各MSに乗り込む。
 久しぶりに全機が出撃可能な状態だ。
 ファイナリィからMSが発進していく。
 ゼオ・ブースター装備のイルミナ、ジャスティス・ブルーナイト、フリーダム、ヴァイオレントの四機は空を飛行可能なため、空中戦を行う事に。
 他の機体はMS着艦用の甲板に乗り、ファイナリィに接近する敵機の迎撃を行った。
 敵機はサブ・フライト・システム「ガーナー」を装備したベルゼブに、ネオ・ジェレイド空中戦用MS「NJ-MS078、リュミアー」、ネオジェレイド水中用MS「NJ-MS093、リヴァ」、それに未確認のMSが一機。
 ベルゼブとリュミアーは問題なく迎撃していった。
 厄介なのはリヴァである。
 水中から時々顔を出しては引っ込め、こちらの攻撃のチャンすを減らしている。
 未確認のMSもどのような力を持っているか分からない。
「くそ、何処の部隊だ、こいつらは!」
 ロイドがビームライフルを水中に向かって放つ。
 隊長さえ分かればロイドが通信で話が出来るのだが、分からなければそれも出来ない。
 ビームライフルのビームが水面にあたり、拡散していく。
 これがリヴァに苦戦しているもう一つの原因である。
 ビームは水中では使えない。
 水面でもビームは拡散し、相手には届かない。
 よっぽど強力なビーム兵器でない限り、水中に潜む敵を撃つ事は難しい。
 空中で四機のMSが戦っている時、突然未確認のMSが動いた。
 イルミナ目掛けて突進し、大きなクローで捕まえ、水中に引きずり込んだ。
「フエン!」
 デュライドが向かおうとするがベルゼブに阻まれる。
 ヴァイオレントが目の前を薙ぎ払った。
 水中での戦闘はフエンは初めてだった。
 敵機―ヴァラーに向かってビームライフルを撃つが、ロイドの時と同じ様にビームが拡散する。
 ヴァラーのスピードは速く、まともに捉える事も出来ない。
 無闇にライフルを撃つとエネルギーが減る。
 考えていると、コクピット内にアラートサイレンが鳴った。
 はっとなった瞬間、ヴァラーから「フォノンメーザー砲」が発射された。
 それをシールドで防御するが、フォノンメーザー砲はいわゆる「音波兵器」。
 シールドで防ぎきるどころか破壊された。
「く・・・・このままじゃ・・・・」
 その弱気になったフエンの心理を、イルミナの「M.O.S」がトレースした。
 瞬時にイルミナの全性能が低下していく。
 フエンは窮地に立たされた。
 更にヴァラーの攻撃が続いた。
 何とか避けるイルミナだが、水中では運動性能が低下し今は「M.O.S」がフエンの弱気の心をトレースしているため、運動性能は通常の五分の一までに低下している。
 弱気になっても、フエンは諦めていない。
 ヴァラーがイルミナにとどめを刺すために突進する。
 それを受け止め、ビームサーベルのスイッチを入れずに引き抜く。
 それをヴァラーに突きつけ、スイッチを入れた。
 密着状態ではビームは拡散される事無く相手に届く。
 ビームの刃はヴァラーを貫いた。
 ヴァラーの全身は水圧に耐えられなくなり、へこんだ後に爆散した。
 その頃地上では激戦が続いていた。
 ベルゼブの乗るガーナ―の機動性は高く、こちらの攻撃が当たりにくい。
 戦闘が開始されて四十分が経過しても、敵機はなかなか減らない。
「こいつら! しつこいんだよ!!」
 ラグナのジャスティス・ブルーナイトが「セイバー」を剣にして突っ込む。
 援護するかのようにヴァイオレントが後に続く。
 こうなった時のラグナは強い。
 鬼気迫る斬撃に次ぐ斬撃でベルゼブに回避する間を与えず撃破していく。
 「デュランダル」の「エッケザックスモード」を発動させ、複数のMSをまとめて撃破するヴァイオレント。
 それらを回避し、ファイナリィに接近するMSがいたがファイナリィの甲板にいたストライクブルー等の砲撃の前にあえなく散った。 ファイナリィのブリッジでは戦闘報告が続いている。
「! イルミナが帰艦します。中破している模様!」
「え・・・・・」
「ハッチ開放! イルミナを着艦させろ」
 サユの顔が青ざめた。
 よもや戦死したという事は無さそうだが、中破したという事はフエンも何かしらの怪我をしていると考えた。
 だが今は戦闘中、ここで抜け出すわけには行かない。
 サユは再びオペレーターの仕事に意識を集中させた。

 やっと敵MSが減り始めた。
 潜水空母に牽制攻撃を行う。
 これは退避勧告と同様の事だ。
 ようやく理解したのか、敵が撤退していく。
 この牽制攻撃はロイドの発案だった。
 MSがファイナリィに帰艦していく。
 まず皆が注目したのは中破したイルミナ。
 初の水中戦なので慣れるまでに時間がかかった。
 結果的に敵MSを撃破したが、代償は大きかった。
 そのフエンはイルミナが収容されるなり部屋に閉じこもってしまった。
 フエンは戦闘において初めて「死」を感じた。
 これほどまでに恐怖を感じたのは初めてだ。
 今まで何回も死に直面した場面はあった。
 しかし今回は場所が悪かった。
 海という空間。
 海底は暗く、何でも飲み込みそうな雰囲気を醸し出している。
 フエンの部屋の前にヴェルドとサユ、ロイドにデュライドが集まっている。
「あー、入るぞ」
 四人を代表してヴェルドがドアをあける。
 フエンはベッドの上に体育座りで座っていた。
「フエン・・・・・」
 サユが心配そうに見ている。
 ロイドもデュライドもその眼差しは哀れみの念を抱いている。
 ヴェルドの手がフエンの肩に置かれた。
 フエンが顔をあげると、頬には涙の跡がついている。
「ヴェルドさん・・・・・・」
「大丈夫。お前はよくやった」
 今はそれしか言えない。
 ヴェルドがフエンの隣に座る。
「まぁ、イルミナは中破したけどリエンがノースブレイド基地に連絡を取ってメカニックを遣せって言ったからイルミナは大丈夫だ。あとは、お前自身だ。やるかやらないかは」
 立ち上がり、フエンを見据える。
 何をするのか。
 他の三人が見守る中ヴェルドはポケットからお守りを取り出した。
 手作りらしく、二〜三ヶ所ほつれている所がある。
「こ・・・・・れは?」
「お守りだ。お前にやるよ」
 それを渡してヴェルドは部屋から出た。
 ロイドとデュライドも残る気分にはなれず部屋を出て行った。
 残ったサユはフエンの頭を軽く撫でた。
 その顔はやさしく笑っている。
 フエンの眼から涙がこぼれる。
 死への恐怖、自分を暖めてくれるぬくもり。
 それらが一気にはじけた。
「うわああああああああ!!」
 泣き始めるフエンを、サユはあやしていた。

 L2コロニー・ディザイアではある計画が進んでいた。
 その計画は地球にある新地球連合軍の主要となる基地の一斉壊滅、及び一斉占拠。
 発動日はC.E.73、1月15日。
 現在はC.E.72、12月3日。
 残り約一ヵ月半。
 全てを粛清する作戦の名は「オペレーション・ジャッジメント・レイ」。
 「光の裁き」と言う名のこの作戦。
 果たしてその末に何があるのか。



 (第十八章  終)



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