第十七章 束の間の休息

 ゼロはオーブが嫌いだ。
 どちらの軍にも協力せず、結果、自爆という道を選んだオーブが。
 弱いものは強いものに組するのが常識だと彼は考えていた。
 ゼロ達ネオ・ジェレイドのエース五人は今オーブにいる。
 ハイウェルはオーブのレドニル・キサカ代表代理との会談に向かっている。
 暫くの間はこのオーブに駐留するつもりでいるらしい。
 今はまだ上陸許可が下りていないが、何れは下りるだろう。
 それまで退屈な艦内生活を強いられている。
「別にオーブは嫌いだが・・・・・・こうも艦内での生活に飽きると、さすがに暇だな」
 ゼロは荒々しく手にしたコップを置いた。
 隣にいたエンスが肩をすくめる。
「ゼロ? どうかしたの?」
「なんでもねえっ!」
 そう言ってエンスの元を離れた。
 溜め息をつくエンス。
 そのエンスの前の席にシセリアとリエーナが座った。
 今日はグリーテスが一緒ではないようだ。
 シセリアはコーヒーを、リエーナは牛乳をコップに入れてきた。
「はぁ・・・・・・・」
「どうかしたの、エンス」
 シセリアが言う。
「いえ。このままだったらどうしようかなって思って・・・」
 ネオ・ジェレイドがハイウェルの指揮下になって数週間が過ぎた。
 ロイドが指揮官のときはこんなにも息苦しい感じはなかった。
 ゼロも多少だが荒くなっている。
「大丈夫よ」
 シセリアがコップを置く。
 小さい子供を言い聞かせるように優しい声でエンスに言う。
「いつかあの人がきっと戻ってくるわ。それまでの辛抱よ」
 それを聞いたエンスは涙ぐんでしまいそうになる。
 それをこらえるエンスにリエーナがそっと手を置く。
 彼女達は実に強い絆で結ばれているのだ。

 格納庫でグリーテスは四苦八苦していた。
 彼の愛機、ディグニティは宇宙での戦闘を想定して作られている。
 そのため今回地球降下の際は宇宙へ置いてこなければならなかった。
 そんなグリーテスに地上用MSベルゼブが受領された。
 彼は少し物足りなさを感じたが、使えないよりもマシなMSである。
 早速彼の作ったOSをベルゼブにインストールする。
 それが彼を困らせているのだ。
 彼自作のOSは元々ディグニティ用に作られたOS。
 量産機であるベルゼブにすんなりと合うはずがない。
 OSを変えようとするがどこかをいじると、他の場所の具合が悪くなるのだ。
 彼はとことん困っていた。
「あー、もう! どうしてこんなOSを作ったんだか・・・・・」
 自分を責めるグリーテス。
 どうにもならないのでイライラし始めている。
 それでもキーボードを叩く。
 苛つくグリーテスの元にゼロが現れた。
 ゼロもイライラしているようだ。
 そのゼロを遠めで見ながらもキーボードを叩く。
 と、今まで進まなかった箇所のOS修正が偶然にも出来たのである。
 その修正から後ろは難しくはない。
 今までのイライラが嘘のように吹き飛んでいく。
 作業開始から約十時間後のこと、ようやくグリーテスはOS修正から開放された。
 思いっきり伸びをするグリーテス。
 ずっとモニターを見ていたので目が疲れたのか、足元がおぼつかない。
 そんな足取りでグリーテスは食堂に向かった。
 朝から何も飲まず食わずで過ごしていた。
 人よりも食べる量の多いグリーテスは我慢の限界だった。
 メニューの端から頼み、バクバクと食べ始める。
 そんな彼をじっと見るものが一人。
 リエーナだ。
 シセリアはエンスの話を聞いている。
 リエーナの視線に気付いたのか、グリーテスが顔をあげた。
 特に背ける様子もなく、リエーナはただじっとグリーテスを見ている。
「食べる?」
 フォークで刺したハンバーグを見せる。
 リエーナは歩み寄り、ハンバーグを食べる。
 そこへハイウェルが入ってきた。
 会談が終わったらしい。
「お疲れ様です、ハイウェル様」
「ん」
「で、どうなったんですか?」
 ハイウェルは会談の内容を話し始めた。
 ワイバーンはこれから二週間、オーブに駐留する事になった。
 その間上陸許可も出る。
 更にファイナリィが今北欧にいることを皆に伝えた。
 そしてロストの隊が全滅した事も。
「そんな、ロストさんの部隊が全滅・・・・・・!?」
 一番驚いたのはグリーテスだった。
 彼はロストに色々と世話になったからだ。
 そのロストももうこの世にいない。
 皆が感傷に浸る中、明日から上陸許可が出る事を言い、ハイウェルは食堂を後にした。

 一方レジスタンスベースに駐留しているファイナリィでは、ロイドのディフェニスの破壊されたカタストロフの部分にダブルフェイスをを装備する改造を行っていた。
 ダブルフェイスの構造をキラが調べたところ、元々はこのディフェニスに搭載予定だった事が明らかになった。
 だがダブルフェイスを装備する場所にカタストロフを装備。
 これはカタストロフの実験をディフェニスが任されたのだとロイドは語る。
 ディフェニス本体とダブルフェイスのシステムを合わせることは造作もない事だった。
 このダブルフェイスを装備するにあたり、一つ問題も出たのだ。
 ダブルフェイスを装備した事により、ディフェニスの装備に大きく偏りが生じた。
 ビームサーベル二本にダブルフェイス二本の計四本ものサーベルを扱う事になる。
 遠距離への攻撃が難しくなってしまったのだ。
 ロイドの戦い方が元々近接戦闘を好む戦い方のため、ロイド本人は気に入っているようだが。
「でも、これから遠距離用の装備を追加するのは難しいですよ」
 キラが言う。
 ディフェニスの背部には背部自立型戦闘支援ユニット「ディオガ」もある。
 これらを欠かす事は出来ない。
 ディフェニスは完全近接戦闘用MSと化した。
 改造の合間に決戦を勝利で飾ったレジスタンスからファイナリィ隊に色々と物資が補給された。
 使えるかは分からないが一応持っていたほうが良い品が多数あった。
 ちなみにリエンはカガリと一緒にオーブに連絡をしている。
 理由はカガリがオーブに寄ってくれと頼んだからだ。
 目的は定かではない。
 北欧からオーブまではかなり時間がかかる。
 到着するのは五日後と踏んだ。
 ちなみに。
 ディフェニスを改造する一時間前。
 アストとデュライドはフエンの姉、サユについて話していた。
 というのも、サユのフエンに対する接し方が度を越えているのだ。
 なんと言うか・・・・・・甘やかしすぎると、デュライドはアストに言った。
「でも、サユさんの性格なんじゃ・・・・・・・・・」
「そう思うか?」
「え?」
「いや、何でも無い」
 デュライドは立ち上がった。
「どこ行くの?」
「別に」
 デュライドの後を追うアスト。
 何を仕出かすのかと内心不安になっていた。
 ディライドはフエンを訪ねていた。
 そして、サユのフエンに対する接し方の事をどう思っているのかを聞いた。
「姉さんの? そうですねぇ・・・・」
「正直に言え」
 どう聞いても尋問にしか聞こえないが、アストは立ち聞きを続けた。
「昔から姉さんはあんな感じだったから、今さらどう思うとか言われても難しいですよ」
「そうか・・・・・・・・。いや、悪かった。気にするな」
「はぁ・・・・・」
 フエンは小首をかしげた。
 部屋を出たところでアストと出会った。
「なんて事を聞いているんですか」
 見事に注意されたデュライドだった。

 いよいよレジスタンスベースを出るときがきた。
 残念ながらラユル達はフエン達とともに行く事はできない。
 だが平和を願い、ナチュラルとコーディネイターの共存を望む心は同じ。
 離れていても仲間は仲間。
 離れるからといって寂しいと言う気持ちは無い。
 ファイナリィのエンジンが起動し、ゆっくりと船体が浮く。
 外ではラユル達が敬礼をしている。
 今、オーブを目指して北欧を後にした。

 そのオーブでも動きがあった。
 エリカ・シモンズ技術主任の下、オーブ防衛のための新型MSの開発が行われる事になった。
 M1の物よりも多少大きめのビームライフル。
 シールド裏にマウントされたビームサーベル。
 機動性能を確保するためのスラスターに可変型の翼。
 とても量産機とは思えないMSだ。
 それもこれも全てはハイウェルの会談での事。
「もしこの要請を受けなければ、我々はこのオーブと言う国に対して侵略すると言う事も可能なのですよ。そこら辺の事をよく、考えておいてください」
 そう言われた以上、彼らの要求を飲んだとしても、侵略されるかもしれない。
 未だこのMSは図面上での事なのだが、なるべく早くに完成させたいところだ。
 カガリに知られていないのがもう一つの悩み。
 これを見たら彼女が何と言うか。
 容易に想像が出来る。
 
 全てはハイウェルの手の内。
 この世界はハイウェルの中で動き続ける。
 彼の命が尽きるまで。


 (第十七章 終)


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