第十五章  過去の遺産

 ファイナリィのブリッジ。
 今モニターには一人の少女が写っている。
 ラユル・アッバース。
 レジスタンスの一人でC.E71、12月に起きた北欧紛争を戦い抜いたものの一人。
『では到着し次第、連絡してください。着地点まで案内します』
「悪いな」
 通信を切る。
 なんだかんだで地球に来て、即移動。
 やっと休める場所まで来たといった感じだ。
 そのことが艦内アナウンスで流れる。
 クルーの間に緊張が解けていくのが分かる。
 MSメンテナンス中のフエン達もそのことを聞いて安堵の溜め息をついた。
 それから合流ポイントに辿り着いたのは2時間後のことだった。
 時計を見ると午後3時半。
 リエンが連絡している。
 そんな中、ロイドだけは心配だった。
 レジスタンスがまだ残っていることに驚いたが、今の彼らと戦っているのはネオ・ジェレイド。
 彼が立ち上げた組織なのだ。
 そんな彼をラユル達は果たして仲間として見てくれるだろうか。
それだけが今の彼の心には色濃く浮かんでいる。
 やがてレジスタンスの輸送機が到着し、ファイナリィを誘導するように空を進んだ。
 大半のクルーは初めての地に窓から外を見たりしていた。
 指令を忘れているとしか思えないが、ロイドは別だ。
 外の景色も見ないでただ食堂の椅子に座っている。
 彼女らに逢うのが後ろめたいと言える。
 レジスタンスベースはあれから変わっていなかった。
 岩盤にシートを張ったような簡単な内装、そのくせむやみに高性能なレーダーに広いMS格納庫。
 相変わらずこのレジスタンスと言う組織が分からない。
「ラユル・アッバースです。お久しぶりですね、リエン中佐」
「もう中佐じゃないさ、大佐だよ」
 ラユルの後にクレイとリース、ガルムも続く。
 フィリスも元気そうである。
 と、ラユルが何かに気付いた。
 後ろを向いている男の袖を引っ張った。
 ロイドだった。
「・・・・・・・・・・や・・・・やぁ」
 思わず変な挨拶が飛び出す。
 ラユルの方は反応なしだ。
 驚いているのか困っているのか分からない。
 積もる話もあるが、まずは状況説明。
 レジスタンスベースの北東20キロの地点に地球連合軍の施設があったが、それをネオ・ジェレイドが今は使っていると言うのは伝えたとおり。 
 敵の戦力はレジスタンスの戦力とは比べるまでも無い。
 作戦を練っていると、ガルムからこんな報告があった。
 あの基地は元々核ミサイルの製造工場でもあり、爆破物処理場でも合ったらしい。
 大戦時のメビウスによるプラントへの核ミサイルで使用されたミサイルはここで作られていたとのこと。
 しかし肝心の爆破物処理の方は少しも進まず、あの基地には次々と爆破物が搬送されていた。
 その後、爆破物を処理する間もなくあの基地は放棄されて今も尚多くのミサイルや爆弾が残っているらしい。
 敵MSに加えて強力な爆弾まで。
 レジスタンスは圧倒的不利な立場にいた。
 それでも壊滅しないのはもはや奇跡と言えるが。

 作戦会議が終わり、それぞれ解散した。
 ラユルはロイドを連れて表に出た。
 レジスタンスベースの回りはやはり荒野が広がっている。
 何もかもが懐かしい。
「あ・・・あのさ、ラユル」
「うん?」
 ロイドが声を掛ける。
「俺・・・・あの後・・・・・地球軍を抜けてネオ・ジェレイドを設立したんだ」
「・・・・・・・・・」
「今さら言うのも何だけど、こうなったのは俺の責任でもあるし・・・・その、レジスタンスのメンバーには悪いと思って」
「知ってる」
 一瞬の間。
 それでもラユルの顔は優しく微笑んでいる。
 責めたてられると思っていたロイドは呆気にとられた。
「ロイドがネオ・ジェレイドの総帥で、ナチュラルとコーディネイターの共存を本気で考えていたとか。知ってるよ。でもね、入ってはいけない道に入ってしまったのよ、貴方は」
「ああ・・・・」
「で・も。良かった、ロイドが無事で」
 立ち上がるラユル。
 自然とロイドの口元に笑みが浮かぶ。
 そんな二人の元にリエンがやって来た。
「やぁ、お二人さん」
「大佐? どうしたんですか」
「いやぁ、実はなぁ・・・・・」
 二人が連れてこられたのは先ほどの会議室。
 そこにはフエン、ヴェルド、エイスを抜かした他のメンバーが集まっていた。
 話によると、敵基地へ誰か忍び込んで戦力を把握したいらしい。
 何故フエン達を抜かしたかと言うと、リエン曰く「不安だから」らしい。
 戦力の把握、上手くすれば放置されている爆破物の実体も掴める。
 そこで誰が行くか。
 とりあえず決定しているのは、ラグナは決定済みだという。
 元々ラグナはブルーコスモスの工作員としてプラントなど敵基地へのスパイ工作は得意中の得意だ。
 その後ブルーコスモスを脱退、正式に地球軍に入隊したのだ。
 リエンの候補としてはアルフが挙げられた。
 カラーズに入る前アルフは暗殺などを取り扱っていた傭兵だった。
 そのためかスパイ技術にも長けており、こういう事には彼も向いていた。
「俺が行く」
 ロイドが挙手をした。
 一同がざわめく。
「俺が行けば何かと楽かもしれないし、ネオ・ジェレイド時代のパスコードもまだ保管してある。上手くしたら使えるかもしれない」
「そうか。よし、この3人で向かってもらう!」
「え、今すぐ?」
「そうだ」
 リエンが返した。

 三人はジープに乗っていた。
 運転手はヴァイス。
 砂が巻き上げられ、顔にあたり、微妙に痛い。
 ロイドはネオ・ジェレイド時代の制服に袖を通し、後の二人は私服である。
 やがてジープが基地を捉えた地点で止まった。
 三人は降り、基地を目指して歩いた。
 ロイドも上手く基地内には入れるとは思っていない。
 しかし少しでも成功率の高くしたかった。
 そのためのネオ・ジェレイドの制服。
 そんな彼らは裏口に回った。
 こういう行動をとるときは裏口からまわるのが鉄則なのだと言う。
 裏口には兵士が二人いた。
 どちらも銃を持っている。
 となるとやることは一つ。
「あ・・・あなたは!」
「悪いな。眠っていてくれ」
 ロイドの拳が二人を眠らせた。
 兵士の制服を奪い、アルフとラグナはそれを着た。
 カードキーを取り出し、基地内に入る三人。
 基地内は当たり前だが兵士で溢れていた。
 誰一人としてロイドに気が付いていないように見える。
 いや、気が付いているのかもしれない。
 聞けばここの司令官はロスト・ヴェルファーレ。
 ロイドも彼の事を存じていた。
 ネオ・ジェレイドの中でも一・ニを争う名将にして名パイロット。
 彼のMS操縦技術はロイドも高く買っていた。
 そんな彼が今回の敵と思うと、ロイドは自然と恐れを感じていた。
「おい、あれ」
 ラグナが言う。
 指で指した先には核を知らせるマークの描かれた巨大な扉が。
 どうやらカードキーとパスワードの二重ロックになっているらしい。
 が、面倒なのでアルフが手にしたコンピューターでコードをいじると、
「お、開いた」
 重い音を立てて扉が開いた。
 そこから見えるのは長い階段。
 その階段を降り、再び扉が。
 それを無理矢理開けると、広い部屋に出た。
 MS格納庫として使えそうな部屋の中に幾つもの青いシートが何かを覆っている。
 外してみてみると、中は爆弾だった。
 他のシートの中身は大きいものはミサイル。
 それらも爆破物を見ていてロイドは気付いた。
 彼も曲りなりに元地球軍。
 そのミサイルが何であるか位分かる。
「やばいな・・・・。このミサイルは長距離弾道型ミサイル「MP2S」、こっちの爆弾は確か・・・・・・」
 ロイドが爆弾の名称を言おうとした時、物音が響いた。
 気付いた時には遅かった。
 三人は囲まれていたのだ。
「ストーム。それが爆弾の名称ですよ、ロイドさん」
「・・・ロスト」
 ロストが一歩歩み出る。
 室内に緊張が走る。
 少しでも動いたらたちまち彼らの銃にやられそうな、緊迫した状況。
 喋ろうとしても上手く声が出せない。
 それでもロイドは声を発した。
「一つ聞かせてくれ・・・・。本当は気付いていたんだろう? ここの連中は、俺たちが忍び込んだ事に」
「当たり前ですよ。地球軍となった貴方がこんな基地にいるのは不自然ですからね。兵士が俺に連絡をしてくれましたよ」
「やはり・・・・な」
 そう言ったところで状況は変わらない。
 いつ撃たれてもおかしくない状況の中、ロストが兵士に言った。
「銃を下ろせ。そして彼らを俺の部屋に」
 何の計らいだろうか。
 兵士は銃を下ろすと、三人をロストの部屋へと案内した。
 ロストの部屋はこの基地の一番見晴らしのよい場所にあった。
 ここからならば外の様子がわかるし、モニターにより基地内の様子も把握できる。
「さて、どうして貴方達はここに忍び込んだのですか? こちらの戦力を把握するため?」
「まあ、そんなところだ」
 ロイドが答える。
 もう既に見つかってしまったのでどうと言う事でもないということだ。
 アルフとラグナはひたすらロストを見ていた。
 敵司令官として申し分ないカリスマ性を秘めていると悟った。
「そこの二人ですが、新地球連合軍の兵士ですね。なるほど・・・・・・」
 一人で納得しているロストをよそに二人はじっと睨んでいる。
 
 その頃レジスタンスベースでは。
「遅い・・・。いくらなんでも遅すぎる」
 ヴェルドがうろうろしている。
 如何せん遅すぎるのだ。
 アルフもああ言う事をさせたらかなりの腕前なのに、心配だった。
「うろうろしていても仕方が無いだろう。落ちつたらどうです?」
 デュライドがヴェルドに言う。
 どちらが年上なのか分からない。
 クルーの中にも心配の色が見え始めた。
 フエンもエメリアもエイスもアストも、誰もが心配している。
 約一名を除いては。
「よう、どうした、皆して」
「リエン大佐・・・・」
 そう、リエン以外は。
 元々楽観的な人物だが、ここまで来るとそれを通り越えている。
「貴方はどうしていつもそんなに笑っていられるんですか? もう少し心配をしたらどうですか?」
 エメリアがたまらなくなってリエンに詰め寄る。
「別に心配をしていないわけじゃない。でも、ここでぎゃあぎゃあ言ったってしょうがないだろう。あいつらなら上手くやる! 俺はそう信じているさ」
 妙な説得力を感じた。
 何故かリエンが言えば本当にそんな気になってしまう。
 いつもへらへらしているリエン。
 その奇妙な脱力感がかえっていいのかもしれない。
 リエンは軍にはまず、いないタイプの人間である。
 
「で? これから俺達をどうしようという気なんだ?」
 ロイドが言う。
 まさかこのまま返してくれるとは思っていない。
 ロストは暫く考えていた。
 今この場でロイド達と戦う事に何の意味があるだろうか。
 結論。
「今日はこのままお引取り願おう」
「良いのか?」
「ええ、まあ。今ここで戦い合う意味も無いですしね」
「確かに・・・・」
 が、ロストは続けた。
「ですが、『外』ではこうもいきませんよ」
 不敵な笑みを浮かべて。
 むやみに『外』と言う言葉が強調されていた。
 その事に多少の不安感を感じながら、三人は釈放された。
 帰っていく三人を見ながら、ロストは手元にあったMS開発報告書を見た。
 ロスト専用レイスをベースに更に地上戦用に強化が施された機体。
 武装はビームライフル、シールド、ビームナイフ。
 頭部は都合上モノアイタイプとなっている。
 このMS最大の武装は二本の対艦刀。
 一本だと小回りがきき、二本を合体させる事により多くの敵を薙ぎ倒す事が出来る。
 その対艦刀の名は「ダブルフェイス」。
 そしてMSの名はゼクファーナ。
「ゼクファーナとダブルフェイス・・・・。この二つがあれば確実にレジスタンスには勝てる。が・・・・・これで良いのか、果たして」
 彼もまた、歩むべき道を選ばなければならない状況下に立たされていた。
 
 その約二日後、フエン達を巻き込んだ二大勢力の決戦が開かれる事になる。
 
 (第十五章  終)


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