第十四章 北欧へ
新地球連合軍北欧基地がネオ・ジェレイドの手に落ちて早一週間。
その基地にいた連合兵は虐殺され、完全にネオ・ジェレイドの基地と化した。
その基地の最高責任者、ロスト・ベルファーレはネオ・ジェレイド大気圏内用MSベルゼブを見ていた。
NJ-MSX0672、ベルゼブは大気圏内での高機動戦闘を行うために開発されたMS。
武装はビームサーベル、シールド、膝に装備されているニースパイカー、105ミリマシンガン。
今まではザフトのバクゥが地上では名声高かったが、このベルゼブのスペックも高い。
人型ながらも高いパフォーマンス性と戦闘能力を誇るこの機体。
元々はロストの地上用に改造されたレイスが元だといわれている。
まだロイドが総帥だった頃ロストが地上制圧部隊の部隊長に任命され、一機のレイスを受け取った。
それを改造し、地上適正を高めてこの基地を制圧した。
しかしこのロストという男、いささか問題があった。
ますはそのやる気の無さ。
戦闘になればきちんと任務を遂行するのだから別に文句をつけるわけにもいかないのだが、それ以外の時間でのギャップが大きい。
他にもあるのだが上げればきりが無いので、止めておこう。
ただ、ロストはロイド派でもハイウェル派でもなかった。
いわば中立。
そんな立場を保っているロストにハイウェルもかなりお冠だったが、今では何も言わなくなった。
「隊長!」
「おー、お前か。どうした」
そんなロストの頼れる副長、ジャック・レールは溜め息をついた。
「隊長・・・・・先ほど言ったでしょう。そろそろあのレジスタンス達を倒さないとって」
「そう言えば、言ってたな」
「しっかりしてくださいよ」
ジャックが呆れ顔で言う。
まあ、戦闘となった時のロストは鬼神の如き強さを発揮するので何とも言えない。
ジャックが言ったレジスタンスとは、北欧紛争の時にロイドが所属していたレジスタンスである。
あれから時は過ぎても、レジスタンスは今も戦っている。
自分達の大切な場所を守るために。
北欧紛争時、レジスタンスはジン・シグー・ゲイツを鹵獲または略奪しそれぞれの戦略に合うように改造を施し戦ってきた。
そんなレジスタンスのMSパイロットの今の乗機は確認されているだけでジン・ハイマニューバー三機。
これだけの戦力でここまで持ちこたえたのは奇跡といえる。
ある意味ロストは感心した。
「だが、奴らももう終わりだ」
ロストの口調が変わる。
感情を押し殺し、冷たい声。
「俺たちが本気を出せば、奴らなど一瞬で消える」
ロストが立ち去る。
出撃はしないのか。
ジャックは再び溜め息をついた。
「どういう事ですか!!」
格納庫に響く女の声。
起こっているのはエメリアだ。
彼女にしては珍しく感情のままに声を荒げている。
その声の矛先にいるのは、整備士だった。
彼らは何も言わずに下を向いている。
実はエメリアの乗機である、ストライクブルーのIWSPの整備を彼らがしていたのだが、その際にIWSP全体のバランスをとるパーツの故障があった。
しかしそれは整備士とは言え気付きにくい故障であるので、彼らは全く気が付かなかったのだ。
そして気付いたのは整備後、エメリアがストライクブルー本体とIWSPの調整をしていた時、初めてこの故障が判明したのだ。
「全く、信じられないわ・・・・・」
「まぁまぁ、エメリアさん」
エンスがなだめるも、あまり効果は無い。
今ストライク用のストライカーパックが何個か残っている。
それを調整して、ストライクブルーに装備する事は可能だが、結構な技術が必要となる。
高度なプログラミング能力やOS書き換え能力が必要とされる。
「だったら僕がやりましょうか?」
そう言ったのはキラだった。
マリューが思い当たったように言う。
「そう言えば、キラ君、初めてストライクに乗った時OSの書き換えをしたのよね」
「ええ、まあ。ストライクブルーにあわせるくらいなら、遅くても明日の朝までにはしておきますよ」
「本当に、キラ君!」
エメリアが言う。
キラもにっこりと笑い、答える。
それきりエメリアの怒りも静まった。
それと同時刻、アストはリエンに与えられた自室の中にいた。
十分な広さがある自室の隅のほうに膝を抱えて座っていた。
アストの脳裏に第十四機動隊の面々の顔が浮かんでくる。
優しかったり、厳しかったり。
あの隊に配属されてからと言うものの、毎日が楽しく、また厳しい日々だった。
そんな隊の生き残りは今やアスト一人。
涙も流しすぎてもうでてこない。
いっそのことずっとこうしていたいと思った時だった。
「よっと・・・・」
誰かがドアを開けて中に入ってきた。
アストが横目で見るとなんだか大人しそうな少年だった。
確か、フエンとか言ったっけ。
フエンは大きな洗濯籠をかかえており、その中には洗い終わり、折り目正しく畳まれた洗濯物が入っている。
「あれ?」
フエンがアストに気付いた。
洗濯籠をおき、アストの肩を揺らす。
「もしもーし・・・・・ありゃ?」
アストが顔を上げると、頬には幾つも涙が伝った跡がある。
「どうかしたんですか? 相談なら俺、のりますけど・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・」
アストは黙ったままフエンを見ている。
正直アストはこのフエンと言う男がいまいちよく分からなかった。
いつもはボーっとしていたり、人の心配をしていたりするのだが、戦闘ではそんな事を感じさせない活躍をしたり。
分かろうとする方が間違っているのかもしれないが。
「お前は・・・・」
アストの声が響く。
「お前は何のために戦っている?」
フエンは考えた。
別に答えを待っていたわけでもない。
しかし、何故か心待ちにしてしまう。
「大切な人達を守るため・・・・・?」
何故か疑問系で答えた。
大切な人達。
そのために彼はイルミナを駆り、戦場にいるというのだ。
兵士だと、MSパイロットだといわなければ普通の少年なのに。
―――――――――少々とぼけた所があるが。
あまり良い答えが出せずフエンが悩み始めた。
さっきのフエンの答えを思い出せば出すほど、アストの心が少しずつ変わっていく。
第十四機動隊の生き残りは自分だけ。
その想いを糧に、自分は強くなる。
そしてまた何時の日か、第十四機動隊を再建してみせる。
そう誓った。
フエンがアストの部屋から出る。
アストの洗濯物を渡し、次の部屋に向かおうとした。
その途中、デュライドとヴェルドという珍しいツーショットに出会った。
フエンに気付いたのか、ヴェルドが大きく手を振る。
フエンを呼んでいるのだ。
「どうしたんですか?」
「フエン、俺の軍服知らないか?」
デュライドの軍服はこの洗濯籠に入っている。
それを差し出す。
が、どうやら彼の探し物はこれではないらしい。
デュライドが言うにはもう少し年季が入った軍服らしいのだが。
「ヴェルドさんは何をしているんですか?」
「俺はぶらぶらしてたらデュライドに捕まって・・・・・・」
ヴェルドらしい答えだ。
早く見つかる事を願いフエンは立ち去った。
その後の話によると、デュライドの軍服を持ち去ったのは意外なことにミリアということが判明した。
偶然デュライドの軍服を見つけた彼女は、返そうと思ったのだが、よく見たらボタンが取れそうになっていて縫っていたのだという。
どたばたと時は過ぎ、次の日。
ファイナリィのクルーはパナマを出る準備をしていた。
そして、そのファイナリィのMSデッキには以前ロイドが使用していたエルフィアと言うMSの姿があった。
今現在エルフィアに乗る者は決まっていないが何かの役に立つかもしれない。
カウントダウンが始まり、ファイナリィのクルーに緊張が走る。
前方のハッチが開放され、ファイナリィがゆっくりと動き出す。
青空の下ファイナリィが北欧へと向かう。
「レーダーに機影は?」
「今のところありません」
ヴァイスが返す。
それを聞いたリエンは半舷休息と言う指示を出した。
少しだけ艦内の緊張がほぐれた。
そんなブリッジに艦内電話が鳴り響いた。
「どうした?」
それはMSデッキからだった。
『リエン艦長、エメリアです。ストライクブルーの各ストライカーパックの調整をしたいので発進したいのですが』
「発進ねぇ・・・・・」
エール・ソード・ランチャーをストライクブルー用に調整したのは良いが、やはり外で動かしてみないと感覚がわからない。
リエンは発進を許可し、同時にキラにも発進するように伝えた。
何故キラなのか。
理由は彼が調整したからだ。
この発進で何かパックに不都合が生じればエメリアは即座にキラに伝える事が出来るからだ。
さらにお望みとあらば模擬戦をする事も出来る。
フリーダムとエールストライクブルーが発進した。
二機は向かい合って練習用のサーベルを抜いた。
これは少量の電力で相手に被弾したかどうかが識別できる代物。
このサーベルなら機体へ与えるダメージは皆無で、どの程度被弾したのかも分かる。
早速二機が動く。
フリーダムはさすがの機動性能でエールストライクブルーを圧倒している。
だが、エメリアも負けじとエールストライクブルーを駆る。
二機の練習用サーベルが交わる。
パワーでも、機動性能でもフリーダムの方が上だ。
しかし今のところエールストライクブルーはフリーダムにピッタリとついている。
それはエメリアの知識のなせる技。
エメリアも伊達に幾つもの戦場を渡ったわけではない。
相手の癖や、機体の特性等を把握した上で応戦する。
「はああああ!!」
エールストライクブルーのサーベルが唸る。
フリーダムがその一撃を避ける。
が。
突然真下からサーベルが突き上げられた。
それは避けられずフリーダムの胴体に被弾した。
これにはキラも少し意外だった。
ブリッジも盛り上がりつつある。
一部ではエールストライクブルーとフリーダムのどちらが勝つか、賭けも始まったくらいだ。
なかなかの盛り上がりぶりを見せる。
そんな盛り上がりをフエン達は食堂のモニターで見ていた。
「凄いですね、エメリアさん。あのフリーダムと互角だなんて」
「まあ、MSの性能が全てじゃないからな。パイロットの腕も戦場では試される」
フエンとデュライドが話している。
その向かいではヴェルドとアルフ、エンスが何か楽しそうに雑談している。
ラグナはアスランとカガリ、アストと共にいる。
アストもすっかり打ち解け、気が合うのかラグナと喋っている。
「おお、見ろ!」
誰かが叫んだ声で全員がモニターに注目した。
僅かだがフリーダムが押し始めている。
エールストライクブルーのエネルギーが切れ掛かっているのかもしれない。
緊張の一瞬だった。
「え・・・? か・・・艦長!」
「何だよ! 良いときに!!」
思わず身を縮めるリィル。
が、リエンに報告をする。
「レーダーに熱源! 数、三! 会敵まで約一分です!」
「総員第一戦闘配備! 繰り返す、総員第一戦闘配備!」
それまで和んでいた艦内が慌ただしくなる。
そこにキラから通信が入った。
『リエン艦長! 敵は三機だけですか!?』
「そうらしいな」
『なら僕とエメリアさんで敵を駆逐します!』
『私もその意見に賛成ね。お願いします、リエン艦長』
リエンは悩んだ。
エールストライクブルーのエネルギー残量は心許ない。
果たして、帰艦させないでよいものか。
悩んでいるリエンにマリュ-が声をかけた。
「リエン艦長。私に考えがあります」
「考え?」
「はい」
マリュ-が艦内電話でデッキに指示を出す。
その指示とは・・・・・・。
「エメリアさん、良いわね?」
指示を受けるエメリア。
その内容に初めは驚愕したが、決意を固めた。
『分かりました』
「整備班! 用意は良いわね! ソードストライカー、射出!」
ファイナリィのカタパルトハッチからソードストライカーが射出された。
エールストライカーをパージして、ソードストライカーに換装するストライクブルー。
エネルギーが回復し、対艦刀「シュベルトゲベール」を抜いた。
敵は正体不明機が三。
ネオ・ジェレイドのMSと見て間違い無さそうだ。
そのMS達は脚部にサブ・フライト・システムを搭載していて、それを落とせば墜落する。
ソードストライクブルーのシュベルトゲベールがMSの両足ごとサブ・フライト・システムを薙ぎ、フリーダムのラケルタ・ビームサーベルがMSの両腕を切り離し、サブ・フライト・システムを破壊した。
ものの十五分程度で敵MS三機の駆逐は終了した。
ほっとしたのも束の間、ヴァイスが叫ぶ。
「後方よりMS接近! 八時の方向! 数、二!」
「後方だと!? キラ、エメリア、回りこめるか!?」
指令を聞くとすぐに二機はファイナリィの後方に回った。
新たな敵機はそれぞれが赤と青に塗り分けられている。
見た感じレイスの発展型といえる。
背中にはザフトのディンを思わせる翼が六枚。
手には小型のビームガン、腰に一振りのビームサーベル。
敵MSが散開し、それぞれの獲物を狙う。
赤いMSはフリーダムを、蒼いMSはソードストライクブルーを。
両機共に高い技能でキラとエメリアを追い込んでいく。
赤いMSのビームが放たれ、フリーダムが避ける。
反撃とばかりにクスィフィアス・レール砲を撃つが、被弾しても相手には致命傷と言えるダメージになっていない。
「PS装甲!? 実体弾は効かないか・・・!」
キラの読みは半分正解で半分外れていた。
敵はPS装甲を搭載しているのではない。
もし敵がPS装甲を搭載しているのならば、こんなに激しい動きは出来ないはず。
しかも敵機はどう見ても量産型。
PS装甲ではバッテリーが持たない。
再びレール砲を撃つフリーダム。
今度は効果があったらしく、着弾したところから後方へ吹き飛ばされた。
PS装甲ではないPS装甲。
キラの脳裏にTP装甲と言う考えがよぎるが、それでも無さそうだ。
HPS(ハーフ・フェイズシフト)装甲。
ネオ・ジェレイドが開発した新装甲。
PS装甲を元に独自の技術で開発、そして成功させた装甲。
PS装甲が無敵の強度を誇り実弾を無効化するのならば、HPS装甲はダメージを和らげる。
この装甲ならば例え量産型MSでも防御面が強化される。
ソードストライクブルーに目を向けるキラ。
シュベルトゲベールと敵機のビームサーベルが交わる。
「この! 女だからって・・・・・・!」
左腕のアンカー、パンツァーアイゼンを射出する。
アンカーが敵機頭部にヒットし、隙が生じた。
シュベルトゲベールの切っ先が胴体を薙ぐ。
蒼い敵機は爆発し、海に散った。
それを見た赤いMSは戦意をなくしたのか、撤退していった。
「何だったんでしょうね、今の」
キラがエメリアに言う。
エメリアは自分が戦ったMSの手ごたえを確認するかのように何回も手を握ったり開いたりしていた。
その眼に僅かな不信感を抱いて。
戦闘後、エメリアはキラの元を訪れていた。
キラの周りにはフエンやデュライド、ラグナにアストがいる。
「どうしたんですか、エメリアさん」
「キラ君。さっきの戦闘で、私が倒したMSだけど・・・・」
キラは覚えている。
というよりもこんな短時間で忘れろと言うのが無理だ。
鮮やかすぎる蒼い機体。
どんなパイロットが乗っていたのか。
「あのMS・・・おそらく無人だわ」
「え・・・?」
どういう事、と言おうとしたが声がでない。
フエン達も黙る。
エメリアの声だけが、静かに響く。
「戦ってた時に感じたんだけど、攻撃があまりにも直線的なのよ。それに、殺意が全く感じられなかったし・・・」
ネオ・ジェレイド北欧基地では偵察機の持ち帰った映像を見ていた。
ロストが思わず声を漏らす。
「これほどの戦力が敵にあったとは。計算外だったな」
「どうします?」
「どうするも無いんじゃない? くれば叩き潰す。それだけだよ」
ロストが部屋を出る。
暗い部屋にモニターの映像だけがチカチカと光っていた。
(第十四章 終)
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