第十二章 傷心の心とM.O.S
ロイドを収容し、ファイナリィは月面ノースブレイド基地に向かった。
メカニックはロイドの機体を見て溜め息を漏らしていた。
そのロイドは食堂にいる。
そしてリエン、ミリア、マリュー、フエン、ヴェルドと話している。
その面持ちは暗く沈んでいる。
ロイドが道化としてハイウェルの手の上で動いていた。
思惑通りに。
「ロイド、お前の気持ちは分かるが、今さら新しい世界を作るなんてのは無理なんだ」
リエンが言う。
その声はロイドに言い聞かせるように優しく聞こえるが、どこか怒りも混じっている。
静かにリエンの言っている事を聞くロイド。
ロイドはまだ17歳。
過ちを犯すこともあるが、これは酷すぎる。
過ちというレベルではない。
だがそんなロイドをリエンはそれ以上咎めない。
ナチュラルとコーディネイターが共に平和に暮らせる世界。
自分達もそれを願っているのだ。
ある意味ネオ・ジェレイドは理想に近い。
「俺も・・・・・分からなくなったんです」
ロイドが口を開く。
「アキトを亡くして、カルラを討って、北欧紛争ではもう一人の自分セフィをこの世から消した・・・・・・。何のために戦い、何を守れば良いのか、俺には分からかったんです」
セフィとはセフィ・エスコールという少女。
ロイドと同じ苗字を持ち、ロイドの前に突如として現れた少女。
その存在は大きく、ロイドの心に影響をもたらした。
しかし、彼女はロイドの遺伝子から作られたハーフコーディネイターでロイドのクローン。
顔立ちも雰囲気も、全てがロイドに似ていた。
そんなセフィをロイドは撃った。
もう一人の自分と呼ぶに相応しい少女を。
そんなロイドをフエンとヴェルドはただただ見ていた。
今のロイドは傷ついている。
信じていたものに裏切られる事はとても辛い。
それも最悪の形でだ。
フエンとヴェルドは食堂を出た。
「ロイドさん、落ち込んでましたね・・・・。見ていて、胸が痛いですよ」
「ああ。でも、あいつは全然変わっていない・・・・・。どうやったらナチュラルとコーディネイターが共に暮らせるのか・・・・・・平和な時を過ごせるのか。変わってねぇよ・・・・・」
ヴェルドは自室に戻った。
フエンは一人でファイナリィの廊下を歩いていた。
すると、前方からデュライドがやってきた。
デュライドもロイドと同じく、ハーフコーディネイター。
フエンはデュライドに声をかけた。
「・・・・・・・・ということなんです」
「なるほどね・・・。俺もハーフだが、ロイドほどの覚悟も業も無いな。ロイドは心からナチュラルとコーディネイターの共存を望んでいる。そんなあいつを俺は尊敬するよ」
デュライドの顔に笑みが浮かぶ。
「でもさ、ロイドの考えは多少ずれてたかもしれないけど、その思いは大切だと俺は思う。本当に、戦争の無い世界なら、良いんだがな・・・・・」
ロイドとの話が終わった後、リエンはパナマに連絡をした。
モニターにギルスが映っている。
『で、第十四機動隊をそちらに回せと?』
「ああ。頼むよ」
『分かった。じゃあ明日にでも・・・・・・』
そんなギルスの答えにリエンは、
「いや、今日中に回してくれ」
と返した。
ブリッジが凍りつく。
隊を編成し、月に上げる準備やら何やらで一日はかかるというのに、それを今日中にとは。
これにはリエンの妻 、ミリアが黙ってはいなかった。
「それはいくらなんでも無理です! 今日中に第十四機動隊を月に上げるなんて!」
『そうだぞ、リエン。いくら私でもそれはできない』
次々浴びせられる非難の声。
が、こうなったらリエンは止まらない。
非難の声を物ともせずにリエンは言う。
「分かっている。けど、あのままネオ・ジェレイドが終わるはずがない・・・・・・・」
それはそうだ。
ロイドは曲りなりにも元ネオ・ジェレイドの総帥。
ロイド派の人間もいるはず。
今は指導者がいないので大人しくしているだろうが、ロイドが戻れば活気付く。
そうなる前にロイドを消せば何の問題も無く、ハイウェルの好きなように事が運ぶ。
ハイウェルにとってロイドは今や最大の不安要素と化している。
ギルスは深い溜め息をついた。
『・・・・・・・・何とか頑張ってみる』
そして通信が切れた。
リエンも今日中に第十四機動隊が来るのは難しいとは思っている。
だが、今のネオ・ジェレイドは巨大組織。
おそらく本気でこちらを潰そうと考えるだろう。
ロイドはこちらに対して離脱勧告を出したりしたが、ハイウェルがそうするとは考えられない。
まだネオ・ジェレイドの艦隊がこちらに来ていないうちに、戦力を整える必要がある。
ロイドはMSデッキにいた。
視線の先にはイルミナがいる。
青と白のカラーのボディに、赤いブレードアンテナ。
どうしてアンテナだけ赤いのか。
そして、先の戦闘で見せた「あの」力は、一体何なのか。
ロイドの頭で疑問が渦巻いている。
静かなデッキに足音が響く。
サユだ。
サユはロイドの隣に立った。
「初めまして。サユ・ミシマです」
「ミシマ・・・・・? フエンの姉か?」
「そうです。何してるんですか、ロイドさん」
ロイドはイルミナを見た。
「さっきの戦闘で見せたイルミナの力は一体何なんだ? G.O.D.SYSTEMに似ていたが・・・・」
「・・・・・・・貴方には、話したほうが良さそうですね」
サユがゆっくりと話し始める。
「イルミナには、M.O.S―Mind・Operation・System−が搭載されています。このシステムは通常のOSとは違い、パイロットの感情をリアルタイムで機体に反映させるシステムです。つまりフエンが強気の時にはイルミナも倍近い性能を発揮しますが、フエンが弱気の時はイルミナの性能は落ちます」
G.O.D.SYSTEMはパイロットの感情が限界にまで高ぶった時に発動する。
そして、使い方を誤れば暴走し、敵味方関係なく攻撃をする。
それに対し、M.O.Sは常にパイロットの感情を機体に反映させるため、暴走する事は無い。
フエンとイルミナは一心同体、繋がっているのだ。
そして、フエンがイルミナ以外のMSでは上手く扱えない理由もここにある。
既にM.O.Sに慣れてしまったのだ。
本人は気付いていないみたいだが、フエンの体はM.O.Sにより「矯正」されたといっても良い。
「それが、このイルミナに搭載されているんです」
「アンタは不安じゃ無かったのか? 自分の弟が訳の分からないシステムを積んだMSに乗る事になって」
ロイドからの問い。
サユは一瞬戸惑った。
不安だった。
不安だったけれど、どうして止めなかったのか。
心から、フエンを心配している。
分かっているのに――――――。
「不安・・・・・でした、初めは。でも! フエンの笑っている顔を見て、私が不安そうな顔をしていたら、それがフエンにも伝わってM.O.Sがその感情を拾う。そうなればイルミナの性能が落ちて、いつフエンが撃墜されるか分からないから! 私は・・・・・・・・平常を装っていました」
デッキが再び静まり返る。
辺りには誰もいない。
ロイドは踵を返した。
そしてディフェニスの前で立ち止まった。
PS装甲が落ちているため、真紅の機体はグレー一色に染まっている。
(はたして俺はこのままこいつを使っても良いのか・・・・・?)
ディフェニスが無骨な顔を動かさず、ただ前を見ていた。
リエンが呼んだ第十四機動隊は連絡の約半日後にノースブレイド基地に着いた。
戦力はデュエルダガー、バスターダガー、が十機、105ダガーが五機に見慣れない機体が二機。
さすが新地球連合軍の中でも有数のMS部隊。
もっとも、リエンが気になるのはダガー系のMSでは無く、残りの二機なのだが。
一機は専用ライフルと大型のシールドを持つMS。
外見がカラーなのでPS装甲ではないようだ。
もう一機は所々が赤いMS。
背中にはブースターポッドを装備し、機動性能を確保している。
そして腰には二振りのビームサーベル。
汎用性重視のMSだ。
第十四部隊の隊長がリエンに話し掛けた。
リエンと同年齢と思われる隊長は顔に痣があった。
リエンはファイナリィのMSパイロットとクルーを招集し、紹介を始めた。
第十四機動隊の面々は歴戦の勇者のような面持ちだったが、約一名を覗いて。
その一名は他のメンバーよりも大分年下だ。
大人しいという印象を与えられる。
「あの子は・・・・?」
リエンも気になったのか隊長に尋ねた。
「ああ、アストか。彼はアスト・エル。ナチュラルだが、コーディネイターにも匹敵する身体能力の持ち主でな、ついこの間この部隊に配属されたんだ」
アストがこちらに気付いたのか、礼儀正しく一礼した。
その面持ちはどの大人よりも大人で、物静かだ。
一通りの挨拶が終わり、各自機体のチェックに入った時、
「君が、ヴェルド・フォニスト君かね?」
「あ?」
気の抜けた声で返すヴェルド。
相手を知らないというのも、また恐ろしい。
そんな事はさほど気にもせず、声をかけた人物―隊長は続けた。
「あの機体が分かるかね」
「あの赤い奴だろ? いいよなぁ、あれに乗るやつ」
すると隊長が笑った。
何が起きたのか分からず、ヴェルドの目が点になる。
「何を言っているのかね。あれは君が乗るのだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・へ?」
思ってもいない事と現実を整理するのに時間がかかった。
つまり。
「俺の物!?」
「遅いぞ、理解するのが」
思わず隊長が言う。
赤い機体―ソルティックについて隊長が語る。
それを聞くヴェルドの顔は子供のようだった。
そんなヴェルドに与えられたソルティックの他に共にきたMS。
コクピットにはアストがいる。
隊長の話ではアストはメカニック兼テストパイロットとの事だが、正式なパイロットのようにキーボードを叩いている。
どうあれ、戦力が強化されたのは心強い事だった。
ネオ・ジェレイド地下牢にはいわゆるロイド派と言われる兵士達が収容されていた。
もちろんオリジナルMSのパイロットたちもロイド派なので捕まり、この地下牢に入れられた。
地下牢は薄暗く、肌寒い。
話す声もせずただ静まり返っていた。
「くそっ!!」
突然響く怒号。
ゼロだ。
ゼロは荒々しく壁を殴る。
そのまま何度壁を殴るが、共にろうに入れられたグリーテスに止められる。
グリーテスの眼は冷たかった。
「止めろ」
いつもとは違うグリーテスの声。
低い。
ゼロは振り払おうとするが、グリーテスの力は強く、離れない。
止めろと言ったきり何も言わなくなった。
虚しくなったのかゼロが力無く地面にしゃがみこむ。
その様子を見ていたグリーテスは、さっきとは打って変わっていつもの調子で喋った。
「しっかし、向かいの牢にシセリア達がいて助かったよ」
「どういう事?」
向かいの牢からシセリアが言う。
明らかに苛ついている声だ。
おそらくエンスとリエーナも同じ様な気持ちだろう。
「だってよ、「話」が出来ないしな」
妙に「話」の部分が強調されて聞こえた。
何かを考えているのだろう。
そんな地下牢に足音が響いた。
誰かが降りてくる。
息を潜めるロイド派の面々。
降りてきたのはハイウェル。
そして、シセリア達の牢とグリーテスとゼロの牢を開けた。
後ろの衛兵は銃を持っている。
ヘタに逆らえば殺される。
「お前たちオリジナルMSだな」
「それが?」
ハイウェルが間をおいて続けた。
「感謝しろ。お前達だけ牢から出してやる」
「どういう風の吹きまわしかしらね」
「貴様っ!!」
衛兵が銃をシセリアに向かって構える。
それをハイウェルが止める。
本当にこの男がネオ・ジェレイドの総帥になったと考えると反吐が出そうになる。
シセリアの眼はハイウェルを睨みつけている。
それに臆する様子も無く、声を出す。
「お前達には引き続きオリジナルMSに乗ってもらう。だが、変な事は考えるな。考えたら・・・・・・・・・どうなるか分かっているな?」
その命令に五人はただ頷くしかなかった。
ハイウェルが踵を返し、薄暗い地下牢から出て行く。
しかし、歩みを途中で止めた。
「そうそう。既に艦隊が月面基地へと向かって発進した」
それを言うと、地下牢から姿を消した。
五人は立っていた。
立っていることしか出来なかった。
ハイウェルに拘束された五人は果たして、どのような道を通るのか・・・・・・・。
ハイウェルの言ったとおり、ネオ・ジェレイドの艦隊がノーズブレイド基地に迫っていた。
ネオ・ジェレイド巡洋戦闘艦オケアニスが五隻。
これだけの戦力を平気で戦場に出してくるハイウェルの作戦に恐ろしさを感じた。
もちろん、即座に第一戦闘態勢が発令された。
ノーズブレイド基地から飛び立つMS達。
ファイナリィが出港し、MSが飛ぶ。
「ロイド」
リエンがロイドを呼び止めた。
この時、ブリッジで指示を出しているのはマリューだ。
ロイドハ既にノーマルスーツに着替えている。
出撃するつもりだ。
「お前、今回は出撃するな」
「ど・・・・・どうして!?」
「お前のその傷心の心で、かつての仲間と戦えるか!?」
激昂で身を竦めるロイド。
確かに今のロイドの精神は不安定だ。
傷ついた心は戦闘では命取りになる。
リエンはロイドの事を考えて言ったのだ。
暫しの間黙ったロイドはノーマルスーツを脱いだ。
「分かりました。相変わらず、ですね」
「お前もな・・・・・」
リエンはブリッジに、ロイドはモニターのある食堂へ足を運んだ。
敵はレイスやこの間の黒い量産型MS―RFレイスなどバラエティーに富んでいた。
しかも艦砲の回数が多く、少しのミスが致命傷になる。
ファイナリィはイーゲルシュテルンで弾幕を張っている。
第十四機動隊の面々も頑張ってはいるのだが、如何せん敵戦力は大きい。
そんな中、アストの駆るMS、ディグニティが一際頑張っていた。
大型ビームサーベル兼アーマーシュナイダー「ネフィリム」で敵を斬り、すかさず専用高出力ビームライフル「スパーナル」で二体目を撃破。
確かにナチュラルとは思えないセンスの持ち主だ。
負けじと敵も反撃。
ディグニティが的確に避け、焦って突っ込んできたところでネフィリムで斬る。
効率の良い戦い方だ。
MSの性能ではこちらが勝っている。
しかし、向こうは数に物を言わせている。
第十四機動隊のMSも大分数を減らされた。
MSは数えるほどしか残っていない。
これではその内突破される。
ファイナリィに爆発の光が入り込む。
「艦の損傷率、30パーセントを超えます!」
「ギガノフリート、一番、沈黙!」
次々と報告される被害状況。
リエンの額に汗が浮かぶ。
「リエン大佐、これでは・・・・」
マリューが声をかける。
ミリアも心配そうにリエンを見ている。
この時、リエンには考えが二つ浮かんでいた。
一つはこの場に留まり、敵の掃討にあたる。
もう一つは、地球に降りる。
この状況での逃げ道は地球にしかない。
その場合、第十四機動隊は見捨てる事になる。
考えている時でもファイナリィは次々とダメージを受けている。
そこへ、第十四機動隊の隊長から通信が入った。
『リエン、今すぐこの宙域を脱し、地球へと降りろ』
それはリエンが考えていた事と同じ事。
リエンの声が高ぶる。
「しかし、それでは!」
『良いか、ロイドは殺してはいけない。あいつは次の時代の担い手となる人物だ。あいつの考えは、ナチュラルとコーディネイターが共に共存する世界という考えは失ってはいけない!』
リエンが黙る。
被害報告をするミリアリアやヴァイスの声も途切れた。
艦全体が死んだかのように静まる。
『良いな、リエン』
「分かった・・・・」
リエンは全MSに通達した。
ファイナリィ離脱の命を受け、イルミナがストライクブルーが、MSが戻ってくる。
隊長はアストにもファイナリィに向かうように言った。
「どうして、ですか!? 俺は・・・!」
『お前はこの隊の中で一番若い。その目で世界を見て来い。それが俺がお前に対する最後の指令だ』
ディグニティがファイナリィの中に入っていく。
アストの眼に涙が浮かんだ。
「全軍に通達する! これよりファイナリィが地球へと降下する! 残った機体は十一機だが、各自踏ん張れ! 良いな!?」
『了解!』
ファイナリィの底部に融徐剤ジェルが展開し、大気圏突入時の熱を和らげる。
目標点はパナマ。
まずはパナマへ向かい、ファイナリィとMSの修理が先決だった。
その後のことはまた後で考えるつもりでいた。
「ファイナリィ、大気圏突入まで残り十分!」
「突入フェイズはフェイズUへ移行」
ファイナリィの船体が揺さぶられる。
次第にファイナリィの船体が大気圏突入時の熱により、赤く色づき始めた。
第十四機動隊のMSが奮戦している。
それをアストは食堂で見ていた。
食堂には非番のメカニックやロイドがいた。
涙が流れる。
アストは隊の皆の想いを胸に宙域を離脱していった。
ファイナリィが完全に大気圏に突入したのを見届けた隊長はコックピットにある写真を見た。
そこには隊長の他にもう一人、少年が写っている。
笑顔を浮かべ、ピースサインをしている。
「リエン・・・・・・」
小さく呟き、105ダガーのサーベルを抜いた。
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