第七十七話 みんなの好物
11月2日、月曜日の5時間目。
ひなたは家庭科室にいた。
「ちょっとー、男子、静かにしなさいよー」
授業開始前と同じように騒ぐ男子を注意する女子。
非常に見慣れた光景である。
先生も注意をするが、それも数分と持たない。
「では、話の続きを。以上のように食べる事と成長は非常に繋がりが深く、切っても切れない中なので……はい、そこー。静かにするー」
手を叩いて注意をする。
このままでは授業らしい授業にならない。
そこで、あることを思いついた。
これを行えばどんな生徒だって黙るはず。
先生は人差し指を立て、生徒達にこう言った。
「では、来週までの宿題。家族、もしくは寮の人に自分の好きな食べ物を聞いて、纏めてきてください。ちゃんとできた人はテストの点数にプラスします」
瞬間的に黙り込み、そして沸き起こるブーイング。
時間的にも余裕はある上に、好きな食べ物を纏めるだけなのでその気になれば一日で仕上げる事が出来る。
何もブーイングをするほどの宿題ではない。
そして鳴り響くチャイムの音。
生徒たちは、ぶーぶー言いながら家庭科室を後にする。
***
「と言う宿題が出まして……」
部活が終わり、寮に帰るとすぐにひなたは家庭科の宿題の事を皆に伝えた。
杏里と和日も同じクラスのため、一緒に済ませようと言う考えである。
好きな食べ物と言われ、他の皆は悩み始める。
「じゃあ、まずは私からいこうかしら」
涼子が先陣を切る。
得意げに話を始める。
涼子の好きな食べ物はさっぱりとしたものが好きという。
もう少し具体的にと言うひなたの意見に、考える。
「そうねぇ、強いて言えば……そばとか」
「意外でしょ、姉さん。昔からそばとかそうめんとか好きなのよ」
沙耶が付け加えてこんな話をする。
幼い頃から好きなそばとそうめん。
あまりにも好きすぎて、とある夏の1週間をそばとそうめんで過ごした事があったと言う。
ただ、1週間後に体重は激減。
終いには、夏ばてで倒れて病院送りになったと言う。
「好きすぎて困り者なのよ、そばとそうめん」
「あら、そういう沙耶も好きでしょ? そばとそうめん」
否定はしなかった。
涼子のように狂うように食べるわけでもない。
そんな沙耶の好物は、果物。
みかんとか、オレンジとかその辺りである。
「なるほど……」
「……ん」
杏里が手を上げる。
次は杏里が話をするらしい。
杏里の好きな食べ物はあんみつ。
施設の時によく作ってくれたのを食べていたとか。
あの甘い味の中に広がる様々な食感が好きらしい。
「次は私行くわ」
和日が話す。
彼女が好きなものは辛いものらしい。
何でもかんでも辛ければ良いというわけではない。
程よい辛さの食べ物が好きだとか。
例えば市販の辛口カレーやチリドッグなどが好きだと言う。
これから寒い季節になる。
辛いものが恋しくなるだろう。
「ただ、最近はむやみに辛いものが増えてね。あれってどうなのかしら」
「?」
「だって、辛すぎるともはや「辛い」じゃなくて「痛い」じゃない。私は辛いのが好きなわけだし」
「そういうもんかなぁ……。あ、どうやら次は俺の番らしい」
亜貴の好きなもの。
それはタマゴ焼きだと、本人は語る。
「いや、タマゴ焼きは良いぞ。作る人によって違うから」
「例えば、何よ」
「甘かったり、ネギが入っていたり」
寿司屋でも最初にタマゴ焼きを頼んで食べると、その寿司屋の味がわかると言う。
もちろんそれは食通の言う事で、亜貴のような一般人には判断しにくい。
本人は、食べれれば良いという。
「そう言えば、昔ちょっと思い出があってなぁ……」
「はい?」
「近所のねーちゃんが作ってくれたんだよ、タマゴ焼き。それがおいしくておいしくて……今でも忘れられなくて」
「じゃあ次、おねーちゃんいくね」
亜貴がめそめそを鳴く声が響く。
「私はチョコが好きかなー。いろんな種類があるし。疲れてるときには甘いものー」
「あれ、ふーねぇ、玉子ボーロも好きじゃなかったっけ?」
「それはちっちゃいとき。今は違うのよ」
好きなものは年齢の移り変わりで変わると言うものなのか。
どちらにしろチョコといい、玉子ボーロと言い、若干年齢層の低いものが好きらしい。
そんなチョコの中でも特にホワイトチョコが好きだと言う。
「次、しんちゃん」
「ああ、俺。俺は……」
「ん、おねーちゃん知ってるよ。納豆だよね?」
「うん、違うね」
冷静に対処する。
真の好きなもの。
「強いて言えば、煎餅かな」
「お煎餅ですか」
「ええ、まぁ。食べると落ち着きません?」
中々理解しがたい発言だが。
その後も真の煎餅についてのあれこれ語りは続いた。
さて、最後のひなたの好きなもの。
彼女の事だ。
きっとケーキとかパフェとか、中々可愛らしいものをあげてくるに違いない。
そう信じていた。
「私はマグロ丼と、あんぱんですね」
「マグロ丼って……!」
そこで真が確認した。
いつぞやのレストランでの出来事。
あの時ひなたは「マグロ丼」を注文した。
もしかして好きだったから注文したのか。
ただあの時は食べたいから頼んだと思い込んでいた。
「ちなみにカツ丼も親子丼も好きですよ」
「丼物、好きなんですか……?」
「ええ、亡くなったお父さんがよく作ってくれて」
なるほど。
何とも彼女らしい理由である。
それでも最初の意外性は拭えない。
これで全員の好きなものを調べる事ができた。
これを今から纏めて、一週間後の期限日に提出をするだけ。
杏里と和日も、今日の事を纏める。
こう言う時に、寮暮らしは時間がかからなくて良いのだ。
早速部屋にこもり、レポート用紙を取り出す。
先ほどの話を、話した人物の顔を思い浮かべながら書き並べていく。
すると、自然と笑みがこぼれていた。
***
一週間後。
家庭科の宿題提出期限がやって来た。
やはりと言うか、簡単に纏められる宿題なので余裕と考えていたのだろう。
意外と忘れる生徒が多かった。
後回し後回しにするから、こうなるのだ。
「はい次の人ー」
ひなたがレポートを提出する。
先生が軽く目を通し。
2、3度頷く。
「ん、よく纏められていますね。ただ」
「はい?」
「このお煎餅の人だけやたらと細かいけど……」
「それは……その、話をした人が嬉しそうだったから、つい」
「良いことだと思いますよ、私は」
用紙の右下に、点数らしい数字を書き加え。
「はい次の人」
席に着く。
すると、後ろの方から声がする。
「ねぇ、煎餅の人って、塚原くん?」
「かっちゃん……ええ」
「ふぅん、そぉなんだぁ」
ニヤニヤとする。
本当に、塚原くんが嬉しそうだったから?
そう付け加える。
素っ頓狂な声を上げるひなた。
「そこ、静かにー」
そんなやりとりの、ある日の5時間目だった。
(第七十七話 完)
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