第七十八話  かんな、再び

 11月12日、木曜日。

 この日は蒼橋学園の書類審査の締切日。

 数多くの生徒が書類をポストに投函している。

 しかし中には蒼橋学園に足を運んで書類を持ってくる生徒もいる。

 彼女もその一人だった。

 日比野かんな。

 今年の夏に、蒼橋学園の体験入学に参加し、この学校への進学を決めた生徒である。

「いいのかなぁ、私達は学校の創立記念日で休みだけど……」

「多分大丈夫っすよー。だって書類の提出に来てるんだもん」

 かんなを先頭に、校門を潜る。

 グラウンドでは体育の授業中だろうか。

 体操着の生徒がサッカーをしている。

 なんとも落ち着いた雰囲気の漂う学校ではある。

「そういえば、新しい小説はどうなったの?」

「おお、よくぞ聞いてくれたっす、ともやん」

 かんなが胸を貼り、答える。

「……実は何も進んで無いっすよー」

「えー? スランプ?」

 かんなの速筆振りには、彼女も目を張るものがある。

 ただ、今の彼女は小説のネタがないのだろうか。

 話が浮かばないと言う。

 おそらく何かきっかけがあれば、さらさらと書いてくれるはずなのだが。

「うーん、結構楽しみだったけど、スランプじゃ仕方ないよね……」

「うう、申し訳ないっすよ……」

 そう言い、正面受付に向かう。

「すいませーん。書類審査用の書類を持ってきたんですけどー」

「わざわざどうもー。中身を確認するので少々お待ちください」

 言われて待つ。

 夏休みにも一度来た事があるが、やはりこの学校のゆったりとした雰囲気は心地よい。

「……」

「? どうしたの、そんなにきょろきょろして」

「いや、何でもー……」

「……まさか、この間の人?」

 夏休みに体験入学にこの学校をたずねたとき。

 彼女は立ちくらみを起こして、倒れ、その拍子に流血騒ぎを起こしてしまった。

 その際に助けてくれた男子生徒の事がそれ以来、気になって気になってしょうがないのだ。

 その人が、偶然にもここを通れば改めて御礼を言いたいのだが。

 生憎今は授業中。

 生徒は誰一人として通らない。

「はい、中身の確認をしましたが、特に不備はありませんでした。合否は追って連絡いたしますので、もう少々お待ちくださいね」

「はいすー」

「ところで、もし時間があるようだった校内の見学、していったらどうですか? 授業風景も見れますし」

「良いですかー?」

「ええ、ただ、あまり騒いだりはしないで下さいね」

「うぃすー」

***

 かんなは色々な教室の授業の様子を見て回った。

 真剣に授業に取り組む者。

 寝る者。

 友達と話をしていて教師から注意を受ける者。

 人それぞれだった。

 高校になったからといって、授業態度が改められるわけでは無さそうだ。

 そんな中、彼女は図書館に足を運んだ。

 夏休みの時にもこの図書館には立ち寄ったのだが、中学と違い小説が多数置いてあるので彼女のお気に入りとなっていた。

「はぁ……やっぱり図書館は落ち着くー……」

「涼しいしね」

「そういうのもあるっすけどねぇ……」

 一冊の本を手に取り、読んでいく。

 小説を書く上で、他の小説を読むのは最も早い上達方法。

 最初は稚拙で仕方がない。

 少しずつ、成長すれば良いのだ。

「あ、ねぇねぇ、かんなちゃん」

「うぃす」

「あれ、あの人じゃない?」

 彼女が指差した先に、確かに夏休みの時のあの男子生徒がいた。

***

「あー、疲れたー……」

 亜貴は息を吐いた。

 バスケットボールならば、無邪気にはしゃぐのだがサッカーだとどうにも気が乗らない。

 ボールを扱うのが手か足かの違いなのだが、彼には彼なりの拘りがあるのだろう。

「ふん……下手糞が」

「智樹……黙ってろ! サッカーは苦手なんだよ」

「まぁまぁ、落ち着いて。何でお前らはそんなに仲が悪いんだか……」

 亜貴も智樹も「知るか」と言いたそうである。

 元々馬が合わないのだ。

 努力型の亜貴と。

 元々動ける智樹で。

 亜貴はその智樹に嫉妬感が丸出し。

 智樹は亜貴を鼻で笑う。

 そんな関係なので、何時までもきゃあきゃあと小競り合いを起こしているのだ。

「……今更仲良くしろとは言わないけどさ、寄れば触れば喧嘩って言うのはなぁ……」

 そんな友人の言葉も、今の亜貴には届いていない。

 亜貴はさっさと行ってしまう。

 そんな時、どこからとも無く足音が響いてきた。

「亜貴ー! 前、前ーッ!!」

「お?」

「見つけたーッすよ!」

 ヘッドダイビングを、体の真正面で受け止める。

 瞬間、彼の体が振動したのは言うまでもない。

「痛い……」

「あわわ……かんなちゃん、それはやっちゃダメだよ」

「そすか?」

「……うー……き、みは」

 亜貴派かんなの顔をまじまじと見る。

 そして思い出したようだ。

「あぁ、体験入学のときの!」

「お、覚えていてくれたっすかー!? 嬉いっすよー!」

 かんなが亜貴の手を取り上下に振り回している。

 色々と話をしたい所であるが、場所が場所故に落ち着いて話せない。

「話を色々としたいっすー……」

「もうすぐ昼休みだから、それまで待っていてくれれば……」

 現在11時15分。

 あと5分で4時間目の授業が始まってしまう。

 かんなは50分くらい待つといった。

 それも何だか悪い気がするのだが。

 ただ、授業をサボってかんなに付き合うわけにはいかない。

 亜貴はかんなに一言言って、教室に戻った。

「ふぅ……もう一度図書館に引きこもるっすー」

「私はまた校内見てくるね。一通り見たら図書館に行くよ」

「うぃ、分かったっすよー」

 かんなは再び、図書館で読書に勤しんだ。

 50分あった時間も、本を読んでいればあっという間で。

 シリーズ物小説の3巻目を読み終えたとき、既に40分が過ぎていた。

 こうも読書に没頭できるのは、一種の特技なのかもしれない。

「かんなちゃん、もうそろそろ昼休みだよ?」

「うあ、もうそんな時間っすかー。時間が経つのは早いっす」

「……そうかなー」

 本を戻して、購買へと向かう。

 そこで亜貴と待ち合わせをしているのだ。

 やがて昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。

 昼食を買いに、多くの生徒が訪れる。

 その中に、亜貴がいた。

 明らかに高校生ではない女子二人に声をかけるのだ。

 注目の的ではある。

「ごめんごめん、待たせて」

「大丈夫っすー」

「あら、あっきー」

 亜貴の後ろから、涼子が声をかけてきた。

 涼子がかんな達に気がつき。

「あれ、確か貴方たちって……」

「寮のお姉さんっすー。お久しぶりっすー」

「どうしたの、また体験入学?」

「違うっすー。今日は書類を出しに来たっすよー」

 かんながこれまでの経緯を説明した。

 そう言えば、もう推薦入試の季節なのだ。

 涼子は3年前、亜貴は2年前の事を思い出した。

 あのころに比べれば、色々とあったものだ。

「じゃ、何を食べようか」

「奢ってくれるっすかー?」

「まぁね」

 そう言うとかんな達の食べたいものの食券を買う。

 すぐに調理されたものが運ばれ、椅子に座る。

「そういえば今日は塚原くんに会わないわねー」

「あぁ、多分風華さんのお弁当食べてるんじゃないですか?」

「教室で? こっち来れば良いのに」

 ここに来ると何か厄介ごとに巻き込まれると思っているのだろうか。

 中々最近は教室から出てこないようだ。

 その後も、亜貴と涼子に挟まれかんなは定食を食べていた。

 ふと、何かを思いついたようにメモ帳を取り出した。

「ちょっと良いっすかー?」

「あら、どうしたの?」

「お姉さんたちが住んでる寮の名前って、何て言うんすかー?」

「さくら寮? それがどうかしたの?」

 メモを取るかんな。

 その様子を見て、向かいに座っていた友達が言う。

「あ、何か閃いたの?」

「そういえば小説書いてるんだっけ。ネタでも浮かんだのか」

「そうっすよー」

 そう言ってさらりと纏めたネタを発表する。

「主人公は高校に入学したての一年生で」

「ふむふむ」

「さくら寮という寮にはいることになったっす」

「ほうほう」

「そこで繰り広げられる学園ドタバタコメディの数々!」

「む?」

「題して『さくら寮へいらっしゃい!』っす」

 絶句した。

 さくら寮の名前を聞いた時点で、何かあるとは思っていたが。

「まさかとは思うけど、その小説に出てくるキャラクターって私たちがモチーフ?」

「そうなる予定っすよー。入学が決まったら書き始めるっすー」

「はは……参ったな」

 苦笑する。

 まさかこんな話が持ち上がるとは思ってもいなかった。

 出来上がったら読んでみたい小説ではある。

 自分たちが他人から見れば、どのような感じに生活しているのか。

 それだけでも見る価値はある。

***

 その頃、1年4組。

「へくしっ!!」

「うわ、何だよ! 汚ねぇな!」

 真がくしゃみをしていた。


(第七十八話  完)



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