第七十六話  通販ライフ

 10月22日、木曜日。

 すっかり日が沈み、月夜が広がる夜21時。

 沙耶はこの日も遅くまで勉強をしていた。

 なにせ模試が近い。

 何とか今の順位をキープしておきたいと躍起なのだ。

「ふぅ……ちょっと休憩」

 下に降りて、一息つこうと部屋を出る。

 今日中に今週分の授業のおさらいを終えておきたい。

 中々ハードだが、そうでもしないと維持するのは難しいのだ。

 リビングでは、風華が横になってテレビを見ていた。

 その向こうでは、ソファに座った真がうとうと。

 まるで自分の家のようにくつろいでいる。

「あら、沙耶ちゃん。お勉強?」

「ええ、まぁ。模試が近いから、ちょっと長めに」

「偉いわねぇ……。おねーちゃん、頭なでなでしてあげる」

「はぁ……。それより、何を見てたんですか?」

 ちらりとテレビを見る。

 なにやら賑やかな完成と共に色々な商品が紹介されていく。

 所謂通販番組というやつだった。

 それもケーブルテレビの、マイナーなもの。

「面白いんですか、通販番組って」

 その一言が、風華の頭の中の何かのスイッチを入れてしまったようだ。

「ふぅ、どうやら沙耶ちゃんには通販番組の楽しさを小一時間ほど説教する必要があるようだわー」

 無理やり椅子に座らされ。

 風華の説教を聞く事になってしまった。

 ただでさえ時間が無いというのに。

 やはり休憩を取るべきではなかったのだろうか。

「さて、昨今のテレビ業界をになっているのは何でしょうか? はい、沙耶ちゃん!」

「……お笑い芸人」

「沙耶ちゃんは、どうしてこの状況になったのかを復習した方が良いと思うの」

 風華が言うには昨今のテレビ業界をになっているのは、何を隠そう通販番組だという。

 例えば通販番組が15分だったとしたら、三つの商品を紹介する事が出来る。

 その内の一つでもテレビを見ていた視聴者が食いつけば、それで良いのだ。

「でも、確率的にはもの凄く低いんじゃないかしら? 視聴者だって毎日通販番組を見ているわけでもないでしょ?」

「まぁね。でも結構引き込まれるのよ」

 そう。

 たかが15分、されど15分。

 いかにして視聴者の警戒心を解き、購入に至らせるか。

 通販番組をそこを見るだけでも面白いのだ。

「下手に芸能人が紹介するんじゃなくて、ちゃんとした業者のちゃんとした人が実演してるから良いのよ。何て言うの、芸能人だと演技っぽいのよ」

「はぁ……そういうものなの……」

 驚きつつも、若干感心するべきなのだろうか。

 いつもダラダラとテレビを見ていると思っていたのだが。

 まさかここまで本格的な意見を聞く事が出来るとは思わなかった。

「じゃあ、風華さんに質問。リアクションをする客席の人っているでしょ」

「うん」

「あれってヤラセ臭くないかしら。と、言うよりもヤラセ?」

「うーむ、むつかしい」

 確かに商品の目玉となる機能が紹介されたときの驚きようは、どこかオーバーすぎる。

 ただ、そのオーバーさが通販番組ならではとも言えるのは間違いない。

 オーバーならオーバーで良いのだ。

 何をオーバーな、そんな訳ないだろう。

 そう考える人がいたとする。

 ならば買って確かめようという考えに続く人がいるかもしれないのだ。

 その人めがけて放送をする。

 それが通販番組。

「どう? 大体面白さが分かったかしら」

「……いえ、風華さんには悪いけど……全く」

「あれー? おかしいなぁ」

 そう言うと煎餅を取り出してきた。

 食べるように促す。

 興味こそ沸いてはきたものの、面白さが伝わってこない。

「まぁ時間があったら見てみると良いわよ」

「時間があったら、ね」

 立ち上がり自分の部屋に戻る。

 風華は眠っている真を起こし、部屋で寝るように注意する。

 そして自分は再びテレビを見る。

***

 後日。

 沙耶は模試を終え、少し早めに帰宅した。

 皆出かけているのか、部活なのか。

 寮には自分ひとり。

 とりあえず今日くらいは羽を伸ばそうと、リビングのテレビをつけた。

 何か面白い番組はやっていないだろうかと、チャンネルを回し始める。

 だが、休日ゆえに旅番組や以前放送した番組の再放送などばかりで、特に目新しいものはなかった。

 その時だ。

 通販番組がやっていた。

 先日の風華の話しの件を思い出した。

 まぁ見てみるのも良いかもしれない。

 その気持ちで見ていたのだが。

 何故だろう。

 うずうずしてきた。

 確かに紹介している商品は、その辺のホームセンターでも売っていそうな商品ばかり。

 しかし、こうもウズウズするのは何故か。

 やはり、視聴者へのアピールが違うのだ。

 本当に商品を買ってもらいたいから、しつこいくらいに商品の良いところをアピールする。

 どのような効果があるのか。

 使い方はどうすれば良いのか。

 それらも全て分かりやすく。

 とても15分という短さに収まるとは思えない。

 だが、収まってしまうのが通販番組の凄さなのだ。

「……これ、良いかも」

 ぽつりと呟いた時、我に返る。

 紹介していたのはとあるクッションだった。

 最近流行の低反発素材を使用しており、関節への負担が少ないとか。

 その上、デザインも子供から大人まで使えそうなシンプルなものだった。

「買っちゃおうかしら……」

 値段も手ごろで、今なら送料などは全て無料になるらしい。

 買わずに後悔するよりも。

 買ってから後悔した方が良いという言葉を聴いたことがある。

 何を馬鹿な、とその時はそう思っていた。

 ただ、通販番組を見ているとその言葉の意味がよく分かる。

 確かに今買わないと後で公開する。

 そんな気がするのだ。

 沙耶は、受話器を手に取る。

 そしておもむろに番号を打ち始める。

「あ、もしもし、あの通販番組を見てて……ええ、そのクッションなんですけど、あ、はい」

 現金の着払いで、一週間後。

 そのような指定をし、受話器を置いた。

 瞬間、彼女の顔が真っ青になる。

 後先考えずに買ってしまった。

 まさに買ってから後悔とはこのことか。

「……まぁ、届いてから考えましょ」

 更に1週間後。

 ひなたが玄関にて、荷物を受け取る。

 受け取り相手は沙耶の名前。

「沙耶さーん、お荷物が……」

「あ、あー! あー、りがと、ひなたちゃん!」

 何時にない沙耶の乱しっぷりに、眼を丸くするひなた。

 沙耶は荷物を受け取ると、すぐに二階にあがってしまった。

 ダンボールを開封し、中身を見る。

 確かにあの時頼んだクッションが入っていた。

 それに顔をうずめてみる。

「きもひいい……かってよかったかもひれない」

 思わずそのまま眠りそうになる。

 そんな沙耶の様子をドアの隙間から見る人物が二人。

 涼子と風華。

「あらまぁ、沙耶ったら。通販でもしたのかしら」

「ふふん、この間のお説教が効いたみたい」

 風華も満足そうだが。

 当の沙耶が今は一番満足しているのかもしれない。

 この後も、彼女は通販に嵌まっていくことになるのは間違いないことである。


(第七十六話  終)


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