第六十九話 ボウリング場へようこそ(後)

 皆でボウリング場に集まってからすでに30分。

 喋るだけ喋って、この後の事を決めていなかった。

 とりあえずチーム分けだけでもしておこう。

 誰かが言った。

 適当な紙でくじを作り、引いていく。

 同じマークの人間同士でチームを組む。

 そして、一番スコアの高かったチームが優勝となる。

 いたって単純かつ、分かりやすいルール。

 で。

「何でそんな顔してるのさ」

「だってぇ」

 ぶーたれる風華を見て真がぴしゃり。

「……せんせー、がんばろ」

「そだね。頑張ってしんちゃんをギャフンと言わせてやれば良いんだね!」

「ぎゃふん」

「……なんでそういう意地の悪い事するのよ」

 中々にシュールな会話がなされる。

 チーム分けはこうなった。

 風華と杏里、ひなたと亜貴、涼子と七海、和日と翔、貴人と佐夜、虎美に駿、そして真と彼方、遥と沙耶と智樹。

「何でここまで来てお前と組むかなー……」

「良いじゃないか、な? 真」

「えー……まだふーねぇのほうがマシよー」

 これがもし耳に届いていたら泣いて喜ぶだろう。

 真と彼方がこうして組むのは実に久しい。

 小学生の頃を境に、二人で組んで何か取り組んだと言う記憶が無い。

「それじゃあ始球式始めるわよー」

 涼子が構える。

 彼方が「俺じゃないのか」と言いたげな目で涼子を見る。

 涼子はボールを構え、フルスイング。

 ボールは勢いよく突き進む。

 レーン横の溝を。

 ピンは一本も倒れていなかった。

「……ま、まあ始球式だしね! それじゃあ始めーッ!!」

***

 ボウリング場内に軽快な音が鳴り響く。

 今のところスコアで頭一つ抜き出ているようなチームはない。

 その中で中々奮闘しているチームが。

「あ、じゃあ投げるねー」

「……うん」

 風華と杏里のチームだった。

 ほとんどのチームが片方運動部である中、年中運動不足の風華と大人しい杏里のチームが奮闘していた。

 と言うよりも風華が確実に足を引っ張っている。

 それをまかなう杏里。

「はー、ふーねぇ絶対足引っ張ってるよ、あれ……」

「良いからとっとと投げろ」

「お、おう」

 真の二投目。

 一投目は6本の3本。

 惜しくもスペアにはならなかった。

 それをきっちりと修正さえ出来ればストライクだって狙える。

 狙える。

 はずなのに。

「あるぇー……?」

 またも6本。

 まだ後一回残っている。

 勢いよくボールを放つ。

 倒れたのは3本。

 ある意味で凄いのだが。

「きっちり一本残さなくても……」

「や、難しいなボウリングって」

「だなー。うっし、次俺な」

 彼方が投げるボールはいとも簡単に全てのピンを倒した。

「ウェーイ」

「……帰る」

「まぁ待てよ。聞きたい事もあるしさ」

 彼方に呼び止められる。

 座ったところで、真は問われる。

「何でお前、遥かふったの?」

「ふったって……。……つーか、何で知ってるんだ!?」

「そんなの最近のお前の遥かに対する摂氏形見照れば分かるさ。ありゃぁ負い目を感じての接し方だしなぁ」

 端から見ればそう見えていたのである。

 隠す事無い。

 真が言う。

 自分は別の人が好きで、そんな気持ちのまま遥かと付き合うことは出来ない。

 もしそれで付き合ってしまったら、絶対に相手に失礼になる、と。

 彼なりに、考えた結果だったのだ。

 彼方もそれを聞いて安心したのか。

「お前が考え無しにふったのならボッコボコにしてやるところだったけどなぁ」

「えー……? 何でお前に」

「冗談だよ、冗談」

***
 
 何事も無く、ボウリング大会は進む中。

 ある一人の女性のテンションに圧倒される男が一人。

 駿だった。

 いつもはまわりに向かって無駄な知識を振りまいている彼だが、今日ばかりは違った。

「テヤァーッ!!」

 虎美が絶叫する。

 今まで投げられたボールの中でも一番速い速度を記録して。

「ぃよし! ガーターッ! 次頑張るか!!」

「……」

 流石の駿も黙り込んでいる。

 少しでもスイッチが入ればいつものようにべらべらと喋る事が出来るのだが、今回はそのスイッチが入る気配が無いのだ。

 始まりから終わるまで、終始駿は虎美に押されていた。

「うあー、おらー、ガンバレー! 倒せー!」

「ちょ、ちょっと黙ってくれないか」

 集中力が欠けてしまう。

 だが、駿は頑張った。

 頑張ったのだ。

「お前、勝つ気あるのか!?」

「君がうるさくしたからだろう!? そもそも人間の集中力というものは途切れやすいんだ! ちょっとした雑音で途切れてしまうほど繊細なものなんだ! それなのに君という人間はべらべらべらべらと!」

「何だとッ!?」

 ついにはケンカを始める始末。

 もうどうにも止まらない状態となってしまった。

「何か隣が騒がしいなぁ」

「わ、私たちはマイペースに行きましょう」

 亜貴とひなたが隣の喧騒に少しだけ耳を傾け。

 改めてプレーに戻る。

 ひなたも亜貴も、スコアは平均的なものだった。

 このまま行けば最下位にはならなくて済みそうだ。

 ただ、一つ懸念すべき事があるとすれば。

 亜貴に突き刺さる視線。

 遥か向こうから向けられている、智樹からのものだった。

 まるで外せとでも言わんばかりの視線に、亜貴のイライラが募っていく。

 前半、特に目立ったミスが無かったものの、後半になってとたんに狂いだした亜貴の調子。

「だ、大丈夫でしょうか私たち……」

「ま、最下位になっても罰ゲームとか無さそうだしなぁ……。問題はヤツなんだが」

「はい?」

 ひなたが小首を傾げる。

 負けたくない、負けるつもりは無い。

 そんな気持ちだけが亜貴の中にある。

「楽しんだ者勝ちってことでさ」

「ですね」

***

 ボウリング大会も終盤に差し掛かり、スコアにも差が出てきた。

 今のところトップは、貴人と佐夜のペア。

 次に和日と翔、涼子と七海と続いているのだが。

 風華が真のところにやってきた。

 もう自分たちは終わったと言うのだ。

 スコアも平均なのだが、真のスコアを見て風華が笑う。

「ぷー、おねーちゃんよりも下よー。このままだとおねーちゃんの勝ちで良いよねー?」

 悔しそうにボールを磨く。

 更には負けたらジュース一本、と言う条件がついてしまい引き下がれなくなった。

 ジュース一本ぐらいおごってやれよと、彼方は言うが意地でも負けたくないのだ。

 現在最後の第10フレーム。

 2投目でストライクもしくはスペアを出せば3投目が投げられるそんな場面で。

 真は集中していた。

「ほらほら、ユー、早く投げちゃいなさいよー。負けても頭なでなでしたげるからさぁ」

「……何勘違いしてるんだ」

「え?」

「まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ!」

 全力だった。

 今まで投げていたボールのどれよりも、気迫が伝わってくる。

「まず一投目!!」

 ど真ん中のストライク。

 だが、まだたかが一回目。

 このフレームで連続3回のストライク―ターキーをたたき出せば確実に勝てる。

 真の狙いはそれしかない。

「二投目!!」

 やや真ん中よりも外れたものの、ピンアクションに助けられたストライク。

 見る見るうちに風華の顔が青ざめていく。

「三投目!!」

 それは確実に真っ直ぐに、レーンを突き進んでいた。

 豪快にピンを倒す。

 だが。

「あれ?」

「あ」

 二本残っていた。

 ピンアクションに恵まれなかったのか、ど真ん中でもストライクとはいかなかったようだ。

「ダメだったな」

「うん」

***

 結局のところ、順位はほとんど変わらず一位は貴人と佐夜のペア。

 二位は涼子と七海のペア。

 三位は和日と翔のペアで落ち着いた。

 しかしながらこの手の大会で再開に罰ゲームが無いのは珍しい。

 時間が無いのか、ただ単に思いつかなかったのか。

 ともかく、1ゲームでボウリング大会は終了し、この後は各々解散することに。
 
 慣れないボウリングで疲れてしまったのか、帰り道、皆の言動は少ないものだった。

 ポツリポツリと喋っては、黙り込み。

 寮についてからも足早に部屋に散る。

 ボウリングでこんなに疲れるとは思ってもいなかった。

 これから宿題もしなければいけないのに。

 真はちょっとだけ後悔していた。

 もちろん後日、腕だけ筋肉痛になったのはいうまでも無い事なのだが。

 

(第六十九話  完)


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