第七十話  いざ秋葉原

 10月1日、木曜日。

 何とも代わり映えのしない日が続いていた。

 だがその毎日も少なくとも来週からは違ってくる。

 来週から中間テスト。

 その次の週には競歩大会が待ち受けているのだ。

 おそらく、ゆっくり出来るのは今週まで。

 来週以降、慌しい日々になるのは間違いの無い事。

「しーんー。ちょっと良いか?」

 今日も今日で真は彼方に声をかけられていた。

 大体彼のほうから声をかけられた場合、ろくな用件ではないと言う事くらいわかっているのに。

「今週の日曜、ヒマ?」

「また? この間も確かボウリングに……」

「いやいや、今回はちょっと遠出しようと思ってさ」

 遠出と聞いて多少気分が高まる。

 やはり真もまだ16歳。

 遠出とか外出と言う言葉に弱いか。

 彼の中で遠出と言えば、県内でも二つ三つ離れた場所に電車で向かう事だった。

 例えばちょっと活気のあふれる町で漫画を物色したり、ゲームセンターに立ち寄ったり。

 そんなことを想像していた。

「遠出って、どこに?」

 結論を早く聞きたかった。

 そのためかやや早口になっている。

「秋葉原行こうぜ!」

「……え?」

 また考えてもいない答えが返ってきたために真の思考回路が数秒止まる。

 秋葉原ってどこだっけ。

 そんなことが脳裏で繰り返される。

 たどり着いた答えはいうまでも無く東京。

 しかしながら東京など、家族で出かけるための場所としか思っていない。

 東京に友達と出かける、と言う事は今まで無かったのだ。

 彼方が秋葉原に行きたいといったのには理由があった。

 この年の7月7日からドラマで「電車男」というドラマが放送された。

 ある一人のオタク青年とOLの恋を描いたドラマなのだが、それにより加速度的に秋葉原ブームが広がった。

 彼方も面白そうだから行ってみたいと言うのが本音。

 ただそれだけだった。

 真も風華の影響で最近はドラマを見ているので、そのことくらいは知っていたが。

「しょ、正直今行かなくても良いんじゃないか? 多分もう2〜3年したらブーム過ぎるって」

「バカ言え。今行くから楽しそうなんだろ? 去った後に行っても、つまらんて」

「そんなこと無いと思うけどなぁ……」

 真は苦笑するがどうやら本人は本当に今の時期に行きたいらしい。

 断ってもよかったのだが、確かにちょっとだけ興味がある。

「しょうがない……付き合ってやるか」

「さすが! 話が分かる! 今度の日曜な!」

 本当に楽しそうに去って行く。

***

 日曜日。

 前々からへそくりとして貯めていた3万円を持って待ち合わせの駅に向かう。

 特急ではなく、各駅停車で東京まで行くというのだから時間がかかる。

 現在朝の8時。

 予定では秋葉原に着くのは10時半過ぎ。

 長い電車旅になりそうだ。

「おう、お待たせー」

 彼方が姿を現した。

 その隣には七海がいる。

 七海がくることは聞いていなかったため、若干驚いている。

「……なんで鈴原さんが?」

「誘われたからに決まっているでしょう」

 間違っていない。

 間違ってはいないのだが、何だかすっきりとしない。

「有馬さんは? この面子だと来ると思ったんだけど」

「残念ながら先に用事があるんだってさ。楽しんできてね〜とのことだ」

「ああ、そう……」

 上手い具合に電車が着たので乗ることに。

 せめてお土産でも買っていこうかと考えていた。

 ちなみに彼方と七海は二人でキャアキャアと話している。

 パンフレットを見たり、どこをどう回ろうかと話をしている。

 話を聞くにやはりメイド喫茶は欠かさないようだ。

 そのほかにも様々なアニメショップに立ち寄るつもりでいる。

 その途中、特急列車による追い越しのため15分ほど停車している時。

「真は何か買うのか?」

「めぼしいものがあれば、な」

「めぼしい物って言ってもどうせ漫画とかだろ?」

「流石にコスプレグッズなんて買っていけないだろ……」

 寮住まいの真としては、買って行ってもスペースがないのだ。

 仮にスペースがあったとしても、何時、どのタイミングで使うのか。

 コスプレグッズなんか、何時ぞやの豚の着ぐるみだけで十分だった。

「そういう彼方は何か買うのか?」

「めぼしいものがあれば」

「おい」

***

 午前10時38分。

 東京、秋葉原駅。

 日曜日と言う事もあって人ごみが出来ていた。

 階段を上り、表に出る。

 すると、すぐだった。

「こちらをどーぞー」

 フリルの着いたメイド服の女性にポケットティッシュを渡される。

 そのティッシュの裏にはメイド喫茶の地図が書かれている。

「もし宜しかったら足を運んでくださいね」

 思わず赤面する。

 正直、こんなに照れるものとは思ってもいなかった。

「で、とりあえずどこ行く?」

「飯を食うにも早いしなぁ……その辺のホビーショップでも寄るか」

 と、そういって足を運んだのは駅の目の前にあるビルだった。

 有名なメーカーが軒を連ねているビルで、店に入る前に真はメモに眼を通す。

 このメモには量の一部の人間から買ってきて欲しい所謂「お使い」が書かれている。

 このビル―ラジオ会館では亜貴からプラモのディティールアップパーツを頼まれている。

 山梨では中々その手のパーツは手に入らないのだ。

 なお、パソコンがあれば通販も出来るのだが、さくら寮には生憎パソコンがない。

 今回亜貴がご所望なのは「プロペラントタンク」パーツに武器パーツである。

 そのどちらも同じ店で買える物である。

 目的の店に入り、書いてあるパーツを探す。

 その最中、飾ってあるプラモに目を通す。

 細かく色分けされており、とても人が塗ったとは思えない精巧な出来のものから、オリジナリティ溢れる作品まで。

 実に様々な作品が真の目の前にある。

「あった。これで良いんだよな」

 細長いタンク状のパーツ、そしてマシンガンなどの武器パーツ。

 それを手にレジに向かう。

「こちらの商品2点で630円になります。会員カードはお持ちですか?」

「あ、いえ」

「お作りしますか?」

「……あー、お願いします」

 多分ここ2年先くらいまで足を運ぶ事は無さそうなのだが一応作っておく事に。

 スタンプカードを作り、店を出る。

 彼方と七海が見当たらない。

 自分だけさっさと店に入り、二人は置いてきてしまったので言うなれば真がはぐれたということになる。

 どこに言ったのか、携帯で呼び出す事にしてみる。

「彼方? 今どこに―――――」

『あー、本屋。お前の入った店の一個上の階にいるからさ』

 そう言われ、足を運ぶと確かにいた。

 並んで本を見ている。

 何とも分かりやすい目印だった。

「おーい、終わったぞ」

「んー。じゃあこの本でも買って帰るか」

 彼方が読んでいた本を手にとって読んでみる。

 何ともいえない、不思議な内容だった。

「買った買ったー。真は何か買ったか?」

「いや、特に何も」

「何だよー。もう来れないかもしれないんだから何でも買っとけよー」

「はいはい、了解」

 外に出る。

 相変わらずの人の多さで歩くのも躊躇ってしまう。

 適当にどんな店があるのかを見て回り、時間を潰す。

 そしていよいよ昼食の時間がやってきた。

 彼方が事前に買っていたパンフレットを取り出し、オススメと書かれているメイド喫茶に向かう。

 しかし、何と言うか不思議な光景だった。

 普通に道路に出てティッシュを配るメイド服の女性たち。

 おおよそ山梨では見られないような光景に、眼を奪われてしまう。

 しかもそれなりに可愛いから困る。

 どんどん駅前から離れていく様子に、真は些か不安を覚えた。

 それでも彼方の読んでいるパンフレットだけが頼りなのである。

「あ、あった」

 外見は普通の喫茶店なのだが、飾りつけがいやに華やかで。

 何だか学校の学園祭を思わせる。

 中に入るとドアにつけられていたベルが鳴る。

「お帰りなさいませ、ご主人様!」

「あー……」

 絶句した。

 と言うよりも、きょとんとしている。

 テレビで見るよりも、何倍も強烈な感覚だった。

「三名様ですね? こちらへどうぞ!」

 案内されたのは窓際の、日の当たる席だった。

 メニューを人数分運ばれ、今日のオススメランチの説明を行う。

「いかがですか? 私たちが愛情をこめてお作りしたんですよ?」

「あー……じゃあ俺、そのランチセットで」

「ありがとうございます!」

「俺オムライス」

「私もそれでー」

「はい、かしこまりました!」

 一礼し、去るメイド服の女性。

 辺りを確認する。

 どのメイド服の女性も楽しげに話をしていたり料理を運んでいる。

 これがメイド喫茶と言うものなのだ。

 真は忘れられない体験をしているのだ、今。

「何と言うか凄いよなぁ、日本て」

「ん?」

「平和だよな」

「平和って……」

 ふと、誰かの視線がこちらに注がれているような気がした。

 きょろきょろと再び辺りを見回す。

 数人の男性の視線が七海に注がれていた。

 それを見て真はあぁ、と声を漏らした。

「? 何ですの?」

「いや、こうしてみると鈴原さんって……馴染んでるなぁって思って」

「どういう意味かしら?」

 頬を思いっきりつねられる。

「落ち着けって」

 つねられた頬をさする。

 意外と痛い。

「お待たせしましたー。こちらオムライスになります。なお、サービスとして好きな文字を書くことが出来ますがいかがいたしますか?」

「マジでか!」

 彼方が叫ぶ。

 何を書いてもらおうか必至になって考える。

 で、結局。

「何だよ、何で文字を書くって言ってるのに猫の絵なんだよ!」

「良いじゃないか、食えれば」

 そう、文字ではなく絵を描かせたのだ。

 これには少々メイドさんも苦笑していたが、快く書いてくれた。

 そして暫くしてもう一つのオムライスが運ばれてくる。

 七海も同じように何を書くか迷っていた。

「決めましたわー!」

 出来上がったのはただ一文字。

 『愛』と言う字だけだった。

 よく意味が分からない。

 で、最後に真のランチセットが運ばれてきたわけだが。

 何故かじゃんけんをすることになった。

「何故、ジャンケン?」

「ご主人様が勝ちましたらこちらの商品を差し上げます!」

「負けたら?」

「特に何もございませんよ?」

 リスクが無い賭け事ならやってみる価値はありそうだ。

「じゃーんけーん……」

「ぽん!」

「お」

 勝ったのは真だった。

 適当に景品の中から選ぶ事に。

 何と言うか季節が過ぎたうちわだとかクーポン券など種類にまとまりが無いので悩むと言えば悩んでしまう。

 真が選んだのはクーポン券だった。

 期日は年内中。

 残り2ヶ月もない。

 風華あたりにあげれば喜ぶだろうか。

 運ばれてきたランチセットを口に運ぶが、小首を傾げるしかない。

「意外と、普通の味……?」

「うん、普通のオムライスだ」

「ですわ」

 メイド喫茶の料理はどれも割高と言うのは噂には聞いていた。

 確かに普通のランチセットで1500円は少々高いか。

 それでもジャンケンやその他諸々の費用を含むとそのくらいの値段になってしまうらしいが。

「ごちそうさま」

「喰ったー」

 会計をしてメイド喫茶を出る。

 腹も膨れて眠くなったが、帰るにはまだ早い。

 ここで、彼方がぜひともよりたいと言う店に向かう事となった。

***

 様々な服がずらりと並んでいる店。

 コスプレショップだった。

 アニメのキャラのコスチューム。

 フリルの着いた服など、色々な服が売っている。

 間違いなくここに風華をつれてきたら騒ぎ立てることは間違い無さそうだ。

「お客様、何かお探しですかー?」

 店員がやってきて、真がしどろもどろになる。

「あぁ、いえ、その」

「真ー、真ー! ちょっとー」

「しん? しんって言うんですかー?」

 何だか嫌な予感しかしない。

 にっこりと笑う店員に薦められる、一着のコスチューム。

 似合いますよと、言われてしまう。

 買う気はないのだが値段を見てみると、ただの服なのに恐ろしい金額。

 だが、店員はニコニコと笑っている。

「どうした、真?」

「もう、何をやっているんですの?」

「……これ、下さい」

 断りきれなくなった。

 先ほどのポイントカードの件もそうなのだが、やはり何か頼まれると断りきれない。

「お前……マジかよ」

「1万8000円!? 貴方は本当に何を」

「いや、だって……」

 そう、彼が今買ったのは1万とんで8千円の品。

 正直帰れないかもしれないと、このときは思ったと言う。

***

「ただいまー」

 さくら寮に帰ってきたのは15時過ぎだった。

 数時間しか歩いていないはずなのに嫌に疲れたのは何故だろうか。

「おかえりなさい」

 ひなたが出迎える。

 その様子に、メイド喫茶がダブる。

「? どうしたんですか?」

「いえ、何でもないです」

 亜貴と風華に声をかけてそれぞれ品物を渡す。

 亜貴も風華も喜んでいるようだ。

「あとひなた先輩にこれ、よかったら使ってください」

 こっそりと買っていたコップを渡す。

「……」

「あ、いらなかったら割ってくれても構いませんから」

「か、かわいい……可愛いですね、この女の子!」

「あれ?」

 何だか考えていたのとは違う反応に戸惑う。

 意外と、ひなたはこっちの空気が合うのかもしれない。

 真の買ってきたコップを大事そうに抱え、奥に引っ込む。

 そして真は2階に上がり、自室にこもる。

 さて、これからが本番なのだが。

 ドアを開け、周りに人がいないのを確かめる。

 カーテンを窓を閉め、電気をつける。

「買っちゃったよ……」

 彼があのコスプレショップで買ったのは、軍服だった。

 『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』において「ZAFT」の軍人が着ている紅い軍服。

 そう、アレである。

 あの時話しかけた店員が、真の名前を聞いてこれを薦めたと言う。

 そう、詰まる所。

「む、ぴったりだし。ちょっと動きやすいし、しかもカッコいいし……」

 再びドアを開ける。

 誰もいない。
 
 デスクに備え付けられている椅子に座る。

「……」

 息を吸い込んで。

「シン・アスカ、デスティニー、行きます!!」

 大声で叫んでみる。

 しんと静まり返る自室。

「なーんつって、なんつって……」

「じー……」

「ほぎゃあああああああああああああああああっ!!?」

 ドアの隙間から風華が見ている。

「い、何時からそこに……!?」

「大丈夫、何も見てないから」

 ぱたんと、ドアが閉まった。

 『何も見ていない』イコール『見ちゃったけど気にしないでね』という暗黙の言葉。

 真の顔から血の気が引いたのは言うまでもない。


(第七十話  完)


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