第六十七話  ダイエット大作戦

「と、言うわけで水着を買ってきたわけですが」

 その日の夕方、風華と一緒に水着を買いに出かけて戻ってきた真。

 早速買ってきた水着を広げてみる。

 何てことは無い、普通の水着である。

 トランクス型の一般的な紺色の水着。

「意外と、普通ですね」

 ひなたがまじまじと水着を見てつぶやいた。

「確かに普通ね」

 涼子も沙耶も同じようなことを言う。

 これを選んだのが真だと言うのならばその言い方は当てはまらない。

 だが。

 これを選んだのが別の人間、一緒に買いに行った風華だったとしたら。

 皆、そう呟かずにはいられない。

「なによー、意外ってぇ。私だってちゃんとしたセンスくらいあるんだからぁ」

「はいはいありがとありがと」

 真はそういうと水着を広げてみる。

 驚くほど普通の水着だった。

 それにしても。

 そう言ったのは涼子だった。

「プールねぇ。私も行こうかしら」

「涼子先輩も?」

「そ。最近お腹周りが気になるのよね」

 部活もやっていないのに、運動している人と同じだけ食べていればそれは多少は気になるだろう。

 特にこれからの季節、秋と言う季節は体重が増えやすい季節でもある。

「と言うわけで近いうちに私も水着を買いに行くわ」

「それはつまりふーねぇと一緒にプールに行くと?」

「そう言うことになるわね」

 それだけ言うと風華の買ってきた水着を手に取る。

 こちらもやはり普通の水着だった。

 その後の会話で、プールに通うのは真と風華、涼子の三人。

 ヒマふがあれば他のみなもプールに通いたいと言う。

 しかしながら真がプールに入るのは実に一年ぶりだった。

 というのも蒼橋学園では一年の夏はプールに入れない。

 一年でプールに入れるのは女子のみ。

 男子は2年になってからじゃないとプールには入れない。
 
 暑い時にプールに入れない。

 精神的にこれはかなり辛いのである。

「じゃあ今度の日曜日に行こうよ。どうせヒマでしょ?」

「どうせって……まぁ部活も午前中に終わるけどさ……」

「私は毎日が日曜だからオーケーよ」

「学生なのに?」

「物の例えよ」

***

 日曜日。

 先日真が言ったとおり、確かに午前中で部活が終わって帰ってきた。

 涼子も用事は無く、寮で暇をつぶしていた。

 ただ、その日になって和日と沙耶、ひなたに杏里、亜貴もプールに行くと言い出した。

 ようは全員でプールに行くことになったのだ。

 結局のところ水着が必要だったのは真と風華だけと言う事で。

「市民プールって確かチケット制よね?」

 蒼橋市民プールは一枚400円のチケットで何時間でも入っていられる。

 ちなみに16枚つづりは4000円。

 6枚分お得なのであるが、たまにしか行かないと思われるのでバラ買いをすることに。

 市民プールはさくら寮から歩いて15分ほどの場所にあった。

 近くにも体育館や自然公園などがあり、子供の遊び場として近くでは有名である。

 もう夏は過ぎたというのに、じんわりとした暑さは変わらず。

 公園の噴水の近くでは子供たちが戯れている。

 市民プールはそんな公園の一角にあった。

 白塗りの壁。

 乱れることなく並んでいる自転車。

 自動ドアを潜って真っ先に目に張ったのは、大きな窓ガラスだった。

 その向こうに広がる巨大な温水プールは、否応無しに子供心をくすぐってくる。

 それが例え大人だったとしても。

 チケットを券売機で購入し、着替えるために更衣室に向かう。

 100円玉をロッカーに入れ、脱いだ服をしまう。

 水着を着て、紐を結ぶ。

 水泳帽を被り消毒のためにシャワーを浴びる。

「ぷぇ」

 口の中に入った水を吐き出し、プールサイドで軽く準備運動を行い他の皆が出てくるのを待つ。

「遅いな」

「そうですか? こんなものかと」

 真と亜貴がヒマそうに手足をばたつかせる。

 その時だ。

「しんちゃー」

「お、来た」

 ひなたたちが仲良く揃って出てきた。

 照れくさそうに出てくるひなたや。

 いつもと変わらない風華に。

 泳ぎたくてウズウズしているらしい和日。

 何か話をしている涼子と沙耶と杏里。

 こうして皆で出かけるのは実は久しぶりだったりする。

 真と亜貴に習い、順部運動を行い。

 いざプールに。

「早くー」

 風華の手招きで真がプールに入る。

 で、すぐに泳ぎだす風華だが。

 そのスピードはかなり速い。

 水泳部である和日が思わず感嘆の声を漏らすほど。

 人には外見からでは分からない特技の一つや二つあるものだが。

 意外にも意外に。

「風華さん、凄いですね……」

「あぁ、ふーねぇ泳ぐのだけは早いですから」

 真の話。

 風華は水泳だけは得意だと言う。

 その昔、小学校の代表に選ばれたと言う。

「で、塚原くんはどうなのよ」

「……何がです?」

「いや、話の流れから泳ぐのはって意味よね」

 沙耶が涼子に確認すると涼子は首を縦に振る。

 真は少し黙り。

「俺は凄いですよ」

「おぉ」

 真が顔を水につけるが。

 すぐ顔を出した。

 泳げていないのだ。

 それを見ていたひなた達は嫌な予感しかしなかった。

「あの、塚原さんもしかして……」

「カナヅチ?」

「……だ、誰にだって苦手な事はあるんです!」

 今回、真がプールについてきたのは風華から誘われたと言う事以外に一つ、彼自身の目的があった。

 泳げるようになりたいのだ。

 誰でも良い。

 教えてくれれば良いのだ。

 何とかして来年の夏までに泳げるようにしないと。

 高校生にもなってカナヅチは恥ずかしい。

 と、誰かが肩に手を置いた。

 ひなただった。

「頑張りましょう」

「え?」

「頑張って泳げるようにしましょう! 私も泳ぐのが苦手なので、一緒に頑張りましょう」

 いつになく張り切るひなた。

 こんなにも彼女が前に出てくるのは珍しい。

 ここに、真とひなたのカナヅチ同盟が結ばれた。

 その日のプールはとにかく二人は泳ぐ練習をしていた。

 ひなたはある程度泳げるので、基礎さえ飲み込めば上達は早かった。

 しかし真は酷いもので。

 バタ足と手の動きが連動せず、常にバラバラ。

 終いには水を鼻で飲んでしまい痛い目に。

 ぐずぐずとしながらも真は頑張り泳ごうとするが、正直その辺の子供の方が上手いのは目に見えていた。

「へたっぴ」

「うぐ……」

 涼子に言われて言い返せない。

「どうしてそんなに泳げないのよ」

「ぐ……」

「だめねぇ、本当にダメだわ」

「……」

「……ドンマイ」

「もうやだ」

 半べそをかく真。

 その横をばしゃばしゃと泳ぐ風華。

 見ていて非常に羨ましい。

「ぷぁ。簡単なのに。こう、手と足を同時にね」

「だからそれが出来ないから泳げないんじゃないか」

 中々に難しいようだ。

「良いよ、俺はもう一人で頑張るから。ひなた先輩たちもほら、泳がないと」

「でも……」

「大丈夫ですって。何か頑張れば出来そうな気はしてきましたし」

 心配そうなひなただが、真が大丈夫と言い切る。

 折角プールに来たのに自分にばかりつき合わせたら面白くないだろうと彼は思っているのだ。

「それでは、何かあったら手を振ってくださいね」

「ここで!?」

「? それが一番良いと思うんですけど……」

 周りには小さな子供たちがいる。

 その中でひなた達に分かるように大きく手を振れというのだ。

 渋々首を縦にふり、各々の好きなように過ごす。

 それは皆楽しそうだったが。

 真にとって一人で泳ぎの練習をするというのは苦痛以外の何物でもなかった。

 小さな子供にはじろじろと見られ。

 かと言って無茶をしようとすると溺れる。

 誰かに教えてもらいたかった。

 楽して泳げるようになる方法を。

 もちろんそんなものは無いのだが。

「誰か助けてぇ」

***

 プールに入っていたのは約3時間ほどだった。

 その時間の中で、皆がそれぞれやりたいことをしていた。

 誰もが満足げに、プールから出る。

「いやぁ、やっぱりプールって楽しいわ」

「姉さん、知らない子に着いて行っちゃだめじゃない」

 一体何があったのか。

 沙耶はその事について喋ろうともしない。

 唯一つ言えるのは。

 知らない「人」では無く、知らない「子」だと言う事。

 小さな子供についていったと言う事だろうか。

「杏里は知らない人につれてかれそうになるしね」

「犯罪っすよ!?」

「ああ、いやそう言うんじゃなくてさ」

 和日が説明する。

 杏里が連れて行かれそうになったと言うのは言いすぎというもので。

 本当は自分の子供と間違えた親が杏里の手を引っ張ったのだ。

 もちろん本当の事件ではないので、その親が必死になって杏里に謝った。

「でも、ちょっとだけ連れてかれても良いかなって思ったの」

「いや、ダメですって」

「そうじゃなくてね。両親いないから」

 「両親」がいない。

 いや、父親はいるはずだ。

 なのに今、いないといったと言う事は。

 もう親として認めていない、そういうことだろうか。

「大丈夫よ。ここにいる皆が家族のようなものだし」

「そうよそうよ。あんまり、気にしないほうが良いって」

「……うん」

 何となくしんみりとした雰囲気に。

 その空気を察知してか、風華が口を開いた。

「で、しんちゃん泳げるようになった?」

「無理でした。一向に泳げる気配がないや」

 一日で泳げるようになったら真だって今まで苦労はしない。

 何とかは一日にしてならずという言葉がある。

 それと同じように泳ぐのだって一日で出来るはずが無いのだ。

 これから時間があるときにプールに通い、練習するしかないのだ。

「時間が合うと良いね」

「何でさ」

「そうすれば手取り足取り教えてあげるのにぃ」

「手取り足取りッ!?」

 素っ頓狂な声を上げる。

「別にそういう意味じゃないよ?」

「わ、分かって言ってるんだから! 勘違いしないでよ!!」

「うわ、キモイ」

「キモイわ」

「酷い!」

 涼子と和日の心の無い言葉に涙ぐむ。

 言わなきゃ良かったと後悔する真の頭を撫でる風華。

「で、ふーねぇのほうがどうだったよ」

「何が?」

「ダイエット。続きそう?」

「んー……」

 何故黙るのか。

 これ以上太りたくないのではないのか。

「多分大丈夫」

「多分なんですか……」

 苦笑するひなた。

 その場にいた皆が脱力する。

 市民プールを出るとその暑さに倒れそうになった。

 今まで涼んでいたので、余計に暑く、思わず顔を顰めてしまう。

「外ってこんなに暑かったっけ……?」

「さぁ……」

「少なくとも入る前より暑くなってる気がするけどな……」

「あっきーいたの?」

「えー……? 何スか、その言葉」

「ねぇねぇ、帰ったらアイス食べよーよ」

 風華の提案に涼子と和日が気乗りする。

 杏里も亜貴も、その提案に賛成するが。

「ダイエットするんじゃ」

「ないんですか……?」

 真とひなたの声も空しく、風華達は寮に帰るなりアイスを食べ始めるのだった。


(第六十七話  完)

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