第六十八話  ボウリング場へようこそ(前)

 9月23日、水曜日。

 何の変哲もない一日が過ぎていた。

 はずだったのだ。

「ボウリング?」

「そう、ボウリング」

 誘ってきたのは彼方だった。

 手に持っているのはチケット。

 ボウリング場の1ゲーム無料チケットだった。

 彼がそのチケットを持っているのは、おおよそ自分の力ではなく七海の力によるものが大きく。

 七海の父親が、彼方にこれで遊んできなさいとくれたものだった。

 そもそも夏休み前にあれだけの騒ぎを起こしたというのに今では仲が良くなっている。

 何だか真は複雑な心境になっていた。

 まるで漫画とかドラマのような流れだった。

「で、何人まで余裕があるんだ? まさか俺とお前と鈴原さんだけってワケじゃあるまいし」

「や、1ゲーム無料なんだ」

「知ってるわ。だから何人まで……まさか」

 にんまりと笑う彼方。

「察しが良いなぁ、真は相変わらず!」

 1ゲーム無料と書いてあるだけで特に人数による制限はなかった。

 どれだけVIP優遇されるチケットなのか、想像もつかない。

 下手を擦ればこの一枚で大人数を呼んで、貸切状態にだって出来る。

 時々真は金持ちと言うものがわからなくなるときがある。

「だからさ、適当に誘っておいてくれよ」

「日時は? 時間は?」

「今度の日曜の午後で良いだろ。休みだし部活だってそんなにやってねぇって」

***

「って、事があったんだ」

 寮で彼方に誘われたことを話す。

 皆が興味があるようだ。

「弓道部は午後から部活も無いですから大丈夫ですが、他の方はどうなんでしょう?」

「私はヒマだわよ。部活だって入ってないし」

「ちょっと待って、姉さん受験じゃない。遊んでいて良いの!?」

「沙耶……そんなのは後でどうにでもなるのよ」

 そういう問題ではないと言いたげな沙耶の表情。
 
 涼子は参加、和日も水泳部は季節部のため、シーズンが過ぎた今はヒマだと言う理由で参加。

「沙耶はどうなのよ。あんたヒマでしょ?」

「ちょ、一緒にしないでよ! 私だってやることが……」

「じゃあ不参加っスね」

「や、参加する」

 皆がぽかんとする。

「だって私がいないと姉さん絶対に迷惑かけるし……別にボウリングが好きってワケじゃないけど」

「じゃあ参加しないでその場にいるだけで良いっスよ」

「塚原くんは私をどうしても参加させたくないのね?」

「そういう意味じゃ」

「私は参加するよ?」

 風華が横から口を挟む。

 言わなくても分かってる。

 そう言うとしょんぼりとする風華。

 むしろポジティブに、それだけ自分の事をわかってくれていると理解したようだ。
 
 何と言うプラス思考。

 羨ましい限りだ。

「杏里先輩はどうします?」

 横で風華がきゃあきゃあ言っているが、真は華麗にスルー。

 構っていたらいつまで経っても話が進まない。

「……参加する。楽しいそう」

「ですよねー。亜貴先輩は?」

「あー、午後からなら練習も終わるだろうし出るわ。人数制限がないんだったら適当に俺も声かけとく」

「それはあり難いっスね」

 という事でさくら寮のメンバーは全員ボウリングに参加する事になった。

 いや、全員ではなかった。

 そんなやり取りを後ろの方で羨ましそうに見ている女性が一人。

 幽霊さんだった。

 半透明の体を揺らして、真を見ている。

「ッ!? 何か寒気が……」

「風邪ですか? 季節の変わり目は気をつけないと……」

「幽霊さん、どうしたの?」

「いーです、いーです。別にボウリングをやってみたいなぁなんて思ってないですから」

 卑屈になっていた。

「見るだけで良いですよーだ」

 何ともいたたまれない気持ちになったのは言うまでもない。

 誰かの体を借りる事さえできれば良いのだが。

 そのあたりは当日、話をつけよう。

 一通りの話は纏まった。

 しかし、皆が皆空いてる人に声をかけるとなると大変な人数になる。

 そこで、各自一人か二人程度にしようという規約を設けた。

 そもそもそこまで空いている人間が集まるかどうかすら怪しいのだが、一応念のために。

 ただ、この提案が意外にも多くの人間を集める事となった。

***

 翌日。

 彼方に声をかけ、昨夜の事を話した。

 彼方自身も何人かに声をかけたのだが、生憎予定がある人ばかりで。

「真、お前は声かけたのかよ」

「いや、それがまだ……」

 ちょうどその時だ、真の視界に遥が入った。

 遥を呼びとめ、事のあらすじを話す。

「日曜日の午後……大丈夫だと思うよ。部活もないし、予定が入らなければだけど」

「ありがとう、じゃあ一応参加ってことにしておくよ」

「あらなーに、いいんちょ。私たちには声かけてくれないの?」

 夕菜たち3人組が後ろから声をかけてくる。

「酷いねぇ、差別よ」

「差別って言うか……ほら、多すぎても逆に、ね?」

「ふーん……ま、いいや。予定あるしねー」

 だったら何故声をかけたのか。

「大変だね」

「……うん」

 その頃、亜貴は苦戦していた。

 バスケ部の部員何人かに声をかけていたのだが。

「むぅ、見事に引っかからないなぁ」

 全員がもう既に予定が入っているという稀有な状況。

 嫌がらせだろうか。

「あぁ、一人いたか……一番声かけたくないやつ」

 隣のクラスの窓側の一番後ろの席に、いた。

 一人で不機嫌そうに外を見ている。

 智樹。

 亜貴の天敵である。

「おい」

「……珍しいな、お前から声をかけるなんて」

「その、なんだ。ボウリングでもどうだ?」

「……気持ちの悪い。お前の暇つぶしに付き合うほどヒマでもない」

「じゃあ良いや。声をかけた俺がバカだった」

「……」

 一呼吸おいて、智樹が立ち上がる。

「まぁ待て。どうしてもというなら付き合ってやらんこともないがな」

「はぁ?」

「一人でボウリングか、寂しいものだな。そう考えたら急に情が沸いてな……仕方がないから参加してやるといっているんだ」

「いや、別に良いし。そこまで嫌ならくんな」

 鼻で笑う智樹に。いい加減イライラしてきた亜貴。

 なおも一人でボウリングだのなんだのと言ってのける。

 もはや精神的に限界。

「だーかーら! 一人でボウリングじゃねぇつってんだろ!? 後輩に誘われたんだよ! バカーッ!」

「ハッ、友達がいないから後輩のボウリングに乗ったというわけか……つくづくヒマ人だなぁ、貴様もッ!」

 その後も延々と口げんかをする二人だが、ケンカするほど仲が良いという言葉が今のこの二人の頭に入っていたかどうかは定かではない。

***

 その日の午後、涼子は友達の一人に声をかけていた。

「で、みっちん、ヒマなのどうなの?」

「ひまだよぉ。でもねぇ……」

「ハッキリしなさいよ……」

 このみちる(あだ名はみっちん)という女生徒。

 一年の頃からの涼子の友達なのだがイマイチぼんやりとしている。

 優柔不断とか、その手の人ではないのだが、いまいち遅い。

 はきはきとしている涼子と、よくも3年間付き合ってこれたものなのだ。

「で、参加するって事で良いのね」

「うん、良いよぉ」

「あぁそう、最初っからそう言ってくれれば良いのに」

「えへへ」

「何故笑う?」

 かみ合わない会話だが、楽しそうではある。

「日曜日の午後ねぇ、開けとくよぉ」

「くれぐれも、寝坊だけはしないでよね」

***

 音楽室。

 遥は真に言われてボウリングに誘うメンバーを考えていた。

 いや、もう決まっていて今はその二人が来るのを待っていた。

「有馬ちゃん、どしたの」

「いつも早いな、君は」

「うん、ちょっと話があるの」

 遥は貴人と佐夜に事を話した。

 もちろん佐夜も貴人も乗り気だった。

 貴人は貴人で普通に楽しみにしている様子だが、佐夜はちょっとしたデート気分。

 何の予定も入れない、入れたくないと豪語しているくらいだ。

 ただでボウリングが出来るのだ、嬉しいのも分かるが少々はしゃぎすぎな感は否めない。

「じゃあ二人とも参加で良いよね?」

「もちろんよ! ねぇ、貴人?」

「あ、ああ……」

「それに」

 佐夜が遥に耳打ちする。

「遥が好きになった子を見れるかもしれないしねー」

「ふぁっ……!? や、ややや……!」

「かーいいー」

「その辺で」

 貴人が佐夜の首根っこを掴む。

「そういうことだから、俺と佐夜も午後に参加するよ」

「ありがとう、じゃあ伝えとくね」

***

「上野と……山口? ごめん、全然知らない」

 真がそう言う。

 携帯で話をしている相手は遥だった。

 部活が終わり、寮に戻る途中で電話がかかってきたのだ。

 遥が言う上野と山口という二人の事を真は全く知らない。

 むしろ初めて聞く名前でもあった。

 自分の部活の子とはペラペラと喋るが、遥から部活の話を聞く事はなかったからだ。

 夕焼けの光が眩しく、真は顔をしかめる。

『塚原くんは、どうだった?』

「あー、あと一人、声かけといた。いや、前、模型店であったやつでさ……一応知ってるヤツだったから声をかけてみたらOKだって」

 これでかなりの人数が集まった事になる。

 単純に計算してさくら寮のメンバーである8人。

 それに彼方と遥、七海。

 さらには枝分かれして上野と山口。

 ここで既に13人ものメンバーが集まった。

 それにおそらくひなた達も誰か誘っているはずだ。

 軽く20人に届きそうな勢いではある。

「大丈夫かなぁ……」

『どうしたの?』

「いや、これだけの大人数で押し寄せてさ……」

 不安しか生まれてこない。

「ただいま」

「おかえりー。ご飯出来てるよ?」

「んー」

 カバンを放り、食卓に着く。

 そこにいたのは涼子と亜貴。

「涼子さん、亜貴先輩、誰か誘えました?」

「んー? 私は友達一人連れてくわ」

「俺は女子バスケ部から一人と……ムカつく男を一人」

 残りの皆が誰を誘ったかは、当日の楽しみと言う事だろうか。

「それにしてもボウリングねぇ……。楽しみと言えば楽しみだけど……外した時の事考えたら憂鬱だわ」

「別に良いじゃないですか。ごっめーん、外しちゃった! って言えば」

「あっきーは知らないのよね、スペアを取れるところなのに外しちゃった時の空気の重さ」

 あの独特の空気はタッグを組んだときにしか味わえない。

 同時に、二度と味わいたくないと思う空気でもある。

 後はガーターの連発ほど恥ずかしいものはない。

 とは言え、ここ数年ほどボウリングを体験していないので、その空気がどのような感じだったかはほぼ忘れかけていた。

「ま、まぁ今回のは俺たちはほぼただも同然なんですから楽しんだ方が勝ちですって」

「塚原の言うとおりかもな」

「かもね。じゃあスコアが私のほうが上だったら塚原くん私にご飯おごりね」

「ちょ」

「賭け事はダメなのよー。お姉ちゃんが許しません!」

 飛び出してくる風華。

 そしてそのままの勢いで転倒する。

「あーあー、何やってんのさ!」

 ため息しか出てこない。

***

 日曜日。

 電車に乗り、彼方達が待っていると言うボウリング場に向かう。

 蒼橋市より電車で10分ほどの、県庁所在地に近い場所。

 降りた駅から更に5分ほど歩いたところにそれはあった。

 隣にはカラオケボックス、向かいにはゲームセンター。

 そんな場所に、ボウリング場はあった。

「あー、ここだったか……」

 小さい頃、何度かこの道を通った事があった。

 そのときは通り過ぎるだけだったがやたらと印象に残っているのは確かで。

 まさかこのような形で訪れる事になるとは思わなかった。

 皆でうろうろとしていると中から彼方と七海が姿を現した。

「真。遅かったな」

「いや、時間通りだろう」

「他の方たちは……」

「まだっす」

 集まり次第受付を行い、適当にチームを組んでスコアを競うと言う。

 別に買っても負けても何もない、普通のゲーム。

「おはよー」

 次に現れたのは遥、佐夜、貴人だった。

 遥は皆見知っているが、他の二人を見るのは初めてだった。

 一人は口を閉じ、いかにもクールと言う言葉が似合う少年。

 もう一人は活発そうな、茶髪の少女。

「遥ちゃん久しぶりー」

「風華さん」

 暫く話を始める。

 最近の出来事だとか、部活のことだとか。

 それから20分ほどが過ぎたとき。

 残りのメンバーが現れた。

 虎美と智樹、翔に駿。

「これで、全員?」

「そうみたいだな」

 中に入り受付を行う。

 ちなみに今日は本当に貸切にしたと、七海は言う。

 どこまで凄いのだろうか、金持ちと言うやつは。

「と言うか先輩たち多いなぁ。そして知らない人が多い」

 改めてその人数の多さに驚き。

 改めて人脈の広さに驚いた。

 ここまで人が集まるとは、おそらく彼方も想定していなかっただろう。

「じゃー、チーム分けでもするかー」

 こうして、長い一日が始まったのだ。

(第六十八話  完)


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