第五十五話  UMAとユウマ

 8月6日。

 テレビの前に少年は座っていた。

 胡坐ではなく正座。

 食い入るようにテレビ番組を見ている。

 テレビで放送しているのは、未確認生物特集。

 俗称「UMA」などと呼ばれるそれを追い求める、何ともロマンに溢れた番組である。

 赤木ユウマ。

 別に親も洒落てつけた訳ではない。

 子供の頃から不思議なことが大好きな少年だった。

 特に、テレビ番組で初めてビッグフットやツチノコといった類の生物を見てから、その妙な魅力にすっかり取り付かれてしまった。

 部屋にはUMAに関係する本や資料が置いてある。

 全て自分で集めたり買ったいしたもので、合計金額は数えたくない。

『果たして、今我々の目の前を通り過ぎたのはUMAだったのか! この後、その詳細が明らかに!』

 などと大げさな煽り文句を耳にして、ますますユウマのボルテージが上がっていく。

 こういう場合は大抵見間違いか、うやむやにされてしまうのがオチである。

 それでもついつい見てしまうのがそう言った番組の見えない魔力である。

 もちろん、ユウマもそんなことは知っている。

 だからいつか自分でUMAを発見しようと、夢見ている。

「ユウマー、電話よー!」

「あー? 代わりに受けといてー。俺、今手が離せないのー」

「テレビばっか見てるんじゃないよ!」

 母親が乱入してきた。

 奇声を上げるユウマ。

「キャー!」

「キャー! じゃないわよ、この子は! 宿題は済んだの!?」

「今やろうとしてたよ!」

「嘘おっしゃい!」

 見事にケンカとなり電話の件なんかどこへやら。

 一通りの嵐がすぎて、ユウマが電話を受け取ったのは10分後だった。

 ボロボロの声で電話に応対する。

「もしもし」

『おー、ユウマ。明日ヒマかい?』

「明日? 無理」

 何か用事があるのか。

 電話の向こうの相手はそう考えていた。

『何だ、先に用事があるのか?』

「UMAを探しにいく!」

『お前も飽きないな』

***

 8月7日。

 午前11:00。

 母親は仕事に出かけ、やることがない。

 ユウマは出かける支度をしていた。

 昨夜の話どおり彼はUMA探しに出かける。

 そもそも山梨でUMAを見たという話を聞いたことがない。

 そもそもこの日本にUMAなどという生物がいようものか。

 いや、いない。

 テレビで報告を受けていたのはおおよそがアメリカなど外国の話。

 日本の話はめったに出てこない。

 しかしユウマはこうも考えていた。

 昔、はるか昔。

 日本もアメリカも、この世の全ての大陸や海の底に沈んだ地面は一続きで。

 アメリカにUMAがいるなら、日本にだっているはずだと。

 全世界に恐竜がいたような感覚と同じではないかと考えていた。

 もちろん彼独特の考えである。

「さーて、今日はどこをさッがそうかなー」

 そう言ってぶらぶらとまずは蒼橋学園校門前。

 意外と灯台下暗し、近場にいるかもしれない。

 とはいえ、今日は助っ人になりそうな人間もいない。

 そして校門は閉まっている。

 そこから見えるグラウンドではサッカー部が練習をしている。

「むぅ、誰もいない……」

 近くに知人の住む家もない。

 が。

 寮ならある。

 ここから一番近いのはさくら寮か。

 急ぎ足でさくら寮へ向かう。

 今の時間なら誰かがいるはず。

 あそこの住人は皆暇人であると彼は認識している。

 あながち間違っていないのが恐ろしい。

 さくら寮にたどり着き、玄関のチャイムを鳴らす。

 人の気配はない。

「すいませーん」

 やはり応答がない。

 ぐるりと一周してみるが、どこもカーテンが閉められている。

 新聞も2〜3日分がたまっている。

 もう一度チャイムを鳴らす。

「すーいーまーせーんー!」

「誰もいませんよー」

「……お?」

 もう一度。

「すいませーん」

「だから無駄ですてー」

 どこから声がしているのだろう。

 上を見上げる。

「……」

「……」

「見えた!」

「ハッ!?」

 そこにいたのは幽霊さん。

 ちょうど暇をもてあまして、寮を出たり入ったりしていたところ。

 何が見えたかは言うまでもなく。

「……嘘です、ごめんなさい」

 何か首に見えない圧力を感じた。

 幽霊さんが何をしに来たのか、ユウマに尋ねる。

 ユウマは包み隠さず離した。

 別段包んで隠すような話でもないのだが、ここは正直に全部話したほうがいいだろう。

「ゆーまですか。なるほどなるほど」

「俺、UMAは絶対いるって、今改めて確信したよ」

 それは幽霊がいるならUMAだっているさという、彼の思考。

「この際幽霊でも良いや。UMA探すの手伝ってよ」

「私日の光に弱いのであまり長時間太陽の下に入られないんですよ。誰かが憑依しても良いよって言うのなら別ですが」

 何故か「誰か」の部分を強調する。

 つまるところ、そういう訳で。

「それじゃあ、ひょいっと憑依しますね」

「寒い……UMAじゃなくても絶滅するよ」

 その後に「氷河期が来る」と言おうとしたが、止めた。

 幽霊さんを無事に憑依させたところで、探索を再開。

 まずは近くの小高い山へ向かおうと提案した。

 山梨は周りを山で囲まれている。

 そんな山の中では、きっと人知れず生活する何かがいるはず。

 そしてそれを捕まえて帰れば。

「そんなに上手くいきますか?」

「上手くいくかいかないかなんて問題じゃない! 気持ちが大事なんだ!」

「そう言うものなんですか……」

「ねぇ、幽霊なら幽霊らしく、何か探知とか出来ないの?」

 そう言ってみせる。

 残念ながら幽霊さんはニュータイプでもなければ、アルター能力者でもない。

 そう言った探知の類は出来ない。

 ちなみに前々から練習している念力も中途半端なまま、そこから成長しなくなった。

 幽霊になったとたんに何か特殊能力が芽生えるなんてそんなマンガのような話が、この2005年の日本にあるわけがない。

「ちぇっ、期待して損した……」

「あ、でも何となく気配を感じることなら出来ますよ」

 幽霊になったとたんに何か特殊能力が芽生えると言うマンガのような話がこの20005年の日本にあったようだ。

 目を閉ざして、神経を集中する。

「そこの木の下……?」

「掘るのか? 掘ればいいんだな!」

「自縛霊がいます」

「ギャーッ!」

 どうやら幽霊さんが憑依すると、普段見えないものまで見えるようで。

 彼自身今気付いたが、山には結構な数の幽霊がいる。

「気をつけてくださいね。悪意を持ってると呪われますので」

 何と言うことだろう。

 外見薄幸の少女なのだが言うことが毒すぎる。

 人は見た目で決めてはいけないという点からのメッセージなのだろうか。

 その後も行く先行く先で自縛霊やら何やらに絡まれつつも、探索は続いた。

 しかし何の変哲もない山にUMAなぞいるわけがない。

 結局無駄足となってしまった。

 ただ疲れただけ。

「結局いなかったですね」

「自縛霊はいたけどな……。どっと疲れたわ」

 体力でも吸われたのだろうか。

 普通に歩いていただけなのに疲れた。

 いつもなら昼ごはんも食べずに行動できると言うのに。

「さて、と……次はどこいくかな」

「まだ行くんですか? そんな不思議生物なんていませんよ」

 彼女は自分で自分を否定するような言動を発する。

「いないなんてそんな簡単に言うなよぉー」

「だってあんなのテレビ局の捏造じゃないんですか?」

 結構現実的なことを言うから怖い。

 ユウマは黙る。

 昔から言われていたことだ。

 超常現象にしろ、UMAにしろテレビ局の捏造だろうと。

 だけどそれでも彼はUMAを追うことを止めない。

 幽霊さんは不思議そうに彼を見る。

「捏造だったとしても俺は止めないよ」

「何でですか?」

「そこに夢があるから」

 その答えにユウマの考えの全てが詰まっている。

 夢があるから動ける。

 夢があるから止められない。

 夢があるから、どんなに馬鹿げたことでも追い続けることが出来るのだ。

 きっと今、全世界で偉人と言われている人間も昔はそうだったのだろう。

 出来るわけがない。

 無理だ、不可能だと言われても止めなかった。

 それが好きだから。

 それが夢だから止めない。

 そうして何十、何百年と経過した今でも名前を残すことが出来た。

 きっと彼も、諦めずにいれば何時か本当にUMAを捕まえて、公表できる日が来るのかもしれない。

「さ、気合入れて探すか!」

「底なしですねー」

「何が?」

「夢が」

 夢が底なしとはどういう意味だろうか。

***

 午後3時。

 結局、というか幽霊さんの予想通りUMAは見つからなかった。

「見つからなかったですね」

「きっと人見知りをするんだよ! 間違いないね」

「どーしてそうも自信が……」

 さくら寮に戻ってきた時、誰かが玄関のドアを開けていた。

 そろりと見てみる。

「ひなたさん!」

「ひゃぁ!」

 素っ頓狂な声を上げて驚くひなた。

「幽霊さんに……赤木くん」

「ああ、うん」

「帰ってきたんですか? 皆さんは?」

「私が一番最初のようです」

 本当なら今日、皆帰ってくる話だが。

 果たしてちゃんと帰ってくるだろうか。

 特に涼子とか。

「それじゃあ離れますね」

 まるで皮でもはがされたかのような痛みがユウマを襲う。

 その場にのた打ち回るユウマを尻目に、幽霊さんは至って普通。

 むしろ今にままでユウマの体力を吸っていたから、何だか生き生きとしている。

「どこに行ってたんですか?」

「ちょっと不思議生物を探しに」

 そんなひなたと幽霊さんの下に、レンと黒猫が走ってくる。

 ミーミーと鳴く、二匹のネコ。

 お腹でも空いているのだろう。

 ご飯をあげて、リビングの窓を開放する。

 涼しい風が入るとともに、掃除をしなければと言う気持ちになる。

 明日は大掃除かもしれない。

 しかしながら、幽霊さんが何かを発見した。

 それは表紙に連絡ノートと書かれている。

 それぞれの寮には「連絡ノート」と言うものが存在しており、寮の担当教員が何か連絡があったときはそれに書いて渡すと言う。

 連絡日は「8月6日」。

 昨日である。

 その内容を読むひなた。

「……えー……」

 ああ、思い出した。

 昨年もこの時期に、こんな連絡が来ていたことを。

***

 家に帰ったユウマを待っていたのは、鬼の形相の母親だった。

「ユウマ! アンタどこ行ってたんだい!」

「うわ、何だよ!」

「今日は宿題するって言ってたでしょ!」

「……」

 言った様な言っていなかったような。

 強制的に宿題をさせられるユウマ。

 夢を追っていても、やることをやらなければ意味はないというこを彼は身をもって教えてくれた。

 
(第五十五話  完)


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