第五話  真と部長

 火曜日。

 今日も今日とて真は眠かった。

 彼の席は窓際。

 眠くなる絶好の場所。

 しかも今は地理の授業。

 真にとって地理は苦手分野。

 いってる事はチンプンカンプンだった。

「ふぁ……」

「じゃあ、眠そうな塚原。12ページを全部読め」

「はえ!?」

「眠気ざましにゃ、丁度良いだろ?」

 教室の中から失笑が聞こえた。

「東南アジアのインドネシア島では……」

 真が朗読を始める。

 何でこんな事に。

「よし、じゃあ次を………木藤、お前が読め」

「うぃー」

 彼方が読み進める。

 読み終えた後、眠気が襲ってくる。

 5分だけ。

 そう5分だけなら。

 授業は終わっていた。

「よう、ねぼすけ委員長。まーた熟睡してた事」

「るさい」

 既に休み時間。

 次の授業は音楽。

 さっさと移動することに。

「さて、と。行くか」

「だな。………おい」

 彼方が何かに気付いた。

 見ると遥があたふたしている。

 何かを探しているようだが。

「どうかした?」

「それが……教科書が」

「ない、と?」

「うん」

「あーらら、どうすっべ」

 二人は探す事に。

 カバンの中、机の中。

 どこにもない。

 ロッカーの中にも。

「参ったな……。どこにもないや」

「ちゃんと持ってきたのか?」

「うん……朝カバンを見たときは入ってたの」

 そこへ。

「あ、いたー。はるー」

「みーちゃん?」

「これ、借りてたから」

 そう言って渡されたのは音楽の教科書。

 遥の名前付き。

「……」

 空気が凍る。

「これ、勝手に?」

「ううん。ちゃんと紙を置いといたはずなんだけど?」

「てか、何時の間に?」

「一時間目が始まる前に。うちの2組は一時間目が音楽なのよ。それ忘れていて……ね?」

 そんな遥の足元に紙切れが。

「………これだ」

 そこには「音楽の教科書借りるわね〜w」と書かれていた。

 風で飛ばされたのだろうか。

 事なきを得た三人は音楽室へ走った。

 どたばたと廊下を走る3人。

 と、その時だ。

「廊下を走るな!! って、委員長達?」

「真由先生……」

「そんなに慌ててどうした」

「音楽の授業に遅れそうなんです!」

「そっか。頑張れ」

「それだけ!?」

 真由と別れ、ひたすら走る。

 音楽室。

 先生はまだ来ていなかった。

「ぜぇ……間に合った」

「ふへぇ……ありえねぇ……」

「あうぅ……」

「委員長達、何でそんなに息があがってるのさ」

 クラスメイトの佐野が問う。

 肩で息をする真の答えは。

「何も………聞くな……」

「大変そうだな」

「で、先生は?」

 佐野が黒板を指す。

 遅れるとのこと。

 つまりは走り損。

 今日は何だかツイてない。

 何か起こりそうだと。

 真は思った

***

 音楽のあとは化学、そして物理と続いた。

 これで分かった。

 火曜の授業は眠くなる物ばかり。

 ようやく昼食の時間になった時に気づいた。

「真、学食行こーぜー!」

「おう、待ってろ」

 教科書をしまう。

 学食はいつもどおり生徒で溢れていた。

 今日は何を食べるか。

 この間は和日に邪魔をされた。

 今日こそは。

「俺、Cラ」

「Aランチで」

 横から割り込む声。

 頭痛が起きそうだった。

「…………やっぱり」

「よう、塚原」

 亜貴と和日、杏里が並んでいた。

 もちろん今のは和日の仕業。

 2度あることは3度あるとは、よく言ったものである。

「止めとけって、かっちゃん」

「いじめたくなるじゃない、この子」

「そういうもんじゃねぇだろ」

 亜貴が止めるように説得するが。

 さすが涼子譲りの意地の悪さ。

 食い下がらなかった。

 そして出てきたのはAランチ。

「真、席とっておいたぜ」

「サンキュ」

「誰?」

「寮の先輩達だよ。お前和日先輩は見たことあるだろ」

「ああ、あの時お前の注文お邪魔をした素敵な先輩」

 彼方の喉もとにチョップをする。

 彼方がむせた。

「…………」

 そんな彼方の頭をさする杏里。

 話を進める。

「良かったらメシ、食わないか?」

「良いですよ」

 彼方を確保したと言う席へ。

 そんな時、ふと窓際の席にめが向かう。

 そこには弓道部の陽がいる。

 その向かいには男子生徒が。

 誰だろう。

 そんな事を考えていた。

 丁度彼方の席は陽達が見える席だった。

 亜貴に問う。

「あの人? ああ、輝彦先輩?」

「あ、知ってるんですか」

「まあな。あの人弓道部の部長なんだけど……知らなかったのか?」

「ええ、まあ」

 そう言うのも部活に初めて参加しようと向った土曜日は休み。

 昨日は部長が来なかった。

 知りようがない。

「ま部内じゃあ変態とか言われているけど……実際はもの凄く良い人なんだぜ?」

「そうなんですか」

「もーらい」

 和日がエビフライを食べる。

 Aランチの中で最も美味しいであろうエビフライ。

「あぁぁぁぁぁぁぁっ!! エビフリャー!!」

「むぐむぐ……美味しい」

 真が絶叫する。

 その声の大きさで周囲の目が真に集まる。

 他人のフリをする亜貴達だった。

***

 夕方。

 午後の授業を乗り切り、いよいよ部活。

 今日こそは部長を見てやろうと意気込む。

 昼間見ているが。

 道場に入る真。

 まだ部長の姿はない。

 着替える前に部活開始時間になり拝礼を行なう。

「礼!」

 規律良く揃って礼をする。

「今日も一年生は外で練習。5時15分になったら合わせを始めます」

『はい!』

「それでは始めてください」

 男子ロッカーに向うが、弓道部の男子の比率は女子と比べるとおよそ1.5。

 女子が全員で10人に対して男子は15人。

 すぐさま更衣室が一杯になる。

 はみ出た真は射場で待つことに。

「あの陽先輩?」

「はいな」

「昼間一緒にいた人って……」

「昼間……?」

 思い出すとあからさまに嫌な顔をする。

 思い出したくなかったのか。

「ああ……見てたの?」

「あの人、この部活の部長って……」

「そ。あの人がこの部の変体部長。そろそろ来ると思うけど」

 そう言うが早いが。

 どこからとも無く声が響いた。

「ハァーッハッハッハッ!!! 待たせたな、お前達!」

「来た……。はい、これ読んで」

「え? 何々……。あ、あれはなんだ。とりか。ひこうきか。こんどるか。いや、ぶちょーだ」

 鳥もコンドルも一緒だろう。

 心の中で突っ込む。

「いやぁ、少し遅れてしまった」

「少し……!? 部長が遅れる事が問題なんでしょーが!」

「怒るなよ。今日も素敵だぜ?」

「黙れ、バカ!」

 なんだか妙な雰囲気に。

 もしかしてもしかすると。

「付き合ってる……?」

***
 
「あの二人?」

 真はひなたに聞いていた。

 陽と輝彦。

「うん、付き合っていますよ」

「え…良いんですか? そんなにあっさり喋って」

「だって部内公認だもん」

 どうやら部内では周知の事実らしい。

「それにね、部長はあんなこと言ってるけど……本当は誰よりも陽ちゃん先輩のことを心配してるんです」

「心配?」

「そう。それに部の事を一番考えているのもあの人なんです」

 要するに表ではへらへらしているが、裏ではしっかりしているタイプ。

「それでね陽ちゃん先輩も口ではあんなに嫌悪してるけど、本当は好きなんです」

「なるほど……」

 それならあの態度も納得がいくものであるが。

 ただ、少しだけ行きすぎなところもあるが。

 そう今も。

「ハッハッハッ!」

「ちょっ……何を笑ってるのよ!」

「お前の背中……毛虫が」

「ひぃぎゃああああああああああああああ!!!」

「ちょっと部長。それ、さっき仕組んでませんでした?」

 陽の表情が変わる。

 そのまま殴りかかる。

 明らかにここは弓道部ではない。

 サバイバル部とでも名づけようか。

 もちろん部長は陽で。

 などと考えていた。

「っと、練習に戻ります。ありがとうございました、ひなた先輩」

「いえいえ」

 真が走る。

 事件は、部活終了後に起きたのだった。

「おつかれー」

「おう」

 真はまた射場で待っていた。

 着替えるために。

「そこの新入部員? なーにしてんだ、外で」

「あ、更衣室が空くの待ってるんです」

「なるほど。だがな、すぐにでも着替える方法を教えてやろう」

「何ですか?」

 輝彦がなにやらもぞもぞと。

 嫌な予感がしてきた。

「ここで脱げぇぇぇっ!!」

「ぎゃああ!!」

「ちょっ……アンタ! 何してんのよ! 公衆の面前で!!」

「だってコイツが着替えられないからって」

「だからってこんな所で脱ぐんじゃないわよ!!」

 確かに変態部長の二つ名は伊達じゃない。

 この部活で疲れが一気に溜まった真だった。


(第五話  完)


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