第四十八話  シュート下手と熱血

 7月25日、土曜日。

 蒼橋学園は今日から夏休みとなった。

 家に帰る者。

 寮で過ごす者など、それはまさに人それぞれ。

 部活に精を出したり、友達との思い出を作ったり。

 または宿題を早めに終わらせて楽になる生徒や、遊びに遊んでぎりぎりまで宿題をしないで苦しむ生徒。

 夏休みとは、実に様々な生徒の見ることが出来る。

 真も、今日から部活で弓をひく事になっている。

 最近の練習で真と数人の一年生が弓をひくことを許可されたのだ。

 その真は、外で弓をひき射形を整えていた。

 どうも引分けから離れの形が安定しない。

 射法八節の中でも一番ぐらついてはいけない部分だか。

「ほれみろ、またグラついてる」

「おおう……何度やってもアレだ、グラつくなぁ……」

「先輩の射形でも見てきたら? 参考になるかもしれないし」

 他の部員の一言で射場に入り、先輩の射形を見る。

 やはり場数を踏んでいるだけあって、実に安定している。

「……」

 口をあけて見ていた。

「はい、今から休憩でーす。10分後に合わせをします」

 休憩となるととたんに緊張の糸が切れ喋りだす部員達。

 真も外で休むことにする。

「あの、塚原さん」

「ひなた先輩?」

 袴に身を包んだひなたが真に声をかけた。

 その隣に座ると、話を始めた。

 昨日、彼方がさくら寮に来て一緒に昼ご飯を食べた。

 理由は、言わずもがな。

 さくら寮の皆も真から話を聞いて、なるべく彼方をそっとしておくと言うことに落ち着いたが。

 それでも心配だった。

 彼方はさくら寮の人間ではない。

 しかし心配なのは真の友達だからと言うわけではない。

 何度も自分達と面識があったから。

 何せここの性格は違えど、お人よしの集まりだから。

「彼方なら、今日サッカー部の練習に出てると思いますが……あの様子じゃ、練習もこなせないと思います」

「七海さんに、また会えるといいですね」

「そうですね」

「ひなー、休憩終わりよー!」

 呼ばれて、立ち上がる。

 袴に付着した埃を払い、足早に去っていく。

 一年は整列する。

 合わせが始まり、粛々とした空気で射場の生徒が弓をひく。

 空気を裂く音と共に、矢が放たれる。

 乾いた命中音と共に、的に突き刺さった。

「よしっ!」

 一年の声が響いた。

***

「本日の練習はこれで終わります。礼!」

「ありがとうございました!」

 射場で礼をする部員。

 これで無事、今日の練習は終わった。

 これから家に帰る者、遊びに出かける者。

 一気に射場が騒がしくなる。

「一年は掃除なー」

 そう言われてあれやれこれやれと、言いながら動く。

 真は外に出て、掃き掃除。

 細かいゴミや葉っぱ等を掃いて、ゴミ箱に。

 すると必ずいるのが、小さな邪魔をしてくる連中で。

「あー……そこ掃いたのに」

 履く。

 散らかす。

 履く

 散らかす。

 延々とこれの繰り返しだった。

 さすがに我慢の限界だった真は、箒を握りなおした。

「お前ら……邪魔をするなッ!」

「うぉ、塚原が怒った!」

「逃げろー!」

 練習で疲れていて、怒ったところで疲れてしまい追いかける気にもなれない。

 散らかされた箇所を再び掃き、ゴミをまとめて捨てる。

 ゴミ箱に溜まったゴミを今度は少し離れたゴミ置き場に持っていく。

 手伝ってくれる人間などいない。

 そのくせ自分がやるときは手伝えというのだ。

 不条理極まりない。

 弓道場からゴミ置き場まで、歩いて3分とかからない場所にある。

 その道の途中にはサッカー部のグラウンドがある。

 ユニフォームを着て、グラウンドを所背マシをかけているサッカー部の部員。

 ふと、真の足が止まった。

 サボりたいわけじゃない。

 ただ、気になる男がいたから。

「彼方……あいつ」

 真の視線の先には、彼方がいた。

 昨日の事があったから、気でも落ちているんじゃないかと思って。

 少しの間、練習を見ていた。

 昔から彼方はサッカーが好きだった。

 故に小学校でも転校した中学2年の時もサッカー部だった。

 俗にいうエースストライカーではないが、チームでは中堅として頑張っていたが。

 視線の先の彼方が地面に突っ伏している。

 どうにも動きが硬い。

 立ち上がって見えたその表情は、暗かった。

「やっぱり、ショックが大きいんだ……」

 そのサッカー部を後ろに、ゴミ置き場に向かった。

 ホイッスルの音が、真の耳に届いた。

***

 射場に戻り、着替えを済ませて寮に戻る。

 それがこの夏休みの決まった行動になりそうだと感じた今日。

 真は照りつける真夏の日差しの下、寮への道を歩いていた。

 少し先のアスファルトの道路がゆらゆらと揺らいでいる。
 
 あまりの暑さに、陽炎が出来ていた。

「梅雨が明けたと思ったら、この暑さ……。だから夏は嫌なんだよ」

 汗だくになり、寮にたどり着く。

 ひなたは先に帰っていて、一人だった。

 玄関を開けると、木造の建物ならではのひんやりとした空気が真を包み込んだ。

 これだけで今は幸せである。

「ただいまー……あちーご飯何ー」

「あら、お帰り塚原くん。今日はそうめんだって」

 涼子が出迎える。

 キッチンでは風華と杏里がせわしなく動いている。

 やはり夏と言えばそうめん。

 これが欠かせない。

「しんちゃーん、しーんーちゃーんー」

「ん、何?」

「早く着替えて手伝ってー」

 確かにこのまま汗まみれの服では嫌だ。

 2階に上がろうとして、ふと気がついた。

「涼子先輩。亜貴先輩は? 姿がないんですが……」

「ああ、午後も練習だって。ご苦労なこって」

***

 体育館。

 すでにバスケ部は午前の練習メニューをこなし、今は休憩を取っている。

 食堂で昼食をとる者や、寝そべって談笑する者。

 午後はフォーメーションや走り込みを行った後、紅白戦をするという。

 この紅白戦には意味がある。

 紅白戦で結果を残せばレギュラーへの道が近くなり、結果を残せなければ道が遠くなる。

 単純かつ、明快な形式である。

 亜貴は今はレギュラーであるが、レギュラーと補欠の間を行ったりきたりしている。

 時には調子がよく、レギュラーになり。

 時には調子が出ないで補欠になる。

 戦jつ行われた関東大会地区予選では見事レギュラーだったが、次の大会ではどうなっているか分からない。

 それがこのバスケ部のやり方である。

 その亜貴はチームメイトと食堂にいた。

 頼んだのはカツ丼。

 午後からの練習でバテないためにも、昼食はしっかりと摂取しなければならない。

 友人は、食べ過ぎて気持ち悪くなるなよと釘をさすが、亜貴本人はこれっぽっちも心配していない様子。

「ま、吐いてから後悔しても知らねぇからな」

「大丈夫だって。午後からの練習、頑張らんとさ。次の試合もレギュラーでいたいし」

「おうおう、言うねぇ。それだったら俺だってレギュラーでいてぇさ」

 そう言ってAランチを一口。

 午後の練習開始まで残り20分を切っている。

 こんなに喋っている暇は無いのだが。

 どこか余裕なのには理由がある。

 今日、バスケ部の顧問は会議で休みなのだ。

 ただ、それだけだった。

「ぶはー、食った食ったァ」

「そんじゃ、行きますか」

 二人が席を立つ。

 廊下を話しながら歩き、体育館へ続く通路を登る。

 体育館の横の扉から、コートに入る。

「お、帰ってきたか。じゃあ、練習を」

「あれー、男子何してるの?」

 華やかな声が体育館の中に響く。

 ノースリーブのユニフォームに着替えた女子バスケ部がそこにいた。

 後ろではバスケットボールの入った移動式の籠が見える。

 その光景に男子のほうが何してるのと言いたくなった。

「……何よ。午後からコート使うってメールしたでしょ?」

 一斉にブーイングが起こった。

 そもそも男子バスケ部はそんな事知らない。

 しかし女子バスケ部の部長は、男子バスケ部の部長にメールを送ったと言う。

 白い視線の中、部長がメールをチェックするが。

「いや、届いてないな……ほら」

 メールボックスを確認させる。

 確かに届いていない。

 逆に女子バスケ部の部長が送信メールフォルダを見せると。

 確かにそこには男子バスケ部の部長宛のメールが存在している。

 どうなっているのか。

 奇妙な謎ができてしまった。

「……まさか、消した?」

「馬鹿言えよ、お前! 消すわけないだろう!?」

「どっかで詰まってるとか?」

 そんな声が聞こえた。

 センター問い合わせをしてみると。

 新着メール1軒の表示。

 どうやらセンターで詰まっていたようだ。

「……あー……」

「で、使わせてくれるわよね?」

「いや、俺たちも午後のメニュー組んじゃったしなぁ……」

「そんなぁ! 私達だって練習メニュー組んだわよ!」

 女子の猛攻に押され気味の男子。

 体育館が喧騒に包まれる。

 同じく休憩していたバレー部があっけに取られた様子で見ている。

 このまま行っても平行線のまま。

 無駄な時間を過ごしてしまうのだろうか。

「はいはーい! 俺にいい考えがあるぜ!」

 そういう声がしたのは女子バスケ部からだった。

 動きやすいように短くカットした髪。

 怪我をしているのか絆創膏に、邪魔にならないように前髪を挙げているバンダナ。

 火乃本虎美がそこにいた。

「はい、とらみー」

「バトルすれば良いと思う! このままだと絶対に終わらないしな!」

「バトルって……何をするんだよ。殴り合いだったら女子なんか勝てるわけねぇよ」

「俺たちはバスケ部……それ以上何が必要だ!?」

 次第に虎美の声が熱を帯びていく。

 こうなった彼女は止まらない。

 何せ「勝負」とか「試合」の類が大好きなのだ。

 練習も大事だが、練習よりも実戦。

 今の自分がどれだけの力量かを測るには実戦が一番。

 常日頃から彼女はそう言っていた。

「まさか試合か?」

「いや、フリースローで」

「何でだ!?」

 虎美が男子バスケ部から総スカンを喰らう。

 バトルと言ったら試合だろう。

 だから男子は試合をするものだと勘違いしていた。

 どうやら虎美の中ではそうは考えていなかったようだ。

「さぁ、今すぐやるぞ!」

「あー……じゃあ俺たちは良いや」

 今度は女子からブーイングの声。

 先ほどまでとは打って変わっての変わりよう。

 よく考えたら男子は午前中練習をしていた。

 そこでだ。

 女子が終わってからの練習でも別に構わないという意見が生まれた。

 帰る時間が遅くなるが、その分女子の練習を見ることが出来るし、何より休める。

 そういう考えから、女子に譲ろうとした。

「えー、バトルはー……?」

「やんない。いいよ、女子がコート使って」

「う……お、お前らには男子としてのプライドがないのかッ!?」

 虎美が人差し指を突き立てる。

「バートールー、バトルしろー」

「女子、止めろ」

「無理」

「そうか。じゃあ誰か相手してやれよ」

 一斉に視線をそらす男子。

「はい、部長!」

「おう、どうした藤井」

「亜貴がいいと思います!」

 亜貴が飛び起きた。

 何で自分なんだといいたそうな目つきで藤井を睨む。

 とうの藤井はどこ吹く風、気にもしていない。

「さっきメシ食べてた時に自信満々に「俺、午後の練習頑張るから」って言ってましたー」

「あれは、練習をだろ! 誰もフリースロー頑張るなんて言ってない!」

「そうか、やってくれるか」

「部長まで……」

「そら行け。勝っても負けてもいいから」

 何と言う無責任。

 どうせ色々言われるのだったら、大人しく出たほうが良いか。

 亜貴が立ち上がり、準備運動を始める。

 勝負は5本中一本でも相手より多くシュートを決めたほうの勝ち。

 同点の場合はサドンデス。

 手っ取り早く終わらせたいが、相手はどうにもそう思っていないようで。

「うぉー、燃えるぜぇッ!」

「……どこがどう燃えるんだか、俺は知りたいよ」

 凄い勢いでバスケットボールでドリブルをしている。

「先攻はもらった!」

「させるかよ!」

 ジャンケンで先攻後攻を決める。

 結果、虎美が先攻で亜貴が後攻。

 女子も男子も傍観している。

「まずはさくっと、決めさせてもらう!」

 そのキャラに似合わず綺麗なフォームでボールを放つ。

 放物線を描いたボールが、ゴールネットを揺らした。

 まずは虎美が先制。

 盛り上がる女子バスケット部。

 対する男子はいつでも氷点下。

 そもそも譲るといった時点で彼らはコート使用権についてはどうでも良かったのだが。

「なぁ、亜貴ってシュート下手だよな」

「うん」

「……まぁ、負けてもいいか」

 そんな声が聞こえた。

 気にしない。

 今は目の前のシュートにのみ集中する。

 亜貴がボールを構える。

 すっ、とボールを放つが。

 ゴールリングに阻まれた。

「テメェ、何やってんだ!」

「外すんじゃねぇよ!」

「お前ら、負けても良いかって言っててじゃないか!」

 これがあるから亜貴はレギュラーと補欠の間を行ったりきたりしているのだ。

 シュートが致命的に下手なのだ、彼は。

 他の技術などはそれなりにあるのだが、決定打を作り出すシュートが下手なのだ。

 逆に彼のライバルといえる智樹はシュートも技術も亜貴よりも上。

 ちなみに今日智樹の姿はない。

 二本目。

 虎美も亜貴も共に外した。

 まだ序盤。

 巻き返すことも可能である。

「イ、ナ、ヅ、マ、シュートォッ!」

 今度はリングに当たり、回転しながらネットを揺らした。

「ウェーイ」

「おいおい……いよいよもって危なくなってきたじゃないか」

「大丈夫だよな、亜貴……」

「負けてもいいって言ったくせに」

 亜貴が構える。

「このッ」

 綺麗な弧を描いて。

 ボールはリングに当たりながらも、ネットを揺らした。

 地面に当たり、バウンドするバスケットボール。

 体育館に、その音が響いた。

「う、お……やったぁぁぁぁッ!」

「入ったァッ! 亜貴のシュートが入った!」

 まるで勝ったかのような騒ぎである。

 が、時に試合に必要なのは勢いである。

 どんなに劣勢に立たされていても、少しの成功で息づく時がある。

 逆に相手の成功で立場が不利になるということもある。

 実際、この後の4本目のシュートを虎美は外した。

 亜貴は決めており、2体2の同点。

 全てはこの5本目で決まる。

 虎美が集中するように深呼吸を繰り返す。

 外したら、負ける。

 彼女にとって負けると言うことはあまり味わいたくない。

(集中だ……いや、必中でも良い! 私に力を……ッ!)

 虎美がシュートの体制に入る。

「ッ!」

 いつもの騒々しい彼女からは想像できないほど静か。

 しかし、負けられないと言う気持ちが逆に力を込めてしまい。

 リングの中央よりやや右側に反れて、リングに衝突する音が響いた。

「ぬあああああああっ、外したァッ!」

「もらった!」

 すかさず亜貴がシュートを放つ。

 そのボールは、奇跡的にもネットに吸い込まれた。

 まさに偶然が生み出したシュート。

「あ」

「俺たちの勝ちー! イエーイ!」

 もみくちゃにされる亜貴。

 本当は彼が一番驚いていた。

 まさか適当に放ったボールが入るとは。

 こういう奇跡じみた事態が起こるから、バスケットは面白い。

「いや、本当偶然で……誰だ、尻をつねった奴は!」

 そんな和気藹々とした様子を、女子は黙ってみていた。

 今回は負けてしまった。

 だが次もこういくとは限らない。

 今日はあきらめて外回りでもしようということになった女子バスケ部。

「あ、部長……」

「なぁに? 早く外回り行くわよ」

「バレー部、部活終わったみたいです」

 まさに不毛な時間を過ごした彼らだった。

 結局、男子バスケ部も女子バスケ部も組んだとおりのメニューをこなす事が出来た。

 そしてそのまま、何事もなく一日が終わると思っていた。

 ただ一人を除いて。

「桐原、いや亜貴! 勝負しろー!」

「うへぇ」

 あのフリースロー対決以来、虎美に懐かれてしまった亜貴。

 どうやら彼女は亜貴のことをライバルとして認識したようだ。

 部活が終わると、常に勝負を吹っかけられる亜貴。

 今日も今日で彼は虎美の挑戦から逃げていた。


(第四十八話  完)


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