第四十三話 だんす・だんす・れぼりゅーしょん
さて真達のクラス、1年4組の発表が終わって数分。
特にやる事のないクラスメイト達は教室でゆったりとしていた。
「ねぇ、他のクラスの発表を見に行かなくていいの?」
遥が周囲の男子に問う。
すっかり腑抜けてしまっているために、まともに聞こうとしない。
「あー、何か気が抜けちゃってなぁ……」
「おばあちゃんが言っていた。人には休息も必要だと」
「休んでばっかだよぉ……」
肩がたれる。
窓の寄り添い話をしている女子にも同じことを尋ねてみる。
答えは同じだった。
「良いじゃないの。皆この一週間頑張ったんだし。少しは休ませてあげても」
「ぶぅ」
「いいんちょだったらもうちょっと緩いかもねー。いいんちょも結構適当だから」
何だかんだで緩さでは定評のある真。
委員長らしくない委員長と、クラス内ではもっぱらの噂で。
むしろ遥が委員長っぽいとまで言われる始末。
「あ、ねぇねぇ、あれ見て」
釘宮が校門のところを指差した。
校門のところに黒い車が止まっている。
霊柩車ではない。
前後に長いその車体。
漆黒のボディ。
「あ、あれってリムジンってやつじゃない!?」
「きゃー、すごーい! 一体誰のかしら」
「セレブセレブー!」
そんな騒ぎが教室中に響く。
きゃあきゃあと騒ぐ女子達に連れられて、男子もちらほらと外を見始めた。
彼方も外を見る。
その長さに驚いていた。
「おい、七海。こっち来て見てみろよ」
「何ですの?」
七海が外の車を見る。
その車を見た瞬間、七海の顔から血の気が引いた。
「七海? どした?」
「あ、いえ……何でもありませんわ」
あきらかに様子がおかしい。
するとだ、外の車が動いた。
なんなんだろうか、一体。
***
さて、体育館の塚原姉弟。
ステージ上で発表される出し物を見ていた。
「凄いねぇ、どのクラスも」
「そだね。うちらももうちょっと練りこめばよかった……」
「そんなことないよ。楽しかったよ?」
そういってくれると嬉しい。
「続きまして、2年3組のだんす・だんす・れぼりゅーしょんです」
「ひなたちゃんたちのクラス?」
「そうだね」
「大丈夫かな」
何を心配しているのだろう。
真は不思議そうに風華を見る。
「だってひなたちゃん、踊るの苦手って言ってたじゃない?」
「あー、大丈夫でしょ。練習してたみたいだし」
「んー……そうかなぁ」
いつになく渋る風華。
何をそんなに心配しているのだろうか。
だが、その風華の心配も残念ながら当たることとなる。
***
ステージ裏では、2年3組の生徒がそれぞれの配置についていた。
いよいよこれが本番。
ひなたは緊張していた。
部活の試合などとはまた別の、緊張感。
試合が「静」だとすれば、こちらは「動」。
静かな中で弓を引くのも緊張する。
しかしこうして皆が見ている中で踊るのも緊張する。
「よーし、頑張るわよー!」
ある女子が士気を高めるために声を出す。
その声に、皆が乗る。
急いでフォーメーションを組み上げ、ステージの幕が上がる。
赤や黄色のライトが生徒を照らす。
軽やかな音楽が流れ始め、2年3組の生徒がステップを踏み始める。
その音楽は最初こそゆったりとしたテンポで流れていた。
しかし中盤からテンポアップをし始めた。
それにより、2年3組のダンスもテンポが上がっていく。
皆緊張しながらも丁寧に踊っていく。
「いくよ、和日ー!」
「オッケー!」
その声とともに和日が駆け、女生徒の手をまるで跳び箱のロイター板のように使い。
高くジャンプし、そのまま体を後ろに。
バク宙だった。
その高さは、皆が盛り上がるほど高かった。
上手く着地すると、今度は男子の番。
側転から両足をそろえてのバク転。
それに加えてブレイクダンス。
見ている側の生徒のテンションも上がる。
そしてクライマックス。
皆で手を叩き、中央に集合する。
集まり、数秒間を空けて。
最後のポーズをとる。
瞬間、客席から大きな拍手が沸きあがった。
幕が下がると、2年3組の生徒達はきゃあきゃあと騒ぎ始めた。
どうやら練習よりも上手くいったようだ。
「やったね、ひなちゃん」
和日と杏里が声をかける。
しかしひなたから反応が無い。
ただそこに立っているだけだった。
「……ひなちゃん?」
杏里がひなたの体に触れた。
するとそのまま垂直に彼女は倒れてしまった。
***
ひなたが倒れたという知らせは、寮に住む皆に伝わった。
しかし出番が迫っている亜貴と沙耶は駆けつけることが出来なかった。
保健室にすぐさまひなたが運ばれ、真と風華も杏里に誘われて保健室に。
ベッドにはひなたが横になっていた。
額に水で冷やしたタオルが置いてある。
一体何があったのか。
一緒にいた和日たちも分からなかった。
「ひなちゃんの様子は?」
「ああ、大丈夫だ。怪我などは特にしていない」
保険医が説明する。
彼はメガネを取ると、付着した埃を払う。
「極度のストレスから気を失っただけだ。ただ、彼女の場合、何が彼女を動かしていたか……だが」
ストレスで倒れそうになった。
そんな状態でダンスを踊ったのだ。
強い精神力が成せる業か。
「……ひなたちゃん、頑張ったのね」
「うん。多分ひなちゃんのことだから、失敗したら皆に迷惑がかかるとか考えていたんだと思う」
和日がひなたの頭をなでた。
「でも、明日の喫茶店大丈夫だよね?」
「多分それまでには気がつくさ。ただ、あまり無茶はさせてはいけないぞ」
保険医が言う。
皆頷いていた。
***
亜貴たちの劇が終わったころ、昼を迎えていた。
クラスの皆は教室で買ってきた昼食を食べている。
「つ、塚原くん」
「有馬さん?」
真はその手にパンを持ち、どこか行こうとしていた。
「今から彼方君たちどご飯食べるんだけど、一緒にどうかな?」
「ちなみに風華さんも一緒だ」
見ると確かに瑞希と七海と一緒にいる。
ちょっと珍しい光景だった。
しかし真は。
「ごめん。ちょっと行くところがあるから……」
「あ、先輩のところ? さっき風華さんから聞いた……」
「先輩て、どの?」
彼方が問う。
それに対して遥が説明する。
ひなたのことを言われて彼方は、眼を細めて意地悪く笑みを浮かべる。
「ははぁ、そういうことか」
「何が?」
「お前、そのひなた先輩のこと好きなんだろう?」
「………ッ!?」
遥が絶句した。
真も同じく。
「好きとかそんなんじゃなくて、ただ心配なだけで……!」
「良いって良いって、みなまで言うな」
「ぐっ……!」
「……早く行かないといけないんじゃない?」
遥に言われて、真は何かを感じたのか。
少し後ろめたそうにその場を去った。
遥は複雑な心境だった。
最近、彼女は真に対しての自分の気持ちに気付いた。
もし今の場で真が「好きだから」と言ったらどうしただろう。
そう考えると、胸が苦しくなった。
「あれー、しんちゃんは?」
「あ、保健室に行きました……」
「そうなの……」
どこか悲しそうな風華。
その手にはアンパン。
遥はうつむいた。
暗い雰囲気の遥。
それを一番察したのは。
「どうしたんですの?」
意外なことに七海だった。
「ぷぇ!? 何でも、何でも無いよ……」
「う、そ。ですわ。あなたがそんな顔するなんて」
「うぅ……」
「ま、気が向いたら相談くらいには乗って差し上げますわ」
そういって簡単に引き受けてしまうと。
必ず面倒なことになるのだが。
***
保健室。
真が保健室に入ったとき、そこには和日がいた。
杏里は、以前彼女を自殺にまで追い込んだあの3人と一緒にいるという。
あの事件の以後、3人は杏里に謝罪した。
杏里も最初は警戒していたが、次第に打ち解け。
今ではすっかり仲良くなったという。
「あの人たちが……。仲良くなるのは良い事ですけど」
「そうよねぇ〜。あ、そのパンいただき」
そう言うとカツサンドを一口ほおばる。
ひなたはまだ眼を開けない。
それどころか、寝息をたてている。
「ねぇ」
「んぁい?」
「キミってさ、どうしてここに来たの?」
「どうしてって、心配で……」
そう言うと、和日はもう一つのパンに手を伸ばす。
「ふぅん、心配だから……ねぇ」
「何なんですか、いったい」
「うぅん、べ・つ・にぃ」
さすが涼子と肩を並べる和日。
焦らし方も上手い。
「まあそれが他の気持ちに変わるのも、時間の問題かしらねぇ」
「……! ……? ……ッ!」
ころころと変わる真の表情。
どうやらその意味が分かったようだ。
「良きかな良きかな。っと、ごちそーさま」
「……何なんスか、まったく」
***
全ての発表が終わったのは、午後の2時のことだった。
それから校長先生の総評などがあり、体育館の片づけが行われた。
真達のクラスも片付けをしている。
担当は体育館内のゴミ拾いである。
「いいんちょ、ゴミ袋ー」
「あ、はいはーい」
「いいんちょ、アレとってー」
「よいしょ」
なんだかていの良い何でも屋と化していた。
「そろそろ時間だ。釘宮さん、ちょっと」
「なにー?」
「寮のほうに行かなきゃならないからこれよろしく」
「えー? はーちゃんに頼めばいいのに」
「……近くにいたのが釘宮さんだったから」
ぶーぶー良いながらも、彼女は心からゴミ袋を受けとった。
真はその足で寮に向かう。
寮では明日の準備を始めていた。
長いテーブルを外に出し、パイプイスを運びやすい場所に移す。
「遅いー! 何してたのよ、塚原くん!」
涼子が言う。
どうやら、皆少し早めに集まっていたようだ。
「すいません、体育館の片付けに手間取っちゃって……」
「……まぁ、良いわ。ほら、さっさとテーブル運んでー」
言われて亜貴と一緒にテーブルを運ぶ。
どうにも重い。
「あの、ひなた先輩は?」
「ああ、ひなたならリビングにいるさ。気を失ったって聞いたときは焦ったけどな」
それを聞いて胸をなでおろした。
何とか明日の豚汁喫茶も出られそうだと、亜貴は言う。
そして決意を固めなければならない。
あのコスチュームを身にまとう。
最後の最後まであのコスチュームに慣れる事は無かった。
明日に。
明日になれば何か変わるだろうか。
全ては明日の豚汁喫茶で、明らかになる。
(第四十三話 完)
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