第四十二話  ももたろう

 7月10日、金曜日。

 ついに学園祭当日。

 生徒は朝早くから準備のために学校に集合している。

 もちろん彼らも例外ではなく。

 朝の6時30分。

 真は朝食を食べていた。

 彼が起きてきた時、残っていたのは涼子と風華だけだった。

 ひなたと杏里、和日はダンスの最後の練習と言うことで早めに寮を出た。

 沙耶も、何か準備があるらしい。

 亜貴は、まあ暇だからといって寮を出た。

「塚原くんは良いの? 早めに出なくて」

「良いんですよ。どうせ俺は村人Aの役ですから」

「あらそう。確か風華さんも出るのよね」

「ナレーションの役だけどねー。楽しみだわぁ」

 本当だろうか。

 自分がナレーションの役だとしたら鬱で鬱で仕方ないが。

「ごちそうさまでした」

「食器は私が片付けとくから、しんちゃんは学校に行っていいよ〜」

「そう? じゃあお言葉に甘えて」

 立ち上がり、着替えを済ませるために二階へ。

 そんな彼の後ろにはレンがついてくる。

 とても学園祭当日とは思えないほど、ゆったりとしている。

「良いなー、学園祭。私高校行ってないから……」

「あー、そっか。風華さん、高校いってないんだっけ」

 高校に通うはずの3年。

 彼女は施設で働いていた。

 だからこういった学園祭関係のイベントにはほとんど出たことがないのだ。

 普通の高校生ならば、何とも思わないことだが。

 風華にとって見れば学園祭というものは、最高の思い出作り。

 それに出れないのはつまらないのだ。

「でもさ、今回の学園祭、風華さんも手伝うこと出来てよかったじゃない」

「うん。だから楽しみなのよ。しんちゃんと一緒に学園祭に出れるのが」

「良いわねぇ、仲が良いって。沙耶なんか見てごらんなさいよ。私が何か言えばあーだこーだと……」

 それはほとんど涼子が悪い時ではないだろうか。

 そう言いたかったが、言わないことにした。

***

 1年4組の教室。

 そこでは皆が集まって最後の打ち合わせをしていた。

「じゃあ開会式のあと、すぐに着替えておいてね」

「任せとけ!」

 やたらと気合が入っている男、それが加賀美だった。

 彼とよくつるんでいる天道はそうでもないようだが。

 そもそも天道の役であるサルは気弱という設定。

 果たしていつも自信満々な彼とセリフが合うだろうか。
 
 いや、合うはずがない。

 そこは最後まで悩みの種だったが。

 天道に何を言っても無駄。

 そう割り切ることにしたクラスの皆だった。

 犬役の瑞希も衣装を身にまとう。

「なぁ、これで良いのか? ちょっと変じゃないか?」

「良いのよ、良いのよ、はぁはぁ」

「気色悪い」

 妙な空気になっていた。

 開会式が始まるのは8時30分。

 現在7時30分。

 あと1時間で学園祭が始まる。

 本当に大変なのはこの演劇ではなく。

 明日の豚汁喫茶である。

 真はため息をついた。

 そんな真に声をかける彼方と七海。

 瑞希も声をかけたかったが、そうもいかないようで。

 遥も声をかけようとしたが。

 声が上ずってしまった。

「なぁなぁ、塚原」

 男子数人が声をかけてきた。

 何か嫌な予感がしてならない。

 大体こういうときは。

「お姉さまって何時来るんだ?」

「そうだね、プロテインだね」

 適当にあしらっておくことにしよう。

***

 8時30分。

 ついに開会式が始まった。

 生徒達が速やかに着席したおかげで、進行はスムーズだった。

 自主制作のミニムービーのあと、生徒会長の開会宣言。

 そして有志の宣誓が行われる。

 開会式というものは別段関っていない生徒にとって見ればつまらないことこの上ない。

 それでも学園祭の初めの一大イベント。

 参加しないわけにはいかない。

 そんな開会式が終わったのは9時10分だった。

 そこから各クラスの出し物の発表に移る。

 まずは1年から順に発表となる。
 
 一クラス持ち時間は10分。

 真達1年4組の発表は30分後。

 時間がなくなってきた。

「ねぇ、ナレーションのおねーさんは?」

「ん? そう言えば……」

 風華がいなかった。

 電話で呼んでみることに。

「ふーねぇ? 今どこにいるのさ。ちょっと時間がなくなってきたから、早く……」

『たーすーけーてー』

「……!?」

『あーうー、ここどこー』

 なにやら周囲がざわついている。

 かすかにチャイムの音も聞こえることから学園の敷地内にいることは確かなのだが。

 迷ったのか。

 何度も教室に来ているのに。

 愕然とした。

「ねぇ、なんだって?」

「……敷地内にいることは確からしいんだけど……迷ったみたい」

「何度も来てるのにか?」

「何か周囲がざわついていたけど……あれはどこだろう」

 どこにいるのか見当もつかない。

 とにかく探しに出る。

***

 校舎内は広い。

 探そうにも時間がない。

 ただ悪戯に、時間がすぎていく。

 廊下を走り、すれ違う生徒を後ろに。

 真は風華を探した。

「塚原さん?」

 一階へ降りるための階段で呼び止められた。

 ひなただ。

 その横には杏里がいる。

 肩で息をする真に、ひなたは心配そうにしていた。

「どうしたんですか? そんなに慌てて……」

「あの、ふーねぇ見ませんでした?」

「ふーかせんせー? 私は見てないけど……」

「私も見てません。すいません、お役に立てなくて」

 やはり見ていなかったようだ。

 学園内をうろうろしているのなら、寮の人間に見られてもおかしくはないのに。

 それなのにひなたと杏里は知らないという。

 加えてあのざわついた音声。

 どこだろうか。

「あの、風華さん……どうかしたんですか?」

「あ、いえ、こっちのことです。それじゃ!」

 そう言って真は走り出した。

 で、突然ひらめいた。

 知り合いがいなくて、ざわついた場所。

 急いで体育館に向かう。

 そして発表するステージの端に向かうと。

 いた。

 風華がいた。

 椅子に座って。

 あのざわつきはこのステージ裏のざわつきだったのだ。

 それにここなら寮の人間にほとんど会うこともない。

「ふーねぇ、ふーねぇってば!」

「あ、しんちゃ〜ん!」

 半泣きだった。

 二人して謝って教室に向かう。

 何か演劇の前にどっと疲れてしまった。

「ふーねぇいたよー」

 一気に歓声が上がる。

 そんなに風華のことを待っていたのだろうか。

 何だか不思議な気持ちになる。

 残り時間15分。

 さぁ、行こう。

 いよいよ発表である。

***

「はい、1年2組の合唱でしたー」

 前のクラスの発表が終わり、幕が下りる。

 その間に準備を進める。

 急げ急げと言わんばかりに、せわしなく動く。

 そして準備が完了したのは3分後のことだった。

「それでは1年4組の演劇「ももたろう」です」

 ビーッ、と始まりを知らせるブザーがなり、幕が上がる。

***

 時は江戸時代。

 この戦乱から明けたばかりの夜を生きる二人の老夫婦がいました。

 お爺さんは山へ芝刈りに。

 お婆さんは川へ洗濯に向かいました。

 そんな川で洗濯をしていたお婆さんは、大きな桃を拾いました。

 それを片手で持ち上げ、家に持ち帰りました。

 程なくしてお爺さんも森から帰ってきました。

 しかしその姿は野生児そのものでした。

 お爺さんは家の中の桃をみてこう言いました。

「早速割って食べよう。お皿お皿」

 しかし言うが早いか、お婆さんは即座に桃を叩き割っていました。

 お爺さんが止めた時には、なかから玉のように丸い男の子が出てきました。

「ありがとうございます、お爺さん、お婆さん。僕はこれから鬼退治に行きます。僕をこの桃に閉じ込めた鬼をギャフンと言わせる為です」

 と、妙に命令口調な男の子はお爺さんとお婆さんの手によって「ももたろう」と名づけられました。

 さて、鬼を退治するためにはまず仲間が必要です。

 そこでももたろうは近隣の村の酒場に向かいました。

 そこでは酒に溺れた戦士達が自らの自慢話をしていました。

 その薄暗く、汚らしい酒場の中でももたろうは犬・サル・雉の中途半端なコスプレをした人間を見つけました。

「どうしてそんな姿をしているのですか?」

 ももたろうは問いかけました。

 犬は元々、鬼に連れ去られた恋人を助けるために鬼が島に向かったのですが逆に犬の姿に中途半端に変わる呪いを受けたようです。

 雉は鬼に取られた土地を取り返すために、旅立ったのですが犬と同じく。

 サルは捕らえられた妹を助けるために、犬と同じく。

「なるほどなるほど。私と一緒に鬼を殺しに行きませんか?」

 ももたろうの決意に3匹はついていくことにしました。

 さて鬼が島へ向かうために、まずは船を手に入れなければなりません。

 そこで近くを通った村人Aに尋ねました。

「船乗りですか?」

「いいえ、違います」

 きゃー、しんちゃーん!!

「ちょ、何やってんの!?」

 こほん。

 船乗りを探すこと数分。

 ようやく船乗りを見つけ、鬼が島へ向かおうとしましたが。

 案の定船乗りはいやいやと断りました。

 危険地域に自ら足を踏み入れる馬鹿はいないとまで言われてしまいました。

 何とか気持ちが変わるように仕向けたももたろう。

 ここぞという時に頼りになるのは自分のもつ力だということが分かりました。

 さて鬼が島に到着したももたとう一行。

 扉を荒々しく開け、刀を抜きました。

 当然臨戦態勢ではない鬼達は慌てふためきました。

「ぎゃー」

「うわー」

「ぐあああああああああああああっ!?!」

 一人だけ叫び声の気合のレベルの違う鬼がいますね。

 そうしてバッタバッタと鬼をちぎっては投げ、ちぎっては投げの大活躍ですが。

 お供達にも限界のときが来ました。

 ももたろうをかばい倒れていく、お供の3匹。

 やがて彼らは光の粒となり天に昇っていきました。

 ありがとうお供たち。

 君達の勇気は忘れない。

 ももたろうはその思いを胸にひた走ります。

 途中でお腹がすいたので、お婆さんに渡されたツナマヨおむすびを食べます。

 そんなこんなで鬼の総大将のいるお城に着きました。

 当たりは雷鳴轟く、治安の悪い場所でした。

「おらー、でてこーい」

 扉を開けると、待っていました鬼の総大将。

「えぇい、貴様は一体なんだ! 突然人が平和に暮らしている島に乗り込みやがって!」

 このさい「人」ではなく「鬼」というツッコミは置いておくことにして。

 ももたろうは地面に刀を突き刺しました。

 そして力いっぱい叫びます。

「お前をギャフンと言わせに来た! 覚悟しろ!」

「ギャフン」

「…………」

「これで良いでしょ。早く帰れ」

 何となく負けた気がしたももたろうは。

 とりあえず一太刀入れておくことにしました。

「ぐあぁぁぁっ!! ば、バカなぁぁぁぁぁっ!!」

 それにしてもこの鬼、ノリノリである。

 鬼の総大将を打ち倒したことにより、鬼の隊列は乱れ、あっという間に総崩れとなりました。

「ありがとう、犬・サル・そして……鳥。お前達のおかげで勝つことが出来たよ」

 こうして、ももたろうの長いようで短いたびは終わったのでした。

***

 拍手を後ろに教室に戻る1年4組の生徒達。

 教室に戻るなり大騒ぎだった。

「やたー、大成功ー!」

「おねーさまー!」

「わーっしょい、わーしょい!」

「きゃはー」

 なんだろう、このお祭り騒ぎは。

 まぁ、今は何を言っても無駄だろう。

 真も内心喜んでいる。

 さて、これからどうしようか。

 真は風華に聞いてみた。

「私はまた体育館に行くよー? ひなたちゃん達の出し物見たいし」

「あー、そっか……」

 じゃあ自分も体育館でひなた達の出し物を見よう。

 そういうことで真は体育館に向かった。

 さて、ひなた達の出し物は、どんな感じなのだろうか。


(第四十二話  完)


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