第四十一話 学園祭前日
7月9日、木曜日。
ついに明日から学園祭が始まる。
準備に終われる生徒達は今日も朝から校内、敷地内をせわしなく駆け回っていた。
そんな1年4組の教室では、ももたろうの最終的な打ち合わせをしている。
しかしながら委員長である真の姿がない。
真の役回りは村人なので、いてもいなくても対して影響はないのだが。
やはり委員長がいないのはクラスのみんなに示しがつかない。
そこで。
彼方が携帯で真に連絡を取ることに。
数秒、呼び出し音が響いた。
「もしもしー」
「真? お前何してんだ。もう練習始まってるぞ?」
「……今日練習休む」
思わず素っ頓狂な声を上げそうになった彼方。
が、そこは我慢して。
「どういうことだよ、理由もなしに休むなよ?」
「いや、理由ならある……アッー!」
何かが落下する音と共に真の声が途絶えた。
しかしまだ通話中の画面が携帯電話のモニターに映っている。
あわて始める彼方。
その様子にクラスの皆も次第に集まり始めた。
「ちょ、真!? もしもーし! しんー!?」
携帯電話の向こうでなにやら話し声が聞こえる。
そして。
「もしもしー」
女の声だった。
嫌にのんびりしている。
「その声……風華さん?」
「そうよー。彼方君よね。どうしたの?」
彼方が電話の理由を話す。
風華は事情を飲み込んだようで、休みの理由を話し始めた。
学園祭2日目から3日目にかけて模擬店が出る。
そのための準備で今日1日が潰れるらしい。
さくら寮は他の寮に比べて人も少ないので、ももたろうの練習に出ることはできないと言う。
確かに現在のさくら寮の人数は8人。
8人で豚汁喫茶のテーブルや椅子を運ばなければならないのだ。
「そういうことだったんだ……」
「そ。だからごめんね」
「いや、理由があるなら別に大丈夫だと思います」
一言二言言葉を交わして、電話を切った。
真が休んだ理由を伝える。
初めはブーイングでも起こるのかと、彼方は考えていた。
しかしながら意外なほどにあっさりと皆認めていた。
「じゃあ仕方ないよねー」
「いいんちょの役がちょい役で助かったよねー」
「お姉さまの言うことじゃあ、仕方がないか」
そんな声があちらこちらから聞こえてくる。
しかしそうなると風華までこれないことになる。
風華はナレーションを引き受けているので、今日くらいは合わせたかったのだが。
「……私忘れ物しちゃった!」
遥が教室を飛び出した。
「なぁっ、おい! 遥!?」
「はーちゃん!?」
急だった。
まあ何となく、理由は分かるが。
「ああっ、もう! 連れ戻してくる!」
彼方も教室を出た。
「あぁん、彼方様が行くのなら私も行きますわ!」
七海もついでに飛び出した。
3人がいなくなった。
さて、誰が今日一日の指揮を執るのか。
「佐野くん頑張ってよ」
「は、はぁっ!?」
瑞希にツケがまわってきた。
***
さくら寮。
「えー、ではでは。今から本日の役割分担を発表します」
涼子が紙を読み上げる。
豚汁喫茶を運営するために、2つの役割を行わなければならない。
1つ目は買出し。
ニンジンや里芋、豚肉などを買いに行かなければならない。
2つ目は会場の準備。
主に学校から長テーブルや椅子を持ってくる。
力仕事が主となる。
「まず買出しは、風華さんと杏里ちゃん。それに沙耶の3人でお願い」
「はーい」
「ふーかせんせーといっしょー」
「私がいなければ、危ないことになりそうだしね」
買出しにはこの3人が最適と、涼子は考えたのだろう。
結構危ない気もするが。
「で、残った人は会場の準備をお願いね。特に塚原くんとあっきー。力仕事になるから頑張ってね〜」
「うぃー」
「部活のトレーニングと思えば、どうと言うことはないですって」
そんな感じで2つの班に分かれたが。
寮の玄関が激しく叩かれている。
何だ何だと玄関に向かう。
玄関の向こうには3人の人影が。
扉を開けると立っていたのは、遥達だった。
「遥、さん?」
出迎えたひなたは目を丸くした。
「わ、私達にも……手伝わせてください!」
***
遥達が手伝いに来た。
そこで遥と七海は買出し班に。
彼方は準備班に振り分けられた。
もとより3人だった買出し班も5人になれば、結構な買い物が出来るはず。
準備班も彼方が入ったために、予定よりも早くに終わりそうな気がしてきた。
「それじゃ、行ってくるね」
風華を先頭に、買出し班が寮を出る。
残った準備班も支度を始める。
「とりあえず午前中までに長テーブルを7、椅子を25脚ずつ運ぶから」
「多いですね、いやに」
「それくらい無いと間に合わないと思うのよ」
確かにどれだけの人数が来るかわからない。
そのため、若干多めに運んだほうが良いと言う判断である。
「それじゃあ、行くわよー」
まずは体育館に向かう。
体育館のステージ下の収納スペースに、パイプイスが収納されている。
まずはイスを運び終えてから、テーブルを運ぶことにしたようだ。
何とか6人でイスを運んでいくが。
量がかさばる上に、重量がある。
少しずつ分けて運ばなければ、怪我をしてしまうかもしれない。
「おい、真。気をつけろよ」
「分かってるって」
要領よく運んでいく真と彼方。
流石に男子と言ったところか。
亜貴もてきぱきと運んでいく。
一方のひなたと和日、涼子には少々きついか。
3人で協力して運んでいる。
少量ながらも、3人ならば多少の重さのイスも運ぶことが出来る。
これも一つの方法か。
一番の難関は、テーブルであるが。
それを運ぶまでに体力を残しておかなければならない。
「あ、いいんちょだ」
そんな声がどこからか聞こえた。
みると女子3人組だった。
「いいんちょ、頑張ってるねー」
「釘宮……まぁ、寮の準備だから頑張らないとな」
「彼方君も手伝ってるんだ」
「おうよ。で、練習はどうなってる?」
「佐野くんが指示して一応やってるわ」
今度瑞希に何かおごってやろう。
そう考える真。
「で、今は休憩中なのよ」
釘宮が言う。
「午前中に終わったら、午後から練習に出るからさ。もう少し待っていてくれないかな」
「ん、それは構わないけど」
了承してくれた。
真はてっきり怒っているものだと思っていた。
そんな女子三人組からのエールを受け、ますます準備に熱が入る。
イスを運び終えたら、次はいよいよ長テーブル。
RPGで言うところのラスボスである。
長テーブルが置かれているのは資料室。
それは校舎の3階。
3回から寮へ運ぶのである。
危険もついてくる。
何とか午前中には終わらせなければ。
***
さて、そのころの買い物班。
スーパーマルハチに来ていた。
「ここで私と彼方様は運命的な出会いを果たしたのですわ。そう、まさにあれは一つの……一つの」
「奇跡?」
「そうそう、それそれ。ですわ」
そんな七海と彼方の出会いの話を適当に流しながら、材料を買っていく。
材料は、人参、里芋、じゃがいも、豚ばら肉、ネギ、シメジ、土ごぼう、こんにゃく。
お好みで豆腐を加えるとなお良いとか。
「それにしても最近野菜の値段が高いのよねー」
風華が品定めしていく。
人参は赤々としていたほうが新鮮で美味しい。
薄い赤だと若干歯ごたえがないとか。
「とりあえずー、どさー」
買い物籠の中に人参を10袋ほど入れる。
「……入れすぎじゃないかしら、風華さん」
「えー、そんなことないってー」
「じゃあ私はじゃがいもを入れてきますね」
遥がじゃがいもを探しに出る。
それに吊られてか、杏里が里芋を探しに出る。
豚バラとしめじは沙耶が探し、土ごぼうとこんにゃくは七海が買ってくることに。
なるべく多めに買ってきてね、という風華の指示。
かなり具沢山の豚汁になるようだ。
「あとはー、七味唐辛子と……味噌はあるかしら」
探してみる。
七味唐辛子を数本と味噌を買う。
そうしたところで最初に戻ってきたのは杏里だった。
買い物籠には、里芋が入っていた。
数えてみると7袋入っていた。
「重くない?」
「うん、大丈夫」
次に帰ってきたのは遥と七海。
それぞれ目的のものを籠に入れている。
そして沙耶が戻ってきたところで、会計へ。
「8364円になります」
意外と高かった。
レジ袋に入れていく風華たち。
しかしこの物量を学校まで持ち帰るのだ。
なかなか大変なことである。
「助けて、しんちゃーん……」
泣きたくなった、風華であった。
***
さて、学校では。
長テーブルを順調とはいえないが、少しずつ運んでいた。
残りは2台となった。
「この分なら午後の練習に間に合いそうだな」
「そうだな。何せ本番は明日だからな」
寮の出し物は2日目。
明日の演劇が終わったあとすぐに準備に取り掛かれば。
「それにしても、お前も有馬さんも鈴原さんも悪いな。何か手伝わせて」
「いや、俺は構わないさ。ただ驚いたぜ」
驚いた。
豚汁喫茶にだろうか。
それはない。
「お前が寮のほうの準備をしなきゃいけないっていったら、真っ先に遥が飛び出してさー。何事かと思ったぜ」
「そうなんだ」
それは確かに驚く。
あまり自分から積極的に行動するほうではない遥。
そんな彼女が教室を飛び出してまで、手伝いをしに来たとは。
確かに驚く。
そのおかげで、当初の予定よりもかなり早くに終わりそうだ。
まさに彼方たちのおかげであるが。
「よーし、運ぶぞー! 塚原、そっちをちゃんと持てよ」
「うぃ」
「茶髪はそっちな」
「名前を覚える気全然ないよな、あの先輩」
3人で長いテーブルを運ぶ。
ひなたたちはまだ待機している。
彼女達が運ぶ時は、真達も一緒で無いと重くて運べない。
資料室で待機することに。
「それにしてもあの茶髪の子達が着てくれて助かったわー」
「そうよね、涼子先輩。たしか、遥ちゃんと七海ちゃんと茶髪」
「……あまり茶髪茶髪言ってると怒られますよ?」
苦笑する。
それから10分くらい経過した時、真達が戻ってきた。
最後の1台を運び出す。
6人で協力して運んでいく。
一応これで部隊は整った。
あとは豚汁喫茶開店当日を待つだけ。
寮にテーブルを運び終えた時、時計は11時20分を指していた。
何とかこっちは午前中に終了した。
残るは風華達、買い物班だ。
その時、見慣れない車が寮にやってきた。
そこから降りてきたのは風華達。
運転手は、真もどこかで見たことのある女性だった。
「おい、彼方。あの人って確か……」
「どこかで見たことあるな……」
すると、運転手が降りてきた。
50台半ばの女性で、髪には白髪が混じり始めている。
眼鏡の奥の瞳は優しく、緩い弧を描いている。
「お久しぶりね、塚原くん」
「……あ。孤児院の……園長先生!」
思い出した。
5月の頭に何度か足を運んだあの孤児施設の園長先生。
しばらく会っていなかったので、忘れていたようだ。
「杏里ちゃんから話を聞いたわ」
「……はい?」
「杏里ちゃん、施設にいた時よりも明るくなって、聞けば貴方のおかげだって言うじゃない」
思えば杏里が自殺を図った時がある。
あの時を境に、杏里は明るく振舞い始めた。
そのことを言っているのだろう。
「いえ、俺はただ……」
「これからも、杏里ちゃんをよろしくね」
何だか先輩後輩と言う立場が逆のような気がしてきたが。
元気よく真は返事をした。
園長先生の車が寮を出て、風華達は台所に買ってきた材料を置きに寮の中へ入る。
真達も昼食の時間が近いので中に入ることに。
ちなみに彼方たちも呼ばれることになった。
そんな寮の玄関先の石段に、ひなたがつまづいた。
「危ない!」
真がひなたの体を支えた。
ひなたも午前中の作業で疲れたのだろう。
足元への注意力が散漫していた。
「ありがとうございます、塚原さん」
「あ、いや、別に……」
「…………」
そんなやり取りを見ていた遥。
その時だ。
ちくり。
何だろう。
この感覚は。
(胸の奥が……ちくちくする)
真のことを考えると、胸の奥、ずっと奥が。
ちくちくする。
何故だろう。
何だろう、この感じは。
何か、とてもせつなくなる。
(第四十一話 完)
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