第四話 真と遥と

 月曜日。

 真にとって憂鬱な一日が始まった。

 土曜日は部活と思いきや急な休み(涼子が原因なのだが)。

 昨日の日曜日は体が不調だったため一日中寝ていた。

 で、月曜日。

 その不調も少し残りながらの月曜日。

 一時間目の授業は国語。

 まだ授業も始まったばかりなので難しいことなどしない。

 軽く教科書の読み合わせがメインだろう。

 教科書を用意する。

「オッス! オラ悟空! 元気してっか!」

「嘘付け、彼方だろ」

「ちっ、バレたか」

「こういう言い方はどうかと思うが、今更そのネタはなぁ……」

 真が言うと彼方は拳を握った。

「何を言うか! あのマンガこそ男の読むべき漫画! 冒険あリ、戦闘あリ! うっはぁ、燃えるぜ!!」

「落ち着け。お前アレだったな。小学生の頃将来の夢が「サイヤ人」だったもんな」
 
 唐突に昔の夢を持ち出され彼方の顔が真っ赤になる。

「うっさい!」

「五月蝿いのはお前だ!」

 ごす、と彼方の後頭部に何かが当った。

 もだえる彼方。

 姿を現わしたのは国語担当教任の真由だった。

 彼女の手には国語辞典が。

「だぉぉぉぉ……」

「さっさと席につけ。委員長、号令」

「だから委員長は……」

「い・い・ん・ちょ・う!」

「……きりーつ」

***

 国語は案の定、簡単な読み合わせだった。

 30分くらいで授業と呼べるものは終了。

 その後は雑談場と教室は化した。

「あの、塚原君?」

「ん? ああ、有馬さん。どったの」

 遥だ。

 その手には紙切れを持っている。

 彼方もその場に居合わせていたため厄介な事にならなければ良いが。

「これ……読んでください!」

 それだけ言うとさっさと席に着いた。

「何だ?」

「決まってら。ラブレターさ! さぁ、読め! どんと読め! ジャンジャカ読め!」

「…………」

 真が黙る。

 彼方が不思議そうに真の顔をのぞいた。

「どうやったけかなぁ……涼子さんに教わった技は」

 何か不穏な空気を察したのか、彼方は大人しくなった。

 で、真は遥に渡された紙を読んだ。

 それには「登録書」と書かれていた。

 これに名前を書かなければ正式に委員長としては認められない。

 押し付けで決められた真にとっては実にどうでも良い物ではあるが。

 渋々登録書に名前を書く。

 書いてから思った。

 これで良かったのかと。

 そんな事を思っても後の祭り。

 彼方が取り上げ、真由の所に持っていく。

「塚原、やっとやる気になったようだね! うんうん、良かった良かった!」

「彼方ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「はっはっはー!」

「笑うんじゃねぇ!」

 などと戯れていると真由が教室にいる生徒達に、正式に真が委員長になった事を伝えた。

 教室中から委員長コールが溢れる。

 と、その時だ。

「こらぁ! 五月蝿いぞ!!」

 隣の教室から苦情が来てしまった。

***

 2時間目は地理。

 真のもっとも嫌いな教化。

 何故自分の住む以外の地域のことを知らなければならないのか。

 ちなみに彼方は地理が大好きだ。

 何故か。

 何もしなくても世界旅行気分を味わえるから。

 彼は真面目に答えた。

 その意見も一理あるなぁ。

 最も金のかからない世界旅行かもしれない。

 そんな感じでボーっとしていたら、授業は終わっていた。

 たった50分の授業。

 少し気を抜いただけでもすぐに終わってしまう。

 3時間目は数学。

 これもまた眠くなる授業だった。

 今更連立方程式など……。

 そう思っていたが意外と解けていない。

(……………どうしよう)

 焦る真だった。

 4時間目は自習。

 ここぞとばかりに眠る真。

 邪魔をする彼方。

 暴れる二人。

 怒られる二人。

***

 昼休み。

 彼方とともに食堂へ。

 その時の真はいやにびくびくしていた。

「どした?」

「いや……」

 食堂に来ると必ず何かが起こっていた。

 始めて来た時には涼子に拉致され。

 次に来た時はひなたとともに昼食を食べ。

 何かとイベントが多い。

「今日はっと……Bランチ」

「じゃあ俺は」

「Aランチで」

 Aランチが運ばれてくる。

 何か嫌な予感がした真。

 その横には茶色のポニーテールが。

「あら、奇遇ねぇ」

「ひぃっ!」

 思ったとおり。

 涼子譲りの意地の悪さ。

 そう、和日がそこにいた。

「丁度良かったわ。一緒に昼食を食べましょう」

「いや、俺は彼方と」

「俺はモチ、OKっす〜!」

「彼方!!」

 こうして彼方+和日と食事をする事に。

 ちなみに和日が頼んだのはCランチDX。

 ランチ系統の中でも一番高価な物だった。

「ねえ、さっきからあの子、こっちを見てるんだけど」

 そういったのは席に着いたときだった。

 真と彼方が言われた方を見る。

 ちょこんと座っていたのは遥だった。

 目が合う真と遥。

 遥は俯きどこかへ行ってしまった。

「何だ? お前何かしたのか?」

「まさか」

「いやぁ、分からないわよ? 塚原君なら何時どこで何をしていてもおかしく無さそうだし」

「こら」

「マジかよ………」

「真に受けるな、バカ」

 結局張るかが何をしたかったのか。

 その時は分からなかった。

 そう、その時は。

***

 眠たくなる5時間目の授業。

 体育だった。

 眠気覚ましには丁度良い。

 短距離走のタイムを計ると言う授業だった。

 どちらかと言えば真は短距離走向け。

 急に気分が高鳴る。

 位置につく真。

 ピストルが鳴り響いた。

 スタートダッシュを決めようとした。

 急に視点がずれた。

 次の瞬間には足に痛みが走った。

 真は転んでしまった。

「だっ……いてっ!」

 傷口から血が流れている。

「大丈夫か、塚原」

「ええ、何とか」

「誰か、塚原を保健室に連れて行ってくれ」

 真は血を見た。

 瞬間。

 気絶した。

 彼は血液恐怖症−ヘマトフオビア−だった。

***

 次に彼が気付いたのは保健室だった。

 傷口にはガーゼが張られている。

 動かすと痛むが走る。

 辺りに人の気は無い。

 先生もいない。

 誰がこの処置をしたのか。

「あ、気が付きましたか」

「有馬さん? これ、有馬さんが?」

「はい。痛いですか?」

「ちょっとだけな」

 しょげる遥。

 そうは言っても的確な処置。

 幸い傷口はそんなに深くはなく、3日ほどすれば治るものだと、遥は言った。

「詳しいんだな」

「ええ、まあ」

 急によそよそしくなった。

「さってと、行くかな」

 空気を重く感じた真が保健室を出ようとする。

 立ち上がり、微妙に足に痛みを感じながら、ドアに手をかける。

「あの……」

 遥の声が響いた。

 振り向かず、真は声の続きを聞いた。

「いえ、何でもないです」

「そっか。ほら、行こうぜ」

 二人は授業に戻った。

***

 月曜の授業が終わった。

 これから部活。

 思えば、今日が真の部活デビューの日だった。

 本当は土曜日のはずだったが、部活は急な休み(涼子がその連絡を受けていたが忘れていた)だったため、今日となった。

 昇降口でひなたと鉢合わせた。

「今から部活、行きますよね?」

「ええ」

「じゃあ、一緒に行きましょう」

 そう言って一緒に道場へ。

 道場にはもう既に人が何人かいた。

「あ、ひなちゃん」

「陽ちゃん先輩」

 陽ちゃん先輩といえば、土曜日に道場へ来た時に張り紙を書いた張本人。

 その名前のように明るい先輩のようだ。

「あなたが新入部員ね。私は陽。田川 陽よ。ちなみに3年ね」

「塚原真です。宜しくおねがいします」

「部長は……まだですか」

「そ。あの変態部長……今日は侵入部員が来るって聞いたら、急にどんな登場しようか考え出しちゃって……」

 変態部長。

 その言葉を聞いた時、真は軽い目眩がした。

 大丈夫だろうか、この部活は。

 そもそも部長が部員から変態と呼ばれている時点でどうかと思う。

 暫くするとぞろぞろと人が集まってきた。

 結構な人数が弓道部にいた。

「えーと、部長は来てないけど、先に拝礼をしちゃいます。並んでください」

 陽が指揮をとる。

「これから部活を始めます。礼!」

『お願いします!』

 部活が始まった。

「一年生は着替えたら外に集合。流石に弓を引くことは無理なので、矢を使った射法八節を教えます。男子は福原君と笹屋君。女子は小津さんと桜井さん。宜しくね」

 真達一年生は手早く着替えて外に出た。

 自分にあった矢を受け取り、先輩からの指導を受ける。

 8つの動作から射形は成るため、射法八節。

 先輩に一つ一つの動作を教わる。

 そんな練習を行い、時には矢を回収するために矢道に入る。

 練習・練習、また練習。

 練習のあとは合わせ。

 真達も並ばされ、声を出す。

 流石に先輩たちのように大きな声は出ない。

「今日の練習はこれで終了です。中に入ってください」

 初の部活は練習で終わった。

 しかし真には気になった事がある。

 部長が来ていない。

 結局部長はどんな人だったのか。

 明日になれば分かるかもしれない。

 拝礼を行い、道場の掃除をする。

 気が付けば既に18時10分。

 帰るか。

 そう思い道場を出ようとした。

「おつかれさまでし……だっ!?」

 急に襟を引っ張られ、体が反る。

 思いっきり曲がった腰を抑え、真は後ろを見た。

 ひなただ。

「まだ帰っちゃダメです」

「へ?」

「待ってて下さい。すぐに着替えてきます」

 つまり一緒に帰ろうと言う事だ。

 真は待った。

 時間にして5分が過ぎた時。

「お待たせしました」

「早かったですね」

「ええ、早着替えは得意です」

 ジャニーズかと。

 真は突っ込みたくなった。

 さくら寮に帰る二人。

 その帰路で。

「あ」

「あ……」

 遥と鉢合わせた。

 手にはコンビニの袋が。

「有馬さん?」

「ひぅ……」

 逃げてしまった。

 どうしたのか。

「誰ですか?」

「ああ、うちのクラスの副委員長で、有馬さん。買い物……かな?」

「みたいですね」

 それにしても今日は時間が過ぎるのが早かった。

 毎日このような調子なのだろうか。

 真の心は不安と機体で一杯だった。

(第四話  完)


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